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正義対するは、また正義 その五

「マルティナァァァ!」


 槍状の何かに胸を貫かれたマルティナが、地面へと落ちていく。


 あまりの異常事態に一瞬呆気に取られていた翔。しかし、マルティナの表情を見て我に返り、彼女を助けるために出力全開で追いかけだした。


「ぐっ......このっ、届けえぇぇぇ!」


 翼を失った事でマルティナは地面に向かってゆっくりと降下していたが、それでも地上には程遠い高空域だ。こんな場所から地面に叩きつけられたりしたら、出血以前に身体がバラバラになってしまう。


 やっと分かり合える兆しが見えていたのだ。そんな結末を翔は望んでいなかった。


「ッ! 届いたっ! このおぉぉぉ......!」


 随分と地面が大きく見え始めた所で、翔の手がマルティナを掴んだ。その瞬間に彼は身体を半回転させ、今度は噴出口を地面に向けると大量の魔力を放出させる。


 それによって落下の勢いを相殺。軟着陸に成功していた。


「息は......してる! けど、こんなの......!」


 落下の危険が過ぎ去ったことで、翔は改めてマルティナの様子を確認する。


 誰がどう見ても重症だ。時計の長針のような凶器は、綺麗に貫通しているおかげで傷口からの出血こそ少ない。しかし、貫通場所は胸。素人目にしたって、間違いなく重要な臓器を傷つけてしまっている。


 それに自ら傷つけた腕の傷からの出血も、未だに止まっていない。そして何よりも問題なのは、彼女が魔力切れ寸前だということだ。


 魔法世界には、科学技術よりもよっぽど優れた治療用魔道具が存在する。けれども、その動力は使用者の魔力。翔がハプスベルタとの戦いで意識を取り戻すのに時間がかかったのも、彼が魔力切れ寸前で魔道具使用に時間を要したためだった。


 今のマルティナの状況はあの時と近く、さらに負傷の状態は彼女の方がずっと悪い。このままでは急いで病院に運び込んだとしても、肝心の治療が行えない可能性が高かった。


(まさかマルティナの言う通り、ダンタリアが裏切ったのか......? 俺達二人の悪魔殺しを、一網打尽(いちもうだじん)にするために......)


 勝負は付いていたのだ。翔に追撃する気持ちは微塵も無く、マルティナは抵抗しようにも魔力切れ。ならばこの急襲には、彼ら以外の第三者が関わっているという事になる。


 翔はマルティナの傷の具合を確認しながら、もう一度行われるかもしれない奇襲攻撃に備えるしかなかった。信じていたダンタリアの裏切り。翔の頭にはその可能性が強くよぎっていたが、結果としてそれは杞憂(きゆう)に終わる事になる。


「お前、()()......?」


 何しろ翔達に向かって、形容しがたい存在がゆっくりと歩みを進めていたのだから。


「お見事、非常にお見事な戦いでした! ニンゲン同士とは思えないほどの高度な戦い。思わず見入ってしまいましたよ!」


 翔は咄嗟(とっさ)にマルティナを自分の背後へと隠し、その存在の観察を始めた。


 片側を肥大化させた天秤(てんびん)を、無理やり人型に整えたかのような無機質な身体。目盛板を()した頭部は小刻み揺れ、金属質な身体は歩く度にギャリギャリと不快な音を立てる。


 こんな奇怪な姿の人間が存在する筈も無い。


 悪魔だ。ダンタリアとは別の悪魔が、この場には居合わせていたのだ。


「もう一度聞く。お前は、何だ?」


 会話こそ続けていたが、すでに翔の木刀は悪魔へと向けられている。


「おやっ、これは失敬、失敬。私、此度(こたび)の人魔大戦で現世に顕現(けんげん)することを許された悪魔の一体、国外代表(アウターナンバー) 選択のウィローと申します」


 終始(しゅうし)芝居(しばい)がかった態度を崩さない怪人は、自分の正体を堂々と告げる。言われずとも分かってはいた。けれども確証を得た事で、翔は冷や汗が流れ落ちるのを止められなかった。


 何せ目の前の相手は、本物の悪魔だ。本来戦う必要のない悪魔殺し同士とは違い、戦う事が宿命づけられた相手なのだ。そんな相手が消耗し切った自分達に向かってくる。緊張をするなという方が無理があった。


「そのウィローさんが何の用だよ?」


 翔は出来るだけ相手に緊張を悟られないよう、相手の態度に合わせて軽口を叩く。


「ハッハッハ! 無理に戦う姿勢を見せる必要はありませんよ。元々何の因縁の無いあなたと事を構えるつもりはありません。私はこう見えて平和主義なのです」


「はっ! 最近の平和主義ってのは、相手に致命傷を与えてから平和を語るんだな」


「クフッ、そう思われてしまうのも仕方ありません。けれど、私も元々は被害者。あなたが後ろに守る悪魔祓い(エクソシスト)によって、討伐されかかった事がありましてね。その落とし前を付けさせて貰うために、はるばるここまで来たのです」


「狙いはマルティナだけって言ってるのか?」


「お話が早くて助かります。お察しの通り、私の目的はあなたの背後の悪魔祓い(エクソシスト)。私が彼女に与えられた苦痛をそっくりそのまま、いえ、二倍、三倍、何倍にでも吊り上げて叩きつける事が目的なのですよ!」


 自らの目的を大仰な身振り手振りで話し終えたウィローは、肥大化した方の手を翔へと伸ばした。


「ですので、さっさと後ろの悪魔祓い(エクソシスト)を手渡していただけると助かります」


「......」


 翔はウィローへ返答せず、ただ、木刀をより強く握りなおした。


(やられた事への仕返しなんて言ってはいるが、こいつは俺達が消耗するまで気配を殺していやがった。つまり、正々堂々戦うつもりなんて最初から考えてねぇ。そんな相手とマルティナを守りながら戦えるのか?)


