不可視の一撃の正体
音に呼応するかのように、今度は背後のホワイトボードや目の前のテーブルに置かれた小物が一緒くたに浮き上がり、どこかへ運ばれていく。
そうして物品が片付けられた後に残るのは、椅子に座る翔とダンタリアの二人のみ、周囲には広い空間が出来上がっていた。
「戦闘に用いる魔法を見せるには、この空間はいささか手狭だったからね。これで動きやすくなった」
自分で物を運んで片付けたわけでも無いのに、服の汚れを払うようにパンパンと叩くと、ダンタリアは立ち上がった。
「今度は実戦練習ってことか?」
それにつられて翔も椅子から立ち上がる。すると二人が座っていた椅子までもが一人でに動き出し、片付けられた物品達の中に加わる。
「それも悪くはないけど、まずは知見を得るべきだ。少年、君はあの時の魔法を見て、どんな魔法だと想像したかな?」
「......いきなりかよ。えっと、まずあいつは手元に槍を出現させる事が出来る。そして槍を投げた時に、目で見えない何かを同時に投擲する事が出来る。そんなルールの契約魔法に見えるけど......違うんだろ?」
「そうだね。的外れって程でもないが、的の中心からはだいぶ逸れている」
「分かってる」
改めてダンタリアに指摘されなくとも、翔は自分の答えが外れていることは分かっていた。なにせ少女はこれまで判明した二つの奇跡、イアソーの腕とダイダロスの翼という二種類の奇跡の本質を巧妙に隠していたのだから。
相手に手の内を晒す事を警戒している彼女が、メインの攻撃手段として用いる魔法にだけ偽装を施していないはずがない。だからこそ翔はダンタリアからの返答にも素直に頷くことが出来た。
「ここで答えを教えるだけなら簡単だ。けれども、何度も言うように、私は少年に期待しているんだよ。戦いはもちろん、ひらめきもね。あれは契約魔法では無い、始祖魔法だ。だから君が考えるべき事は、どんなルールに沿って動く魔法か、ではなく、何を操る魔法か、だよ」
「始祖魔法......? あれが始祖魔法なのかよ!? ん? そういえば、あの時お前は......」
そのヒントによって、翔は目の前の魔王が駆け付けた時の状況を思い出す。
ダンタリアは少女の魔法を一目見た瞬間、奇跡が二つに始祖魔法が一つと言っていた。奇跡二つがイアソーの腕とダイダロスの翼を指すのなら、彼女の言う通り翔が考えなければいけないのは始祖魔法が操っている対象についてだ。
しかし、手元に槍を出現させ、その槍を投擲すると同時に不可視の攻撃、傷口の形状からおそらく刺突による攻撃だとは予想がつく。しかし、それだけでは何を操っているかなど欠片も思いつかない。
「槍......を操ってるわけじゃないんだよな?」
「違うね。けどあれも始祖魔法で操った結果、生み出された産物だよ」
「はぁ!? 何を操ったら、何もない場所からいきなり槍が出現するんだよ! それともあれか、槍の製造過程でも操ってるっていうのかよ!?」
全く同じ形状、寸法の槍を生み出すなんて、それはそれは優れた鍛冶師様だと心の中で皮肉を言ってしまう。そしてこのふざけた発想も、ダンタリアに言われる前から的外れだという確信が持てていた。
つくづく、自らの魔法に対する認識の低さにため息が出る。
「ふふっ、そんな苦虫を噛みつぶした表情をするほど、君の考えは悪くはないさ。発想の飛躍は魔法を知ることにおいては大切なことだよ。けれど、外れは外れだ。少年、よーく考えるんだ。私は始祖魔法が操るものが目に見えるモノだけだと教えたかな?」
今日何度目かになるかわからない助け船を出され、翔はもう一度頭を捻る。
(目に見えない対象......空気や原子を操ってるってことか? あれは空気を圧縮して塊を放って攻撃している? いや、それだと槍が出現する意味が分からない。仮に槍を生み出せたとしても、原子の何かを操っているなら全てが目に見えるか、空気と同じように目に見えないかのどちらかしかありえないはず。思い出せ、ダンタリアが始祖魔法の解説をしてくれた時のことを。目に見えない対象、目に見えない対象......)
その時翔の頭の中で、始祖魔法の講義で紡がれた言葉の断片が浮上してきた。
(「始祖魔法は指定した物質を、現象を、概念すらも操ることが出来る魔法だ」)
「物質、現象、概念......。あいつは、始祖魔法で概念を操っている?」
翔が漏らした何気ない一言。その言葉は真正面に立つダンタリアにもはっきりと届き、彼女の瞳をほんの数ミリばかり見開かせた。
「おや、もう少しかかるものかと思っていたけれど。どうやらカギは手に入れたようだね。後は扉を開くだけ。背負った槍と瓜二つの槍が手元に出現する。槍を投擲すると不可視の攻撃がセットで襲い掛かってくる。この二つに共通する事はなんだい?」
翔の発想を育てんと、ダンタリアが最後の手助けをする。
(そうだ。言われてみれば、あいつの槍は背中に背負っていた奴と全く一緒だった。背負った槍と同じ物が現れ、投擲すれば衝撃がセットでやってくる......。いや、そもそも何で槍を投げないと不可視の攻撃が出せない? 槍なんか投げない方が、いつ攻撃か来るか分からなくなってよっぽど脅威になるのってのに)
正しき答えへの道筋を手に入れた翔は、そのまま状況証拠を基にズンズンと道のりを踏破していく。
(魔法を使う上で非効率な選択肢を選ぶ理由は一つだ。不可視の攻撃は、槍を投擲しないと出せないんだ! なら、あいつの魔法は......!)
