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正義対するは、また正義 その二

「うっ、あっ......!」


 翔の一撃による衝撃を殺しきれず、吹き飛ばされたマルティナ。柔らかさとは対極にある廃墟の床は、彼女の柔肌を容赦無く削り取る。そのせいで彼女の左半身は至る所に()り傷が発生し、純白の修道服も泥にまみれていた。


()っ!? うぅ......!」


 おまけに腕で無理やり木刀を受け止めた代償か。立ち上がった瞬間に、思わず力の抜けるほどの激痛が走った。


「その腕じゃ、もうまともに槍は握れない。ダンタリアだって、最後には魔界に帰る事になる。......あきらめてくれないか?」


 翔は勝負あったとばかりに、降参(こうさん)(うなが)した。


 彼女の始祖魔法は数を操り、衝撃ですら増やしてみせる。しかしそれは、模倣元となる衝撃があってこそ。肝心の増やす対象が貧弱では、いくら数を増やしても意味が無い。


 先ほどまで両手で槍を振り回していたマルティナだ。そこまで重量感のある槍を片手で振り回すのは、困難を極めるだろう。そうなれば、生み出す衝撃波もどうしたって弱くなる。


 客観的に見て、もう彼女には勝ち目がない(はず)だった。


「まだよ......!」


 けれど、彼女の瞳から闘志の炎は消えていなかった。むしろ、翔に一本取られた事によって、炎はさらに勢いを増したようにも思える。


「まだって......もうその腕じゃ槍を振るどころか、投げるのだって無理だろう。どうやったって......」


 翔がさらに言葉を重ねようとした時だった。


「がっ! ああぁぁぁっ!」


 何を思ったか。マルティナは懐から取り出した小刀で、自分の腕を切り裂いたのだ。


「なっ!? 一体何をやって......!?」


「ハァ、ハァ......! ふっ、ふふっ。だから言ったじゃない。まだ終わっていないって......!」


 激痛に顔を歪めていた(はず)のマルティナ。しかし、次の瞬間には右手に槍を出現させ、何事も無かったかのように平然と握って見せた。


「イアソーの腕を()()()使()()()()()!」


「......あぁやっぱり。予測はしていたけど、そこまで割れているのね。本当に不快。反吐が出るわ」


 そう。マルティナは指定したあらゆる感覚を麻痺させる医療用の奇跡、イアソーの腕を自分に使用していたのだ。


 きっと腕の痛みを指定したに違いない。その証拠に、先ほどまで痛みに(ゆが)んでいた顔はけろりと余裕の表情を取り戻し、あまつさえ翔に悪態(あくたい)()く余裕すら生まれていた。


「マルティナ! 激痛が走ってた腕にその奇跡を使う意味、分かっているのか!?」


 翔はマルティナの狂気じみた執念(しゅうねん)に少しばかりの畏怖(いふ)を抱くと共に、再開されるであろう彼女との戦いに待ったをかけようと叫び声をあげる。


 痛みとは身体が心に向けて放つ重要な危険信号だ。それを無視するという事は、未来に返済しようも無い負債を抱えかねないリスクなのだ。


 マルティナは打撲によって腕を痛めた上で、(むち)打つ様に切り傷まで作ってしまっている。炎症によって抵抗力が落ちた身体に雑菌が入れば、彼女の腕は腐り落ちてしまう可能性だってあった。


「当たり前でしょ。最悪腕を切断しなければいけなくなる事くらい、織り込み済みよ!」


「織り込み済みな訳あるか! 腕だぞ! お前が使う魔法全般に必要な腕が無くなるんだぞ!? そんなことになったら、お前が求める悪魔の殲滅(せんめつ)が遠のくだけだ! どうして分からないんだ!」


「ハッ! 知識の魔王が現世を蹂躙(じゅうりん)しない可能性を信じろ。腕が駄目になる可能性を想定しろ。随分(ずいぶん)と自分に都合の良い可能性ばかり、信じろとほざくじゃない!」


