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魔王は余裕を崩さない

「ダンタリア! どうしてここに!?」


 翔はつい先刻世話になったばかりの、魔王の名前を叫ぶ。それに左手を振るのみで答えたダンタリアは、頭上で滞空する少女へ声を掛けた。


「私の生徒が随分と世話になったね」


「また捜索が振り出しに戻ったものと思ってたのに、まさか()()が現れるとは思わなかったわ。そんなにこの悪魔殺しが気に入ったのかしら?」


 ダンタリアの言葉に対して、頭上の少女も嬉し気に言葉を返す。


 それも当然だろう。捜索の網を放り捨ててまで調査に向かった先は空振り。知り合いらしき悪魔殺しから情報を得ようという目論見(もくろみ)も失敗に終わろうとしていた。


 そんな全てがご破算となる寸前に、本命を引き当てたのだ。喜びを抑えきれないのも仕方のない事だった。


「生徒を大切に思わない教師が存在するはずないだろう? それに、彼の物語は波乱とスリルに満ちた大作になると予感していてね。それがこんなところで打ち切りなってしまったら、勿体(もったい)ないじゃないか」


「ふん! 人の人生を物語に当てはめるなんて、やっぱり邪悪な悪魔そのものね! けれどこんなところで現れるなんて好都合だわ。その悪魔殺し共々滅ぼしてやる!」


 そう言って少女はまたしても右手に槍を構える。だが、そんな攻撃の予備動作を見ても、ダンタリアは薄く笑うのみだ。


「ふむ。確かにその歳で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「なっ......!? うるっさい! そんなのやってみないと分からないでしょ!」


 ダンタリアの発言に驚きの声を上げた少女だが、すぐさまそんな自分を恥じるかのように大声を上げて、槍を投擲(とうてき)する。


 ガキンッ、ガガッ、カランと何かがぶつかり合う音が複数回響く。けれども、狙われたダンタリアは特に負傷した形跡が無い。


「やってみた感想はどうだい? 上手くいきそうかな?」


「っ、まだよ! その悪魔殺しを守りながら攻撃を防ぎきるなんて、出来っこないわ!」


 ダンタリア本人を狙うだけでは目的を達成出来ないと悟ったのだろう。すでに敵対認定を終えた翔へと、その槍の矛先を変えた。


「クソッ......!」


 思わず自分でも合理的だと思ってしまう少女の判断を見て、翔は情けなさに歯を噛みしめる。


 ダンタリアの肩を持つと言って敵対した翔だったが、結局の所、彼が持っているのはダンタリアの肩ではなく足、それも相当な力を込めて引っ張ってしまっている状態だ。


 助けるどころかダンタリアの邪魔になっている。戦力として数えられるどころか人質として見られている。そんな現状がたまらなく悔しかった。


「おや、それは困ったな。それだと少年の守りに魔力を()きすぎて、防御がおろそかになってしまう」


「思ってもいないことを!」


「いやいや、実際に君の魔法を脅威に感じているのさ。どうだろう、後日相対するという条件でこの場は見逃してはくれないだろうか?」


「そんなことを許すはずないじゃない! 今がお前を討伐するための絶好のチャンスなのよ!」


「ふむ。いい条件だと思ったのだがね」


「どこがよ!」


「だって君と相対するのは私ではなく、()()()()()()()()()()()。そこで君が少年を討伐した際には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 突如の高らかに響き渡った宣言。そしてそんな宣言に呼応するかのように、ダンタリアの胸から一枚の古ぼけた羊皮紙が飛び出した。


