訓練の始まり
「はぁ~......神崎さんの手伝いって事で休みを作って貰ったのはいいけど、間違いなく凛花が学校中にあることないこと吹き込むだろ。休み明けが憂鬱だ......」
「これから訓練だというのに余裕だね、少年。まぁこちらとしても変に力まれるよりは、自然体でいてくれた方がやりやすくていいんだが」
「悪魔は悪魔の、人間には人間の付き合いってのがあるんだよ。それも一度足を取られたらずぶずぶと沈んでいく底なし沼のような付き合いが」
翔は大げさに語ってみせたが、なんてことはない。神崎姫野という美少女と深い関係にあると誤解されていることによる、男子達の嫉妬による制裁を例えただけだ。
「へぇ。富の悪魔を相手にするような付き合いが、魔法を知らない者達の中にも存在するとはね。前回の大戦を経て、また世界は姿を変えたらしい。君が学び舎に復帰した後の話は、ぜひ存分に聞かせておくれよ」
「それって一週間後の決闘に勝って、お前がマルティナに討伐されなかったらの話しだろ? 昨日も思ってたけど、なんでそんなに自信たっぷりなんだよ」
大熊と今後についての話し合いを行った日の翌日、翔は言われた通りに学校へ向かうことなく、ダンタリアの空間内へ移動していた。
元々大熊から指定されていたのは集合場所のみで、時間までは指定されていなない。そのため大量出血や頭脳労働で疲労困憊だった翔は、お昼頃から事務所へと顔を出そうとしていた。
しかし、こんな時でも学生の体内時計というものはずいぶんと優秀なものらしい。目を覚ましたのは普段学校に登校するための起床時間だった。
そこからどうにか二度寝をしようと画策してみたが、冴えた頭をもう一度リラックス状態にもっていくのは難しかった。
そうしてただただ無為に時間を過ごすことに我慢が出来なくなった翔は、授業の開始時間とさほど変わらない時間に事務所に到着していたのだ。
ダンタリアに言われるまでもなく身体をほぐし始める翔だが、そもそも彼は今日この場でどういった訓練を行うのか知らされていない。そのため行っている準備運動が、正しいのかすらもわからなかった。
けれども教会の悪魔祓いである少女、マルティナとダンタリアの命がかかった決闘を行うまでの期間はたった一週間しかないのだ。
一度完膚なきまでに圧倒された相手に勝利を収めることは生半可な訓練では不可能。そして、行われるであろう過酷な訓練に食らいついていくという意気込みも込めて、翔は自分に出来る行動を行っていたのだ。
彼の行う準備運動は、ある種覚悟の現れ。数分かけて一通りの準備運動を終えると、ダンタリアに向かって問いかける。
「そろそろ始めないのか?」
「そうだね。それじゃあ始めようと思うのだけれど、その前に一つ。少年、昨日君と最後に行った模擬戦で、君は何か感じたかい?」
「あの訓練か」
ダンタリアに問いかけられて、翔は昨夜の模擬戦を頭に思い浮かべる。
いつものように木刀を握りしめて戦闘の構えを取った翔に対して、ダンタリアが使用した魔法は二つ。砂を操り、固めることで様々な形を生成する始祖魔法、砂状の楼閣と、周囲の環境に自分の色を極限まで似せることで姿を隠す変化魔法、色胞擬態だ。
砂状の楼閣によって複数の箒を生成したダンタリアは、その一つに自身も腰を下ろして翔の木刀では攻撃が届かない空へと移動した。
そうして残った箒を操って、大怪我こそ起こるはずが無いが、当たったらしっかりと痛みを感じる攻撃を翔に対して行った。
剣士と相対したと例えるのなら、何刀流を相手にしているのか数えるのも馬鹿らしくなるほどの波状攻撃。
それでも最初の内は時には避け、時には弾く事で翔も何とか対応出来ていた。しかし、ダンタリアがもう一つの魔法、色胞擬態を用いて操る箒の中に透明の物を混ぜるようになると形勢は悪化した。
飛来する箒を避けようとして、不可視の箒に真正面から顔面を叩かれる。飛来した箒を弾こうと振りかぶった木刀が、不可視の箒にぶつかって軌道がずらされる。不可視の箒に足を取られた隙に、飛来した箒群によって滅多打ちを受ける。
これらの目視で対応不可能な状況が頻発し、一方的な敗北を喫したのだった。
「見えた時は何とかなった。けど見えなくなった時点で、どうしようもなくなった。空中にいる相手をどうやって攻略するか以前の問題だ。殺す気の無い攻撃じゃ、殺気を読む事も出来ねぇしな」
翔も人間である以上、どうしても視界の情報を優先して行動を選択してしまう。
見えれば何とかなる。見えなくとも、風切り音や完璧ではない擬態によって起こる空間の歪みを観察することで何とかなる。
けれど、見える攻撃の中に不可視の攻撃を混ぜられてしまうと、途端に対応が困難になってしまう。対マルティナを想定すると、こんな場所で躓いている場合ではないというのに。
「ふふっ、確かに。驚くべき事に少年は、不可視が混じるまでは対応出来ていた。これは良い意味での予想外だったよ。君は見えさえすれば、悪魔祓いの主力攻撃に対抗出来る事が分かったのだから」
