積み重ねる悪魔殺し、決意を固める悪魔祓い
「ぶべっ!? やばっ! うわああぁぁぁぁ!」
翔が凛花との会話を行ってから、数えて二日目の午前中。彼は情けない悲鳴を上げながら、何十度目となる失敗を積み重ねていた。
肩と首の間、肩甲骨のやや上部から地面と平行になるよう出現させた木刀が一対。さらにその木刀の中ほどから、中途半端な形で成形を止めた木刀が一対。ソレらが、生み出した本人をこれでもかと振り回している。
空中での起動制御を誤った翔を、高い天井に頭へと導き、そのまま真っ逆さまに地面へと叩きつける。
これだけだと翔が歪んだ趣味に目覚めたのかと思われかねないが、そんな事は断じてない。図書館の一角を借り受けた翔は、ようやく形となった翼の魔法の訓練を行っていたのだ。
「ふっ、ふふ。本当に。ゴールは目と鼻の先まで迫っているのだけどね」
同じ光景は何度目も目にしただろうに。それでも新鮮な笑いを漏らしながら、ダンタリアはいつぞやのように大量のクッションを出現させてくれていた。
「ぶはっ!? また失敗か。木刀の位置を変えて制御は安定するようになったけど、今度は単純な速さが物足りなく感じるな」
慣れた動きでクッションの海から脱出した翔は、今回の失敗の反省点をあげた。
一本の木刀を頼りに空を飛んでいた時、翔は制御に必死でとある問題に気付いていなかった。それはスピードの問題だ。
木刀生成を中途半端な形で止める事で、未生成部分から漏れ出した大量の魔力放出によって空を飛ぶ飛翔法。
この方法を生み出したおかげで、翔は空の舞台へと上がる権利を得た。しかし、そのスピードはせいぜいが10~20km程度。車で例えるなら、徐行レベルのスピードしか出ていなかったのだ。
「そうだね。地に足を付けたままの頃に比べれば上等な悩みであるけれども、やはりそのスピードで空中戦は分が悪い」
50kg以上ある翔の身体を持ち上げ、そのまま上昇を続けている。その時点で、彼の翼はとんでもない出力だと言えるのだろう。
しかし、実際に空を飛び回る生き物と比べたら、そのスピードは比べるまでもなく遅すぎた。
「ダイダロスの翼が、今の俺以上に遅いなんて事は......?」
淡い希望を込めて、マルティナの用いる飛行魔法の詳細をダンタリアに尋ねる。
「まさか。そもそもダイダロスの翼が生まれた経緯は、彼と息子が追手から逃げ切るために生まれた奇跡だ。海を渡るという長期飛行能力に比重を置いていたとしても、追いつかれてしまっては意味がないだろう?」
「つまり、少なくとも俺の翼よりは速く飛べるってことだな」
「おそらくね」
「ってことは、三日後に迫ったマルティナとの決戦までに、もう一度デザインを考えなきゃって事だな......」
翔が彼にしては珍しく、心底憂鬱そうに溜息を吐いた。
だが、それもそのはず。昨日一日を費やして翔とダンタリアが行った訓練は、マッドサイエンティストも裸足で逃げ出す鮮血の絶えない地獄だったからだ。
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(「確かにその翼なら、君の飛翔方法との相性もバッチリだ。それを実現させるために、まずは君の肉体を木刀に当てはめる訓練から始めよう」)
翔の提案を笑顔で受け入れたダンタリア。始まりこそ和やかな雰囲気であったが、そこからすぐに地獄が生み出された。
翔はこれまで、木刀を手元にのみ出現させていた。
手に持つ武器を手元に生み出す。これ自体は当然の事と言える。そして翔は木刀を手元に出現させこそしていたが、その都度タイミングよく生まれた木刀をキャッチしていた。
つまり、その本質はどこまでいっても、身体の外部に出現させる事で統一されていたのだ。
手元に出現させる事と肩に生やす事は、生み出す以外は全く別の事象であった。今までの創造魔法の経験が、全く役に立たなかったのだ。
ある時は生やす事ばかりに集中し、肩の内部から木刀を出現させた事で肉を突き破る大出血を起こした。
またある時は取り回しを失念していた事によって、腕を動かした瞬間に肩の筋肉と木刀が引っかかって筋断裂を起こした。
さらにある時は飛翔用の木刀と固定用の木刀の接続をミスし、飛翔用の勢いで肩周りの肉がごっそり持っていかれる羽目になった。
これらはあくまで一例だ。要するに翔は、何度となく文字通りに血を見る羽目となったのだ。
そうして大失敗や大出血の度にダンタリアの治療が行われたが、さすがの彼女も翔の想像力とそれに伴う創造魔法の取り回しの酷さが予想外だったらしい。
途中からはアドバイスを通り越して、苦言を呈される事になっていた。
(「違う違う。少年、木刀を身体に突き刺すと考えてはいけない。動物の角や尻尾のように、自分の身体に元から生えていたと考えるんだ。角は成長するたびに主に出血を強いるかい? 尻尾は少し無理な動きをしただけで、付け根から千切れるかい? 違うだろう?」)
(「そんなこと言われて、あがあぁぁ!」)
(「それだけ苦痛を味わっても挑戦を続けられる精神は、賞賛に値するのだけれどねぇ......」)
集中する事、丸一日。翔が十人単位で失血死するレベルの負傷を経て、彼はついに飛翔魔法の原形を手に入れたのだった。
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いくら鋼の精神を持つ翔といえど、あの地獄を二日連続で味わうなど以ての他だった。やらなければならないなら受け入れる。されど、ギリギリまで逃げ道を模索したい。
