天才の作り出した翼
翼の魔法。その魔法は彼女を遥か高空の高みへと導き、至近戦闘能力しか持たない翔から抗う術を奪い取った魔法だ。
自身が手も足も出なかった魔法について聞けるにあたり、翔の身体は自然と前へ乗り出していた。そんな彼の様子を見て、ダンタリアも微笑む。やはり自分が少年に期待したことは、間違いではなかったとでもいうように。
「奇跡で空を飛ぶ方法は、実はそれほど多くない。まぁ、傲慢なボンクラ共の説明をした時にそれは分かっていると思うけどね」
そう言って、ダンタリアは指を鳴らす。すると後ろに用意されたホワイトボードに六枚羽であったり、ツバメのようなシャープな翼であったりと、いくつかの翼の絵が描きだされた。何種類かの翼の絵を順に見渡していく中、翔は一枚の翼の前で立ち止まる。
その翼は古い絵画でよく描かれる、天使が生やした翼そのもの。少女が背中に生やしていた翼と瓜二つであった。
「これだけ見覚えがある。あいつが使っていた翼はこれか?」
「ふふ、それは使途の翼と呼ばれる契約魔法型の奇跡で生み出される翼だよ。能力はいたってシンプル。発動すると非実体の翼が肩甲骨付近から発生し、出現した時点で自由自在に飛び回ることが出来る。加えて非実体ゆえに、翼を狙おうとも攻撃は通らない」
「攻撃が通らない翼......それは予想してなかったな」
少女への対策として翔が考えていた作戦の一つが、翼を折ってしまうということだった。
敵の攻撃が届かない場所から、波状攻撃を加える。言葉にするとこれほどシンプルで強力な戦法は無いが、この戦法は飛行能力にその大半を依存している。その能力を無効化してしまえば、残るは不可視の攻撃のみ。それだけでも苦戦は必須だろうが、届かぬ空の上から一方的にハリネズミにされるよりはずいぶんとましだ。
しかし、その可能性が潰えてしまったのだ。目に見えて落胆する翔を見て、ダンタリアが楽しそうにクスクスと笑っている。
「そんなに俺が苦しむのが楽しいのかよ」
「ふふふっ、違う違う。私が笑っているのは、君が早とちりで相手の力を実際の物より上に想定してしまっているのことだよ。あの時見た翼は本当にそれだったかい?」
「えっ? いや、これで間違いないはず......ん?」
ダンタリアの言葉で翔はホワイトボードに目を戻す。そうしてふとイラストの閲覧が途中であったことを思い出し、使途の翼以降の翼に目をやった。すると使途の翼によく似ており、使途の翼以上に少女の翼に類似したイラストを発見したのだ。
羽の外側部分の丸み、どこか工芸品のような神々しさとはややズレた光沢。間違いない。翔はこちらの翼こそが少女の使用している奇跡だと確信した。
「そう、君が見たのはこっちの翼のはずだ。ダイダロスの翼と呼ばれる奇跡で、使途の翼とは全くの別物だよ。少年、勝利に飢えるのは敗者の抱える当然の感情だ。けれど冷静さまで失っては、勝利は翼を生やして飛び去ってしまうよ?」
「ぐぬっ、そうだな。ダンタリアの言う通りだよ、悪かった。けどそれならどうして、俺が最初に使途の翼を選んだ時に言ってくれなかったんだよ?」
翔はダンタリアの言う通り、自分が勝利に貪欲になりすぎていたことを謝った。彼女の指摘で一息ついたことにより、頭が冷えたのだろう。翔は自分が初めに使途の翼とダイダロスの翼を見間違えた時に、どうして指摘してくれなかったのだと疑問を口にした。
「その疑問にたどり着くのも当然だね。解消するためには、まず私が過去に見たことがあるダイダロスの翼を君にも見せたいと思う」
そう言って、ダンタリアはパチンと指を鳴らした。すると、ホワイトボードに描かれていた翼が一度姿を消し、もう一度様々な、先ほど以上に多種多様な形状の翼の絵がホワイトボードに描かれたのだ。
「ん? ダイダロスの翼だかなんかを説明するんだろ? なのになんで、他の翼まで出すんだよ。これじゃややこしいだけだろ」
「ふふふっ、私はダイダロスの翼しか出していないよ」
それに対してダンタリアは翔の反応を楽しむようにクスクス笑いながら、反論する。
「はあっ? そんなわけないだろ。見たことない奴は抜きにしたって、こいつも、こいつもこいつだって、さっきのイラストの中で覚えがあるぞ?」
