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戦いへの最後の備え

「うおぉぉぉぉ!」


 翔は背部に生み出した青白く無機質さを感じさせる翼の先端から魔力を放出し、それにより生み出された推進力によって空中を高速で移動する。


 追いすがるように飛来する(ほうき)を木刀で切り裂き、ただの砂へ還していく。


「チッ、時間をかけすぎた」


 だが、確実性を求めるあまり、スピードを落としてしまった事が災いしたらしい。破壊した箒の数倍とも思える大群が、四方八方から翔に向かって飛来する。


「けど、この程度なら、包囲でも何でもない!」


 箒達の間に生まれたわずかな隙間を縫うように、ある時はジグザグに、またある時は曲芸飛行のような見事な宙返りで回避してみせる。


 いったいこの短い期間を通して、翔はどれだけの練習を重ねてきたのだろう。


 その洗練に届きうる飛行能力は、つい先日まで地上から己の無力を歯噛みするしかなかった者には全く見えなかった。


「悪くない。ここまでは合格だよ」


 そんな翔の様子を(ほうき)にまたがり、さらに高空から眺めるのは知識の魔王、継承のダンタリア。


 彼の動きを注視しているというのに、右手の杖で操る箒達の動きは(よど)みが無い。組織立って翔を追い詰めるその様子は、まるで一人一人が意志を持った軍隊のようにも思える。


 そんな激しい攻撃の中でも翔は全く集中力を切らさず、相対するダンタリアも攻撃の手は緩めない。だがそれもそのはず、一人と一体は明日に迫ったマルティナとの決闘に向けて、最終調整を行っていたのだ。


「昨日もここまでは辿り着けたね。そして、分かっているね? 今回で成功しなかったのなら、実戦では絶対に使ってはいけないという事を」


「聞き飽きた!」


「よろしい」


 翔の罵声染みた了承を聞いたダンタリアは、これまで築き上げてきた包囲を捨てて、自らの頭上に箒達を集合させた。


 そして、箒達を一つの巨大な砂の塊へと戻すと、ゆっくりと翔へ右手を向ける。


 始まったのは先ほどと同様の箒射出。しかも、放たれる箒はどれも一回り程小振りに見える。これなら四方八方に注意を向ける必要がある分、前の攻め手の方がよっぽど高難易度に見える。


 しかし、ダンタリアは今回の魔法こそを最終試験と称した。


 そして、その答えは簡単だった。


 箒の数だ。


 今まさに翔へ向かって飛来する箒は、数えるのも馬鹿らしくなる大群で、発射元のダンタリアが見えなくなるほどに空間を埋め尽くしていたのだ。


 最終試験でダンタリアが求めるのは、面制圧への対抗。回避不能の攻撃を、遮蔽物(しゃへいぶつ)の存在しない空中という場所でどう対処するか。それが彼女からから課された最終試験の内容だったのだ。


 翔がこの大規模魔法を目にするのはまだ二度目。一度目はその迫力に飲み込まれ、秘策修得すらままならず飲み込まれるだけだった。


 彼が現在行っている訓練はどこまでいっても保険。本来であれば、翼を手にした時点で上出来。決闘を有利に進められると太鼓判(たいこばん)を押してもらっていた。


 けれど翔はそこで満足するつもりは無かった。マルティナの悪魔に対する憎悪の感情、あれはブレーキを失った暴走車のような物だ。彼女は悪魔を討伐できるのならば、どれだけ傷つこうと、味方に後ろ指を差されようと、決して止まる事は無い。


 そして、手負いの獣というのは恐ろしい。ダンタリアは翔が決闘を有利に進められると言った。それは裏を返せば、終始(しゅうし)マルティナを追い詰め続ける事と同義。


 追い詰められた彼女が(いさぎよ)く敗北を認め、ダンタリアから手を引くとは考えられない。あきらめるくらいなら死なばもろとも、捨て身の突撃を仕掛けてくるという方がよほど容易く想像が出来る。


 ゆえに翔は万分の一、億分の一の確率だろうと、勝率の引き上げに貪欲だったのだ。不純な動機を掲げつつも、ここまで自分を導いてくれたダンタリアに報いるためにも。


 だからこそ、答えを教えてもらっている課題程度で足踏みをしているわけにはいかないのだ。むしろこれだけ彼女に与えられた課題をこなし、成功させているというのに、習得出来なくても仕方が無いと彼女に思われていることに腹が立った。


「俺は本番に強いんだよ!擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ほうせんか)!」


 ダンタリアによって名付けられた翔の切り札。その一撃は砂海の中央に大きく風穴を開け、その軌跡(きせき)は空に淡く美しい青白の一線を描いた。

__________________________________________________________


「ヒュー......ヒュー......」


 魔力切れによる全身の倦怠(けんたい)感と身体機能の低下を実感しながら、なおも翔は意識を失わないよう必死に浅い呼吸を繰り返していた。


 元々翔の飛行方法は効率面で最悪だ。魔力消費が激しい創造魔法を過程の段階で無理やり停止させ、漏れ出した魔力を推進(すいしん)力に空を飛んでいるからだ。


 そのため、ただ空を飛ぶというだけでも考えられないほどの魔力を消費する。まさしく規格外の魔力貯蔵量を誇る翔だからこそできる飛翔方法。


 しかし、そんな翔の魔力量をもってしても、実現させた切り札は魔力の消費が重すぎた。本当にここぞという時にしか使えない、まさに切り札と呼べる魔法だった。


「お見事。まさか本当に実現させるとは思わなかったよ」


 翔が動かない身体に鞭を打ち、声のした方向へゆっくりと首を向ける。するとダンタリアが笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近付いてきているのが分かった。


