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ニンゲンが内に秘めしモノ

「んで、結局お前は何をしたんだよ?」


 翔が自らのこめかみをトントンと叩き、目の前の幼女、ダンタリアに説明を促した。


 もちろん彼が説明を求めているのは、自らのこめかみの状態でも側頭動脈のことでも断じてない。ダンタリアの不意打ちによって、突然認識出来るようになった魔力についてだ。


 今まで見えていたものはそのままで、魔力が見えるようになっただけ。


 しかし、その変化は翔に混乱を与えるには十分な変化だった。何しろ魔力が見えるようになるということは、魔力で遮られてしまえば、その奥に存在する物体を目で確認することが困難になる。


 ましてや、ここは知識の魔王のプライベート空間というべき場所だ。そんな場所の魔力が少ないわけがない。


 ダンタリアが(まと)う薄紫色の薄いオーラのような魔力を確認した後、翔は周囲の状況も同時に確認していた。


 すると、今まで良好に見ることが出来ていた周りの風景のほとんどが、薄紫の霧のようなものに(さえぎ)られていることに気が付いた。


 そしてその霧は視界に神経を集中させるほど深く、濃い色で見えるようになり、(ひど)い場所だと濃霧(のうむ)の中と言っても過言ではないほどだった。


 この空間を維持するためにはそれだけ多くの魔力が必要なのだという新たな発見はさておき、魔力を見れることになって生まれた弊害(へいがい)に頭を悩ませていた。


「一時的に君の視覚で、魔力を情報として処理出来るようにした。簡単に言えば、魔力を見えるようにしたんだよ。不可視の攻撃に対応するためにね」


「一時的? じゃあ、時間が経てば勝手に見えない状態に戻るか?」


「そうだね」


「......なら、いいけどよ」


 この視界は魔法世界で生きるためには必須の機能かもしれないが、日常生活で考えれば不便極まりないものだ。それが永遠に続くのかもしれないと不安を感じていた翔は、ダンタリアの肯定に思わず胸を()でおろす。


「ふふっ、荒療治(あらりょうじ)になってしまったけれど、魔力を感じ取れなければ彼女との勝負の舞台にすら立てないからね。これのおかげで君は少なくとも、決闘早々、()()()()ハリネズミにされてしまう心配は無くなったわけだ」


「魔力が見えるようになったってのは、まぁ実際に見えてるんだから分かった。それでこの力が一時的なものってのも分かった。でもあと一つだけ疑問に残ってることがある。結局お前はあの時、俺に何をしたんだ?」


 翔が抱いた疑問。それはこの能力を得るためにおそらく必要だったのであろう、あの拷問のことだ。


 結果的に成功だったから良かったものの、あの拷問紛いの経験は、二度とお断りしたいほどの苦しい時間だった。結果は身体で分かっている。しかし、過程を聞かなければ完全な腑に落ちる事は無い。


「あぁ、そっちかい? 少年、君はニンゲンが種族として元々、魔法を不得手(ふえて)としている話は覚えているかい?」


「えーと、あれだろ? 元々魔法の才能が無かったのに、才能が無い人間同士で結婚を続けたから魔力を()めこむ器官が完全に閉じてしまったとかいう......」


「そう、それだ。君も本来はそちら側のはずだった。けれども悪魔殺しになったことで相方の悪魔が魂を調整し、魔法世界に足を踏み入れる事が叶った。だが、これだけでは不完全な状態なんだ」


「不完全?」


「悪魔でさえ、他者、それも別の種族の魂を十全に操作するのは至難(しなん)(わざ)なんだよ。だから魂の調整をする事は出来ても、魔力を送り出すための通路である魔力路(まりょくろ)、ニンゲンで言う所の血管のような器官の調整は必要最低限で終わっているんだ。調整を誤って魔法を使えなくなったりしたら、契約している悪魔としてもおしまいだからね」


