螺旋型魔方陣
大熊は翔の皮肉ににやりと笑みを浮かべ、作戦の説明を始めた。
「作戦を立てるにはなんにせよ相手を知ることが大切だ。あの悪魔を追跡している段階で得た情報を話していくぜ」
了承したと翔は頷く。その頷きを見て大熊は続きを話し始めた。
「追跡中の悪魔は言葉の悪魔。言葉って部分がこの悪魔の所属する国の名前だ。そんでもってこの言葉の国ってやつは、前回の人魔大戦でも大した記録は無い。つまり活躍できなかったってことだ」
「当時の悪魔殺し達が優秀だったってことですか?」
「いいや、そうじゃねぇ。過去の大戦を精査してみると、そもそも言葉の悪魔は人魔大戦に主力を出したことが無いらしい。酷い時には悪魔とカウント出来ないほど弱い奴を代表にしたことすらあるみてぇだ」
「え......そんなことして何の意味があるんですか?」
人魔大戦において、悪魔はマイナスの魔素を回収するのを主目的にしているはずだ。
弱い悪魔を代表にしてしまえば、その分回収できる量が減ってしまうのは間違いない。わざわざそんなリスクを冒してまでその行動を取る理由が翔にはわからなかった。
「言葉の国ってやつは、とにかくリスクを負いたくねぇ国らしいんだ」
「リスクって......人魔大戦に弱い奴を出すのが一番のリスクじゃないすか」
「いいや、人魔大戦中に生まれるリスクのうちで一番でかいもの。それは魔界にある国そのものを侵略されて奪われることだ」
「侵略って誰にですか?」
「そりゃ、他の国の悪魔にだよ。悪魔が一枚岩だったのは神って同格の相手がいたからだ。魔界に移住した後は悪魔同士で殺し殺され、奪い奪われを繰り返してるらしいぜ。ソロモン王に国を貰った悪魔が他の悪魔に殺されて、国名そのものが変わっちまった国も少なくないらしい。国力の低い国にとって、人魔大戦は強い悪魔が出払っちまう大きなリスクなんだよ」
「なるほど。でもこっちとしてはありがたいですね」
「その通りだ。言葉の悪魔なんて言っちまえばボーナスゲーム。そんな奴でお前と姫野を鍛えることが出来るんだ。利用しない手はねぇだろう?」
「確かに。俺はまだまだ悪魔の戦い方ってのを知りません。ここで弱い奴と当たれるのは助かる」
「ああ、それで肝心の奴についての情報なんだが、こいつを見てみろ」
そう言って大熊は一枚の地図を取り出した。
「これって、ここら辺の地図ですよね? 所々にある赤い点はなんですか?」
地図は翔が住む町を中心として、合わせて四つほどの町が印刷された小規模の物のようだ。なぜか地図の所々には赤い点が付けられており、気になった翔は尋ねた。
「これは今の時点で分かっている悪魔の被害をまとめたものだ。こいつをみて何か思うことはないか?」
「思うことって......町四つ分の地図って考えるとかなり多いように思うとしか......」
「本当にそれだけか?お前だって悪魔の仕業だって気付いてなかっただけで、この地域で今起こっている異変については知ってるはずだぜ」
「えっと......あっ! これとこれって最近起こった傷害事件と未遂の現場! じゃあこれって全部!?」
凛花から聞かされた連続する傷害事件。その話を思い出したことで気付くことが出来た。
「そうだ。俺達が止められた事件や、警察が未然に防いだものもあるから分かりづらかったろうが、この赤点は全て、傷害事件をまとめたものだ。それでこいつを起こった順に線で結ぶと」
大熊が線を結んでいくと徐々に点と線が模様を形作っていった。そして最後の点まで結び終わると、完成直前といった螺旋模様が地図上に浮かび上がってくる。
「螺旋模様のように見えますけど、なんというか中途半端ですよね? あと三つ、四つくらい点があれば綺麗な模様になるような」
「そうだ。簡単に説明すると、これは魔法陣っていう特定の形を作ることで発動する魔法だ。こいつを完成させることが言葉の悪魔の狙いだと俺達は考えている」
「魔法陣? それって円の中に綺麗な模様を描くことで魔法を使えるとかって物だったような......」
