猿飛健治の暗躍
「はぁ~......何で隠形派から半ば除籍扱いになったってのに、またこんな後ろ暗いことやってるんすかねぇ~......ほんと憂鬱っす」
深夜の墓地を、手元に持った懐中電灯の微かな明かりを頼りに闊歩する猿飛は、今まさに実行しようとしている行いの業の深さに思わず愚痴をこぼしていた。
「え~と、あぁ、あったあった、天原家。いや、ここは見つかったことを悲しむべきなんすかね?」
墓地に到着してから数分、猿飛は目的の物を発見することに成功していた。
それは天原家の墓石、翔の母や祖父母はもちろん、そのまた昔の先祖も含めて代々使用されてきた由緒正しき墓だった。
「荒らされた形跡、無し。同業の気配、無し。よし一番乗りっすね」
軽く周囲と墓石の様子を確かめた猿飛は、慣れた手つきで墓石を動かし、中の骨壺を取り出す。そしてポケットから液体の入った小瓶を取り出すと、小瓶の中身を骨壺に振りかけたのだ。
シューっと音を立てながら骨壺から煙が上がる。
こんな死者の尊厳を踏みにじるような行いは、同じ組織に所属している仲間に行うには、いや人類の希望の象徴たる悪魔殺しに行うには、あまりにも不敬が過ぎる。
猿飛がどこかしらの組織へと寝返ったことによる行いなのだろうか。いいやそれも違う。何しろここまでの猿飛の行いの全てが大熊に依頼されたことなのだから。
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翔とマルティナの決闘が行われることが大熊に伝わった頃の話だ。
「猿飛、分かっているとは思うが、翔は異常だ。家系図のどこを見ても過去に魔法使いと交わった形跡が無いというのにあの魔力。そして本人は才能が無いと嘆いちゃいるが、五大魔法大系で一番の難度を誇る創造魔法を、初歩段階とはいえ使いこなす才能。どこを見てもただの一般人だったとは思えない」
「そうっすねぇ。翔君の一割でも自分に才能があればと僕も何度思ったことか......」
「わざとらしい泣き真似は止めろ、気持ちわりぃ。それでだ。俺達は翔に才能があるってことだけ分かってりゃそれで十分だが、それじゃあ納得しない奴らがいる」
「そうっすねぇ......」
「例えば純血の魔法使いだけで構成された五行派の連中、例えば自派閥に引き込みたい神祈派の連中、例えば俺への仕返しと自派閥の成長を第一に考える仏閣派の連中。日魔連はまだ、翔が悪魔との戦闘に巻き込まれて、悪魔殺しになっちまった哀れな一般人と思っているだろうが、翔の才能に気付いた瞬間に奴らは間違いなく牙を剝く」
「翔君の出生の調査......は当然として、五行派なら混血どころかこれっぽっちも魔法使いの血が混じっていない翔君の存在自体を許せず暗殺、神祈派なら友人や知り合いを囲い込んでのオトモダチ作戦、仏閣派なら信者を使った大規模な脅迫っすかね?」
「大体そんなところだろうな。だから俺達は翔のことをもっと知っておかなくちゃいけねぇ。祖先に名のある魔法使いがいるなら問題なし。完全な一般人ならまずは何かしらの偽装を施してやる。そして考えたくはねぇが、翔のあの才能が何かしらの契約魔法の結果だった場合は絶対に、絶対にばれねぇように隠蔽してやらなくちゃいけねぇ」
「契約魔法の効果が切れて、ポロっと才能が無くなるだけならまだしも、ついでに命までポロっといっちゃう魔法の可能性もあるっすからね」
「そういうことだ。だから猿飛、調査の方は任せたぞ」
「うっす」
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そんないきさつにより、猿飛は天原家の墓を暴くことになったのだ。
「さてさて、煙が出てきたところにもう一つの試薬を垂らしましてと」
そう言いながら、猿飛は先ほどとは違う形状の液体の入った小瓶を取り出し、またも骨壺に中身を垂らした。
すると、骨壺の中の遺骨が白く発光を始めたのだ。
先ほど猿飛が使用した液体の名前は魔光液。その名の通り、一定の魔力に反応して光を放つ性質を持つ消耗品型の魔道具だ。
そしてこの魔道具のもう一つの特徴として、魔力が多い物体ほど、さらに強く輝くという性質がある。そんな液体を垂らした骨壺の中では、色からしても一番新しいと思われる遺骨が強く光り輝き、他の遺骨は一切の輝きを見せなかった。
「うん?確か翔君は物心つく前にお母さんを亡くしていて、十代前半でお爺さんが亡くなったって話っすよね?ってことは一番新しい骨はお爺さんの物のはず。ってことは翔君の魔力の才能の元になったのはお爺さん?」
猿飛が頭を捻りながら、考えを整理するために今起きた事実をそのまま口に出す。しかし、この事実が常識とは少しずれていることを猿飛は理解していた。