 だが、マルティナは翔の言葉に耳を貸そうとはしなかった。それどころか、腕の調子は戻ったとばかりに翔に向けて走り込むと一度、二度、三度と鋭い突きを放つ。その激しい動きの度に、少なくない鮮血が(こぼ)れ落ちる。


「ぐっ!」


 想いの(こも)った苛烈(かれつ)な攻撃だ。翔も回避に専念する事を余儀(よぎ)なくされる。


 いくら練習を重ねて対処法を身に着けたからと言っても、マルティナの攻撃は一度も貰ってはいけないものだ。だが、同時にマルティナの負傷を嫌でも目にした翔は、顔を歪める事を我慢出来なかった。


「っ! そんなに私を止めたいのなら、あなたがさっさと倒れなさい!」


 そんな翔を見て、マルティナは(あわれ)みの視線を向けられたと思ったのだろう。怒りの声を上げながら刺突を放ち、さらにそれらを模倣する。


 槍衾のような逃げ場の無い攻撃だ。たまらず翔もバックステップで距離を取ろうとした。


「逃がすかあぁ!」


 だが、その動きはマルティナに誘導されたものだった。突きから流れるような動作で、槍の石突を地面へと叩きつける。人の手入れが無くなった床だ。老朽化で耐久度を失っていたコンクリートが、散弾のように弾け飛ぶ。


 そして、間髪入れずに散弾の数が何十倍にも増大する。


 逃げ場が無い。今日初めて、翔は予測で一歩前を行かれた。


(しまった! 考え無しに感覚で後ろに下がったのが裏目に出た! あんな細かく散ったコンクリの欠片なんて、どう考えても弾き切れない! 急いで横っ飛びを......!)


 後ろへの無駄な一歩によって、翔の横っ飛びは数瞬(すうしゅん)遅れた。何十もの欠片が飛来し、そのうちの大ぶりな一つが翔の腹部に突き刺さった。


「ごはっ!」


 今度は翔が吹き飛ばされる事となった。手入れなどされていない剥き出しのコンクリートの床は、男女の区別無く平等に()り傷を作り出す。


「ふん、余裕こいて説教なんて始めるからそうなるのよ! 敵が傷ついたからって戦うのを止めようとするなんて、思った通り相当に甘やかされて育てられたみたいね!」


「なんの......ことだよ......」


 マルティナの(あお)り文句に触発され、腹を抑えながらも翔は立ち上がった。


「あなたの戦いに対する態度が気に食わないって言ってるのよ! 初めて出会った時だってそう! 傷つけられた相手と話し合いなんて正気じゃないわ! 私が契約魔法使いだったらどうするつもり! あの行動だけで、私が知っている何十もの契約魔法の発動条件を満たしてしまっていたのよ!」


 ガチンと彼女の苛立ちを示すかのように、石突が床に叩きつけられた。


「それに、音も無く背後に回った魔王を信頼するなんて考えられない! そもそもの大前提として、悪魔と悪魔殺しはお互いに殺し合うべき敵同士なのよ!それを、あなたは、咄嗟(とっさ)に攻撃するどころか! 安心しきった顔をして......!」


 ガン、ガン、ガンと立て続けに床に石突が叩きつけられる。一点のみ集中して叩かれ続けた床は白い粉塵(ふんじん)(かす)かに上げて、小さなくぼみが出来上がっていた。


「おまけにたった一度のぶつかり合いで降参しろですって? 私が悪魔を討伐すれば、その分だけ悪魔の被害が減る。望まない力を得てしまう人も、大きすぎる力として排斥(はいせき)されてしまう人だって減る! だから、私の思いを踏みにじるのも、いい加減にしろおぉ!」