数々の手助けで実現した回答は、肥料に水やりと、方々の手を尽くされたプランターの植物のよう。しかし、最終的に成長するかが植物本人に委ねられるように、翔の回答は正しく自分の力で導き出したものだった。
「手元に現れる槍は、背負った槍を増やしたもの! 槍を投擲すると出現する不可視の攻撃は、飛ばした槍の勢い、目に見えない衝撃だけを増やしたもの! あいつの魔法は、選んだものをコピーして増やす。数を操る始祖魔法なんだ!」
「正解だよ。彼女の魔法の正体は、数という概念を操る始祖魔法だ」
翔の回答にダンタリアは微笑み、パチパチと拍手を送る。だがそれだけで終わる事は無く、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女はとある言葉を付け足した。
「まぁ、切羽詰まった状況だったから仕方ないけれど、攻撃に使った槍は地面を転がった後、しばらく時間が経つと全て消滅していたんだ。そこに気付いていれば、もう少し早く確信に至れたかもしれないね」
「......耳が痛ぇ。そこは素直にほめるだけにしておいてくれよ」
「進歩はニンゲンの特権だよ。より良い選択があるならそちらを目指すべきだ。けれど、よくその答えを導き出したね。これで君はあの少女を丸裸にしたわけだ」
「言い方!」
クスクスと笑うダンタリアに翔がツッコミを入れる。確信犯なのは明らかだった。
「ふふっ、すまない。しかし、これでこちらは相手の手の内を把握、あちらは君が木刀を振り回すだけの能無しだという情報しかない」
「だから言い方!......まぁ、あんな一方的にボコボコにされりゃ、そう思われるのも仕方ないけどよ!」
ダンタリアの協力によって、翔はこれから立ち会う少女の情報を全て手に入れた。
そして、魔法戦において相手の手の内を知っている事は、絶対的なアドバンテージを持つ。本来ここまでの有利を築けば、勝利は揺るぎないものとなっていただろう。
「このままじゃ勝てない」
しかし、理解したからこそ、翔は己の敗北に確信を持ててしまった。自分の手札と相手の手札を客観的に比べてみれば、一目瞭然だ。
少女は翔の届かない高空に手を伸ばすことが出来る。少女は翔の間合いの外から一方的に攻撃を行える。少女は木刀一本ではとても捌き切れない物量の攻撃を行う事が出来る。どれか一つだけでも、肉を切らせた上で骨どころか薄皮一枚に届くかといった圧倒的アドバンテージなのだ。
それが三つ。良く言えば針の穴を通すような確率、悪く言えば不可能。翔は夢想家でも楽観的な性格でもない。このままでは少女に手も足も出ずに破れ、ダンタリアの命まで奪われるのは間違いない。
いくら手札を知っていようとも、自分の手札がどうしようもなく弱いのではそのまま上から踏みつぶされてお終いだ。
「そうだね。今の君では勝てないだろう」
ダンタリアが今を強調して翔の意見に同意した。
「一週間で勝てるようになるのか?」
その意味深な物言いに、翔は言葉を返す。下手に魔法の基礎を身に付けたおかげで、どれだけシュミレートしても一週間の努力で彼女に勝利するのは難しいように思える。
「難しいだろうね。けれど目の前にそびえる壁が高いほど、燃えるだろう?」
「そうだな。自分の命がかかっている奴の言葉じゃないけどな!」
「ふふふっ、大丈夫だよ。こう見えて私は勝算が無ければ勝負には挑まない慎重な性格なんだ。私と共に努力してくれれば、必ず互角の勝負を行えるようになる」
「勝てるわけじゃないんだな」
「勝負に絶対は無い。武道に身を置く君なら分かることだろう? 勝率を少しでも上げるために出来ることは、努力のみだよ」
そう言うとダンタリアは、杖を取り出し一振りした。すると周囲から何かが集まり、彼女の隣に彼女の身長ほどの細身の箒が出現する。そうして出現した箒腰掛けた彼女は、手を伸ばすだけでは届かない空中へと浮き上がった。
さらに彼女はもう一度杖を振る。すると、彼女の袖の中からサラサラと細かい粒子のようなものが零れだす。零れ落ちた粒子達は彼女の隣に収束を始め、彼女が腰を下ろす箒と同一の物が複数出現した。
出現した箒達は、サラサラと外側から細かい粒子が零れている。色から想像するに砂で出来た箒のようだ。
「まずは知識を得る。次に行うべきは経験する事だ。流石に彼女の魔法そのものを再現することは難しいが、似せるだけならは簡単だ。さぁ捌いて見せてくれ」
砂の箒は崩れ落ち、次の瞬間には複数に分裂した。簡単と言うからに、増やそうと思えばもっと数を増やすこともできるのだろう。
「そうだな。いい加減頭を使うのも嫌気が差していたころだ。ここらへんで身体を動かすのも悪くねぇな!」
まずは目に見える複数の攻撃に対処出来るようになれという事なのだろう。翔は木刀を出現させ、迫る砂の箒に対抗するべく動き出した。
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