表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/413

正義対するは、また正義 その七

「そろそろ空中への手札が少ない事が、割れているだろうな」


 翔に背負われたマルティナが目を覚ました頃、捕鯨銛(ハープーン)のような長針を発射し続けるウィローがぽつりとつぶやいた。


「だが、それでも私の勝ちは揺るがん。小僧の魔法では私の命に届かんし、あの無駄の塊ともいえる翼での滞空だ。いずれ魔力が切れ、命尽きた羽虫のように無様に落ちてくるだろう。注意すべきは、あのふざけた突撃攻撃だが」


 決闘で翔が用いた突進攻撃。あれが命中してしまえば、魔法云々以前に一撃で吹き飛ばされかねない。


所詮(しょせん)私の魔法の前では、自殺と同じだ。当たらぬ攻撃、対岸の火事をどうして心配する必要がある? 私はあの悪魔殺し達の末期(まつご)の悲鳴を、どう(いろど)ってやるかを考えるだけでいい」


 しかし、己の魔法に絶対の信頼を置くウィローは、些事(さじ)とばかりに懸念(けねん)を頭の片隅に投げ捨てた。


 ウィローの根源魔法 再選択(リセット)は、一見すると転移と回復の魔法だと思われるが、厳密には違う。


 ウィローが何らかの行動を選択した時に、あらかじめ選ばなかった選択肢の自分を魔法にセット出来るのだ。


 例えば、翔と真正面からの殴り合いを選択した時。接近戦を挑まず、遠距離攻撃に(てっ)した自分を魔法にセットする。


 そして、窮地(きゅうち)(おちい)った時や、結果が気に入らない場合にウィローは魔法を発動するのだ。そうして起こるのは、過去の改変。別の選択肢を選んでいた際の立ち位置へと転移するため、他者からはまるで、任意の場所に転移しているように見えるのだ。


 傷の回復に関しても同じ理由だ。ウィローの魔法は発動した時点で、発動魔力を(のぞ)いた全てが、他の選択を取っていた自分に丸々変換される。そのため別の選択肢が傷を負っていないのなら、どんな重傷も無かった事に出来るのだ。


 ここだけを切り抜けば、対処不能な無敵の魔法に思えるかもしれない。けれども、もちろん弱点もある。


 一つ目が、魔法にセットした自分も、同じ時間軸に沿って行動していた扱いとなる事。仮に広範囲始祖魔法を放たれれば、どの選択をしても魔法に直撃する事になってしまう。何よりも優先してマルティナを戦闘不能に追い込んだのは、このためだ。


 二つ目が、実現不可能な事は選択出来ないという事。身体的特徴を見れば丸分かりだが、彼は空を飛ぶ術が無い。つまり、空中から奇襲をかけるという選択肢が、そもそも生まれないのだ。現在ウィローの攻勢が鈍っているのも、これが原因である。


 そして最後の三つ目が、セット出来る選択肢には限りがあるという事。また、過去の選択であればある程、再選択には多量の魔力が要求されるという事だ。


 マルティナとの初対面では、彼女の追撃から逃れるために一番古い再選択を強制させられた。使う事は無いと思いながらも、保険のためにセットしておいた逃走用の選択肢。


 これによってウィローは九死に一生を得たが、同時に発動コストを支払った事による魔力切れに直面し、潜伏を強いられる羽目になったのだ。


「それにしても、魔力切れが遅い。あの翼、思ったよりも魔力効率が良いのか? それとも、魔力回復手段を隠し持っているのか?」


 己の勝利を疑っていなかったウィローだが、ふと、獲物がいつまで経っても下に落ちてこない事に気付く。


 自分との戦闘以前から、翔が大規模な空中戦闘をしていたのはこの目で確認している。相手にしていた悪魔祓い(エクソシスト)を、魔力量で圧倒していた事も分かっている。けれどだとしたって、完全な魔力切れを起こさないのは、いくら何でも異常と言えた。


 魔力回復手段を持っていないとすれば、その魔力量は自分すら上回っているのではないか。そして、翔の限界はまだまだ先なのではないか。安全マージンを取った確実な行動を好みとするウィローの心に、一筋の不安の影が差す。


「いや、そんなことはありえん。回復手段を持っているのだ。それに、どれだけ回復していたとしても、あの馬鹿げた消費に追いつける筈がない。今に魔力切れが起こり、最後の特攻を仕掛けてくる筈だ」


 だが、魔力量でニンゲンに劣る。そんな屈辱を想定する筈が無い。事実だとしても、認められる筈が無い。彼は生まれた疑念と不安を、魂の深部に押し戻した。


「噂をすれば!」


 ウィローの声音(こわね)が、一段階上がった。上空の気配が急上昇したかと思うと、こちらへと向かって急降下を始めたからだった。想定した攻撃、間違いなく捨て身の特攻。


 後は最後の攻撃を華麗(かれい)に回避し、魔力切れを起こした無様な悪魔殺しを仕留めるだけ。選択肢をセットしながら、ウィローの心に暗い(よろこ)びが生まれる。


 そうして無意味な覚悟を決めた悪魔殺しの表情を眺めてやろうと思った矢先、ウィローの思考が凍り付いた。


「な、なんだ......あれは......」


 こちらへ向かって突撃を敢行する悪魔殺し。その悪魔殺しの突撃が()()()()()()()()()()、周辺にいくつも表れていたのだ。


 あまりにも見覚えのある魔法。さらにいつの間にか空には、魔力反応がもう一つ。


「ばかな.......馬鹿な、バカな、バカナッ!? なぜ生きている、悪魔祓い!」


 彼の背中には、致命傷を与えた筈の悪魔祓い(エクソシスト)の姿。意識を取り戻した少女は、ウィローをはっきりと見据えていた。底を付いた魔力を(みなぎ)らせて、殺意の籠った鋭い眼光を向けていた。

