永き良縁、繋がった悪縁
「急に押し掛けて悪かったな。大悟」
「別に俺は気にしねぇよ。ただお袋がおまえの分も、晩御飯を作り始めてるからな。食っていかねぇのは許さねぇぞ」
「分かってる。世話になるって伝えといてくれ」
ダンタリアとの訓練を終えた翔は、返す刀でそのまま大吾の家に押しかけていた。
夕飯時に押し掛けたこともあり、大悟の母親に無駄な手間を掛けさせてしまったことを申し訳なく思う。しかし、翔としても決闘が三日後に迫った中で、一秒でも無駄な時間を生み出したくはなかったのだ。
このありふれた立ち合いこそが、決闘の勝敗を自らへと傾けてくれるだろうと信じて。
「そんで? いきなり連絡をよこさずに来たのもそうだが、今日は棍を使って立ち会って欲しいって?」
大悟が170cm程の細長い棒を手元でくるくると回し、翔に問いかける。彼は素手で戦う事を好む。そのために連敗中の気晴らしや、翔のリクエストが無い限り、得物を使う事自体が珍しい。
しかし、元々大悟の祖父が経営する道場の流派は総合格闘術。彼の祖父は空手や柔道、合気道等の素手による格闘術はもちろん、剣道や大悟が手にしている棍を用いた棒術などにも精通している達人なのだ。
そんな祖父に育て上げられた大悟が、素手による格闘術しか使えない訳がない。皆伝こそ程遠いものの、どんな得物でも翔と打ち合う程度の技術は持っているのだ。
「頼む」
「......そりゃ、別にいいんだけどよ。今更ガキの頃みたいに、特撮番組に触発されて、みたいな理由でも無いんだろ? おまけに今のお前からはこう......なんていうか。時代劇の討ち入り寸前みたいな雰囲気を感じるんだよ」
「気のせいだろ」
「んな訳あるか。さっきお袋へ挨拶に行ってたろ? その時こっそり、凛花を問い詰めた」
「あっ! おまっ!」
「その結果、聞かぬが華よ。なんてふざけた文面を送ってきやがった。お前もお前だが、あいつもあいつでらしくねぇ。......言えねぇんだな?」
「......」
翔もそれ以上は何も言わず、コクリと頷くだけに留めた。
武道の道を志し、自分と同じように努力を続けてきた大悟だ。翔が放つ負けられない戦いへ向けた意思か、それとも闘気か何かを第六感でかぎ取られてしまったのだろう。
凛花に悩み事を打ち明けた夜に開き直り、親友達の力を少しだけ借りる事に決めた翔。その決断によって、二人の世界は確実にこちらへと近付いた。けれど、ここがボーダーだ。これ以上歩み寄らせる気持ちは到底無い。
少しばかり背中を押してもらうことはあっても、最後の一歩は自分自身の足で踏み出す事を決めていたのだ。それこそが力あるものの責任だと思ったから。
「いいぜ、それならそれでよ。その代わり、話せる時になったら一番に話せ。それが条件だ」
「......ありがとな。分かったよ」
凛花もそうだが大悟もまた、空気を察して身を引いてくれる。望んでも得難い交友関係に、翔の胸が小さな熱を帯びた。
「じゃあ、さっそくで悪いけど。いいか?」
そう言いながら、翔はありふれた市販品の木刀を構えた。
「ずいぶんやる気だな、病み上がり! ボコボコにされて泣くんじゃねぇぞ!」
親友の胸を借り、翔は勝利の布石へ手を伸ばす。
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「はぁ......はぁ......全く、中二病は中学で卒業しとけっての。その戦法、よく形にしたもんだ。ははっ、いったいどんな相手を想定した準備だよ」
本気のぶつかり合いによって息を切らし、身体中に打撲痕を作った大悟。そんな彼が笑い声を漏らしながら、翔の戦法へ賛辞と苦言を一気に吐き出した。
「はっ、はっ、はっ、はぁ.......! うるせぇ。必要なことだったんだよ! ってか、本業の徒手空拳じゃないのに、なんでそんなに動けるんだ! この武道馬鹿が!」
