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翔の翼

「簡単って......これでも俺だって結構考えてたんだぞ。本当に良いアイディアが浮かんだのかよ?」


 抱えていた悩み事を簡単の一言でバッサリと切り捨てた凛花に対して、翔が疑いの目を向ける。


「本当だって! むしろ翔の頭が固すぎ。どうせ頼まれた事だからって、馬鹿正直にその剣舞の練習しかしてこなかったんでしょ?」


「ぐっ、確かにそうだけど」


「なら悩み事は解決したも同然だね! この成功を胸に将来は敏腕カウンセラーとして、セレブからお金を巻き上げて悠々自適な生活を......」


「しょうもないことを言ってないで現実に戻ってこい。というか肝心な解決方法を聞いてねぇよ。そこまで言うからには自信があるんだろうな?」


 曲がりだした会話の方向を修正つつ、翔は続きを促した。


 本来であれば、悪魔関連の話題から切り変わってくれる事は願ってもみない。しかし、悩み自体は事実であり、解決を望んでいる事もまた本心。せっかく別視点の考えを聞ける機会だからと、彼は凛花の辿り着いた答えだけは聞いてみようと思ったのだ。


「もっちろん。悩み事は経験の少ない空中での軌道制御でしょ? なら空中に飛び上がる経験を増やせばいいんだよ」


 そう言って凛花は、自らの端末を片手で操作し始めた。


「空中の経験が少ないことにお悩みな皆さん! 朗報です!」


 そのまま軽い会釈を入れ、深夜帯のセールス番組のような口調でしゃべりだす。


「自分で言ったのもなんだけど、ずいぶんと狭いニーズに応えたキャッチセールスだな......って、痛ってぇ!」


 無粋なツッコミを挟んだ翔の(ひたい)に凛花のスマフォの角が突き刺さった。


「まずは、こちらのスポーツジム! もちろんただのスポーツジムではございません。他のジムと比べて珍しく、トランポリンの体験まで出来るのです。自分の足で大地を蹴るだけでは決して手に入らない浮遊感。お客様のニーズにピッタリではないでしょうか!」


「口調はふざけてんのに、割と真面目な解決策を出された俺はどうすりゃいいんだよ......けどトランポリンか」


 おそらくジムの宣伝用だろうトランポリンで跳ね回る男性の映像を見せられて、翔は問題解決に繋がるかを真面目に考える。


(確かに凛花の言う通り、トランポリンなら空中に飛び上がって姿勢を制御する練習が出来る。それに、話していた()()()()の解決にはぴったりな答えだ。けど......)


 そう。翔が思い悩んでいるのは空中での軌道制御ももちろんだが、一番はどうやって空を飛ぶか。


 その問題を解決した後でなら考慮に値するかもしれないが、根本的な解決には全く寄与していないとも言える。翔が求めているのは、跳び上がりでは無く、飛び上がりなのだから。


 そんな翔の表情で、自分の提案に満足していないと気付いたのだろう。凛花はまたも端末を操作すると、今度は下から水をジェット噴射するボードに立ち、プールの上に浮かび上がる男性の映像を見せてくれた。


「トランポリン? あぁ、あんなちゃちなおもちゃは僕の肌には合わないよ。そう言ったダンディにオススメしたいのがこれ! 圧力によって水を噴き出し、水上を飛び上がるスポーツ、フライボードです! こちら少々距離はありますが、近隣の県営プールで体験することが出来ます。学校を権力でずる休み出来るお坊ちゃま方に、いかがでしょうか!」


「フライボード?」


 翔は凛花の煽り文句にツッコミを入れることも忘れて、初めて見るその機械に目を奪われた。


 これなら両手を自由に使える。そして、木刀の組み合わせを工夫すれば、今の自分にも生み出す事が出来そうな設計。


(でも、よく考えたら、ボードに乗るんだから揺れる足場で戦う事になるんだよな。それで切った張ったをする? 無理だ。おまけに重心が崩れた瞬間の問題が解決してない。とても実戦じゃ使えない)


 一度明るい表情を見せた翔だったが、熟考の結果、またも表情を曇らせる。


「ふ~ん......」


 それによってまたしても、自分の提案が問題解決には至らないと凛花は気付いたのだろう。三度(みたび)端末を操作し始めた。


「大変申し訳ございません。お客様は剣舞に活かすための空中の動きを学びたいと願っていたのに、肝心の足運びを一切学ぶ事が出来ないボード型を見せてしまいました」


「そこまで演技が出来るんなら、ショップ店員のバイトとかをすればいいんじゃ、痛ってぇ!」


 翔のヤジにお仕置きを与えた凛花は、また新たな映像を見せた。


 パッと見ると、それは先ほどのフライボードと変わらないように見える。けれどよく見てみると、取り付けられた機械の場所が背中へと替わっていた。加えて水の噴出口も機械から翼のように伸びて、肩よりも少しだけ離れた場所に設置されているように見える。