「じゃあ、お前が今回行ったのは_」


「その魔力路の調整だよ。本来使われる事の無かった()びついた水路に、魔力という激流を流し込んだんだから負担がかかって大変だっただろう。それについては謝るさ」


「......別に理由があるなら文句はねぇよ。それに成功って事は、マルティナと決着をつけるまではこの目は持つって考えていいんだろ?」


「うん。一週間と少しは持続する計算になっているから、安心していい。それと、結局は荒療治に過ぎないからね。そもそもあらゆる生命は、外的な変化を無意識の内に排除し、元の状態に戻そうとする性質がある。もし、今の状態を今後もう一度手に入れたいと思うのなら、今度はしっかりと自分の技術として習得する事をおすすめするよ」


「創造魔法で魔力感知を手に入れるって、滅茶苦茶難しいんじゃないのか? 新しく魔法を手に入れるって方法もあるんだろうけど、確か魔法を習得しすぎると一つ一つの魔法の能力が下がっちまうんだろ? 魔力感知でその貴重な魔法の空き枠を埋めてしまっていいのか?」


 マルティナとの戦いでは、魔力感知は必須の魔法となるだろう。


 しかし、今後戦う相手によってはまた新たな魔法が必要となり、次の相手にも新たな魔法が。といった形で、戦いを重ねるたびにそんな場面が訪れるかもしれないのだ。


 その時に備えて貴重な魔法の枠を空けておかなくていいのか。そんな未来を翔は危惧していたのだ。そのためダンタリアが枠を残しておいた方が良いと言うのであれば、苦痛は覚悟でもう一度彼女から力を貸してもらうつもりでもあった。


「少年、その瞳を含めた魔力路を利用した技は、別に魔法ではないよ」


「えっ、違うのか?」


 しかし、ダンタリアから返ってきた言葉は意外なものだった。


「そう、この力は魂そのものというより、魔力路を利用して君の身体を活性化させる技術。人呼んで()()というものだからね。魔力を何不自由なく操れる悪魔には小手先だけの蔑称(べっしょう)として用いられることが多いけど、君達ニンゲンにとってはそう捨てた物じゃないだろう?」


「魔術......魔法とは全く別物ってことなんだな? 具体的に何が違うんだ?」


 もちろんそんな技術の知識は、翔の頭には存在しない。これまでと変わらず、素直にダンタリアへと違いを尋ねる。


「そうだね。魔術というのは、元々備えてはいたものの、長い年月で感覚すら忘れ去ってしまった機能を呼び起こして使いこなすための技術かな」


「......悪ぃ。もっと簡単に」


「ふふっ、ニンゲン風に言えば第六感。もしくはゾーンなどとも呼んでる現象だね。古のニンゲン達は私達や神共に真っ向から対立するのではなく、魔術によって肉体の感覚機能を活性化させ、危険を回避する方法を選んだ。そうやって悪魔と神の、全てを滅ぼしかねない大戦争の中でも生き残れたんだよ」


「......じゃあ、この目の力の他にも魔術ってのは存在するのか?」


「もちろん。皮膚周辺の魔力路を活性化させれば、周囲の空気を感じ取って危機感知能力が大幅に上昇する。筋肉や骨周辺の魔力路を活性化させれば、内向きの変化魔法の真似事を出来るようにもなる」


「マルティナとの戦いまでに使いこなせるようになるなんてのは、難しいか?」


「そうだね。さっきゾーンと言ったように、才能があるスポーツ選手や武闘家なんかは、無意識の内に魔術を習得出来たりする。その上で魂から消費していい魔力を鋭敏(えいびん)に感じ取り、完全な力として使いこなしたりしたものだけれど_」


「だから、もっと簡単に......」


「本来存在しない翼を用いて、空の飛び方を覚えるようなものだね」


「一朝一夕どころか、生涯をかけても修得出来るかどうかじゃねぇかよ......」


 翔は木刀を出現させると同時に、意識を集中させて自分の魔力を感じ取ろうとする。


 すると、手の平付近にダンタリアの薄紫色の魔力とは異なる藍色のオーラが立ち昇り、次の瞬間には木刀を出現させていた。


 創造魔法の発動プロセスを眺めるという目的なら、成功と言えるその行為。しかし、翔は小さくため息を吐いた。


「まぁ、だよな」


 説明通りなら、このオーラは自身の心臓部から魔力路を通って手の平に集まっているはず。なのに木刀が出現する寸前まで、翔は自身の魔力を知覚出来なかったのだ。


 自分の魔力すらまともに知覚出来ないのに、魔力路を使いこなすなど夢のまた夢と言えるだろう。駄目で元々。しかし、出来なかったという事は、その分決闘には単純な力量が求められることになる。


