遮り侵そうと芽吹く命 その一
「な、なんだあれ……?」
一面の砲口が咲き乱れていた大地にて、現世にふさわしい自然現象が台頭しつつあった。
若木や新芽、小さな野草。種類も、そして旬の季節すら異なる植物群が、大地の支配者は自分達だとばかりに勢力を強めていく。
一つ一つの植物は、砲口の合間を縫って地面に顔を出すのがせいぜいであろう。しかし、彼らの根と成長は、時にアスファルトすら砕いて新たな生誕を世界へ表現する。次々に生まれ出る植物達に砲口は押し出され、何なら胴体そのものにすら新芽が顔を出しているものすらある。
「魔法現象だね」
「そんな事は今さら言われなくても分かってるわよ!」
大して気に留めた様子でもないハプスベルタに、マルティナの鋭い声が飛ぶ。
悪魔殺し達と名誉の魔王の戦いは、砲口の出現によって不利は無いにしろ拮抗まで押し戻されたと言える状態だった。
翔の擬翼やマルティナの模倣カーテンは、迫る衝撃に対して効率的な防御として働く。そして、相手の勢いが減じたタイミングで、攻勢に移る事がこれまでは出来ていた。
けれども、長引く戦闘でベリトが学んだのは、悪魔殺し達の魔力消費の多さ。翔もマルティナも悪魔殺しとは思えないほどのスピードで、後先考えず魔力を消耗していたのだ。
いくら外部からの魔力供給が絶たれていたとしても、ベリトは永きを生き抜いた真の魔王。魔力量の管理と運用には一日の長がある。そうして悪魔殺しの観察を続けるにつれて、彼らが大型の個体や目についた巨大建造物などの目立つものを攻撃目標としている事に気が付いたのだ。
相手は事ここに至っても、真正面からこちらの全個体をすり潰そうとしている。中枢に位置する個体や分け身などを生み出す生産拠点に当たりが付いていないと。
だからベリトは両得の一手を打った。均一で攻撃性能も無視出来ない個体であり、なおかつ一撃で一掃出来ない配置という見事なカウンターをお見舞いしたのだ。
翔の突進力があれば、大地はほどなくして整地される事となるだろう。マルティナの始祖魔法があれば、砲口の多くが機能停止に追い込まれるであろう。
だが、潰された度に新たに生み出せばいい。複数の分け身を搭載する事もなく、自立行動も有さない武器なんて、これまでの攻撃と比べればあまりにお買い得。再生産するなど児戯にも等しい。
戦闘でハプスベルタに劣るからこそ、答えを導き出すまでに時間がかかった。されど、永きを生き抜いたからこそ、ギリギリで発想の転換に成功した。
盤面は悪魔殺し側に対し、守勢を強いる事となっていた筈なのだ。
「問題は誰の魔法なのか! そして、どうして名誉の魔王が支配する土地で、植物なんかが顔を出せているのかって事よ!」
けれど、植物の出現によってまたも盤面は切り替わる事となる。
植物は一見すると、ベリト側の妨害に走っている様子だ。しかし、その植物から発せられる魔力には、マルティナもハプスベルタも見覚えが無い。加えて、菌糸の海に植物が芽を出す。現世における菌糸と植物の相関を考えれば、あり得ない光景であった。
つまり、植物を生み出した術者は、ベリトの土地を間借りした協力者の可能性もあるのである。
「だが綾取の味方なら、奴だって勢い付いて砲撃を始めているだろう? 見ろ。これ見よがしに用意された砲口が、いまだに一つとして火を噴いていない。これでは記念館という名の墓石に飾られた剣と変わらない」
言葉を重ねるマルティナに対して、ハプスベルタは面白そうに意見を述べる。
ハプスベルタが重要視しているのは、あくまでも戦況の推移についてのみ。植物使いが出現する事で、自身らにどういった益が到来するかのみである。
