正義対するは、また正義 その一
右も左も真っ暗闇、そんな状態が数秒続いただろうか。
ふと翔はいつの間にか数歩先に光が零れる空間があることに気が付き、自然とその光に向かって歩き出した。そうして光に手が届くといったところで、気付けば辺りは見覚えのない少数の廃墟が立ち並んだ荒野に変わっていた。
廃墟は長年人の手が入っていなかったためかどれも風化が進み、崩れた天井の近くを歩こうものなら、その振動だけで瓦礫が崩れて降ってくる可能性さえあった。
「ここは......」
「元々は近くの鉱山を採掘する作業員のために作られた、居住地だった場所だよ」
翔は誰に向けたものでもない質問をもらしたが、すぐ近くでその疑問を解決する言葉を紡ぐ者がいた。
「ダンタリア」
覚えのある声に振り返ってみれば、そこに立っていたのはやはりダンタリアだった。どうやら翔の二、三歩ほど後ろに転移してきたらしい。
「そして鉱物資源の産出が無くなった時点で放棄され、ほとんどのニンゲンから忘れ去られてしまった土地でもある。悪魔殺しの決闘に用いるには絶好の土地だろう? そして彼の反応によって、卑怯な罠など設置してはいないと理解してもらえたかな?」
ダンタリアは気にせず説明を続けていたが、最後の言葉は翔に向けた言葉では無かった。
「誰に言って_」
「ええ、そうね。けど、むしろ罠は設置しておいて欲しかったわ。その方が悪魔に与する卑怯者として、容赦なく切り捨てられたもの」
「マルティナ......」
そう、翔はこの場で決闘を行うのだ。その決闘相手であるマルティナがいるのは当然と言えた。
「あぁ、やっぱり。あの悪魔から色々と聞かされているってことね。いいわ、どれだけ情報が筒抜けになろうと、越えようのない実力差があるって事を教えてあげる!」
教えてもいない自分の名前を口にしたことで、名前以外にも多くの情報が翔に漏れているとマルティナは理解したのだろう。背負った槍と酷似した槍を手元に出現させ、戦闘態勢を取った。
「いきなりかよ!?」
翔はいまだに話し合いによる解決の可能性を、欠片程度には考えていた。しかし、彼女の拒絶の象徴とも言える槍を目にした事で、否応無しに自らの武器である木刀を出現させる事となった。
「ふふふ、二人共気合十分といったところかな? ならば見届け人はさっさと退散するとしよう。......あぁ、その前に。私はこの場で行われる契約の全てを受け入れ、魂すら差し出すことを誓う」
すでに観戦者視点だったらしいダンタリアだったが、思い出したかのように今回の発端となった契約の宣言を行った。
「私も以下同文」
戦いの前に水を差される形となったマルティナも、面倒くさげに同意する。その態度からはすでに、討伐が確定した悪魔よりも、目の前の気に食わない相手を叩きのめす事に比重が寄っている事を現していた。
「失礼、失礼。それじゃあ、気の向くまま思い思いの想いをぶつけてくれたまえ!」
そう言うとダンタリアは足元に黒穴を出現させ、その中に落ちる形でこの場から姿を消した。
「はあぁぁぁ!」
それが合図となったのだろう。マルティナが素早い踏み込みで翔に向かって槍を振り下ろした。
「ぐっ、くぅぅっ!」
翔はその初撃を半身になり、木刀を頭の上に向けることで受け止める。
一撃を受け止めただけの筈なのに、翔の腕には何発もの振り下ろしが同時に到達したかのような衝撃に襲われる。
これこそマルティナが悪魔と契約することによって手に入れた魔法。数という概念を操り、槍の衝撃という目に見えない力すら増やして見せる始祖魔法だ。
腕に響く衝撃の数は、彼女と初めて出会った夜の戦いと比べると明らかに増加している。あの時は知識の魔王との戦いに備え、力をセーブしていたのだろう。
(けど、今回はしっかりと見える!)
だが、マルティナが本領を発揮したように、翔もやられるがままでは無かった。
ダンタリアによって施された魂の調整によって、今の翔には魔力の揺らぎが見えている。
そのおかげで、追従する形で発生した衝撃に対応出来た。直撃しそうな衝撃は木刀で受け止め、その他の攻撃を半身になることで躱す事が出来たのだ。
一週間前には出来なかった数多への対応。それが成功した事により、攻撃の手番が翔へと廻ってくる。
「らあぁぁぁ!」
受け止めた槍を力任せに押し戻すと、そのままマルティナに向かって二度、三度と木刀を振るう。
そのいずれもが槍によって受け止められてしまう。しかし、相対するマルティナの目は、驚愕に見開かれていた。
「あなた、見えてるわね!」
「そうしねぇと勝負の土俵にも立てねぇからな!」
その肯定によってマルティナはぎりっと奥歯を噛みしめ、表情を歪ませた。
やられるがままだった悪魔殺しが、まさか一週間足らずで魔力感知を習得するとは考えてもみなかったのだ。その成長速度は常に悪魔祓いの中でも随一と褒めたたえられてきたマルティナから見ても、異常と言えた。
「っなら!」
マルティナが今度は横薙ぎに槍を振るう。一見すると、先ほどの攻撃の繰り返しに見えた。
(縦が駄目なら、そうするよな!)