ダンタリアの言葉に納得がいかず、翔も負けじと反論する。全ての翼の形は覚えていないが、いくつかの翼にははっきりと見覚えがあったからだ。
「本当に? 本当にここにある翼達は、少年の記憶にある翼そのものだったかな?」
「んん? そういえば......あれ?」
ダンタリアがにやにやと笑いながら、翔に問いかける。流石にそこまで聞かれると自信が無くなり、もう一度だけ描かれたイラストをしっかりと観察した。すると一つの違和感に気付いた。
先ほどの絵と比べて、全ての翼が全体的に外側の角が取れて丸みを帯びていたのだ。その違いは、翔が最初に見間違えた使途の翼とダイダロスの翼の違いに良く似ていた。そしてさらにしっかりと見てみれば、今回のイラストの中に使途の翼の姿が無い。
「なにか気付いたかい?」
「その、見間違いかもしれないんだが、さっきの絵と比べてタッチがポップになったというか。丸くなったというか。あと、使途の翼が今回の翼達の中には無い」
「なんだ。もう正解に気付いているじゃないか」
「正解?」
ダンタリアに言われて、翔は考え込む。
彼女の指摘で翔が気付いたことは二つ。
絵の中の翼が全体的に角が取れて丸みを帯び、生き物がそのまま生やしているような翼から、それを模して作った工芸品のような翼の絵に変わったこと。そして先ほどの絵の中にあり、一度は見間違えた使途の翼の姿が無かったことだ。
(一度目の生き物の翼そのものみたいな絵から、全体的に作り物みたいになった翼達。最初に俺が見間違えた使途の翼が、二度目の絵の中にない理由。そしてダンタリアの言っていたダイダロスの翼しか出していないって言葉、まさか!)
「ダイダロスの翼って奇跡は、好きな形状の翼を作り出して、空を飛べる奇跡ってことか!?」
「おめでとう。ほとんど正解だ」
翔は正解を導き出したらしい。ぱちぱちとダンタリアが称賛の拍手を送る。
「ほとんどってなんだよ」
「望んだ形状の翼を作り出せるという予想は文句なしの正解だ。ただ、なぜ彼女が数々の翼の奇跡の中で、使途の翼を選んで姿を模していたのかということ。それにダイダロスの翼という名前で、その翼の正体に気が付けていたら満点だったね」
「......もしかして伝説か何かに元ネタがあんのか? 神話なんか勉強したことねぇから分かんねぇよ」
「なら、イカロスの翼という話は聞いたことがあるかい?」
「確か、蝋の翼で海を渡ろうとして、太陽に近付きすぎたせいで翼が溶けて、最後には溺れて死んじまった人だろ?」
イカロスという名前には、翔も覚えがある。遥か昔に音楽の時間で歌わされた童謡、その主人公の名前だったはずだ。それまで歌っていた日本の童謡とは異なる暗い内容だったため、今でも覚えていたのだ。
「そう、そのイカロスだ。そしてイカロスの翼は彼自身が作り出したものではなく、天才発明家だったイカロスの父親、ダイダロスによって作り出された翼だったんだよ。これで彼女の思惑にも気付いたかい?」
「......あの翼は蝋で出来た翼ってことか! そして蝋ってことは、熱に弱いし、破壊することもできる! だからお前みたいに魔法や奇跡に詳しい奴に見抜かれて翼を狙われないよう、破壊することが出来ない使途の翼に見えるよう細工してたってことか!」
「そういうことだね。これで彼女が見せた魔法の内、二つの奇跡の正体を見抜くことが出来た。どうだい少年、多くを知るっていうのはそれだけで恐ろしいものだろう?」
「あぁ、そうだな」
ダンタリアの言葉に翔も頷く。
たった一度、たった一度彼女に奇跡を見られただけで、少女は己の手の内を二つも看破されてしまったのだ。もし彼女が人魔大戦に積極的に参加する魔王だったら、人類陣営は瞬く間に全てを見透かされ、成す術なく悪魔達に敗北していたかもしれない。
彼女が求める物を人類が独占供給できることに、翔は小さく安堵する。
「それじゃあ最後の魔法を白日に曝す事で、考察を終了するとしようか」
物語狂いでなければ人類最大の脅威になっていたかもしれない魔王、継承のダンタリアは、またもやパチンと指を鳴らした。
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