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けして刺さらぬ釘だとしても

ウィローの粛清(しゅくせい)を終えたダンタリアは、持ち前の転移魔法で己の居城たる大図書館へと舞い戻ると、今後について思考を巡らせていた。


「さて、少年は私の思った通りの活躍をしてくれたし、予想外の成長も見せてくれた。これならラウラの望み通り、血の悪魔との戦いに参戦させてみるのも悪くはないかな?......あぁ、そういえば選択は、少年達によって討伐されたことになっていたんだった。少年の魔力を増やすのはまだ早い。悪魔祓いの方に選択討伐の魔力は送っておくことに_」


そこまで言いかけたところで、ダンタリアは言葉を止めた。そしてその瞬間にズドーン!と大きな音を立てて彼女の空間に入り込んできた者がいたのだ。


「随分と遅いご帰宅じゃねぇか。何かあったのかと邪推(じゃすい)しちまうな?」


「おや、大熊。ラウラ以上に君がこの場に来るのは珍しいね。一体どうしたんだい?」


音の正体は大熊だった。なんと彼は、空間の(つな)ぎとして作られていたハッチから縄梯子(なわばしご)を使わずに、そのまま一番下へと落下してきていたのだ。


「珍しいだぁ?てめぇが翔をこの空間に転移させてそのまま放置しやがったせいだろうが!あんな限界まで魔力を使った状態で縄梯子(なわばしご)を上がれるわけがねぇだろ!おかげで来たくもねぇこの空間を往復するはめになったんだよ!」


大熊が鬼のような形相(ぎょうそう)で、ダンタリアに歩み寄った。けれど、彼女はそんな大熊を見て、(ひる)むどころか笑って見せた。


「ふふっ、それの報告のために、さらに一往復してくれたのかい?相変わらず君は律儀(りちぎ)だね。その性格では徳よりも苦労を背負うことの方が多いだろうに」


「うるせぇ......それよりも、なんであいつらの決闘に悪魔が乱入しやがった!」


確かに大熊は、この空間へと舞い戻ってきた翔を病院へと搬送(はんそう)したことを、ダンタリアに話すつもりでもあった。けれど、それよりも重要な案件について彼女を問い詰めるために、こちらに顔を出していたのだ。


「あぁ、それに関しては完全なアクシデントだったよ。まさかあのタイミングで悪魔が乱入するとは思わなかったんだ」


「......完全な事故だったって言いてぇのか?」


「その通りだね。後方から少年と悪魔の話しを盗み聞きさせてもらっていたけど、どうやら彼女と悪魔に因縁(いんねん)があったらしいじゃないか。彼女があの悪魔を出会ったときに完全に討伐していれば。もしくはちゃちな悪魔の一体や二体、確実に人員をそろえられるタイミングまで放っておけばあのような事態にはならなかっただろうに......」


問い詰められたダンタリアは、実に自然体で突然起こったハプニングに頭を痛めるような仕草をした。彼女自身が悪魔を招いた事実を知らない者達からしたら、一切の違和感を感じさせないほどの名演技であった。


「そうかよ。まぁ、翔が病院に行くまでの間に簡単に聞いただけだ。幸い、病院に直接転送されたマルティナの嬢ちゃんも、翔も医者からは、命や今後の活動に支障が出ない回復が見込めると太鼓判(たいこばん)を押してもらえたんだ。そういうことにしておいてやるよ」


「ふふっ、納得してもらえたようでよかった」


これ以上は探りを入れても無駄だと大熊は判断したのだろう。翔やマルティナが犠牲にならなかったことを喜び、ダンタリアも大熊の態度を見て、にっこりとわざとらしい笑顔を作った。


「あぁ、悪魔の方も、無事討伐が出来たみたいだからな!はっはっは!」


それまでの張りつめたような空気が薄れ、いくらか空気が穏やかな物へと変わる。


「お互いのわだかまりが無くなったついでに教えてくれや。てめぇはよぅ......どうしてそこまで翔に肩入れしやがる?」


瞬間、作り物めいていながらも(なご)やかだった空気を完全にぶち壊し、大熊が殺気を(にじ)ませながら、とある質問をした。


「肩入れ?何のことだい?」


「とぼけんじゃねぇ!ラウラから聞いたぞ。翔に魔法の講義を行う見返りとして、剣の魔王との戦いの記憶を求めたそうじゃねぇか」


「うん?確かに講義の授業料として納めてもらったが......あぁ!君からも授業料を受け取っていたからね。二重取りが気に食わないと_」


ズンッ


床が、壁の本棚が、天井すらもが、大熊を中心にぐらりと震えた。大熊は特に何かをしたわけではない。ただ身体の重心を少しだけ右足へと(かたむ)けただけだ。それだけで、この空間を構成するあらゆる物に小さく、されど確かに衝撃が加えられていたのだ。


「そろそろ減らず口を叩くのは止めとこうや。次はこの空間、砕くぞ?」


そう言葉を発した大熊から放たれる圧力は尋常(じんじょう)のものではなく、約束を(たが)えれば必ず有言実行するという意思がありありと感じられた。彼の威圧は、もはや人間が発することが出来る圧力の上限を軽く飛び越えたものだった。


「それは困るな。君が思う以上に、空間をつなげるというのは面倒なものなんだよ」


「なら正直に答えろ。どうしてマルティナの嬢ちゃんの情報、それへの対策、さらに発展させた奥義までタダで教えやがった!?知識一つの見返りに、国まで貰ったてめぇが!授けた知識で数多の人間を破滅に追いやったてめぇが!どうして翔にはタダ同然で、まともな知識を与えてやがるんだ!」


