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歪む日常、されど日常

「はい。連日報道されている傷害、傷害未遂事件の中では最大の規模となり_」


「うん......?やべ、眠っちまってた」


 つけっぱなしだったテレビの音で翔は目を覚ました。


 いつの間にか眠ってしまったらしく、目を覚ました場所もソファ。テーブルの上には夕食で使用した食器が出しっぱなしという酷いありさまだ。


「とりあえず食器を片付けて、風呂に入って、ってそうだ!......やっぱり夢じゃないよな」


 やるべきことをリストアップしていく段階で意識がはっきりとしてきたのか、昨日のことを思い出し、おもむろに右手に力を込めた。


 すると青白い木刀が右手に現れる。やはり昨日の出来事が全て現実だったらしい。


 自分は夕食を取りながら、この木刀についての検証を行っていたのだ。


 確認できたことは主に二つ。木刀を出現させる手に制限はなく、両手を使えば二本の木刀を生成可能なこと。そして木刀は翔の手から離れた時点で消滅してしまうことだった。


 その他にも調べたいことはたくさんあったが、出現させる木刀の質を上げられるのかといった検証で、歴史上の名剣でも出現させようとした瞬間から記憶が無い。


 どうやらそのまま眠ってしまったようだ。おまけに朝までぐっすりだったというのに、酷い眠気と頭痛に襲われる。


「痛っててて......魔法のルールなんて欠片もわかんねぇけど、この頭痛と眠気はたぶん身体からの警告なんだろうな。今度からは大熊さん達に聞いてからにしねぇと......ハハッ、そういや魔法を使えるようになったのも無茶苦茶やったせいか。反省が足りてねぇよ、俺」


 昔から翔はやると決めたら後先考えず突っ走ってしまい、周りが見えなくなることが多々あった。


 前日にこの悪癖のせいで死線を潜り抜けたのだ。興味本位でさらにもう一本死線を潜り抜けるのは間抜けが過ぎる。


「っと、今日も補習があるんだった。片付けを再開しねぇとって、えっ?」


 翔が裏でどれだけ大変な思いをしてようと、補習は無くなったりしないのだ。体調不良を理由に休むことは可能だろうが、そんなことをしたらいよいよ進級が絶望的になる。


 反省はほどほどに片付けを始めようとしたタイミングで、テレビ番組の音声がはっきりと耳に入った。


「夕暮れの商店街で起こった惨劇。取り押さえられた犯人は現在も錯乱状態で意思疎通が出来ず、警察は薬物中毒の可能性もあるとして_」


「待て待て、商店街って家の近所じゃねーか! 重傷三人の軽傷八人!?」


 番組では昨日の夕方頃に起こった新たな傷害事件が報道されており、騙したな。裏切り者。等と叫びながら、大型のナイフで通行人を切りつけた犯人の行為が説明されていた。


「......大熊さん達の話が本当なら、この事件も何の罪も無い人が操られて起きた事なんだよな。事件が起きるたびに螺旋魔法陣だったかが出来上がっていって、最後には悪魔が大量の魔力を得る......絶対に止めないと」


 翔は自分の右手を上げ、目の前に木刀を出現させる。


 自分には悪魔から授けられた力があり、力無き人のために悪魔を止める義務がある。悪魔の所業から生まれた怒りを出現させた木刀を見つめることで落ち着かせ、気持ちを切り替え片付けを再開した。


「よし、準備できたな。それじゃあ爺ちゃん、婆ちゃん、母さん、行ってくるよ」


 最後に仏間へ向かい、幼き頃に亡くなった祖母と母、そして中学生になるまで自分を育ててくれた祖父の遺影に手を合わせて学校へと出発した。


__________________________________________________________


 学校に到着し、教室の扉を開くと翔は驚いた。あれだけ大暴れをした教室が、綺麗さっぱり元通りになっていたからだ。


 記憶が正しければ窓ガラスは粉々に砕け、様々な衝撃で教室の机や椅子も粉砕されていたというのに、どれもヒビの一つだって見当たらない。


 こんなことが出来れば、一般人にも魔法の存在を隠し通せるよなと翔は心の中で感心した。


「昨日約束をすっぽかした天原さん? 教室の入り口で何をぼーっとしてるんですかね? まさか今度は自分の席を忘れたとか?」


「流石にそこまでおめでたい頭にはなってねーよ! そもそも補習が始まったら結局前に寄るんだから自分の席も何もねーだろ! それとすっぽかしたことに関しては申し訳ございません、どうかファミレスのパフェでお許しをいただきたく......」


