嘘だらけのお悩み相談
(「君が最後に至った発想。あれを決戦に用いる事に、文句は無い。けれど、使うからにはあの魔法の完成度をあらゆる面で上げる必要がある。一度の攻撃で制御を失う飛行手段など、あまりに博打が過ぎるからね」)
魔力切れと極度の疲労による気絶から目を覚まし、例の眷属に介抱されながらかけられた言葉を翔は思い出す。気絶していた事もあって、時刻はすっかり夜。ダンタリアの解散宣言を受けて、翔は自宅へと帰る途中だった。
(ダンタリアの言う通りだ。咄嗟に思いついた木刀を使った飛行。あれをそのままは使えない。棒切れ一本のロケット噴射なんか全く安定しないし、そもそも攻撃手段が無くなっちまってる)
空の敵への攻撃手段。その問題に一筋の光明が差し込んだように見えた翔だったが、見えた光明の先にはさらなる問題が待ち受けていた。
それは空中での軌道制御。そして飛行手段と攻撃手段の両立という、さらに難しい問題だった。
軌道制御だけなら、木刀を二本生み出したり、魔力量の調整で何とかなるかもしれない。しかし、飛行手段と攻撃手段の両立という問題は、彼の前に大きな壁として立ちはだかる。
創造魔法は使い手の想像力が何よりも重要視される。翼を生み出したいのであれば、翼の構造、動かし方、材質等に深い造詣があればあるほど、少ない魔力で生み出すことが可能だ。
その気になれば、ダイダロスの翼のような出現させるだけで自在に空を飛べる翼を生み出せる。しかし、形も理屈も分からないものを完璧な形で想像するのは難しいし、想像が乏しければ魔力の消費は馬鹿にならない。
よって今からダイダロスの翼を生み出すのは、棒切れ一本で空を飛ぶよりも難しいと結論付けた。
ならば、神話の天使みたく、木刀を背中に生やして空を飛ぶ方法はどうかと考えた。けれども身体を動かすことにはそれなりに頭が回る翔だ。実行する前に問題点へと辿り着く。
背中に木刀を背負う関係上、少しでも前かがみになった途端に魔力の噴出口が上を向くのだ。
するとどうなるか。答えは簡単だ。地面にめり込むことになる。
翔の攻撃手段は木刀だ。振りかぶる瞬間も振り下ろす瞬間も、横薙ぎの攻撃だって腕の動きに合わせて身体が動く。
もちろん背中だって例外ではない。急激な動きによって噴出口がぶれてしまえば、身体はあらぬ方向に飛んで行ってしまう。おまけに高空で角度調節を誤れば、翔を潰れたトマトにする翼。とても実行出来たものじゃなかった。
最悪の場合も想定して、ダンタリアに落第点を貰った箒渡りの曲芸も活用出来ないか考える。けれどもすぐさま首を振った。
(おとなしく見ていてくれるわけがねぇもんな......)
ダンタリアとの戦いは、あくまで訓練。非殺傷の砂製の箒に、所々で与えられるアドバイスと至れり尽くせりだった。
しかし、本番はそうはいかない。マルティナの魔法は槍だろうと刺突という形の無いものだろうと関係無く、対象の数を増やす事が出来る。
ダンタリアの砂魔法は、砕かれれば落ちた砂を固め直すというプロセスが発生する。しかし、彼女の魔法にはそのプロセスが無い。背中の槍を手元にコピーすればいいだけなのだ。
同じように彼女の槍へ飛び乗ったとしても、魔法の解除で足場が消失し、続けざまの槍で串刺しにされる事は間違いなかった。
(どうすりゃいいんだ?)
腕を組み、頭を捻りながら必死に答えを導き出そうと、うめき声を上げながら考えこむ翔。
「あれ? 学校おさぼりマンの翔じゃん。そんな学年最下位取った時の顔してどうしたの? はっは~ん、さては姫野ちゃんの手伝いをするどころか、大事な神具か何かをぶっ壊して、麗子さんにしぼられたなぁ~?」
そんな翔に後ろから声をかける者がいた。
「凛花? どうして?」
翔が振り向くと、そこには風呂敷に包んだ重箱を片手に持ち、妄想の中の翔相手にニヒヒと笑う凛花の姿があった。
「うちのお母さんと大悟のお母さんから、バイトを頑張る青少年へと差し入れだってさ。いくら通り魔事件が収まったかもなんて言っても、うら若き可憐な一輪の花たる可愛い娘をパシリに使うなんてひどいもんだよ! 翔からも何か言ったげて!」
「いくら花でも、触った瞬間に手がかぶれるような毒草には、誰も手は出さねぇよ」
「はぁ~!? バラに棘はあっても毒はありませんー! お馬鹿さんが露呈したね!」
「おっかしいな、いくら俺でもバラの花を見落とすはずは無いんだが......どこにあるか教えてくれないか?」
始めは久しぶりの軽口とでもいう雰囲気だった。しかし、今しがたの馬鹿という言葉は、発想力の乏しさを嘆いていた翔に突き刺さる言葉であり、翔の放った煽り文句は曲がりなりにも乙女であった凛花にクリーンヒットしたらしい。
「HO2」
「水を百度以上に上げる、魔法の沸騰石」
「「......」」
「「ふぐぐぐぐぐ!!!」」
過去のテストであったお互いの恥ずかしい答案をぶつけあいながら、がっぷりと腕四つで組み合う。
普段であれば、翔が押し込んで凛花が負け惜しみを言う場面であったが、疲れの溜まっていた彼では決定打に欠けた。
凛花も挑んだ手前、途中で止めるわけにもいかず、お互いに息切れで終了となった。
「はぁ、はぁ......翔......筋力が足りてない......姫野ちゃんとこの手伝いだからって、張り切りすぎ!」