翔の言葉を締めくくるように、ダンタリアが総評を語る。
「それが出来ないから、こうやって頭を抱えてんだろうが」
ダンタリアの総評は、まさしく言うは易く行うは難しといった内容だ。解決策として使えない意見に時間を費やしたくないとばかりに、翔が彼女の意見をバッサリと切り捨てる。
「なら実際に見えるようになったら?」
「えっ?」
「不可視の一撃すら、自分の瞳で観測できるようになったらどうだい?」
ばっとを驚いた様に顔を上げた翔の反応を楽しむかのように、ダンタリアが薄く笑いながら彼に問いかける
「......見えるんなら何とかなる。いや、してみせる。けど一体どうやるんだよ?」
「これは大熊から聞かせてもらった情報だ。少年、君ともう一人の悪魔殺しは、潜伏する言葉の悪魔をどうやって見つけ出したんだい?」
「はっ? いきなり何の話だよ?」
突然話題が方向転換した事で、困惑が隠せない翔。
「いいから」
そんな彼の反応を無視したまま、ダンタリアは続きを促す。
「......そりゃあ俺の魔法は木刀を出すだけだから、神崎さんの魔法を使って探したんだよ」
「彼女はどうやって、いや、何を手掛かりにして潜伏先に当たりを付けたんだい?」
「......そうか。魔力! カタナシの使用した魔法で発生した魔力の動きを、目に見える形にすることで探していた!」
思い悩んだ問題に光明が差し、翔も思わず大声を上げる。
「その通り。悪魔祓いが用いる不可視の槍だって、立派な魔法現象だ。そして、魔法である以上、魔力は確実に放出されている」
「その魔力を基にして、槍を探し出せば! ......って、肝心の魔力を目で見る魔法ってのをどうするんだよ? どう考えても、一週間で覚えられるようなもんじゃないだろ?」
ダンタリアの言う解決策には、大きな問題があった。
それは、翔の創造魔法の技量では、魔力感知の物品や現象を生み出すのが難しいという点だ。なにせ彼はハプスベルタとの決戦の際に、土を用いた簡素な壁を生み出すことすら出来なかったのだ。
そんな自分が想像すら付かない物品を生み出す、不可能だ。なら現象として固定する、もっと不可能だ。
もちろん決闘の場に、ダンタリアが準備した道具を持ち込むこともおそらく許されないだろう。翔には実力不足で生まれたこの問題を、解決する糸口が見つからなかった。
「あぁ、そんなことを心配しているのかい?」
だが、思い悩む翔とは逆に、ダンタリアは涼しい顔をしていた。まるで些細な問題だとでも言うように。
「そんなことって、結局魔力を感じる道具か何かを俺が作れなきゃ、どうしようもないんだぞ! なんでそんな余裕そうな顔で......」
ダンタリアに対する翔の文句は最後まで続かなかった。いきなり彼女が翔に近付き、背伸びをして腕を目一杯伸ばし、翔の胸に自分の片手を押し当てたためだ。
「な、なにを_」
ダンタリアの突然の行動に困惑する翔だっだが、次の瞬間、大きな衝撃が彼を襲った。
「ぐっ! があああぁぁぁ!?」
胸を中心として、身体の内側を芋虫が這いずるような感覚が翔の全身を襲う。
その芋虫はただ這い回るだけではなく、通った場所に電流を流すような、加えて関節を曲がらない方向に無理やり押し曲げるような激痛を、胸から四肢にかけて全体へと伝えていく。
「がっ!? ごはっ! ああああぁぁぁぁ!」
極めつけは頭だ。身体全体に流れた電流の数倍電流が流れるような感覚が襲い掛かり、頭はスパークし、真っ白になった視界は開いているのか閉じているのかすらわからない。
口からあふれる悲鳴は翔の意志とは関係なく、身体の緊急事態を内外問わずに発するだけの壊れたスピーカーのようになっていた。
そうして翔がもだえ苦しむこと数分、翔からすると永遠にも感じた地獄の拷問は、全ての不快感を一瞬で消失させて唐突に終わった。
「ごっ! がっ! がはっ......はぁはぁはぁ......げほ! げほ! げほっ! なにしやがんだ! ダンタリアッ!」
翔はぼやける視界の中で、突然の不意打ちを行った下手人に吠える。
「ふふふっ、すまないすまない。けど予告する事で君の身体が拒否反応を起こしてしまったら、これをもう一度行わなければいけなくなる。そうならないためにも、一回目でさっさと終わらせてあげたかったのさ」
「不意打ちの話しは聞いてねぇよ! 俺に何をしやがったって聞いて......!」
怒りの収まらない翔は声のした方へと振り向き、勢いのままに拳を振り上げる。しかし、その行動が行われることは無かった。
振り向き目にしたダンタリアの周囲に、薄紫色のオーラのようなものが纏わりついていたからだ。
「その表情を見るに、成功したようだね。おめでとう少年、これで君は魔力を感じ取ることが可能になった」
驚きに目を白黒させる翔をよそに、ダンタリアは楽し気に声を弾ませた。
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