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正義対するは、また正義 その四

 マルティナの生み出した衝撃の壁は、一見すると所々に隙間が生じる貧弱な壁に見える。


 されど実際には彼女の否定を象徴するかの如く針一本通さない衝撃の連続であり、翔の前に立ちふさがっていた。


「ハァ......ハァ......いくら空への手段を手に入れたからって、攻撃手段は木刀だけ!今の私に近付いてみなさい。文字通り、微塵切りにされるわよ!」


 高らかに(おど)し文句を唱えるマルティナの顔は、長時間の出血によって明らかに血の気を失っていた。


 これまで使用しなかった奥の手を、窮地(きゅうち)ともいえる場面で使用したという意味。それが自分の限界を超えた魔法である事は、翔にも容易に想像出来た。


「止めろ! そんな無茶な魔力の使い方をすれば、どんな後遺症が残るか分からないんだぞ!」


 負けられない戦いで追い詰められ、自棄(やけ)になる。火事場の馬鹿力と言えば聞こえは良いが、その実態は技を捨てて獣に成り下がるという事だ。


 武道に身を置く都合上、そんな人間を翔は何度も見てきた。そしてそんな人間が勝てる筈も無く、無様に負ける姿を数多く見てきた。


 そして、最悪の末路は無茶の代償による故障。あの時どうして無茶をしたのか。二度と戻れない世界を夢想し、悔恨の海に沈んでいた


 今のマルティナは、そんな人間達の焼き増しだ。全力で翔を打倒する事こそが全て。後先なんて考えてもいない。


 だが、もしこの無茶によって身体に後遺症が現れたら、満足に奇跡や魔法を使えなくなったりすれば。彼女は自分の信念たる悪魔討伐も、満足に行えなくなってしまう。


 そうなれば、彼女の後悔と絶望は計り知れないものになる。翔は必死に声掛けを続けるが、自棄になったマルティナには届かなかった。


「うるさあぁぁぁぁい!」


 さらに魔力を(しぼ)り出したのだろう。目から血涙(けつるい)を流しながら、彼女は痛めた肩とは逆側の腕に槍を出現させる。そして、目の前に広がる衝撃の壁を(ゆる)め、そこから槍を投擲(とうてき)した。


 地上とは違い上下にも回避が行える空中では、いくら魔法で槍の本数を増やしたからといって(ろく)に当たるものではない。しかし、先ほどの防御に限界以上の魔力を()めたように、今回の攻撃にもマルティナは血涙を流すほどの魔力を()めていた。


 その結果はすぐさま現れた。翔の視界いっぱいに広がる槍の津波が出現したのだ。


 引いては返す津波の如く、その攻撃は一度限りの面制圧(めんせいあつ)攻撃では断じてない。第一波が到達する以前に、その後ろには第二波、第三波の槍がすでに放たれている。


 人一人に放つには、あまりにも過剰な火力。それこそが心を乱し続けた憎き人間に放つ、マルティナの正真正銘(しょうしんしょうめい)全力の一撃だった。


「すげぇな......さっきの防御魔法を使った後に、こんな魔法が放てるのかよ」


 対する翔はその現実離れした光景に、思わず感嘆(かんたん)の声を漏らしていた。これほどの魔法を放つためにどれほどの訓練を重ねたのだろうか、どれほどの苦痛を(ともな)ったのだろうか。