 叫び声と共に翔へ向けて、槍が投擲された。


 高速で飛翔する槍は当たり前のように分裂し、無数に枝分かれしながら翔に襲い掛かる。


「そういう......事か......」


 だが、翔は何かに気付いたような声を発しながら、驚くほどの落ち着きを持って木刀を両手に出現させた。


 そうして、初めに飛来した槍本体を(はじ)く。次に飛来した衝撃を、第三波、第四派と飛来する衝撃達を一歩たりとも動くことなく(はじ)き飛ばす。


 腕に、足に、腹に、頭に。急所であるか、今後の動きに影響があるかどうかに関わらず、腕の届く範囲に飛来した全ての衝撃を(はじ)き飛ばしていく。


 その高速の腕(さば)きによって生まれる腕の残像たるや、三面六臂(さんめんろっぴ)阿修羅像(あしゅらぞう)も顔負け。数を操る始祖魔法の能力を模倣(もほう)し、自らの腕を増加させたと言ってもいいほど力強く、そして洗練された動きだった。


「う、嘘......」


 現実から乖離(かいり)した力を振るう魔法使いから見ても、その動きは現実離れしていたのだろう。全てを対応されたマルティナは思わず目を見開き、驚愕(きょうがく)によって身体を硬直させる。


「マルティナ、お前の言いたい事がやっとわかったよ」


「な、何の事よ!」


 動揺によって声を若干震わせながらも、それでも彼女は気丈(きじょう)に振る舞い言い返した。


「お前も、俺や神崎さんと同じだったんだ。誰かのために全力を尽くして、いくら傷ついてもあきらめない、止まらない。他人の幸せのために、自らを犠牲に出来る人間だったんだな」


「......なっ、なによ。勝手に私を分析して、勝手に分かったつもりになって。それが何だって言うのよ!」


「悪魔殺しになってからたくさんの人に叱られたよ。その理想のせいで、最後には自分を殺す事になるって。俺には神崎さんや日魔連の皆がいた。神崎さんにも日魔連の皆や、一応俺もいたのかな? けどマルティナ、お前にはそこまでしてくれる人がいなかった」


 翔は故郷の住人を、見知った知り合いを、大切な親友達を悪魔から守るために大きな無茶を何度も繰り返そうとした。


 けれど、同じように酷い傷を負いながらも歩みを止めようとしない姫野の姿を見て、自分の行いがどれほど狂気染みているかを客観的に眺める事が出来た。


「どういうことよ! 私には誰一人信頼出来る人間がいないって言いたいの!?」


「違う! その自分を犠牲にしてでも他人に()くそうとする気持ちが俺には理解できる。痛いほどに理解できる! そしてその思いが、生半可な言葉で止められるものでもない事も分かってる!」


「知ったような口で......!」


「今までお前を止めてくれる人がいなかったんなら、俺が止めてやる。お前がダンタリアを信用出来なくてもいい。もしもあいつが本当に邪悪な計画を実行しようとしたら、俺が一人の犠牲も出さずにデコピン一つであいつを止めてやる。止められる事をお前に証明してやる!」


 それは今の翔の実力では、戯言(ざれごと)だと一蹴(いっしゅう)されてもおかしくない言葉だった。


 しかし、純粋にマルティナの無事を願う彼の心は、一人ぼっちで戦い続けた事で閉ざされていった彼女の心の扉を(ゆる)めるに足る言葉であった。


「っ!? うぅぅ......! うるさい! うるさい! うるさあああぁぁぁい! お前の力なんているもんかあぁぁぁ!」


 叫び声をあげたマルティナの背中から、白い翼が生える。


 そして、彼女は大きく跳躍すると、老朽化によって抜け落ちた天井から空へと飛び出した。その行動は翔から物理的に離れる事で、これ以上心の内側に踏み込まれんとする深層心理の表したかのようでもあった。


「俺も皆のおかげで止めてもらったんだ。だから今度は俺が止める番だ」


 マルティナを追いかけるように、翔も空に向かって飛び出した。

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