__________________________________________________________


 時間は翔が突撃を敢行(かんこう)する直前に、少しだけ(さかのぼ)る。


 ウィローに回復を悟らせぬために高空へと移動した二人は、今後の動きについて話し合っていた。


「私とあなたでって、お前は重症なんだぞ!? どれだけ重症なのかぐらい、自分でも分かってるだろ、って! 痛ってぇ!」


 翔が首筋に爪を立てられ、悲鳴を上げる。


「うっさい! どっちみちアレを倒さなきゃ、共倒れでお終いよ! それとも? あれだけ翻弄されておきながら、私に頼らずあの悪魔を討伐する方法があるっていうのかしら!」


 口元の血を純白の修道服で強引に拭き取ると、いつの間にか活力を取り戻したマルティナが怒鳴り声を上げる。


「ぐっ! けど、喀血してる時点で、お前はどっかの臓器を傷付けてる。そんな(やつ)に無茶をさせる訳には、って! 分かった! 分かったから! これ以上(つね)ろうとするな!」


 なおもマルティナの身体を気遣い、反論しようとした翔。けれどそんな反抗も、背後から迫る暴力の気配によって強引に止められた。


「いいから聞きなさい! あなたの言う通り、胸の傷は間違いなく心臓に突き刺さってるわ。しかも刺さり方が悪かったせいで、食道か胃も傷付いてる」


「なら!」


「だからパニックを起、こ、す、な! 私と戦った時の冴えは、どうしたのよ! 少し考えれば、心臓に傷を負った人間が動けない事くらい分かるでしょうが! 今の私は()()()()()おかげで、支障が無くなってるの!」


「はっ? と、取り換えた? そんなこと出来るわけ......まさか!」


 これ以上ないほどパニックを起こしていた翔の脳内だが、少女が発した取り()えたという言葉によって一つの可能性が浮かび上がった。


「まさか、始祖魔法で臓器を複製したってのか!?」


「そうよ。この場で複製したわけじゃない。私の身体にはカノプスの壺って名前の聖遺物(せいいぶつ)、簡単に言えばプラスの魔力で動く魔道具がいくつか移植されてる。その聖遺物の中に複製した臓器を納めて置く事で、万が一の時に取り換えが行われるように仕込んでいたのよ」


 いくら使い慣れた魔法と言えど、死の危機に(ひん)した瞬間に、完璧な臓器を複製するなど不可能に近い。


 されど普段から臓器の複製を続ければ、その分継続して魔力が消費されてしまう。そのためマルティナは聖遺物という外付けの強化を行っていた。保存と移植を(つかさど)るカノプスの壺という聖遺物内に、複製した重要臓器を保管していたのだ。


「なら、少なくとも、差し迫った命の危険は無いって事か?」


「ええ。おまけに複製した心臓内の魔力を使って、最低限の魔法も使える。けど、所詮(しょせん)(まが)い物。魔力が切れれば、他の魔法と同じ様に消失してしまうわ。だから、後は分かるでしょ?」


「お前が動ける内にさっさとあいつを倒して、安全に治療してやるのが一番だって言うんだな?」


 マルティナの返事は無かった。


 けれど、それは無言の肯定であり、ここまで言ったのだからまさか否定したりはしないだろうなという無言の圧力でもあった。


 ここまで覚悟を決められても、翔の本音はマルティナを逃がしたいであった。仮初(かりそめ)の臓器が動く内に、さっさと戦場から逃げ出してほしかった。


 けれども翔を殺した後に、ウィローがマルティナを追いかけるのは確実。自分との決闘であそこまでの無茶をやらかすマルティナが、素直に言うことを聞いてくれるとは全く思えない。


 だからこそこの場における最善の選択とは、彼女との共闘に他ならない。翔も腹を(くく)った。


「分かった......けど、これ以上命を削ろうとしたら、俺も命を()けてお前を逃がすからな!」


「ふん! 何甘っちょろいこと言ってんのよ! 私に勝ったあなたがそんな弱気なら、私の実力も低く見られるでしょ! 言葉が違うわ」


「はぁ? じゃあ、何を言えって言うんだよ! 言っとくけど、お前に無茶をさせるつもりは、って! 痛ってぇ!」


「私とあなたで戦うってのに、あんな雑魚に苦戦すると思ってるの!? あんな雑魚さっさと片付けて、決闘会場を作った責任者に文句をつけるのよ! 今もどこかで高みの見物をしている、いけ好かない知識の魔王にね!」


 マルティナは最後まで保険を掛けようとする翔を叱咤すると、苛立ちながらも決闘の責任者に文句をつけてやるのだと言い放った。


 それはこれまで散々(さんざん)敵意をむき出しにしていたダンタリアに向けた言葉であるにも関わらず、(とげ)以上は無いどこか余裕を感じさせる言葉だった。


 翔はマルティナの中で、何かが変わったと感じた。


「......そうだな。俺一人相手にしても、魔法頼りに戦うような奴だ。俺達二人が手を組めば勝てないわけがねぇ! あんな奴さっさとスクラップにして、ダンタリアに文句をつけてやらねぇとな!」


「その意気よ! だから、着実に、確実に、あの悪魔を討伐する私の方法。それにあなたも乗っかりなさい!」


 少しだけ信念を曲げる事を覚えた悪魔祓い(エクソシスト)。そんな彼女は真の邪悪を確実に滅ぼすために、己が好敵手(ライバル)の背中から一つの作戦を編み出すのだった。

 面白いと思っていただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