 翔はマルティナの事をほとんど知らない。もちろん彼女が行った研鑽の日々を目にする事も出来ない。


「......そりゃあ契約魔法もろくに警戒しないちゃらんぽらんは、気に食わねぇよな」


 けれどこれだけの魔法を放てるからこそ、悪魔への向き合い方以前に、初対面の翔の態度が何よりも気に食わなかったのだろう。


 私がこれだけ人類のために努力を重ねているというのに、お前の心持ちはなんなんだといった所か。


「だからこそ俺も認めさせなきゃ、いや、認められなくちゃ駄目だ。俺だって努力をしていることを! 俺だって邪悪な悪魔相手に戦えるってことを!」


 そう言うと、翔は背中に生やした擬翼(ぎよく)から魔力を目いっぱい噴出させ、槍の津波へと自ら飛び込んだ。


「うおおおぉぉぉ!」


 飛び込んだ瞬間、上下左右全ての視界が槍一色に染まる。


 翔は身体を出来るだけ小さく縮こまらせ、どうしても避けきれない衝撃を払い落とす事だけに集中する。


 木刀で弾く事が出来ない背部(はいぶ)偽翼(ぎよく)部分には、今も数える事が馬鹿らしくなるほどの槍の衝撃が降り注いでいる。あまりの衝撃でバランスを崩した翔を、現実の津波の如く飲み込もうとしてくる。


 だが、翔は止まらない。面攻撃に対する点攻撃。魔力噴出の最大出力による一点突破を狙って、飛び込んだ勢いそのままでマルティナへと近付いていく。


「させるわけ、無いでしょ!」


 けれども、マルティナの方も黙って翔の行動を見過ごす筈が無い。翔の狙いが潤沢(じゅんたく)な魔力量を活かした一点突破であると把握すると、衝撃の範囲を狭め、突破してくるであろう一点に向けて槍の密度を増やしたのだ。


「ぐうぅぅぅ、おおおぉぉぉ!」


 自分に向かってくる飛翔物に対して、自分からも高速で近付いていくのだ。翔が体感する槍の速度は、すでに尋常なものでは無くなっていた。さらに、マルティナによって、飛んでくる数そのもの段違いに増加している。


 単純に物量が多すぎる。翔がどれだけ神がかった反応を見せようとも、彼が腕を動かす物理的速度の問題で、どうしても対応出来ない槍が発生していた。


 翔の防御の内側に侵入した槍達が、鋭い穂先(ほさき)の牙で彼の身体に喰らいつく。柔らかな肉と熱い血潮、ついでとばかりに傷を付けられたという感覚すらも奪い去っていく。


「まだ、まだだ......!」


 だが、翔はそれでも止まらない。大量の槍によって目の前の視界すら覚束(おぼつか)なくなる。それでもただ(ひとえ)に、真っすぐに飛び続ける。見えない壁の向こうにいるマルティナに向かって、一心不乱に飛翔を続けていく。


 数々の負傷を抱えながらも、遂に翔は第二波とでもいうべき槍の猛攻を(しの)ぎきった。これでマルティナの生み出した槍の津波はあと一波のみ。


「ゲホ、ゲホッ! ......そうよね。あんな状況で私に敵対したんだもの、突破してくるだろうと思っていたわ!」


 血の混じった(せき)を吐き出しながら、それでもマルティナの戦意は一ミリも鈍ってはいなかった。


 さらに槍同士を密集させ、ネズミ一匹()い出る隙間(すきま)も無い槍衾(やりぶすま)を完成させていたのだ。


 ここまで密度の高い攻撃に(さら)されてしまっては、もはや剣の腕など関係ない。凡人なら狂気の果てに命を投げ出すその光景。それでも翔はニヤリと口角を吊り上げ、切れた唇から流れる血を二の腕で無造作(むぞうさ)(ぬぐ)う。


「ベッ、くっそ、血の味しかしねぇ! けど、そうだよな。たった一人で戦い抜くって心に決めていたお前が、魔力切れ程度であきらめるわけがねぇと思ってたよ!」


 そう、翔はあきらめていなかった。むしろ自分の剣術が通用しない瞬間を、マルティナの最後の反攻が来る事を予期していたのだ。


 それは知識の魔王の入れ知恵。彼女はあらゆる可能性を考慮して、翔に戦術と知識を授けてくれた。翔の笑顔は、切り札への切り替えしを披露(ひろう)する場面に巡り合えたからだったのだ。