翔も大悟ほどでは無いが息を切らし、似たような打撲痕をさすりながら文句をつける。
「そりゃ、お前がカッコいいと思うもんは、俺だってカッコいいって思ってただけだ。特撮にあこがれてこっそり練習してたのが、お前だけだと思ったか?」
「中二病は卒業しとけよ高校生」
「うっせ」
ゲラゲラと笑いながら、大悟は棍を放り投げてゴロリと道場の床に寝転がった。そんな大悟の笑いに同調しながら、頭では安堵の息を漏らす。何とか、モノに出来たと。
「どこのどいつと喧嘩かは知らねぇけどよ。ぶつかるからには、勝てよ」
突如起き上がった大悟によって、勢いよく背中を叩かれる。
「痛ってぇな! 今更言いたくはないけどよ。俺は文字通り私闘の準備をしてたんだぞ? 道場の跡取りとして、そんな奴の応援をしちまっていいのかよ?」
翔は半目で問いかける。今まさに大悟が行った発言、それは私闘を禁じる武道家としてあるまじき発言だったから。
「あん? じゃあお前はこの後、気に入らない一般人をシメに出かけるのか?」
「そんなわけねぇだろ!」
「だろ? 念入りに一般人をぶっ飛ばすのが目的じゃねぇんなら、んな細けぇ事に一々目くじら立てるほうがバカくせぇ。それに、わざわざ武器を指定した上で、念入りな訓練が必要な相手だろ? 俺としては、お前が病院のベッドへとんぼ返りしないかの方が心配だけどな」
「うっ......」
「バーカ。何年の付き合いだと思ってる。お前が必要のない暴力に手を染める奴じゃねぇってことは、俺が一番よく分かってるよ。だから......勝ってこい!」
先ほどの数倍の衝撃が、翔の背中を襲った。けれど、翔はそんな大悟の行いを咎める事もなく。ただ頷いてみせた。
「......そろそろ飯も出来てるだろうし、さっさと食いに行こうぜ。余計なおしゃべりで飯を冷ましたなんて言った日には、何発ゲンコツを喰らうか分かんねぇからな」
「あ? 晩御飯を食い終わった後に俺が押し掛けちまったから、お袋さんも追加で作り始めたんだろ?」
「いや~、動き回ったら腹が減っちまってな。それに、俺がいくら食っても太らない体質だってのは、知ってるだろ?」
「......そのセリフ、間違っても凛花に言うなよ」
「おっ! そういやあいつは間食制限中だったか。ふざけた返信を送った罰だ。少し遅めの晩御飯をデリバリーしてやろう!」
「あ~あ、知らねぇぞ」
「何言ってんだ。空腹は最高のスパイスだぜ? あいつが味わう明日の朝食は、高級バイキングもさぞやって食事に違いない」
大悟はにやりと笑い、作りたての晩御飯を求めて道場を出て行ってしまった。そんな友人の小さな復讐に苦笑いをこぼしつつ、翔も後を追いかけるのだった。
なお、自分も食べる事を言っていなかった大悟は、都合三度も晩御飯を作る事になった母親に説教をくらい、後日凛花から酷い報復を受けたそうな。
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真夜中の磯辺で、一人の釣り人が夜釣りを楽しんでいる。ここは彼しか知らない絶好の穴場であり、誰かに知られて釣果を減らされるのは御免。そのため、人の気配が消え去った深夜帯を狙って、連日釣り人はこの場所を訪れていた。
今日もクーラーボックスいっぱいに魚を詰めて、ほくほく顔で帰路に就こうとしていた帰り道。ふと、近場でガチャッと何か金属製の物体がぶつかる音が聞こえ、海の方向に振り返った。
すると、海から流れついたと思われる何かしらの金属塊が、岩場に引っかかっていたのだ。むくむくと好奇心が湧き上がる。
もしあれが難破した船の破片であれば、ルアーか何かでも残っているだけでもちょっとした儲けだ。どうせここは自分しか知らない穴場。ちょっとくらいくすねたって、ばれやしないさと。
そうして金属塊に手を伸ばした瞬間に、逆に釣り人の腕が金属塊に掴まれた。
「うわあぁぁぁ!?」