「それにしても、いくら私が()きつけたからといって、大技を全力で放つのは止めておいたほうがいい。実際に出していい全力と、理論上出していい全力には大きな違いがあるんだよ」


「そういうことは......先に言えよ......」


 翔が恨みがましい目でダンタリアをにらみつけたが、彼女は微笑みを返すだけだ。


「下手に忠告して止めようものなら、君みたいなタイプは本番で暴発させるだろう? 失敗を経験する事で、生物はもう二度とあんな目には遭いたく無いと学習するんだよ」


 図星だった。翔は言い当てられたことでなおもダンタリアをにらみつけていたが、こちらを思っての行動に文句を付けられる筈もない。


「せっかくだから少年に、明日の予想を話しておこうか。さっきも言ったけど、私は君があの技を習得出来るとは思っていなかった。加えていくら使うなと言った所で、追い詰められれば無我夢中で放つだろう事も」


「......悪いかよ」


 これも図星だった。


「勝利を得るための賭けだ。悪いとは言わないさ。けれど、その技を未完成の形で実行してしまう事こそが、一番の負け筋だと思ってね」


「どういうことだよ?」


「今の君の実力と考えられる彼女の実力を比べれば、君が負ける事はまず間違いなく無くなったと言いたいんだよ」


「はあ......?」


 翔がからかっているのかという表情を向ける。


 確かにこの一週間、彼は血の滲むような努力を続けてきた。だがそれでも、マルティナとの決闘は苦しいものになると考えていたのだ。それを真っ向から(くつがえ)すようなダンタリアの発言は、彼にとって驚愕でしかない。


「こんな所で虚飾に彩られた自信を付けさせるわけが無いよ。むしろ逆さ。君はその出自ゆえに、魔法に対して弱気になってしまっている」


「そんな......こと! っ!? ガハッ! ゴホッ!」


 完全には整っていない呼吸で反論の声を上げようとしたため、己の心肺機能に(さえぎ)られてしまった。


 そして翔の返答を待つ事無く、ダンタリアは畳みかける。


「いいや、その通りだよ。君は()()()()()()()()()()。ティーカップの水を操る事にどれだけ魔力を消費するか。契約魔法の魔法範囲が、一般的にどれほどの範囲になるか。召喚魔法による使い魔達が、どれだけ世に蔓延(はびこ)っているか。変化魔法の戦士達が、どれほどの戦闘力を有するのか。そして、一流の創造魔法使いがどれほど恐ろしいか。その全てを知らない。知らないものは恐ろしい。知らないものは最悪を予測してしまう」


「っ...」


 ダンタリアの口から紡ぎだされる言葉は、翔の心を的確に打った。


 その通りだった。


 思えば、この訓練の最中で一つの課題が実を結ぶと、喜ぶより先にまだまだだと叱咤(しった)していた。その理由は、今ダンタリアが言った通りだ。


 相手がどれだけ準備を重ねているか分からないから。相手の魔法がどれだけの効力を持っているか分からないから。


 だから翔は尻に火が付いたように、努力を積み重ねていたのだ。


「知らないから君は相手の力量を上に見積もってしまう。従うように自分を下に見てしまう。武道家の君流に言わせてもらうなら、それは心の敗北と言えるのではないかい?」


「あぁ......そうだ......」


 言い逃れのしようも無い。必死になって勝利を得ようとしているマルティナに対して、翔は戦いが始まる前から引け腰。その叱責に似た指摘は、翔に命を預けているダンタリアがするには当然の行いと言えた。


「悪い......」


 それ以上の言葉は見つからず。翔は一言謝罪の言葉を吐く。


「それは何に対してだい?」


「戦う前から......弱腰だったことに......」


「はぁー......」


 これほど時間をかけて翔の訓練に付き合ったのだ。その自分が不甲斐(ふがい)ない状態になっているというのだから、さらなる叱責(しっせき)が飛んでくるのは当然。


 そう思って身構えていた翔だったが、ダンタリアが返したのは溜息。向けるのは、いつぞやに見せた出来の悪い生徒を見る教師のようなまなざし。


「私の言いたい事が、何一つ伝わっていないみたいだね」


 ダンタリアはなおも呆れ顔で翔の事を見つめる。


「どう......いう......?」


「君の前に立つ悪魔はどんな悪魔だい?」


「えっ?」


「私が何を司る悪魔か聞いているんだよ」


「知識の......悪魔」


 ダンタリアの質問の意味が分からず、やや遅れながら翔は答えを口にする。


「その通り。それじゃあ、君に魔法を教えたのは誰だい?」


「ダンタリア」


「そうだ。そして彼女の魔法と奇跡を見抜き、君に勝利のための訓練を施したのは誰だい?」


「ダン、タリア......」


「そう、正解だ。それじゃあ最後の質問だ。そんな私の言葉が()()()()()()()()? 君を破滅に導く、ニンゲンで言うところの真正(しんせい)の邪悪に見えるかい?」


