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神が振るう理外の力

「再戦にあたって、まずは彼女の魔法について理解をしておく必要があるね」


 ダンタリアが杖を取り出し、二度三度と振るった。


 するとテーブルに置かれていたティーセットが片付けられ、代わりにいくつかの怪しい色の薬瓶が出現し、背面にはホワイトボードが配置される。まるで魔法の講義の時のようだと翔は感じた。


「あいつの魔法を理解って、あいつが素直に自分の魔法を教えるわけが......ん? そういえばダンタリア、お前あの時、あいつの魔法がどうのこうのって」


 翔は少女とダンタリアが相対した時、ダンタリアが少女の魔法について何事かを語っていたことを思い出した。


「思い出したかい? 一目見た時に、彼女の魔法については大体理解していたよ。ついでに彼女が授けられた()()についてもね」


 さも気軽そうに語っているが、その内容が尋常で無い事は今の翔にも理解が出来る。


 魔法使いの戦いは、相手の魔法を理解することが何よりも重要だ。そして理解してしまえば、どれだけ脅威的な魔法であろうとも付け入る隙が生まれるのだ。一目見ただけで相手の手札を丸裸にしてしまうその力は、知識の魔王と呼ばれるにふさわしい力であると言えた。


「マジかよ......って、奇跡? それって魔法とは違うのか?」


「あぁそう言えば、あの講義では説明していなかったね。といっても簡単な話だよ。この世にはプラスの魔素とマイナスの魔素が存在する。魔法がマイナスの魔素を利用して起こす現象なら?」


「奇跡ってのは、魔法のプラス版ってわけだ」


「その通り。ついでに言えば奇跡は習得方法も魔法とは別物でね。魔法が各種望んだ力を自らの技術で実現させるのに比べて、奇跡は神がニンゲンに自らの奇跡の劣化版を授けることによって習得させるんだ」


 ダンタリアの言葉を聞いて思い出すのは、神々に愛され、神々との交渉によって様々な力を振るう少女。そして彼女から聞かされていたおかげで、神というモノの外枠程度は掴めていた。


「そんなまだるっこしい条件にするのは、自分の力を喧伝(けんでん)させて、魔力を稼ぐためか?」


「良く知っているね。その通りだよ。そうして集めた魔力を持って、あのみすぼらしい牢獄からの脱獄を(はか)っているのさ」


 ダンタリアが心底馬鹿にするような態度で笑いながら話した。麗子から聞いた昔話の時点で察してはいたが、やはり神と悪魔は犬猿の仲であるらしい。


「でも奇跡がプラスの魔力由来の力なら、過去には自分の力でプラスの魔法を生み出した人間だっていたんじゃないか? それに奇跡って習得者が異常に少ないんだろ? 脱獄を望むなら多くの人間に奇跡を習得させて、自分の名前を売った方が確実じゃないか?」


 翔が二つの疑問を口にする。


「ところがどっこい。奴らは天罰という契約魔法を使って、自分達が関与していないプラスの魔法が発見されるたび、使用者の魂を粉々に砕いているんだよ。全ての魂を標的にした奇跡なんて、発動の準備だけでも莫大(ばくだい)な魔力を消費するに決まってるのに。だけど奴らにとっては、自分達が脱獄する機会よりも、自分達が神という絶対的な立場から引きずり降ろされない事が大事なのさ」


 ダンタリアが虚空を見つめ、何かを思い出したかのような表情で溜息を吐いた。


「習得させるニンゲンを絞っているのもくだらない理由さ。神のお眼鏡に適うニンゲンに奇跡を授ける。その条件のハードルがとんでもなく高い。たったそれだけの理由だよ」


「ハードル? なんでそんなものが必要なんだよ?」


「現世における自分の代理が矮小なニンゲンでは、悪魔どころか、同じ神にさえ馬鹿にされるからさ」


「はあっ? それだけの理由で?」


「高慢が過ぎるだろう? だから現代では奇跡もインチキ扱いなんだよ。君の心情的には受け入れるのは難しいだろうけど、神に授けられるのではなく、神を魅了し逆に(ささ)げさせる。そのコンセプトから生み出した(くび)り巫女は、ある意味では成功例と言えるんじゃないかな」


「......」


 (くび)り巫女と聞いて翔は一瞬眉間(みけん)(しわ)を寄せたが、あえて姫野の名前を出さなかったダンタリアの気遣いゆえに、文句を口に出すことはしなかった。


 そもそも翔の方も、今聞いた話のインパクトによって、余計なツッコミを入れる余裕は無くなっていた。


「なんか、こう、悪魔の立場からの言葉なんだから、鵜呑みにするのは間違いなんだろうけど......」


 一般的な日本人の例に漏れず、神様を敬う時なぞ正月の初詣か、高校受験の神頼み程度だった翔。それでもダンタリアの話や姫野の身の上を聞かされた事で、神の持つ清廉潔白や善性といったイメージはとっくの昔に崩壊していた。


 だからといって悪魔は善性とは程遠く、結果的に人類はワガママな二人の暴君に搾取され続けてきたというイメージが一番しっくりときた。本当はそんなイメージの確立なんて、お断りであったが。


「そろそろ話を戻そうか。今説明した通り、奇跡とは神が自らの意志で授けることでしか習得することが出来ない。裏を返せば、種類が絶対的に少ないということさ。だから、一目見ただけで彼女の習得している二つの奇跡が分かったんだよ」