まさか自分の腕が掴まれるとは思っていなかった釣り人が、情けない悲鳴を上げる。
「はっ、ははっ! まさか辿り着いた瞬間に、ちょうどよくディナーが現れるとは。運悪く悪魔祓いに殺されかけたと思ったら、独りでに食事が配膳されてくる......現世とはわからぬものだな」
金属塊の正体。それは人魔大戦によって現世に顕現した悪魔の一体。国外代表、選択のウィローだった。
可動域の狭そうな天秤を模した腕やその身体には、マルティナによって付けられた傷は、いや、破損はどこにも見当たらない。
新品同然、元通り不良品の天秤の姿に戻っていた。
「ばっ! 化け物おぉっ!」
必死にウィローから逃れようとする釣り人だが、ただのニンゲンを取り逃がす悪魔が国外代表に選ばれる訳も無し。一瞬、腕を離したかと思うと、肥大化している方の腕で釣り人を押しつぶした。
「ガッ! ガボッ!? ゴボボボ、ガハッ! ゲホゲボ!」
いくら足の踏み場はあると言っても、ここは磯辺。打ち寄せる波で生まれた水溜まりなどそこら中にあり、人を溺死させるに十分な深さを備えている。
「選べニンゲン。このまま少しずつ溺れ続け苦しみの果てに死ぬか。それとも脳天にこの腕を振り下ろされ肉塊のようになって死ぬかを!」
「い、嫌だ! 助けっ、ゴボッ! ゴボゴボ!」
「うーん? 私が提示した選択肢には無い回答だ。それなら回答者を尊重して、現状を維持すべきだろうなぁ?」
そう言ってウィローは釣り人の頭を何度も、何度も、まるで親の仇だとでもいうほど執拗に、水溜りへ沈め続けた。
「ガッ! ゴボ! こっ殺して、く、くれ。ガッ!? ゴボボッ!」
終わらない生き地獄で、釣り人は己の末路を悟った。そしてこんな苦しみが続くのなら、一思いに殺してくれと懇願した。
しかし、ウィローはもう一度、二度と、釣り人の頭を沈めるのみ。一向に致命の一撃を与えようとはしなかった。
「ガハッ! どっ、どうして! 殺しっ、ゴボボッ」
「うん? 私がいつ、お前の選択を尊重してやると言った? お前にはめいっぱい苦しんで死んでもらいたいんだ。それならお前の選択の逆を選択する。当然だろう?」
「あっ......あぁっ......!」
「せいぜい私を呪って死んでいくがいい」
釣り人の意識はまるで命綱の切れた潜水服のように、とてもゆっくりと深い深い絶望の水底へ沈んでいくしか無かった。
「......ふぅ、これで一時しのぎは出来た。そしてあのお方の助力によって、悪魔祓いの動向も手に入った」
いつの間にやらウィローの手には一冊の本があった。どうにか自らの根源魔法で窮地を脱した彼は、とある者に復讐の機会を与えられ、この極東の大地へと渡ってきていたのだ。
そして、憎き悪魔祓いが三日後に悪魔殺しと決闘を行うという。潰し合いによって消耗した奴らなら、煮るのも焼くのも自由自在。さらに悪魔殺しの妥当という、小さな名誉も付いてくる。向かわない理由など、どこにも存在しない。
「私を虚仮にしたことは絶対に許さん! 全ての選択肢を絶望へと変えてやる!」
復讐を決心し、意気込むウィロー。しかし、その火照る頭のせいで、彼は自分自身の性格と今の自分の行動が矛盾している事に気が付いていなかった。
獲物を狩る時は、念入りに舞台を整えて。狩る量は最小限に、逃亡をを最優先に。
そんな安全マージンを第一に考えるウィローが、なぜ殺されかけたとはいえ、わざわざ一人の悪魔祓いに執着しているのか。
なぜ情報があるとはいえ、悪魔祓いの他に悪魔殺しまでいる場所に。強襲を仕掛けようとしているのか。
そしてなぜ、ウィローは純度百%の怪しさで構成された計画に乗ったのか。
悪魔祓いへの執着で頭がいっぱいになっているウィローには、それを考えるスペースは残されていなかった。
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