 翔にはマルティナを見捨てる気持ちは微塵(みじん)も無かった。どうやったらこの場を切り抜けられるのか、どうやったら瀕死の重傷を負った彼女の命を助けられるかといった方法だけを考えていた。


(もう決闘もへったくれもない異常事態なんだ。ダンタリアが助けてくれたりは......いや、甘えた事を考えんな!)


 あまりにも不利な形勢故に、翔は一瞬だけダンタリアの助力を期待した。しかし、ダンタリアの肩書を思い出し、首を振る。彼女のポリシーは永劫中立、そんな存在が明らかな肩入れをする筈が無い。


 そもそもとして、彼女は頂点の一角たる魔王と呼ばれる存在なのだ。悪魔側に立ってこちらに牙を()かないだけでも、十分すぎると言えた。


 翔は頬の内側を噛み、痛みによって淡い期待を霧散させる。まだ自分に出来る事がある。そして、今の自分が望む事を実現するために、ウィローに向けて一歩足を踏み出した。


「......まさか、私と戦うと? あれだけ魔力を消費した後で、あまつさえ私に勝利すると? 何度も言うように、私の目的は悪魔祓い(エクソシスト)への復讐。それ以上は望んでいないのですよ?」


 その行動を宣戦布告と受け取ったのだろう。ウィローの声音から遊びが消える。


「あぁ。そんだけベラベラ語るんだ。目的自体は嘘じゃないんだろうな」


「あなたとしても味方にすら牙を()く狂人との縁が切れて、良い事()くめではないですか。一体何が不服と言うのです?」


 口では交渉を続けていたウィローだが、翔の前進に合わせて魔法の発動準備を進めている事が分かる。


「そうだな。初めて出会った時も、いきなり空から槍をぶっ刺されてえらい目にあったよ」


「言葉も(かい)さず暴力から入るとは、もはや獣ではないですか。愛玩動物でもない。保護すべき希少種でもない。下手をすれば手どころか急所へ噛みついてくる猛獣を、どうして守ろうとするのです」


 理解出来ないとばかりに首を振るウィロー。そんな悪魔に対して、翔の解答は一言だった。


「本心をさらけ出して戦ったからだ」


「......なんですって?」


「マルティナと戦って、あいつの願い、思い、信念を改めて聞き出せたからだ。血生臭い出会いだった。考えの時点で、そりが合わないことは重々承知だった」


「でしたら_」


「けどな! だからってマルティナの願いが間違っているわけじゃない! あいつの人間を救いたいって思いを否定しなきゃいけないわけじゃない! お互いの事を知らな過ぎただけだったんだ。一歩ずつ(ゆず)り合えば、俺とマルティナは上手くやっていけるってわかったんだ!」


 翔はマルティナの事を、悪魔の討伐に取り憑かれた戦闘狂だと思っていた。マルティナも翔の事を、遊び半分で人魔大戦に参加した甘ったれの魔法使いだと思っていた。


 けれど戦いを通して、マルティナが自分の全てを賭してでも、人類の幸福を願っていた事が翔には理解出来た。翔が努力と強い信念を持って、人魔大戦に(のぞ)んでいる事がマルティナには理解出来たのだ。


 完全な和解は難しくとも、お互いの不満に目を(つむ)れるくらいには分かり合えたのだ。そんな相手を守ろうとするのは、翔の中では当然の考えだった。


「......全く理解出来ませんよ。自分の周りに、汚らしい野良犬を置く事を良しとすると? 愚かな犬なんぞを信じ、あまつさえ犬の選択を尊重すると? そんな(おろ)かな選択、私には到底理解出来ません」


「そうかよ。なら俺もお前を一生理解出来ないだろうから、お相子(あいこ)だな」


「あれほど分かりやすく要求をお伝えしたというのに。後学(こうがく)までに、どこが理解出来ないのか教えていただけませんか?」


 翔が木刀の間合いまで近付いた。ウィローの魔法準備が整った。


「あぁ、教えてやるよ。まず、選択権が俺にあるってほざいた癖に、延々と誘導しやがった事。次に、真剣勝負に水を差しやがった事。最後に、話している途中でも、これっぽっちも殺気を消さなかった事だ! マルティナのついでに、俺も始末してやろうって魂胆(こんたん)がバレバレなんだよ。クソ悪魔!」


「はっ、ははっ、はっはっはっ! 油断した瞬間を串刺しにしてやろうと思っていたが、まさかまさか、その程度の低俗な理由で私と敵対する事を選択するとは! そこは地面に這いつくばりながら、命乞いをするのが賢い選択だろうに! 全く目も当てられんほどの(おろ)かな選択だな、悪魔殺し!」


 交渉の決裂が決定的となった瞬間、ウィローはそれまでの化けの皮を脱ぎ捨てた。露わとなったのは、人間をこれでもかと見下す典型的で没個性な悪魔の本性。自分以外を無価値と切り捨てる、邪悪で醜悪な本性であった。


「身体はボロボロ、魔力もカラッカラ。けど、これくらいのハンデ、卑怯者のお前には必要だろ? 行くぞ! そのブリキの身体、スクラップにしてやる!」


「いいだろう! 悪魔殺しを二人も始末出来たのなら、実績としては十分だ。私が国家所属悪魔へ転身するための、輝かしい(いしづえ)となるがいい!」


 片や守るため、片や奪うため。一人と一体の少女を巡る戦いが始まった。

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