 勝たなければいけない。だが、自分に彼女が打倒できるのか。新たな知識によって生まれた新たな不安。それでも前に進まねばと上げようとした視界の端。そこから薄紫色の魔力が一点へと、急速に集まっていくのが見えた。


 そして集まった次の瞬間には、見慣れた(ほうき)を形作って翔へと一直線に飛んでくる。


「うおぁっ!? 何すんだ!」


 飛んできた箒を流麗な木刀捌きで叩き落し、元の砂へと戻す。そのまま下手人へと向き直り、翔は凶行の理由を問い質す。


「ふふふっ、少年、君は着実に前に進んでいる。必要以上に彼女を恐れる必要は無いんだよ?」


「恐れてなんかねぇ! そんなことより、なんでいきなり箒をぶん投げやがっ_」


「前は手も足も出なかった色胞擬態(クロマフォア)で不可視化させた箒。今回は見事に対応出来たじゃないか」


「えっ?」


 突然の彼女の言葉に翔は固まった。不可視化させた箒への完全な対応、それはマルティナの魔法への解答を得たと言い換えられるのだから。


「君に魔術の一端(いったん)を授けたのは、魔術の解説でも独力で魔術を習得させるためでもなく、一週間後の決闘で必要だと思ったからだよ。そして君は手に入れた瞳を使って、不可視の攻撃に対応した。これだけで当初の試みとしては大成功だろう?」


「うっ......」


 言葉に詰まった翔を気にする様子も無く、ダンタリアは行いの理由を語った。


 それは新たな技を前にして浮足立った翔の尻を叩き、目の前の目標を思い出させるには有効な一手だった。


()()()()()、命は一つしかない。安全マージンを取るのは大事だよ。けれど敵を過大評価しすぎて、前に進む足をその都度(つど)止めるのはいささかいただけないな」


「悪い......」


 どうやら自分は完封負けを喫した相手に備えようとするばかり、予想以上に後ろ向きの思考になってしまっていたようだ。


 必要以上に保険を求める、言ってしまえば負け犬の思考。指摘された事で、自分がどれだけ臆病になっていたかが良く分かる。


「悪くは無いさ。けれど、その感情は苦難を打倒して初めて克服出来るものだよ。今回で言えば、勝利以外に克服の道は無い。力を手に入れることに夢中になって、戦いそのものから目を逸らさないようにね」


「......そうだな」


「よろしい。それじゃあ、訓練の再開だ。君の力が彼女に比肩(ひけん)しうるものだと、()()()にも分からせてあげないとね」


 ダンタリアがおもむろに杖を振ると、彼女の袖口(そでぐち)から大量の砂が零れ落ちる。そうして零れ落ちた砂は見慣れた掃除用具の姿を形取り、翔に向かって飛来する。


 失敗によって生まれた負の感情は、成功する事でしか振り払うことは出来ない。


 そのためダンタリアはあえて話を打ち切り、強引に訓練を再開してくれたのだ。翔の思考がこれ以上後ろを向かないように。


 言葉にならない素の優しさに、自分は報いなければいけない。


 間違っても彼女が一週間後に命を落とすことが無いように。砂そのものに紫の煙が混じったかのように見える箒の他に、紫の煙のみで構成された(ほうき)が混じっていることに翔は気付く。これが、昨日翔が対応できなかった不可視の魔法。そしてこれから対応しならなければいけないマルティナの魔法そのものだ。


「うおぉぉぉ!」


 自らの心に芽生えていた負の感情を根こそぎ消し去ってやるために、翔は飛来する箒へと向かって木刀を振り下ろした。

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