目ざといハプスベルタは指摘する。これがベリト側の魔法であれば、奴は勢い付いて砲撃を始めていただろうと。しかし、軍事パレードもかくやといった形で大地を埋め尽くす砲口は、その口を一つとして有効活用出来ていない。彼女からしてみれば、ベリト側も混乱しているのは丸分かりだったのだ。
「おい! 植物が!」
議論を重ねる間にも、植物による改革は進んでいく。
若木がみるみると成木へと変化し、野花は鬱蒼と生い茂る事で砲口を完全に封鎖する。また、出現箇所の成長に比例するかのように、徐々に植物の勢力圏は広がっていく。砲口を緑の世界へ沈めていく。
「我が弟子の問いに十全の答えを用意出来ないのは悲しいが、少なくとも綾取の味方では無くなったな」
楽し気に微笑むハプスベルタの眼下では、さらなる変化が始まっていた。上空に向けられていた砲口はぐるりと角度を切り替え、植物群に砲撃を開始したのである。
魔法現象の産物とはいえ、耐久力は現世に準じているのか。土砂の一発で茎は手折られ、残骸を依り代に菌糸は成長する。しかし、植物側も負けてはいない。破壊を上回るスピードでどんどんと内側の植物が成長し、外側もゆっくりと砲口を潰し続けている。
ここまでくれば、綾取の側に立つ存在と思う方が難しい。ならば求めるべき答えは、残り一つ。この魔法使いが、悪魔殺し達の味方であるかどうかである。
「ふっ、ははっ! なるほど、馴染みの無い魔力だと思ったらそういう事か!」
「なんか分かったのか!?」
何かに気が付いた様子のハプスベルタに対して、翔が問いかけた。
「あまり私ばかりを頼りにするのは、宿敵としても感心しないな翔。別にこの場には、私以外にも魔力感知持ちはいるだろう?」
されどハプスベルタの方は、素直に答えるつもりがないらしい。この場における残った魔力感知持ちは二人。その内の一人が別の魔法で縛られている現状、彼女の条件に合致するのはマルティナただ一人。
「チッ、あいにくこれだけの情報で答えを導き出せるほど、私に能力はないわよ」
だが、勢いよくマルティナへと顔を向けた瞬間に、彼女から飛ばされたのは否定の言葉。まさか理不尽に落胆するわけにもいかず、翔も黙って眼下に視線を戻す。
もしもマルティナがハプスベルタと同時に戦場へ到着していれば、彼女も一つの可能性へ辿り着いていたかもしれない。けれど並行して最悪の可能性へ辿り着き、戦場はさらなる混乱に見舞われていたかもしれない。
マルティナはベリトの魔力が充満する土地の合間に、ほんの微かな凛花の魔力を感じ取っていた。しかし、彼女は具体的に凛花が埋め立てられた場所を知らなかった。植物が生み出されしその場所が、凛花の消えた地中の真上だとは知らなかった。
植物から感じ取れる魔力反応は、凛花の魔力とは異なるもの。けれど同時に、どこか凛花を感じさせる奇妙な一体感があるもの。優秀なマルティナであれば、ありえないと思いつつも可能性を吟味するくらいはあっただろう。
「おや、もう少し問答に興じていたかったものだが、思ったよりも早い時間切れだ。まぁ、実物を確認するのが理解には一番早い。これもまた一興か」
若木の成長によって砲撃に負けぬ強い幹という砦を得た植物群は、さらなる成長を遂げていく。地面をかき分ける根は固い地盤を柔らかく耕し、深部に眠っていた者を土と一緒に月光の下へ押し上げる。
大木が寄り集まって、一つの巨大な大木へと姿を変える。集合の際に生まれた隙間が、彼女が顔を出すための洞と化す。
「うそっ......まさか......」
マルティナの驚きに連鎖するように、翔も驚愕に目を見開いた。
「凛花......?」
植物達を統率する形で現れたのは、地の底に消えた筈の凛花だったのだから。
次回更新は10/8の予定です。