「ダンタリア、どうせどっかで見てるんだろ? お前にあの時言ったように、俺が本番に強ぇって事を証明してやるよ! ......擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)!」


 変化は突然だった。翔の背中に存在する五対十本の噴出口が、彼の斜め前方へとせり出した。さらにそれぞれがぴったりと重なり合う事で、翔を隠す小さなシェルターのように変化したのだ。


 変化は止まらない。重なり合った噴出口達は、共鳴するかのように限界まで魔力放出を増やす。ただでさえマルティナを凌駕(りょうが)していたスピードが、さらに加速していく。


 その姿はまるで、種の存続を願い、自らの子孫を彗星(すいせい)(ごと)く空へと飛ばす鳳仙花(ホウセンカ)のようであった。


 瞬く流星によって、津波が真っ二つに切り拓かれる。そうして残るは、魔力切れで動く事もままならない少女一人のみ。


「うおぉぉぉぉ!」


「くっ......!はあぁぁぁ!」


 苦し(まぎ)れに出現させた槍の穂先(ほさき)も、魔力量の差でかき消される。己の敗北を悟った少女の顔が、間近に迫ってくる。


「あっ......」


 インパクトの瞬間。翔は少し、ほんの少しだけ、翼の軌道を横へと()らした。


「えっ......?」


 翔の目論見は成った。彼は突撃によって、ダイダロスの翼の片翼のみを綺麗に吹き飛ばす事に成功したのだ。


 マルティナの翼は翔の翼とは異なり、何らかの運動エネルギーによって飛んでいる訳ではない。翼が生えている間に限定された、ルールによる飛翔なのだ。


 そして翼とは左右一対あってこそ。そのルールから外れた者は、空への滞在権を失う事となる。逸話のように両翼を失った訳ではないため、墜落(ついらく)する事こそ無い。しかし、片翼で羽ばたける筈も無く、マルティナはゆっくりと地上へ降下していた。


 そして翼への一撃によって、彼女は最後の最後まで自分の身が案じられていた事に気付いてしまった。自分が手加減無しの本気をぶつけたというのに、相手は自分の命すら配慮(はいりょ)していたのだ。


 戦いでも負け、人間性でも負けた。その情けなさに、唇を噛みしめそうになる。


(駄目。ここで敗北を認めなかったら、そんなの私達家族を裏切者と断罪したあいつらと同じじゃない!)


 けれど、マルティナは(すん)での所でその動作を取り止めた。そんなのは負けを認めず駄々(だだ)を捏ねているのと変わらない。そんなものは信念とは呼べない。


 それに、翔は甘ったれた人間でも何でもなかった。努力を重ね、このたった短い期間の間に自分への対策を用意して勝利したのだ。


 そんな実力を持った悪魔殺しとくだらない決闘をしている間に、悪魔の被害をどれだけ減らせたか。自分の行いこそが、信念の足を大きく引っ張っているという事実を受け入れるしかなかった。


 だからせめて、これ以上の恥の上塗りをするわけにはいかない。


 最後くらい真摯(しんし)であろうとマルティナは思った。


 翼の変形を()いた翔が、こちらへ向かってくるのが見える。


「私のま_」


 マルティナが敗北の宣言を行おうとした時だった。


「あっ......?」


 柔らかな物体に何かが突き刺さる音が響き、マルティナの胸部を軽い衝撃が襲ったのだ。


「あぐっ......」


 衝撃に目を向ける。すると自分の背中から胸へとかけて、時計の長針のような物体が真っすぐと突き刺さっている事に気付いた。


 そして気付いた瞬間に、彼女は派手に吐血(とけつ)した。


 翔が慌てたようにこちらへ手を伸ばし、近づいて来るのが見える。けれども致命傷を受けたマルティナには、翔の様子を最後まで眺める時間は残されていなかった。


 地球の重力に(みちび)かれるまま、マルティナは地面へと落ちていく。

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