想像を創造する魔法
ダンタリアの召喚した真っ白な眷属に、紅茶や茶菓子などを用いた手厚い看護を受けること十数分。翔のメンタルはようやく回復の兆しを見せていた。
翔は自分のことを頭の良い人間だと思ったことは一度もない。むしろ悪い部類の人間だろうと確信している。
けれど、こと戦いに関する思考については、人並み以上に頭は回っているという自信があった。
そんな自信が粉々に壊れるような、間抜けな事実が判明したのだ。頭を抱えてもだえ苦しむのも無理はない。
「ようやく落ち着いたかい?」
今まで散々こちらを茶化したり、オモチャにしてきたダンタリア。しかしそんな彼女ですら、この大失敗に対しては笑うことは無かった。
むしろ、翔のメンタルが回復するまでは、それはそれは優しい言葉をかけてくれていた。
ダンタリアの解説はわかりやすく、翔の行動がどれほど狂気じみていたかを、嫌になるほど理解することが出来た。
おかげで彼のメンタルは予定の数倍ほどの時間で回復し、今夜にでも失敗を思い出し、一度もだえ苦しむことになるのは間違いなかった。
「......あぁ、自分が大馬鹿野郎だってことが再認識出来たよ。創造魔法の説明の途中だったよな? 再開してくれ」
だが、そもそももだえ苦しむことになったのも、全ては自分の知識不足故。もう二度と間抜けな魔法の使い方をしないためにも、翔は憂鬱な気持ちを蹴っ飛ばし、魔法を知ることを優先した。
「そうだね。創造魔法は何でも生み出すと言った所までだったかな。今の言葉通り、創造魔法は何でも生み出せる。自分の身体に合わせた最高の武器、鳥のように空を羽ばたく真っ白な翼、そして君達ニンゲンが幻想の烙印を押した生物でさえも」
「生物!? 幻想の生き物っていうと......ペガサスとかか?」
「そう。馬が背部から翼を生やし、自由自在に空を飛ぶ。そんな一笑に付されるだろう幻想ですら、創造魔法は許容する」
「いやいやいや! 仮に創造魔法で生み出せたとしても、馬の体重じゃ空は飛べねぇし、翼なんて走る時に滅茶苦茶邪魔だろーが!」
「現世のルールならそうだろうね。けれど、そもそも現世の木刀という物質は、持ち主の手から離れるだけで消滅してしまうような、儚い存在なのかい?」
「そんなことあるわけ! ......あぁっ!」
翔は気が付いた。
彼が生み出す木刀は、手から離れれば消滅し、数倍の大きさの鋼の塊と打ち合っても折れない実績を持っている。
そんなことは、現世の理では測れないありえない現象だ。
「そう、創造魔法で生み出すものは、決して目に見えるものだけではない。ルールすらも創造可能なんだ。ルールを創ってしまえるのなら、馬の身体に翼を生やして、空を翔けさせることも不可能じゃない」
「そんな、無茶苦茶が......」
「許されるし、そもそも伺いを立てる先なんて無いさ。これで分かるだろう? 創造魔法がどうして魔法大系に数えられるかが」
「......っ!」
ゴクリと翔の喉が音を立てた。
確かに自分は、創造魔法のことを随分と過小評価していたようだ。
望んだものを、この世のルールすら捻じ曲げて生み出せる。
つまりそれは、始祖魔法使いが操る炎の壁を物ともしない鎧や武器を作り出し、契約魔法使いを生み出した大量の魔法生物によって蹂躙し、召喚魔法使いの眷属達を広範囲魔法によって一掃し、変化魔法使いを自己流のルールで押し固めた地雷原に閉じ込めることすら出来るということだ。
ダンタリアがよこした最後の助言。それによって、どうして創造魔法だけが、各種魔法大系へ双方向の矢印が伸びていたかも理解した。
創造魔法。それは全ての魔法に勝利する可能性を秘めた、とんでもない魔法だったのだ。
「......そういうことか。だからこんな矢印になったってわけか」
「その通り。そして、双方向になっている理由にも気付けたかい?」
「それぞれの想像力で、生み出せるものが別物になるからだろ? 木刀しか出せない今の俺じゃ、他の魔法大系の良い餌だ」
その解答こそ、ダンタリアが望んだものだったのだろう。彼女が微笑んだ。
「大正解だ。全てを打倒する可能性と、全てにあっけなく敗れる可能性を秘めた魔法大系、それが創造魔法だよ。君が学び、経験し、想いを固めるたびに創造魔法は真価を発揮する。世界を眺め、自分の世界を形作ることを忘れてはいけないよ?」
「あぁ。といっても、まずは木刀以外をスムーズに生み出せる所からだろうな」
「ふふっ、よろしい。それじゃあ長々と語らってしまったけれども、魔法についての講義はここまでだ。質問はあるかい?」
ダンタリアがパチンと手を叩き、立ち上がる。どうやらお開きらしい。
「根源魔法ってのは教えてくれないのか?」
「残念ながら、それは受講料に含まれていない情報だ。そもそも君達ニンゲンには直接関係がないからね。せいぜい私達悪魔にとっての切り札とでも覚えてくれればいいよ。もしそれ以上の話が聞きたいなら、人魔大戦を生き残って、私が興味をそそられるような物語を作り出しておくれ」
ダンタリアが挑発的に翔に笑いかけた。
「そうかよ。それならせいぜい今日学んだ知識を生かして、泥水すすってでも生き残ってやるよ」
翔も彼女の挑発に応え、強気な言葉を返す。
その返答に満足したように彼女が指をパチンと鳴らす。
すると、薄暗い天井の一か所からするすると縄梯子が下りてきた。登った先が出口ということなのだろう。
翔も意図を理解して、縄梯子に足をかける。
「世話になった」
翔が一言別れの挨拶を述べた。
「少年、君は未熟だ」
それに対してダンタリアは別れの挨拶を返すのではなく、またもや挑発的な言葉を上げた。
「なんだよ、そんなこと嫌になるほど分かって_」
唐突な挑発に秒速で乗っかり、何かしらの皮肉を返してやろうとする翔。
しかし、そんな翔の言葉を遮るように、ダンタリアは言葉を重ねた。
「......けれど、未熟というのは成長の余地が残されているということさ。君がいつか種子から芽を伸ばし、大きな大木に成長してくれることを期待しているよ」
そう言って彼女は何事も無かったかのように、穏やかな顔で紅茶を口に運んだ。
「っ!? おっ、おまっ!」
全く予想外だった激励の言葉。
嬉しくもあり、気恥ずかしさもあるそんな言葉に大きく動揺し、翔の心を代弁するかのように縄梯子も大きく揺れる。
そんな様子を見てダンタリアはまた微笑み、翔は真っ赤になった。早くこの場を立ち去りたいというのに、揺れる縄梯子は昇るのが難しい。
どうしてこんな所だけローテクなんだと、恨めしく思わずにはいられない翔だった。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークと評価をいただけると嬉しいです。