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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして

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遮り侵そうと芽吹く命 その六

「......はてさて。ここで突っ立てても、ま~ったくイベントが進行しないと判明したわけでして」


 悪魔との契約にケチを付けた凛花。気が付けば彼女は、様々な植物で編み込まれた草籠のような空間にいた。


 本来の草籠とは異なり、隙間無くびっしりと編み込まれた植物のせいで、外の様子を伺う事は出来ない。光源など一筋も入り込まぬような造りでありながら、それでも凛花の視界は明瞭と言えた。


 始めは土の底から幻想的な空間へ脱出を果たしたと喜んでいた凛花だったが、彼女の身体を使ってベロランナが戦いだして十数分。つまり凛花に何の説明も無いまま、彼女は十数分放置されている事となる。


 契約を放り投げたのは凛花。されど、避けようがなかった契約の内容を知って、今更尻込みしてしまうのも仕方がないとも言える。


 そんな契約への後ろめたさもあったため、これまで凛花はおとなしく空間で待機していたのだ。


「どう考えても、あれのせいだよね?」


 しかし、そうした孤独が長引けば、好奇心旺盛な凛花はどうしたって動き出したくなる。彼女が一番に目を付けたのは、草籠の中で唯一目立つ存在だ。


 草籠の中央へ目を向ければ、そこにはたわわに実った一つの果実があった。球形そのもののミニトマトに似たその果実は、新鮮さをまざまざと見せつけるかのような黄色の光沢で輝いている。どうやらこの輝きによって、空間は照らされているようだ。


 近付いてみると、所々に穴が開いて果汁が漏れ出しているのが分かる。けれど、果汁からは果実特有の甘ったるさも、野菜全般の青臭さも感じられない。まさに色付きの液体が漏れ出しているだけ。どうしたものかと凛花は考える。


「う~ん、セオリー通りなら絞り切るか穴を塞げば道が出来る気がする......」


 最初は面白がっていた空間だが、変化が無ければ飽きも来る。ゲーム知識を総動員した凛花は、脱出の一手になるかもとおもむろに爪で果実を傷付けた。


「ウッ......!」


 途端に感じたのは、息苦しさと身体の根底に冷気が吹き込んだかのような寒さ。急いで果実を見てみれば、凛花が傷付けた場所から予想以上に果汁が漏れ出していた。


 いくら無鉄砲の凛花でも分かる。この行いを続けてはいけないと。もしも意地を張り続ければ、碌でも無い事態に発展すると。


「だったら!」


 凛花は挽回するかのように、今度は両手で噴き出す果汁を堰き止めにかかった。


 果汁が噴き出す場所を増やしたせいで、自分は不調に見舞われたのだ。ならば果汁の噴き出しを止めてしまえば、この空間からの脱出に繋がるのではと彼女は考えたのだ。


「そもそも、止まってなくない?」


 だが、凛花の思惑は大きく外れた。


 そもそも両手を当てた所で、果汁の流れは一切減じなかったのである。


「えぇと、じゃあもっと力を入れればっ、ひぐっ!?」


 ならばとばかりにさらに力を込めて果実を押し込めば、今度は反対側からより多くの果汁が漏れ出し始める始末。身体を襲う奇妙な感覚に、凛花は少しだけ涙目となった。


「もうっ! だったらどうしろってのさ!」


 万策尽きたとばかりに、凛花はその場でウロウロと歩き出した。彼女は知らない。今まさにいじり回した果実が、自身の命の象徴でも呼ぶべき魂そのものである事を。果汁の漏れ出しが、魂から抽出される魔力そのものである事を。


「あっ......」


 歩き慣れない草籠の中でウロウロしていた凛花は、当然とばかりに一本のツタに引っかかって見事にバランスを崩した。目の前に近付くのは、魂そのものである果実。そんな果実へ向けて、凛花の顔が近付いていく。


「うぎっ!? ひあぁああっ!?」


 これまでとは比べ物にならない力で、自らの魂に頭突きをかました凛花。


 その衝撃の代償とばかりに果汁は大きく噴き出して、凛花にも極寒の冷凍庫へ放り込まれたかのような強烈な寒気を残していく。


「ノーカン! ノーカンじゃん!」


 抗議の言葉を叫ぶ凛花だが、果汁の噴出は収まらず、これまでとは違ってうすら寒さも身体から消えていかない。今の彼女に出来るのは、これ以上に果実を傷付けぬよう距離を取る事だけだ。


「もう、今日だけで現実は何回塗り替わるつもり? 凛花さんの理解のペンキは、乾き切っていないんだけど!」


 もはや出来る事は無いと、空間の隅で体育座りしながらブー垂れる凛花。寒さは引かず、手を擦り合わせても全く熱は生まれない。


 何もかもが上手くいかないと考える凛花だったが、実は自身でも理解しない内に大きな成功を収めていた。なぜなら彼女は悪魔ベロランナとの契約を途中で切り上げたせいで、魂の調整が中途半端な所で止まっていたからだ。


 魂に穴を開ける作業も、中途半端な形で終わってしまった。そのせいでベロランナは、自身に根付いた根源魔法でさえも使いこなせなくなっていた。だが、好奇心旺盛な凛花という少女は、自らの手で魂の穴を広げた。漏れ出す魔力量の上限を引き上げたのだ。


 悪魔のような繊細な作業ではない分、凛花の身体には小さくない負担がかかった。けれども、そのおかげでベロランナは求めていた魔法の解放が、少しだけ叶う形となった。


「あ~余計な事したぁ......! (やぶ)を突いて、突いて......藪を突くと何が出るんだっけ? 虫? 鳥? あれ? でも鳥なら悪い例えにならないよね? じゃあ、そもそも私の理解が間違ってる? も~! いつになったら、脱出出来るのさぁー!」


 契約のショックで一部記憶が飛んでいるが、そもそも凛花は閉じ込められている訳でもない。ベリトとの戦いにノーを突き付け、契約相手のベロランナに無理矢理身体の主導権を押し付けたのだ。


 契約も中途半端に終わり、おまけに何重にも弱体化した魔法で戦いを強制されたベロランナの心境はどれほどのものか。もしも契約が成功していれば、良くも悪くも凛花特有の魔法が生まれていたというのに。


 全ては後の祭り。凛花は自身で望んでいた筈の境遇に文句を付け、ベロランナは何もかもが上手くいかなかった契約に怒り散らしている。互いに相手が悪いと開き直れる所も、魂の相性が良かった似た者同士故か。きっとベリトとの戦いが終わった後に、もう一度言い争いが起こるだろう事は想像に難くない。


「少なくとも、息苦しくも無いし怖くも無い。だったら、助けがくるまでおとなしく待とう。そうしよう」


 凛花は知らない。魂の外側では、翔達が大勝負に出ている事に。自身の行いによって、その勝負の潮目が変わりつつある事に。


 ベロランナから身体の主導権を返却されれば、凛花はきっと大いに怒られる事だろう。多くの人々に怒られて、これまで以上に多くの役割を課される事だろう。自由を愛する彼女からすれば、それは耐えがたい苦痛になるかもしれない。


 だが、全ての役割が苦痛になるとは限らない。与えられるだろう次なる役割は、凛花が愛して止まない未知へと繋がる世界の切符なのだから。


 そもそもが、悪魔殺し達がベリトに勝利しなければ訪れない未来ではある。しかし、そう遠くない未来ではある。


 凛花の運命はどんな方向に転ぶのか。そればかりは、あのダンタリアですら想像が付かない未来だった。

次回更新は10/28の予定です。

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