 それを手で丸めると杖を一振り、羊皮紙は少女に向かって飛んでいく。


 受け取った少女も猜疑心が見え隠れこそしていたが、素直に羊皮紙を開き、目を通す。


 そして、驚きの表情と共に声を漏らした。


「嘘でしょ...... でも、どこにも不備なんて......」


 少女は納得がいかないとばかりに羊皮紙を何度も読み返しているようだが、表情から察するに解釈違いなどは起こっていないようだ。


「私の本気、理解してもらえたかい?」


「私がそいつを圧倒してる所だって見ていたはず...... ホント、狂ってるわね......!」


「ありがとう。誉め言葉だ。」


「っ......! いいわ! 一週間後よ! その時にあなたを滅ぼし、現世を少しでも平和な世界に変えて見せる!」


「よろしい。契約成立だ」


 それが契機となったのだろう。少女はダンタリアへ返答もせず、ふわりと高度を上げるとそのまま飛び去って行った。


「いやぁ~、大変な事態になってしまったね、少年」


 それを満足そうに見送っていたダンタリアは、少女の姿が見えなくなると面白そうに他人事の口調で翔に話しかけた。


「あんた、一体何をやったんだ......!」


 あれほど(かたく)なだった少女が、手の平を返したかのようにあっさりと退散した。


 知識不足故に口を挟めなかった翔だが、少なくとも彼女らの間に何らかの取引があったことは間違いない。それも、あの少女が驚きの声を上げるほどの、不平等な取引が。


 非難の目でダンタリアを睨みつけるが、彼女は楽し気に微笑むばかりだ。


「その前に治療が先だよ。ほら、傷を見せてごらん」


「いや、俺の傷は気にしなくても_」


「痛みとは生物が生存するために必要不可欠な危険信号だよ。事実、君は出血多量で倒れる寸前だ。今の自分の顔を鏡で見てみるといい」


 ダンタリアはそう言うと、杖を使って虚空に円を描く。


 すると空間が一瞬歪み、歪んだ場所から浮遊する姿見が出現した。ゆっくりと降下してきた姿見だが、ちょうど翔が自身の身体全体を見れる角度で静止する。


「うっ!」


 そうして姿見を除いて見れば、そこには青白い肌で死人同然の顔が映し出されていた。


「分かったかい? せっかく魂魄(こんぱく)の契約書を使ってまで君の命を助けたというのに、その君が失血死してしまったとなったら丸損だ。だから君の治療を優先したいんだよ」


 ダンタリアは呆れ顔で、幼子(おさなご)に諭すように捕捉する。その時点で、翔も何を優先すべきか理解が出来た。


「......悪かった。俺の魔力はどれだけ(しぼ)り取ってもいいから、治療を頼む」


「いいや、怪我人にこれ以上の出血を()いるわけにはいかないさ。それに大した魔力は使わないから気にする必要もないよ」


「はっ? いや、治療用の魔法ってとんでもない魔力を消費するはずじゃ......」


「ふふっ、確かに肉を盛り上げ血を増やすといった形で傷を再生させるなら、魔力の消費は(はか)り知れないよ? けれど魔法というものは想像力。傷を再生ではなく、建物を直すが(ごと)く修復させれば話は変わる」


 ダンタリアはクスクスと面白そうに語りながら、翔の足元に広がる血溜まりに向けて杖を振る。すると大きな変化が起こった。


「うおっ!?」


 まず血溜まりが空中に浮きあがり、真っ赤な一つの血球に変わった。


 もちろん、一度翔の身体から流れ出て時間が経った血液だ。酸化が進んでおり、どす黒い色に変わっている場所もあるし、路上の土埃や小さなごみも混じってしまっている。


 だが、浮き上がった血球は勢いよく回転を始め、その勢いでポロポロと不純物と共に、黒く固形化してしまっていた血液も地面に落とし始めた。


 そうして余計な不純物をそぎ落としたことで健康的な色を取り戻した血球は、するすると翔の傷口に吸い込まれていく。加えて、血液が吸い込まれた後の傷口からは、いつの間にか出血もなくなっている。


「まずは生きている血液を君の身体に戻すのと共に、魔力で全ての血管に蓋をした。これでひとまず失血死の心配はなくなったね」


いとも容易(たやす)くとんでもないことをやってのけたダンタリアは、今度は杖を仕舞いこみ、翔の二か所の傷口に手で触れた。


千切(ちぎ)れた縄が、繋ぎ直すことでその役割を思い出すように、貫かれて潰れようとも、元の血管や筋肉が残っているのなら、元に戻すだけで肉体は機能を取り戻す」


 痛みや傷を負った感覚が無いために、翔はその信じられない光景をただ眺めることしか出来なかった。


 翔が呆けている間にもまるで巻き戻し映像のように傷が塞がり、正気を取り戻した頃には、傷跡は影も形も見当たらなくなっていた。


「すげぇ...... これが、魔法......」


 翔は目の前で起こった奇跡に思わず、感嘆の声を漏らす。


「そう、これが魔法の精髄(せいずい)さ。さてさて目下(もっか)の問題が片付いたことだし、あの時のやり取りについて気になっていたんだったね」


「そ、そうだ! ダンタリア、あんたはあの時どうやってあいつを_」


 ダンタリアから話題を振られたことで、翔は脇に置かれていたその話を思い出した。


 けれど思い出したのも束の間。その話題はまたしてもダンタリアに遮られることになる。


「まぁまぁ、慌てることはないよ。こんな路上でで話すのもあれだ。一度私の拠点に戻るとしようじゃないか」


 そう言ってダンタリアは、杖を自分の足元に円を描くように一振り、翔の足元にも同様に一振りする。


 すると、二人の足元に真っ黒な穴が開いた。


「へっ? おわあぁぁ!!!」


 常人に毛が生えた程度の魔法使いである翔は、足場の無い空中でとっさに身を捻ることも、ましてや少女のように翼で羽ばたくことも出来はしない。


 この時の彼に出来たことは、情けない声を上げながら、黒穴に飲み込まれることだけだった。


 そしてそれを見届けたダンタリアも同様に、自らが生み出した穴の中に飛び込むのだった。


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