「ぷっ、くくく! 敬語謝罪が面白かったから特別にパフェで許してあげる。それにしてもマジでなんかあった?」


 怒った顔から、小馬鹿にしたような顔、笑い顔から心配するような顔と表情をころころと変えながらも、最後には気遣った言葉をかけてくれた凛花に昨日のことを説明しようとして、翔は言葉に詰まった。


「あっ、あー......人生が変わるような事態があったというか、実際には無かったことになったというか......」


「何それ? 自己啓発本に感動したけど、すぐに矛盾を見つけちゃったみたいなこと言ってるけど」


「分かりにく! いや、この場合俺の説明がわかりにくいのか......悪い。まとめるから補習が終わるまで待ってくれないか」


「ふ~ん、まぁいいけど。あとちゃんと大悟にも謝っときなよ、あいつも私と同じくらい心配してたんだから」


「げっ! そういや大悟に送られて帰ったんだもんな。ハンバーグにドリンクセットで許してくれるかね?」


「付け合わせのサラダまで要求されるに百円」


「その案に百円」


「ぶー! 残念ながらベットタイムは終了です!」


「なっ、ずりぃぞ!」


 この後、大悟からはヘッドロックの上でリブロースステーキを要求され、物理的に頭を抱えられながら、思わぬ出費に頭を抱えることになった。


 そしてそのままグダグダと三人で暇をつぶしていると、補習の時間ぎりぎりになって姫野が登校してきた。


 戦いの際にあれほど苦しい顔をしていたのだ。疲れから補習を休んでも仕方ないと思っていたが、しっかり登校してきたらしい。


 昨日のようにこちらにぺこりと頭を下げると、自分の席に座って補習の準備を始めた。


「んー?」


 そんな姫野の様子を見て、凜花が頭を捻りながら何かを考え始めた。


「どうした、凛花?」


 大悟がそんな凛花を不思議に思い声をかける。


「んー。なんか神崎さんの雰囲気が柔らかかったな~って気がして」


「そうか? 俺には昨日となんも変わらんようにしか感じなかったが」


「えー、それは鈍感すぎ! 微妙に違うじゃん。昨日までは、どうせ引っ越しですぐに別れることになるしって距離を取ってた感じなのに、今日のは親しい友達に向けるような顔だったよ!」


「うーん、やっぱり俺にはわからんな」


「へー......そうなのかー......」


 凛花の言葉を聞いて、翔は全身から冷や汗が流れる。


 どう考えても姫野の態度は自分へと向けられたもので、昨日の出来事が関係していることは間違いない。


 自分のことを信頼してくれたのは嬉しいが、悪友二人にばれたりしたら根掘り葉掘り徹底的に追及されるに違いない。


 今のうちに言い訳を考えなくては。


 翔が言い逃れの理由を頭から絞り出している間に、ガラガラと扉を開きジャージ姿の男性教師が入ってきた。


「あー、みんな暑い中ご苦労さん。今日の補習なんだが、担当の先生がこの暑さで倒れちまったみたいでな。大事を取って数日お休みすることになった。その間は自習とする。出席さえしてれば単位はくれるそうだから安心しとけ。それじゃこっちも部活の指導が忙しいんでな。サボるなよ。」


 そう言って男性教師は駆け足で廊下を走って行ってしまった。


「えー......どうする?」


「まぁ、明日はまだしも、今日は宿題の答え合わせと見直しでいいんじゃないか?」


「あー、それがあったか。じゃあ丸付けしたらみんなで答え合わせをしようか! 神崎さんも一緒にどう?」


 凜花が持ち前のコミュニケーション能力を活かして姫野に声をかけた。


「迷惑じゃなければ」


「もちろん迷惑なんかじゃないよ! それじゃあ丸付けを......って翔、何その面白い顔?」


「宿題を忘れました」


 帰って早々魔法の検証で寝落ちした翔には、そもそも宿題に手を付けることすら不可能だった。


「はぁ!? わざわざ取りに戻ったのに!? マジで言ってるの!?」


「やらかしました」


「やっぱりおめでた頭じゃん。このフェスティバルヘッド!」


 英語の補習らしく、凛花が英語で翔の頭を揶揄(やゆ)する。


「結城さん。めでたいは英語でコングラッチュレーションよ」


「へっ?」


 そして、即座にこの場にいる人間としてふさわしい自爆をした。


「大丈夫だ。お前ら二人がどれだけ馬鹿にされようと、俺は味方だからな」


 大悟が涙を拭うようなわざとらしい演技を行い、翔と凛花に温かい視線を送る。


「おめーはこっち側の人間だろうが! 昨日は色々とあったんだ。俺は悪くねぇぇぇ!!!」


 翔のむなしい叫びが、学校に響いた。

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