 まるで背中から翼を生やし、空を自在に飛んでいる様だ。


「これは......!」


「ジェットパック。原理は先ほどのフライボードとほとんど変わりませんが、水を出す場所が身体から少し離れた左右にあるおかげで安定感は抜群。ご要望の足元も一切気にせず、空中の動きを学ぶことが出来ます。いかがでしょうか?」


 もはや凛花に声をかけるのも忘れて、翔は映像を見つめていた。


 背中にそのまま取り付けないから、姿勢に左右されない。手元、足元を塞がれないおかげで、身体の動きをほとんど縛られない。


 何より、上手く使えば翔の創造魔法でも再現出来る望みがある。突如見つかった全ての問題の解決案に、冷静になれと言う方が無理な相談であった。


(翼なのに、翼のような複雑に羽ばたく動作が必要なくなる機構。これだ! 木刀を翼に見立てることに夢中になって気が付かなかった! これなら空を自由に飛べる。これなら本物の翼に追いすがることが出来る! 後はしっかりとした構造を思い描くことだ。それさえ出来れば空が_)


「おーい、翔さんやーい。ボケに対してはツッコミを入れるのが礼儀だろー? それとも私の提案がそんなに魅力的に映ったのー?」


 勢いよく頭を回転させて、自分の魔法として使いこなすための算段を立てる翔。


 そのせいで突然機能を停止した翔の目の前で、手をブンブンと振りながら反応を待つ凛花。けれど彼女の行動はまるで関係なく、これまた突然機能を復帰した翔に凛花はガシッと両肩を掴まれた。


「凛花!」


「ひょえ!? なっ、なんですたい?」


 突然の翔の行動にビクリと声と身体を震わせる凛花。


「ありがとう! お前のおかげでなんとかなりそうだ。本当にありがとう!」


「あっ、あ~......はいはい、そういうことね。全く......。まぁ、役に立ったようなら良かった。ほら、翔の家も見えてきたし、めんどくさがらずチンして食べなよ!」


 凛花は何かに納得したような顔をして、手に持った重箱を押し付けると駆け出した。


「お、おい! 送っていかなくて_」


 深夜帯とは言えないが、十分に夜遅くと言える時間。凛花が初めに言ったように若い女性が一人で路上を歩くのは危険な時間だ。


 そのため荷物を置き次第、翔は最後まで見送るつもりだった。しかし、凛花は両手で大きく×印を作る。


「ノーセンキュー! だからさっさとそれ食べて、心のモヤモヤを吹き飛ばしなよ!」


 そう言い切ると、さっさと走って帰って行ってしまった。薄暗い夜闇の中では、彼女の表情は分からない。


「自分でうら若き乙女とか言ってたくせに。まぁいいか」


 凛花の突然の行動を疑問に思う翔。しかし、考えた所で答えは出ないと、自宅に向かって歩き出した。


 そうして家に着き、靴を脱いだ瞬間に翔の端末が音を立てる。確認してみると、凛花からのメッセージのようだ。


「凛花?何かあるんだったら、さっき言えばいいのにっ......!?」


 そう口にしながら、翔は硬直した。


(「今日言ってた剣舞の練習って全部嘘っぱちでしょ。流石に剣舞の練習でジェットパック提案されてあんなに喜ぶなんて無理がありすぎ! 何をしてるかは知んないけど、悩み自体は本当だったみたいだし大悟には黙っといてあげる。だから、次からはもっと上手い言い訳を考えとく事!」)


 隠し事が完全にばれていた。


 詳細に辿り着く事こそしていないようだったが、遠回しとはいえ悩みを話した事が原因だったのだろう。そうして最後には馬鹿正直に、剣舞とは程遠かろうジェットパックの映像で喜んでしまった。これで感付くなという方が、無理がある。


「はっ、はは......やっぱ俺のサル芝居じゃ、あいつらに隠し事をするのは無理があるか」


 乾いた笑いを漏らしながら、玄関の壁へと寄り掛かった翔。しかし、そんな行動とは裏腹に、彼の心にはとある決心が生まれていた。


(素直に打ち明けることはもちろん出来ない。けれど、隠し事に目を(つむ)ってくれるくらいには理解してくれるんだ。なら、マルティナとの決戦の前に、大悟と立ち会っておきたい)


 大悟との立ち合い。それは自分の武道の()が始まった瞬間であり、お互いに奇襲奇策は当たり前のダーティファイトを行える数少ない相手だ。


 マルティナへの対策。それは魔法部分だけを見れば、ダンタリアとの訓練だけで十分に対策を練る事が出来るだろう。


 しかし、彼女の呪いにも似た信念から放たれる無理無茶無謀の行動を予測するには、お行儀(ぎょうぎ)のよい訓練だけでは不足していると言えた。


 だからこそ、翼の問題に光明が差した今、敗北の可能性を一つでも潰すために大悟と立ち会いたいと思ったのだ。間違っても、マルティナの執念の一撃がダンタリアの命に届かないように。


「そうと決まれば、日中は凛花に教えてもらった道具を生み出す練習をして、あいつらが下校する頃に大悟の家に向かって_」


 夜のとばりの中であろうと、翔が燃やす決意の炎は、煌々(こうこう)と闇夜を明るく染め上げていた。

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