そんな堂々巡りの迷路に翔が迷い続けていたところ、ダンタリアに声を掛けられた。
「少年、少年、聞いているかい?」
「あっ、あぁ、悪ぃ。ちょっと考え事をしてた。今の翼じゃマルティナには勝てないんだよな。だから昨日みたいに......」
「だからその話をしていたんじゃないか。少年、流石の君でも、あんな即身仏も全力で逃げ出すような苦行をもう一度味わうのはご免だろう?」
「そりゃあ......けどそうしないと勝てないんだろ?」
「確かに、今のままだとそのスピードは弱点になる。だから、肩から生やす翼はそのままで。出力の方をどうにかしようという話をしていたんだよ」
「本当か!?」
本当に何も聞いていなかったのだろう翔の反応に、ダンタリアが思わず苦笑した。
「命がかかっている戦いに冗談を持ち込む者はいないさ。問題なのは、飛んだ後のスピードを上げる出力。なら答えは単純さ。出力の数を増やせばいいんだ」
そう言ってダンタリアは杖を振り、いつぞやのホワイトボードを出現させて何かを描き込み始めた。
「こんな形にするのはどうだい?少年」
そうして書きあがったのは、まさに異形で、まさに翔が望んでいた翼だった。
「確かに......これなら!」
「ふふっ、気に入ってくれたみたいだね。さぁ、納得が出来たのなら練習あるのみだよ」
「あぁ、ここ数日ずっと何かしらの訓練をしていたんだ。今さら訓練項目が増えた所でどうってことねぇよ!」
「ふふっ、それは頼もしいね。正直これ以上何かを詰め込むのはどうかと考えていたんだが、せっかく少年が啖呵を切ってくれたんだ。君がこの翼を完成させた時には、とっておきの切り札を教えよう」
「切り札?」
「そう。彼女との戦いで、大いに役立ってくれる筈だよ?」
そう言ってダンタリアは、またも何かしらのイラストを描き出すのだった。
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翔が新たな翼の習得に励む頃。彼の決闘相手であるマルティナも、とある廃教会の中で訓練に励んでいた。
彼女の所属する悪魔祓いは、悪魔やそれに連なる者達の情報あらば、どんな場所であろうと駆けつけて事件を解決させなければいけない。
その義務に対する特権として、彼女には同門の教会や宗教施設の使用権、入場権が与えられているのだ。
そしてその権利は例えマルティナが無断で出奔した身であろうと、すでに管理する人間のいなくなった廃教会であろうと変わらない。
彼女は日本に到着してすぐ、居住場所とは別の拠点を手に入れていた。魔法の腕を錆びつかせないための訓練施設を、日本支部の教会管理者に求めたのだ。
彼女は燭台も椅子も何もかもが片付けられた部屋の中央に陣取り、槍の素振りを行う。その動きは達人と呼べるほどでは無かったが、同年代の女性と張り合えば間違いなく全戦全勝と言える動きではあった。
そうして一通りの素振りを終えると、背中から真っ白な翼を生やし、空中へと飛び上がった。急発進からの急停止、続く槍の投擲といった、とっさの判断に必要な動きの練習を積み重ねていく。
一通りの練習を終えると、マルティナは地上へと降り立ち汗を拭った。
休憩に付いた彼女の頭によぎるのは、三日後に決闘を行う相手である翔の顔。
初めて出会った時は自分に何一つ対抗出来ず、こちらに痛手を与える手段を一つとして持っていなかった相手。その相手とたった一週間の間を空けて決闘を行うのだ。まず間違いなく、負ける事は無い。
しかし、あちら側には生きる叡智とでも呼ぶべき魔王、継承のダンタリアが付いているのだ。
実際、自分の持ち得る手札は、一目見せただけでも全て看破されてしまった。魔王の名に恥じない確かな実力を持っていると言えた。
そして看破されてしまったからには、こちらの情報はあの悪魔殺しにも伝わっている事だろう。逆にこちらがあちらについて知りえるのは、木刀らしき得物を手元に出現させられるという事だけ。情報アドバンテージは向こうにあると言える。
「でも、その程度の不利を背負っただけで、負けるわけにはいかないわ」
どんな因果で悪魔殺しになったのかは知らないが、初見の魔法使い相手に何の警戒心も抱かず会話を行うあの態度。
自分であれば、まず身体の動き、発する言葉によって発動する契約魔法を一番に警戒する。そんな当たり前の事すら行わないとは、さぞ甘い環境で育ってきたのだろう。
苦労という言葉すら知らぬまま、人生を歩んできたのだろう。自分の人生とは、比べ物にならないほどの幸福な人生を。
「そんな奴に絶対に負けるわけにはいかない!」
悪魔に連なる者を滅ぼし、悪魔本体も滅ぼす事こそが悪魔祓いの本懐だ。だからこそ自分はそれをやり遂げなければいけない。少女は決意を込めて拳を握りしめる。その決意に私情が混じってしまった事は、自分でも分かっていた。
そんな負の感情から生まれた苛立ちを打ち消すように、彼女は汗をぬぐっていたタオルを放り投げた。訓練を再開するつもりらしい。
「いざとなれば、これも、全部_」
マルティナはそう言いながら、自らの胸から腹部に込めた秘策を手でゆっくりと撫でる。上半身にはスポーツブラを身に着けるのみな彼女の身体からは、臍から下にかけて縦に一線、脇の下から斜め下にかけて一線する薄い傷跡のようなものが見えていた。
残念だがこの傷跡と行いの真意を知る者は、極東の島国には存在しなかった。
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