「......あっ」


 繰り返された言葉にてやっと、翔はダンタリアの言いたい事が理解できた。


 魔法を授け、不純な動機とはいえ命を助け、相手の手札を全てさらけ出して見せた自分の言葉が信じられないのかと彼女は言いたかったのだ。


 ダンタリアは知っていた。イアソーの腕とダイダロスの翼という奇跡を。マルティナが数を操る始祖魔法使いだという事を。それらに対抗するための力をつける訓練を。


 ダンタリア本人も期待薄であった切り札を習得し、彼女にもう負ける事はないと言ってもらった。なのに、そこまでのことをしてもらっておきながら、翔は己を下げた。自分の成長を認めなかったのだ。


 マルティナを甘くみてはいけないという次元の話ではない。もっと単純明快な話だ。


 翔は意識していなかったとはいえ、ここまで付きっ切りで成長を見守ってくれたダンタリアの事を、最後まで否定し続けていたのだ。


「悪かった......いや、ごめん、ダンタリア。俺は......お前にたくさんのことを教えてもらったのに......決闘に勝って命を助けるって言ったのに......。マルティナなんかより......ずっと近くでお前の事を否定し続けていた。弱気な心のせいで、お前の言葉を疑ってかかっていた。本当にごめん」


 翔は息も絶え絶えになりながらも、謝罪の言葉を口にした。ようやく気付いたかと呆れ顔に少しばかりの笑みをこぼしながら、ダンタリアも口を開く。


「気付いて何より。君は相手の評価は黙っていてもどんどんと高く積み上げるくせに、周りの言葉は軽く受け取り、自分の感情ばかりを優先してしまう。その癖は直した方が良い。ニンゲン社会という、建前を大事にする社会で生きていくためにはね」


「本当に......ごめん」


「いいさ。これで彼女に勝利するための最後のピースも揃ったのだから」


「えっ?」


「君の感情だよ、少年。君の戦法は高い剣の技量と持ち前の度胸を活かして相手に突っ込み、そのまま叩き潰すというものだ。そんな君が弱腰で戦いに挑んだらどうなると思う? せっかくの剣技は振るう場所を失い、気持ちのブレた突撃なんて脅威でも何でもない。そんな調子じゃ、どれだけ戦いの準備を整えようと宝の持ち腐れだろう?」


 翔は突然始まった自分の戦法の解説に目を白黒させつつ、とりあえずコクリと頷くことで了承の意を示した。


「だから完全な敗北によって君の心に打ち付けられていた不要な(くさび)を引き抜き、必要な(くさび)を打ち込んであげる事が勝利に繋がる最後のピースだったんだよ」


 そこでダンタリアは言葉を切り、杖を取り出すと大きく振った。


「虚飾ではなく本物の自信をね」


 言い終わると同時に、空間内を覆っていた薄紫色の魔力がダンタリアの下へと集まった。そしてその特大の魔力塊に彼女が手を触れると、魔力塊の色がみるみるうちに変わっていく。翔の創造魔法を象徴する、青白い色へと。


「本当は魔力切れの感覚を経験させたら、すぐにでも回復させてあげるつもりだったんだけどね。つい長話で作業が遅れてしまったよ。私の悪い癖だ」


 ダンタリアが杖をもう一度振るう。すると魔力塊は砂粒のような粒子となり、少しずつ翔の身体へと吸い込まれていく。同時に身体を襲っていた凄まじい倦怠感や、身体機能の低下が嘘のように無くなった。


「調子はどうだい?」


「......あぁ、悪くない。あれだけ苦しかったのに嘘みたいだ」


「それは良かった」


 ダンタリアはそう言うと、翔の右手を取った。


「おわっ!? なっ、なんだよ!」


 突然のダンタリアの行動に、翔の身体もびくりと跳ねる。


「なんてことは無いさ。姫の命を守るために戦いに(おもむ)く騎士には、()()が必要だろう? どうか貴殿に勝利の栄光があらんことを」


そう言って、ダンタリアは翔の手の甲に口づけをした。


「......はっ?」


 翔は数秒間、完全にフリーズした。そして自分がダンタリアに何をされたかに思い至ると、その場でカートゥーン張りの大ジャンプを披露してみせた。


「おっ! おまっ!? おまあぁぁぁ!?」


 突然の出来事に、翔は真っ赤になって言葉にならない抗議の声を上げる。そんな彼を見て、ダンタリアは心底面白そうにクスクスと笑っていた。


「明日はどうか頼んだよ、私の英雄様?」


「なぁっ!? くっ! このぉ......あぁやってやるよ! 勝利を速達で送ってやるから、覚悟しとけ!」


 真っ赤になりながらよく分からない啖呵(たんか)を切った翔を、ダンタリアは微笑みながら見つめていた。

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