しかし、翔はその攻撃に対して冷や汗を滲ませ、発生した衝撃の軌跡を必死に頭で計算し始めた。
翔がここまで必死になる理由。それは木刀の防御範囲の問題だ。先ほどの縦振りであれば、頭上の防御のみに集中してしまえば、あとは勝手に軌道が外れてくれる。しかし、これが横振りになると話は別だ。
翔が振るう木刀の長さは、おおよそ彼の上半身と同じ程度。そうなると仮に翔の身体を千切りにせんと迫ってくる上半身への攻撃は防げても、下半身への攻撃は対応不可能なのだ。
体捌きによっていくつかは回避し、被害を最小限に抑える事は可能だろう。しかし、負傷するという事は、マルティナの所持するとある奇跡の発動条件を満たしてしまう。
(イアソーの腕。あれだけは絶対に喰らっちゃいけない。あれを喰らった瞬間に、俺は世界を正しく見れなくなる......)
翔が数を操る始祖魔法以上に警戒する奇跡、それがイアソーの腕だ。
あの奇跡は傷口に幻覚剤を打ち込まれるような代物。そんな事を戦闘中にされようものなら、歪んだ認識によっては、まともに身じろぎ一つできなくなる。
もうすぐそこまで、槍と付随する衝撃は迫ってきていた。
(ぶっつけ本番じゃねぇんだ! 成功させる!)
そして翔に槍が到達した。
「ぐうぅぅぅっ!」
連続して響く、硬質な物同士がぶつかり合う音。
しかし、肉が裂ける音も、血液が噴き出す音も一向に聞こえてはこなかった。
そう、翔は全ての攻撃を受け止め切っていたのだ。
(助かったぜ、大悟)
そう心の中で感謝する翔の両手には、それぞれ一本ずつ木刀が握られていた。その二本の木刀を一本は上半身の守りに回し、もう一本を下半身の守りに回す事で完全な防御を実現していたのだ。
ダンタリアとの訓練の時間を割いてまで大悟と行った訓練。その成果が決闘にて現れたのだ。
「何よ、何なのよ......! どうして少し前まで碌に防御も出来なかった奴が、対応出来るのよ!」
攻めども、攻めども翔に有効打を与えられないマルティナは、その事実を握り潰すかのように苛烈な攻撃を続ける。
「こちとらダンタリアと一週間みっちり、お前の対策を練ってたんだよ! 努力舐めんな!」
だが、いずれも数を増やした翔の木刀によって阻まれてしまう。この距離での形勢は、翔が完全に握っていた。
「認めない......たった一週間の訓練で実力をひっくり返されるなんて、絶対に認めない!」
それでもマルティナはあきらめず、いや、あきらめきれず槍を振るう。
悪魔の助力によって、逆境から脱却した。
その事実は、彼女がこの道を選ぶことになった過去の物語。そして、心の闇の大部分を占める許されざる物語だ。断じて認められるわけが無かった。
「お前に認めて欲しいなんて頼んでねぇよ! 俺はただ、世話になった相手に理不尽な暴力を振るうお前が許せないだけだ!」
そう言って、翔はマルティナの攻勢をかいくぐり、大きく一歩踏み出した。すでに間合いはマルティナの振るう槍の間合いから、翔の振るう木刀の間合いへと移り変わっていた。
「っ!?」
一気に距離を詰められたマルティナが驚いたように槍を引き戻し、突きを放った。すでに間合いが近すぎて、彼女に残された選択肢は突きしかなかったのだ。
だが、予測可能な攻撃を、翔が見逃す筈もない。槍が引き戻された瞬間を狙って、さらに彼女と距離を詰める。
そして、迫りくる突きを最小限の動きで躱した。
刹那の瞬間、翔はダンタリアのある言葉を思い出す。
(「始祖魔法はナニカを自由自在に操れる強力な魔法であるけれど、操るものが自分にだけは作用しないなどといった都合の良い結果は起こせない」)
(マルティナ、お前の魔法は数という概念を操るすげぇ魔法だ。けど、それはどこまで行っても始祖魔法だ。肉薄したこの距離じゃ、もう魔法は出せねぇだろ!)
そう。翔は始祖魔法の特性の一つである、術者も魔法に巻き込まれるという弱点を突いたのだ。
この距離で突きの衝撃を生み出してしまえば、翔より前に自分が槍の衝撃で貫かれる事となってしまう。その後で翔に突き刺さろうとも、ダメージは当然マルティナの方が大きい。
「っ!」
どれだけ翔を倒したいと思っても、共倒れにすらならない状況では衝撃を生み出す選択が出来なかった。
「はあぁぁぁ!」
翔は賭けに勝った。
衝撃が生まれない事を確認した翔は、踏み込んだ勢いそのままに居合を放つ。マルティナも咄嗟に防御を行ったが、もちろん衝撃を消しきる事は出来なかった。
「あぁぁっ!」
打ち据えられた衝撃によって、マルティナは大きく吹き飛ばされた。
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