「そういやあの時も二つって言ってたもんな。どんな奇跡なんだ?」


 大熊の話によれば姫野が異常なだけで、本来奇跡を二つ以上習得しているのはすさまじい才能の持ち主のはずだ。


 そんな少女と、もう一度戦う。ダンタリアの命を賭け皿に乗せて、戦う。


 元々彼女の不意打ちから始まった悪縁だ。敗北のリスクを考えても、ダンタリアに手の内を教えてもらうカンニング行為に翔は後ろめたさを感じなかった。


 ダンタリアも翔が居住まいを正した事で、彼の覚悟を感じ取ったのだろう。一呼吸置いた後、話し始めた。


「一つ目の奇跡は、イアソーの腕。君の負傷を君自身の認識から排除した奇跡だ」


「あれか......。さぞかし拷問なんかの、一方的に相手を痛め付けんのが大好きな神様が考え出した奇跡なんだろうな」


 翔が苦々し気に思い出した。


 あの奇跡によって翔は怪我の把握どころか、自分の身体そのものの状態を把握出来なくなった。その結果、負傷した事も武器を取り落とした事も気付かず、失血死寸前だという事も指摘されて初めて気が付いたほどだった。


 素人相手に痛みを奪う事は、相手を恐れ知らずの狂戦士に変える逆効果の場合があるだろう。


 しかし、ある程度痛みに慣れた人間にとって、痛みという身体からの危険信号を奪われるのはまさしく脅威と言えた。


 そのため翔は、奇跡を授けた神はさぞかし嗜虐心に満ち溢れていた神だったのだろうと予想した。しかし、対面するダンタリアの表情を見るに、予想は外れているらしい。


「ふふっ、ところがどっこい。少年、君は手を触れただけで、怪我人や病人を癒すといった話を聞いたことはあるかい?」


「えっ? そりゃあ嘘か本当かは知らねぇけど、そういう人がたまにニュースで話題になっているのは見た事はある」


「それは重畳。なら魔法の世界に足を踏み入れた君にとって、その原理はどういったものだと思う?」


 ダンタリアから突然クイズを出され、翔は困惑しながらも考える。


「えーと......。怪我人の肉体を再生させるような魔法なんて、人間の魔力じゃとても使えない。ならダンタリアみたいに傷口の組織を全部繋ぎ治したりとか、だと、でも病人相手には意味が無い。そんな人を手を触れただけで治すには......いや、その時点で治らなくてもいいんだ。痛みや苦しみさえ消えていれば!」


「その通り。イアソーの腕という奇跡は、患者が無用に苦しまないよう、痛みや感覚そのものを消し去る医療用の奇跡なんだ」


 ダンタリアの翔にぱちぱちと拍手を送る。けれども翔は彼女に構う余裕はなかった。


 何しろあの少女は本来の使われ方ではない奇跡を、発想力によって戦いで有効に機能する奇跡に生まれ変わらせたのだ。その考えは並大抵のものでは無い。少女の戦いへの嗅覚とも呼ぶべき、才能が伝わってきた。


「......こんな使われ方をして、イアソーさんが草端(くさは)(かげ)で泣いてるだろうな」


「授けた時点で、どんな使われ方をしようと文句は言えないさ。強いて言うなら見る目が無かったということだね」


「要するに、メスを刺されようが折れた骨を無理やり()がれようが、痛みどころか認識すらできないって魔法なんだろ? 対策としては攻撃を喰らわないってところか?」


「そうだね。元々は患部に魔力を流し込んで発動する魔法だ。逆に彼女の何かしらの魔法が直撃した時点で、イアソーの腕も発動するだろうね」


「厄介だな」


 ダンタリアが肯定したイアソーの腕への対策と、それを実行することの難しさに思い悩む。


 戦いというのはそもそも一方的に無傷で勝利できることはほとんどない。ただ立ち会いするだけでも生傷は生まれるし、致命傷を与えた相手ほど、道連れとばかりに死に物狂いで突っ込んでくるからだ。


 もちろん翔の場合の体験談は殺した殺されたではなく、一本を取られたことをお互いに認め合わずに()みくちゃになる大悟との日々の立ち合いの話だが。


 そうなった場合、どれだけ優勢だろうと大逆転される可能性は高い。何しろこちらはあくまで試合で勝つ気、一方の相手は死ぬ気で向かってくるのだから。


 文字通り気の持ち様が違う。そして互いの信念を認めない戦いにおいて、どれだけ翔が有利に事を進めようと、不利を悟った少女が死兵と化して突っ込んでくる可能性は否定できない。


 意識だけを刈り取るなんて、現実的では無い。実行させないためには、重傷を与えるか即死させるといったバイオレンスな選択が必要になってくる。


 だが、翔はそれをするつもりはなかった。それは彼女が人間であること、この世に百人しかいない悪魔殺しであることももちろんあったが、一番の理由はこの戦いが意地の張り合いに過ぎないということだ。


 そこで求められるのは相手を殺すことではなく、相手にもう勝てないと悟らせること。意地の張り合いから始まった争いは、どちらかの心が折れさえすれば終わる事が出来るのだから。


「対策するとなったら少なくとも見えない武器の魔法と、あの翼をどうにかしないとか......」


「そうだね。今の君では、それだけで詰みに持っていかれる可能性が高い」


 そもそも少女が空に飛び上がってしまった時点で、今の翔には打つ手が無い。そして彼女が翼を使わないでくれる優しさなぞ、期待するだけ無駄だろう。


 空に飛び上がった少女を迎撃する何かを、翔は試合が行われるまでの一週間以内に会得しなければいけないのだ。


「ふふっ、今の状態の君の勝率を少年自身が理解したことだし、次は危惧している翼の説明に入るとしようか」


 ダンタリアの杖が振るわれ、ホワイトボードに様々な翼の絵を描き出された。

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