遮り侵そうと芽吹く命 その五
「大丈夫なのよね!? コレ、本当に大丈夫なのよね!?」
「いい加減、黙ってくれって! 気が散る!」
地上への降下作戦を開始した翔と凛花だったが、その動きに対するベリトのリアクションは苛烈であった。
撃ち出される土砂は全て翔達へと向けられ、地上には飛び道具に特化した宝石人間達の姿も確認出来る。自殺願望や破れかぶれの突撃とは考えていないのだろう。戦局を塗り替えるような動きと判断したからこそ、ベリトは主要な攻撃能力を翔達に費やしているのだ。
「そんなこと言ったって、この土砂も恐ろしいまでに綾取様の魔力が凝縮された代物よ。明らかに砲撃の質を変えているわ」
不器用な翔とは異なり、今の凛花を操っているのは弱体化しているとはいえ悪魔だ。魔力感知なんてものは挨拶と同義。そして、そんな感知の結果、撃ち出される土砂の質が変容を始めているのが分かる。
魔力量の変化なんて、どんな目的であろうとも嬉しい気持ちなんて微塵もわいてこない。加えてこっちの悪魔殺しは、微塵も気にする事無く突撃を続けている。おとなしく指示に従っているだけ、感謝してほしいとすら思っていた。
「あいつの手が広いのは分かってんだろ!? それに、神崎さん達に砲撃が飛んでないって事は、あっちは全面的に俺達を支援出来るって事でもある! だったらこっちは、信じて突き進むだけだ!」
「ちょちょちょっと! それってノープランだって言ってるようなもんじゃない!?」
「そりゃそうだろ! あっちは個性豊かな化け物生成に、地形の変化や攻撃の性質変更! いちいちプランなんて考えてたら、外した時に大惨事だろーが!」
「それはそうだけどぉ......! そうなんだけどぉ......!」
それっきり独り言をつぶやき始めた凛花を放置して、翔は砲撃を切り抜けるための道を模索する。
翔達の降下作戦は、何も地上へ到着すれば成功という単純なものでは無い。そもそも彼らが求めているのは、凛花と契約した悪魔が目覚めさせた植物達の種子。魔界の菌糸という圧倒的な強者に苦痛を強いられ、それでも生と死の狭間で目覚めの瞬間まで苦痛に耐え続けてきた希望の種だ。
不意打ち気味でこそあったが、あの時に凛花の魔法はベリトの菌糸を確かに上回っていた。無尽蔵に支配域を広げる菌糸の中で、拠点を生み出す程の力があったのだ。
これで凛花のせいで大きな弱体化を強いられたというのだから、その能力には恐れ入るばかり。強い根源の反動かアイデンティティに難を抱えてこそいるが、耳元でギャアギャア喚くだけなら可愛いもの。とにかく降って湧いた勝機を逃さんと、翔はハイリスクハイリターンの作戦に出ていたのだ。
「うわっ! 魔力量がさらに増したー!」
「ベリトの野郎、さらに何か仕掛けてきやがったな」
これまでの砲撃は、翔を撃ち落すために強度を上げたもの。いわば牽制の意味合いが強かったのであろう。しかし、相手は腐っても永きを生きた魔王。様々な状況に備えた便利な魔法を持っている。
「ひょぇ!? うっ、後ろからも魔力反応ぉ!」
ビクリと凛花の身体が跳ね、そのすぐ傍を一本の槍が通過した。
「あっ? 援護射撃だろ。だったら、問題ねぇよ」
「こんな至近距離で援護なんて正気!? というか、槍一本で何の援護になるっていうのよ!」
「何か理由があんだろ!」
「だから理由を! ......って、もう! そういうこと? もっと連携を密にしといてよね!」
「何の話だよ?」
「今の援護の話!」
翔が気付く余地は無かったが、この時にベリトは撃ち出す土砂内の菌糸量を大きく増加させていた。
破片の一つでも大量の菌糸が付着し、抗うだけでも多量の魔力が消費される。いくら魔力量に長けた翔でも、高速移動と並行した魔力の大量消費はバカにならない。気付かぬまま突進を続けていれば、彼の魔力は突進の途中で途切れていただろう。
けれど、その攻撃に対応したのが、空中に残った姫野達であった。マルティナの魔力感知で土砂の性質が変わった事に気が付いた後、彼女はベリト側の視点に立って何が勝利に繋がるかを模索した。
その結果として一番有力だったのが、何らかの形で翔を戦闘不能にさせること。そして、これまでの攻め方を考えるに、姫野の防御なき状態なら菌糸の侵食攻撃が可能性として考えられた。
そのためマルティナは姫野と連携し、神風を纏った槍を翔の付近に投擲したのだ。
一度でも投擲してしまえば、マルティナは始祖魔法による模倣が出来る。繰り返すのは神風。注意するのは正面から飛来する土砂から生まれる菌糸だけでいい。両者の思惑に気が付いたのは、魔力感知を有する凛花だけ。だから彼女は途中で合点がいったのだ。
「にしたって、土砂の数が多すぎんだろ! こんなんじゃ、いつまで経ってもあそこまで辿り着けねぇぞ!」
致命的な侵食こそ未然に防がれていたが、土砂砲撃の圧倒的な物量は翔を目的地に近付けさせてくれない。このまま回避を続けていた所で、いずれは魔力が尽きる事となる。高機動で魔力を消費している翔の方が、魔力切れのスピードは間違いなく早いだろう。
「そんなこと言ったって、こっちにやれる事は無いわよ! なんか都合よく身体に種でもくっついて無いの!?」
「あるんだったら、そもそもこんな突撃をしてねぇよ! そっちこそ、少しは魔法の力が安定し始めてねぇのかよ!」
「あのバカ器に、魂の制御なんて出来ると思う!?」
「思わん!」
ベリトが用意した砲口には、いずれも彼の分身である分け身が搭載されている。完璧な記憶の同期と完璧な意識の同調が可能な分け身達は、翔の動ける範囲を着実に潰す砲撃をしてくるのだ。
砲撃が迫るのは地上からだけ。つまり、後ろへ下がるだけで回避する事だけは可能。しかし、そんな悠長に持久戦を続けていれば、先に力尽きるのは翔である。
どうにか凛花の力添えを貰えないかと相談するが、返ってきたのは人間による魂の制御次第という無理難題。
それなりに長い期間が経った翔でさえ、魂を感じ取る事も魔力を認識する事も難しいのだ。契約したばかりで、おまけに魔法の知識は全くのゼロ。そんな少女に魔法を自在に使用するための環境作りを任せた所で、これ以上に悪化させないのが最優であると言えた。
突進力か機動力。どちらかを以てベリトの砲撃を突破しなければ勝機まで届かない。一か八かの突入作戦を選択したのだ。ならば、続けて鳳仙花による一か八かの突進を選択してもリスクは変わらない。
きっと凛花は声の限り抗議をするだろう。なれど、事態が進めば嫌々ながらゴーサインを出すであろう。いい加減に分かり始めてきた悪魔の気質に苦笑しつつ、翔は奥義の発動準備に入ろうとしていた。
「えっ......そんな、嘘っ......!?」
だが、突如として響いたのは、驚きと歓喜を足して二で割ったかのような凛花の声。
「なんだ! どうした!?」
「使えるかも......?」
「何が!?」
「お前に魔法、使えるようになったかも......」
「はっ......?」
困惑するような、希望が花開いたかのような。いずれにせよ、その事実は翔にとっても驚愕と歓喜が入り混じる内容であった。
次回更新は10/24の予定です。