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生きる叡智

 羞恥心(しゅうちしん)に震えながらもついに頂点まで登り切った翔は、縄梯子がぶら下がるすぐ近くの天井に、ハッチらしき開閉装置が備え付けられていることに気が付いた。


「まさか、これをこじ開けて帰れってことか? どうせ魔法で作った空間なんだから、そもそも扉とかワープ装置とかで行き来出来るようにしてくれよ」


 不安定な体勢での作業に、思わず愚痴がこぼれる。


 それでもどうにかハッチを片手でこじ開けると、いきなり翔の身体はふわりと浮き上がり、頭から吸い込まれていく。


「なぁっ!? こんな構造なら、最初から梯子を昇る必要無かっただろうがぁー!」


 もはや聞こえているかも定かではないが、翔はこの珍事を引き起こした犯人に向けて、最大限のツッコミを入れた。


 だが、それで事態が収束するわけもない。


 抵抗も出来ず、勢いのままにハッチへ吸い込まれ、そのまま吐き出される翔。


 先ほどまでいた薄暗い図書館との光量差に目が眩む。目を慣らすために瞬きをすると、目の前に壁が近付いているのが分かった。


「ぶっ、ぶつかっ! ぐえっ!」


 鼻先が壁と触れ合うかどうかの瀬戸際。翔は後ろから首根っこを掴まれたおかげで、どうにか急停止することに成功した。


「ガホッ、ゴホッゴホッ。いったい、なにが......」


「よぉ、勉強は(はかど)ったか?」


 聞き覚えのある声が響き、首を回す。すると見知った顔が目の前に現れた。


「大熊さん! ってことは、ここって日魔連の事務所!?」


先ほどはパニックもあり気が付かなかったが、よくよく見てみればそこは見知った日魔連事務所の一階だった。


 しかし、自らの居所に気が付くと同時に翔は疑問を覚えた。


 少なくとも、日魔連事務所に地下一階なんてものは存在しなかったはずだ。ましてや、あんな広大な地下空間があったなんて聞いたこともない。


「そのいつの間にかできた床下収納と、さっきまでいた空間について、疑問に思ってるんだろ?」


「あっ、はい。日魔連事務所の地下にあんな広大な空間があるなんて知らなくて......」


 そんな翔の様子に大熊も気が付いたのだろう。気を利かせて説明を始めてくれた。


「当ったりめぇだろ。どうすりゃこんな空き地の一角に、あんな馬鹿でけぇ図書館が収まるってんだ。どう見たってご近所さんの土地に侵入してんだろ。なんてことはねぇ、あの野郎が繋げやがったんだよ」


「繋げた?」


「そのハッチを通して、日魔連の事務所とどこかに用意したご自慢の秘密基地を繋げやがったってことだ。おまけに繋げたってことは、当分ここに居候(いそうろう)するつもりってこった。気に食わねぇ......」


 大熊が心底嫌そうに溜息を吐く。


「......えーと、要するにダンタリアは事務所にワープ装置を設置したってことですよね? けど、俺があいつに会うまでは、あんなハッチは存在しなかった。つまり、俺の気絶中にこしらえたってことで......」


 これでも無い頭なりに、真面目に講義を受けた翔だ。


 ダンタリアの魔法講義によって得た知識から、彼女が使った魔法がおそらく長い準備期間を必要とする大規模契約魔法だと予想する。


 しかし、彼女にはその魔法を準備する時間など無かったはずなのだ。


 それなのに翔は大熊の言うところの、秘密基地の中で目が覚めた。事務所の窓から差す夕日が、自分が気絶していた時間が大した時間でないことを物語っている。


 ならどうやって、翔の気絶中という短時間で、空間接続なんて大魔法を成立させたのか。


「いい推理だ。そこに感付けたんなら、講義の対価、三千冊の未読本をくれてやったのは無駄じゃなかったみたいだな。けどまだ応用が出来てねぇ」


 大熊が感心したように頷く。しかし、同時に少しだけ残念そうな顔で苦笑いをした。


「応用......すみません、今の自分じゃこれが限界です。というか、あの講義ってそんなにお金かかってたんですか!? ロ、ローンは可能でしょうか......?」


 大熊の言葉で翔はさらに頭を捻ってみるが、やはりいい答えは思い浮かばなかった。


 それよりも彼の頭を支配していたのは、知識の魔王を雇った金額だ。


 三千冊の未読本。一冊五百円と安く見積もっても百五十万円。生活に不自由しないほどの蓄えはあれど、無駄遣いを許容出来るほどの生活の余裕は無い。


 いくら善意で用意された講義と言えど、全額負担させるのは気が引ける所の騒ぎじゃない。そうなってしまえば、冷や汗が出るのは仕方なかった。


「アホ。金額知らせずに後から請求なんて詐欺もいいところじゃねぇか。その分お前に人魔大戦で活躍してもらえりゃいいんだよ。んなことより魔法だ、魔法。あの野郎が使った魔法は大規模契約魔法なんかじゃねぇぞ。ただの始祖魔法だ」