「それは一般的な魔法陣の説明だな。対称的な模様を狂いなく描いたり、中心に捧げものをしたりすることで、魔法発動に必要な魔力の一部を踏み倒すことを目的に作られる。だがこの螺旋型は別だ。外側から内側にかけて自分の魔力を土地にばら撒くことで、魔素が中心に近づくほど奴の魔力に染まっていく」
「魔素が悪魔の魔力になる? ......それって、その悪魔は魔法を使い放題になるってことですか!?」
大熊の話にあったように、悪魔は単体でも人間の魔法使い何十人分もの力を持つ。
そんな存在が即効性の魔力回復手段を手に入れてしまったとしたら、手が付けられなくなる。
「そうだ。その大量の魔力を使って何をするかは知らねぇが、きっと碌な事じゃねぇ。だからこそ止めなくちゃならない」
「方法はあるんですか?」
「ああ、あるぜ。とても簡単な方法がな」
そう言って大熊は一番中心部にある赤点をトントンと指で叩くと、指を真っすぐ動かしとある箇所で止めた。
「螺旋型魔法陣の致命的な弱点。それは特定の順番、場所で必ず魔力をばら撒かないと魔法陣そのものがおじゃんになっちまう点だ。今までは範囲が広すぎて後手後手に回っちまったが、ここまで魔法陣が小さくなりゃ絞り込むのも簡単だ。奴が魔力をばら撒きに来るタイミングを待ち伏せて」
「倒すってわけですね!」
「そういうことだ。明日から翔と姫野には悪魔の捜索をしてもらって、見つけ次第討伐してもらう。しつこいと思うかもしれねぇが、この作戦に参加しちまえば日魔連にも話が回って人魔大戦の参加を拒否することは出来なくなる。なんせたった百人しかいない、最強の魔法使いの一人なわけだからな。それで後悔はねえか?」
「......はい! 自分に力があるのに安全な場所に閉じこもって見て見ぬ振りはまっぴらだ!」
「いい返事だ。明日から頼むぜ翔!」
その言葉を最後に、今日の顔合わせ兼打ち合わせはお開きとなった。
宿題を取りに学校に戻っただけだったのに、悪魔の眷属二言にぶっ飛ばされ、悪魔そのものと契約して魔法使いとなり、魔法が絡んだ世界の歴史を学び、明日からは悪魔捜索のパトロールだという。
濃密すぎる一日だったと翔は思わず笑ってしまった。
そしてこの濃密な日々は、人魔大戦が終了するまで完全に終わることは無いだろう。場合によっては命に関わるかもしれない。
けれど、姫野と二言の間に割って入ったあの時の行動を後悔する気持ちだけは微塵も無かった。
それだけではなく魔法という未知の力、悪魔という一筋縄ではいかない相手との戦いが待っているのかと思うと不思議な高揚感さえあった。
明日のパトロールが場合によっては決戦になるかもしれないのだ。
高揚感は前へと進む燃料になるが、それだけでは浮足立ってしまい普段ではあり得ないミスを犯すことに繋がる。そのため、時には自分を冷静に俯瞰的な視点で見下ろすことが出来る緊張感も必要だ。
家に帰ったら少し頭を冷やさないとな。翔はそう考えながらスマホで現在の時刻を確認しようとしたときに、凛花から十数件のメッセージが届いていることに気付き凍り付いた。
恐る恐る開いてみると、最初の文面は「宿題見つかった?」「まさか事故ったりしてないよね?」といった文面でこちらを気遣ったものだった。
しかし、時間が経つにつれて、「まだー?」「大悟にわざわざ送ってもらったんですけど!」「せめて返事しろ!」と不穏な文面に変わっていった。
そして最後には、「宿題忘れて、約束もすっぽかす鳥頭にはどんな刑がふさわしいと思う?」という恐ろしいことが書かれており、翔は凛花との約束を忘れていたことをすっかり思い出した。
悪魔や魔法についての話が出来るわけがないため、正直に謝るという選択肢しか自分には残されていない。
「ファミレスのパフェでお許し願えませんでしょうか?」とメッセージを送信し、項垂れたままとぼとぼと自宅へと歩き出した。
幸か不幸か、高揚感はとっくに消え去っていた。
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