「けど、その割にはお爺さんの才能は娘であるお母さんに全くと言っていいほど遺伝していない。いくら半分一般人の血が混じったからと言って、いきなり一般人レベルまで魔力が落ち込むわけもない。なんすか、これ?」
元々後ろ暗い世界に身を置いていた猿飛が、思わず素が出てしまうほど結果は不可思議な物だった。
翔の祖父の遺骨の情報だけを見れば、彼の祖父は突然変異か何かの理由で元々身に宿す魔力が多かった、もしくは誰かしら魔法使いに訓練を施されたおかげで、魂が拡張して魔力を増やせたと考えることが出来る。
しかし、翔の母の遺骨からもたらされた情報がその予想の全てを否定しているのだ。
身に宿すことが出来る魔力の量は遺伝する。だからこそ魔法使いは子供に少しでも恵まれた魔力を残そうと魔法使い同士で婚姻するのだ。
それだというのに祖父の魔力の量は娘に全くと言っていいほど受け継がれていなかった。いくら受け継がれる量が一定では無いと言っても、いきなり一般人レベルまで落ち込んでしまうとは考えづらい。
「だとするとお母さんの遺骨に誰かが細工を施した?例えば日魔連に所属していないはぐれ魔法使いが、魔力欲しさに墓荒らししていったとか......あり得ない話っすね。そもそも魔力が欲しいなら、お爺さんの遺骨に真っ先に手を出している筈っすし」
答えに詰まった猿飛は、母親に魔力はしっかりと受け継がれていたと仮定して、墓荒らし説を考えてみたが、その考えのあまりのバカバカしさにすぐに頭から消し去った。
「あっ!先に魔色液を使ってたの忘れてたっす。早くしないと煙が消えて、試薬一回分、自腹にされちまうっす。試験紙~、試験紙~」
中々まとまらない考えに、猿飛の頭はもうすぐ90度にまで曲がろうかとしていたが、並行してもう一つの試験を行っていたことを思い出し、急いでポケットからリトマス紙に似た形状の紙の束を取り出し、一枚を束から剥がすと煙に当てた。
「これ以上問題をややこしくしないで欲しいっすから、変色は無しで頼むっすよ~。頼む~、頼む~。うげー!変色したぁ......」
煙に当てた一枚の紙が青色に変色したことで落胆する猿飛。
彼が最初に使用した魔色液という、液体と試験紙一対で一つのこれまた消耗品型の魔道具の効果によるものだった。
魔光液が魔力に反応して光を放つように、魔色液は魔法に反応して試験紙を様々な色に変色させる。本来は不可解な事件や事故が起こった場所で使用し、魔法の関与を調査するための魔道具であるが、この場においても、ある事実を煙のように浮かび上がらせていた。
「青色に変色ってことはお爺さん、何かしらの契約魔法をかけられていたってことじゃないすかぁ!」
そう、翔の祖父の魔力が何かしらの契約魔法の結果によって、もたらされていたということだ。
そしてその事実は、翔の魔力も何かしらの契約魔法の結果によってもたらされている可能性が高いということになり、何かの拍子に翔は魔力を失ってしまったり、最悪の場合命を失ってしまうという予測が現実味を帯び始めてしまったのだ。
「翔君のお爺さん、一体何をやったんすか!調査は進んだってのに、分からないことが倍増っすよ」
調査が進んで未知が明らかになったというのに、謎はさらに深まることになった。これだけでは、翔の膨大な魔力の正体にはたどり着けないだろう。
「はぁ~......愚痴っても仕方ないっす。とりあえず今日は帰って、大熊さんに情報を共有するこちにするっす。ついでに同業者へのお手伝いをっと」
ここから得られる情報を全て回収したと判断した猿飛は、即座に片付けを始め、ついでに用意していた消耗品型の魔道具をこれでもかと天原家の墓に仕込んだ。
彼の行為はこれから現れるだろう自分のような墓荒らしに対する呪いのようなものだった。大量の魔力をばら撒く自走型魔道具、そして大量の超小規模の魔法を連続発動させ内部魔力が無くなれば自動で消滅してくれる護符など、調査に来た人間にとっては悪夢のような妨害工作を詰め込んだのだ。
「よっし、これでオーケーっすね。にしても、元々は別の子が悪魔殺しになる才能を秘めているからってことで、悪魔討伐のついでにわざわざ姫ちゃんをあのクラスに編入させたってのに、あの子は全く悪魔殺しになる気配は無いっすし、代わりの翔君はミステリアスの塊みたいな子っすし、ままならんっす!」
文句を言いながらも、猿飛の撤収準備は淀みない。
情報の隠蔽、妨害工作、そしてとあるコンビニの監視カメラを偽装して、自分が今日この日この場にいたことを偽装するなど全てが完璧だった。
「いくら戦争の時代が終わったからと言っても、悪魔殺しの数が人魔大戦における国の強さそのものっす。姫ちゃんや翔君が少しでも楽できるように、日本にももう一人くらい悪魔殺しが生まれてくれないっすかね」
そう言いながら、猿飛は風のように墓場から走り去った。彼がこの場にいた痕跡は何一つ残されてはいなかった。
次回更新は、12/27の予定です。