 的外れの心配をしていた翔の頭を、大熊がわしゃわしゃと撫でる。


「わっぷ!? ......始祖魔法? 始祖魔法でどうやって空間を繋げたって言うんですか?」


「翔、あの野郎は始祖魔法の説明の時になんて言っていた?」


「えっ? えっと、始祖魔法は()()()を操る魔法であって、物、現象、概念なんかを自由自在に......待てよ、概念?」


 翔はダンタリアが言っていた言葉を思い出した。


 始祖魔法はこの世の理に支配される。そのため破壊力こそ他の魔法大系に劣る場合が多いが、操る対象に対する絶対的な支配権と優先権を持つと。


「そうだ。あいつは空間という概念を操る始祖魔法を使って、この事務所とあの空間を繋げやがったんだ」


「嘘だろ......。すごすぎて想像が付かねぇ......」


 確かに空間を自在に操れるのであれば、翔が気絶していた短い時間で、事務所とあの空間を繋げることも可能なはずだ。


 そして、空間を支配するということは、常に地理的有利を得続けることでもある。


 相手を望んだ環境に引っ張り込み、自分は有利な環境に引きこもって逃げ続ける。そういった待ちの戦いの極致が可能なのだ。


「......ったく、すごいなんて言葉で済ませちまうお前は、やっぱり大物だよ。俺はあの野郎が人類に敵対的だったらと思うとぞっとする」


 だが、そんな翔のリアクションに大熊は少しだけ不満気な声を上げた。


「どういうことですか?」


「単純な話だ。お前はあの野郎との会話の中で、どんだけの魔法を見た?」


「えっ、そりゃあ結構な数の魔法を使ってるのは見ましたけど、何個かまでは......」


 ダンタリアは講義の中で、一般的な四大魔法を始め、紅茶をカップに淹れるためだけにティーポットを浮遊させたり、お茶のおかわりを頼むためだけに眷属を使ったりと、かなりの魔法を使用していたように見えた。


「そんだけの魔法を短時間で使いこなしていたんだぞ。魔力切れを起こしたりしていたか?」


「そういえば......平然としていました」


「もう一つ聞いておくぞ。あの野郎に五大魔法大系の相関性の説明は受けただろ? それであの野郎は、どれか苦手としている魔法大系はあったか?」


「いえ......創造魔法こそ見せてもらってませんが、他のはどれも簡単そうに使っていました」


「あの野郎......お前が創造魔法使いだからって理由で、わざと教えやがらなかったな...」


 大熊がバリバリと不機嫌そうに頭を掻きながら、先ほどの講義の補足ともいえる説明を始めた。


「翔、魔法ってのはな、人だろうと悪魔だろうと普通は多くて五種類くらいしか使わねぇ」


「へっ? 何でですか?」


「簡単だ。魔法ってのも肉体のトレーニングと一緒で、反復するたびに魂がその魔法を使うために最も効率が良いように変質するからだ」


「へ、変質?」


「魔法は使えば使うほど、魔力の消耗を抑えてくれたり、同じ魔力の消費でも出力が上がったり、同系統の魔法を習得するのが得意になったり良い事尽くめだ。マラソン選手が、短距離走でもそれなりの結果を残せるようなもんだ」


「あれ? ってことは、マラソン選手が砲丸投げ用の筋肉を付けたりするような真似をしたら......」


「そうだ。別系統の魔法を使う時には魔力の消耗が馬鹿みたいに増えたり、燃料切れ寸前のガスコンロみたいな火力しか出なくなっちまう。それでも五種類くらいまでは、魂の方も都合良く変質してくれるんだが、それ以上は魔法を使うだけで負担がかかるようになり、最悪魂がぶっ壊れて死んじまう」


 翔は大熊の言葉が信じられなかった。


 なにせダンタリアは、そのような制約など存在しないかの如く、様々な魔法を当たり前のように使いこなしていたからだ。加えて、翔が頼んでいれば、もっと多くの魔法を見せてくれていただろう。


「じゃ、じゃあ、あいつはそんな限界を一人だけ無視して、魔法を使ってるって言うんですか?」


「そうだ。あいつは多くの、本当に多くの魔法を平然と使いこなす。どんな相手でも、どれだけの数が相手でも、必ずカウンターとなる魔法を放つことが出来る。だから怖くて誰も手を出すことが出来ない。だからあいつは中立なんて立ち位置でも生きていられる。悪魔でさえも、本気になったあの野郎を相手にするのが恐ろしいからな」


「お、大熊さん、そんな化け物相手に、俺は随分と生意気なことを言ってしまったんですが......」


 自分がどういった存在と対面していたかを理解してしまった翔は、そういえばそんな恐るべき魔王相手に、随分と舐めた真似をしてしまったということに気が付いた。


 魔法講義の金額を聞かされた時の比ではない、滝のような冷や汗が身体から流れ出す。


「気にすんなよ。昔、俺が本気の魔法をぶっ放した時ですら、あいつは面白がるだけで相手にもしなかった。それに、講義でお前ががちがちにならねぇようにわざと黙ってたのはこっちだからな。万が一ぶっ飛ばされるのも俺の方だから安心しろ」


「あのふわっとした説明ってそんな理由もあったんですね......出来れば知りたくなかったっす」


「知っちまったんだからあきらめろ。あいつは交渉が出来る非常に珍しい悪魔だ。そして人類陣営にかなり友好的な悪魔ともいえる。だからこそ、間違っても怒らせちゃいけねぇ相手なんだ。あいつがへそを曲げたせいで人類が滅ぶなんてことが、あり得るんだからな」


「そう、ですね......」


 こんなことを知ってしまって、次にダンタリアと会った時に平然としていられるのか。


 重荷としてのしかかっていた魔法知識の無さが、せっかく軽量級に変わったというのに、新たにのしかかった重荷の重さに肩を落とすのだった。

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