「はぁ、はぁ......うるせぇ......!こっちだって......こなさなきゃいけないことが腐るほどあんだよ! 無茶言うな」
お互いに息を切らしながらも軽口は切らさない。長年の付き合いだからこそできる芸当だった。
そのまま目線だけで停戦に合意し、道すがら互いの近況を語り合う。
「へぇ~、やっぱり同級生だからって楽は出来ないんだ。次があったら私も姫野ちゃんか麗子さんに頼んで応募しようかと思ったのに」
翔の自宅を目指して歩くこと数分。凛花の興味は当然というべきか、学校を休んでまでも参加している翔のバイトの内容についてに移行していた。
「どうせ小遣い稼ぎが目的だろ? それなら素直に家業を手伝った方が、貰える額だって比べ物にならねぇだろうに」
「断固拒否! 人に言われてやるなんてまっぴらごめん、私は何だって私がやりたいからやるの! ほら、私のことよりバイトの内容だよ内容! 具体的にはどんな感じなの?」
「通話で伝えたろ? その神社の行事で行う剣舞の映像を、新しく撮影しているって。前の映像は寿命で見られなくなっちまって、唯一映像無しで踊れる神主さんも高齢で足が上手く動かない。下手に神社同士で貸しを作るのも嫌がったから、しがらみが無くて、剣道経験もある俺が選ばれたんだよ」
凛花の疑問に、あらかじめ麗子と相談して決めていた嘘のバイトの内容を翔は話した。
「でもそれなら、そのおじいちゃん神主のお子さんとかが踊るのが普通じゃない?」
「事故で亡くなっちまってるんだと。なら孫はってなると思うけど、歳を取ってから生まれた子だから未だに幼稚園通いでさすがに神事は任せられない。神主としても苦渋の決断だったってわけ。ちなみに、本来は一子相伝だから、どっかに内容が漏れたりしたらウン百万の賠償だとよ」
「うげっ! それは勘弁。やーっぱ楽に稼ぐこと自体が楽じゃないよねー......じゃあ、私と会う前に凹んでたのは、神主さんあたりにスパルタ教育でもされていたせい?」
「うっ、あぁ。そんなとこ」
厳密には全くそんなとこではないのだが、怪しまれないためにも翔は素直に頷いた。
「そんなとこ? じゃあ、厳密には違うんだ? それなら、その凹んでいた内容をお姉さんに話してみなさい」
突然凛花が自らの拳で胸を叩き、得意げな表情を翔に見せた。
「はぁ? いきなりなんだよ。ってか、お姉さんって。お前が一カ月早生まれなだけで、大した年齢差じゃ......」
「そこうっさい!」
「横暴すぎる!」
「ごほん。せぇーっかく翔のお悩みを少しでも解決してあげようと、親友が手を差し伸べてあげてるんだよ? ここは素直に手を取った方がいいんじゃないの?」
「い、いや、いきなり悩み相談なんて言われても......」
事実その通りだった。
翔の悩んでいる魔法世界の内容を、素直に凛花に話すわけにはいかない。しかし、普段はおちゃらけているが、情には厚く。翔が山から転がり落ちたと聞いた時も、大悟と共に真っ先に見舞いに駆けつけてくれるほどの行動力を持つ凛花のことだ。
下手に話さずにいれば遠慮していると思われて、余計に痛い腹を探られる羽目になってしまうだろう。その結果、彼女に魔法世界について知られ、あまつさえ彼女が巻き込まれてしまう事は何とか避けたかった。
そのため翔はあきらめたかのように装い、実際の悩みを上手くぼかしながら伝える事を選んだのだった。
「はぁ......じゃあ、俺の話を聞いてくれるか?」
「もっちろん!お姉さんに任せなさい!」
いつまでその設定でやるんだよというツッコミが翔の頭をよぎる。けれどもそんなノイズは捨て去って、思いついた嘘話を話し出す。
「実は空中の姿勢制御について悩んでいるんだ」
それはダンタリアとの訓練で生まれた、最新の悩みだった。
「空中の姿勢制御?」
「あぁ、剣舞について凛花がどれだけ知ってるかは分からねぇけど、お前が思っている以上に剣舞って飛んだり跳ねたりって動作が滅茶苦茶多いんだ」
「ほえー......。あっ、どうぞ。続けて続けて」
「いいのか? なら続けるぞ。まぁ、そんなんだから空中に飛んだ後に、色々なポーズを決めたりしなきゃいけないんだ」
「へぇー。スケボーみたい」
こちらが頭を捻って言い訳を考えているというのに、能天気な感想をこぼす凛花を見ると、翔は無性に頭にゲンコツを落としてやりたくなった。
「それで、普段の立ち合いを見てるお前ならわかるだろ? 剣道ってのは地に足付けてやるもんだ。いきなり空中殺法をやれって言われてもすぐに覚えるのが難しい。けれど俺が休む一週間の間に、神主さんは完成させてほしいって思ってる。だから悩んでたんだよ」
「ふ~ん、なるほどなるほど」
口ではなるほどと言いながら、本当に悩んでいるのか怪しい表情であごに手を当て考える凛花。翔としては、もちろん答えなんか出るとは思っていなかったし、嘘を誤魔化し切れればそれでよかった。
「それなら簡単じゃん!」
しかし、翔の予想に反して、あろうことか凛花は手を叩き、何かを思いついたように翔に向けてしてやったりといった表情を作っていた。
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