「その言葉はいささか言い過ぎではないかい?確かに貴重な知識の対価で、結果的に国を貰ったこともあるし、知識を与えた人間がその知識をもとに派手に失敗してしまったこともある。けれど、私はいつだって求めた知識を適切な対価で(さず)けてきたという自負があるんだけどね」


「ハン!飢えで苦しむ国相手に、不死者への転生法を教えたり、不老不死を求める人間に、他人の寿命を奪う魔法を教える馬鹿がどこいる!てめぇの知識は最短で、最適で、そして平気で人道から外れやがるから最悪なんだよ!」


そう、ダンタリアは過去の大戦においても、人類陣営の実質的な味方として、悪魔の情報だけでなく様々な知識を人類に授けてきた。貧困にあえぐ地域の国王に、不死者への転生法を授けたり、不老不死を求める人間に、他人の魂を喰らう魔法を授けたりといった形で、求める願いに最短でたどり着く方法を授けてきた。


その結果、国一つが破滅しようとも、ダンタリアは気にしない。なにせ知識を授けた時点で取引は終了しているのだから。そんな彼女が翔に対してのみ、無料で、そして安全、確実な情報を授けられてることが、大熊にとっては不可思議で、そして不気味な行いに映っていたのだ。


「ふむ、要するに君にとっては、今の私の行動が異常な行動に見えて不安で仕方ない。そのためこの行動に名前付け、もしくは理由付けを行うことで、少しでも不安を(やわ)らげたいといった所かな?」


「......あぁ、怖ぇよ。怖くて仕方ねぇ。俺はな、もうつまらねぇ理由で身内が死ぬのを傍観(ぼうかん)するのはこりごりなんだよ。だから、てめぇの行動に少しでも違和感がありゃ、当然文句を付けに行く。その行動に理由が無ぇなら、事故が起こる前に無理やりにでも止めさせる。その行動に理由があるんなら刺し違えても止めてやる」


その言葉を放つ大熊の表情は、真正面のダンタリアをにらみつけながらも、どこか遠くの風景を頭に思い浮かべているような、古い後悔と積み重ねた決意が入り混じる不思議な表情だった。


「そうかい。仲間想いの君らしい真っすぐな意見だね。そこまで言うのであれば、せめて理由付けだけはしておいてあげようか。私はね、あの少年を気に入っているんだよ。」


「気に入ってるだぁ......?」


その抽象的(ちゅうしょうてき)な言葉に、大熊が思わず握りこぶしを作ろうとするが、ダンタリアがその行動を手で制した。


「そう、気に入っているんだよ。あの少年は面白い。外様(とざま)から悪魔殺しの契約を交わし、凡百(ぼんびゃく)退(しりぞ)け、格上の悪魔祓い(エクソシスト)の少女との決闘に勝利し、乱入した選択を少女の命を守りながら見事討伐した。彼が悪魔殺しになってから一体いくつの月日が流れた?たった二月にも満たない短い期間でこれだけのことを()()げたんだ。少年の物語をもっと(はな)やかなものにしたい、少年の没後に(えが)かれるであろう英雄譚を楽しみたい。知識の魔王としてこれ以上の理由があるだろうか?」


「......傍観(ぼうかん)者を気取(きど)るのは止めて、養殖物の英雄譚(えいゆうたん)(なが)めたいってか?」


「それほどにまでこの世から、英雄譚(えいゆうたん)というものは失われてしまったということだよ。読みたいジャンルの作家の背中を押すことは悪いことではないだろう?」


「チッ、ならこれからも、翔だけには無償で手を貸すってか?」


「ちゃんと最低限の報酬はいただくさ。例えば今回の戦いの少年目線での物語とかね」


「そうかい、そうかい!ムカつくことに、てめぇのバカ高い情報料を翔経由なら払わなくて済むってことじゃ、(うなづ)くしかねぇ!最初(ハナ)っから、話しがここに着地するように狙ってやがったな?」


「何のことだい?私は少年の成長と、それによって厚みを増す英雄譚(えいゆうたん)を読みたいだけさ」


にらむ大熊と、微笑(ほほえ)むダンタリア。両者の間には目に見えない緊張の糸がこれでもかと引き伸ばされて存在していたが、(あきら)めたかのように大熊の方からその糸を(ゆる)め、ダンタリアに背を向けた。


「どうせてめぇには口で(かな)うとは思ってなかった。幸い翔の方も被害どころか、学ぶ点が多かったみたいだからな。こっちが退()いてやるよ」


そのまま大熊は出口に向かって歩き出した。


「けどな」


しかし、縄梯子に近付くと、思い出したかのように歩みを止めた。そして、すぐ(そば)にあった本棚を、下手をすれば1tにも届きそうなほど巨大で多くの蔵書が詰め込まれた本棚を、あろうことか片手で持ち上げ、ダンタリアに向かって放り投げたのだ。


ドォーン!と大きな音を立てながら、ダンタリアの目の前で何かの壁に阻まれたかのような動きをする本棚。


ビシリ!


けれども、壁の方も完全には衝撃を殺しきれなかったらしい。大きな亀裂が走ったような音を立てた。


「てめぇが、翔を利用しているって分かったら、俺の手でてめぇを殺す!」


なぜか腕が血まみれになった大熊はその言葉を残すと、縄梯子を何本か足場にし、異常な跳躍(ちょうやく)力で、そのまま出口を通り、大図書館から出て行った。


「全く、あんまり私に力を向けると契約のせいで命に関わるというのに......けど、安心するといい。私の望みのためにも翔を粗末(そまつ)には(あつ)わないと約束するよ。利用はさせてもらうけどね」


ダンタリアの言葉を耳にした者はいなかった。そうして彼女はため息一つ、吹き飛んで散らばった本棚の片づけを始めるのだった。


次回更新は12/11の予定です。

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