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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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取り合う手と手に嘆息を隠して

「死ね......ニンゲンなぞに命運を預けし落ちこぼれが......」


「はいはい。そのセリフは私自身も自覚しているし、ここに来るまでの道中で散々聞かされたわ。後が詰まってるんだから、さっさと魔界に帰りなさいっての。全く、口を開けば単調な罵倒。ホントに情報共有されてるのかしら」


 廃品が所狭しと並んだスクラップ置き場にて、麗子は分け身の一体に引導を渡す。


 もちろん、事前に隠形派の拠点で討伐した個体とは別の個体。それどころか、かれこれ一時間近く麗子は移動と討伐を続けていた。彼女しか分け身を相手取れる人材は残っていなかったから。


「終わったか?」


「えぇ。問題なく。次はどこ?」


「ちょっと待ってろ。あっちだって、外部に根を広げた個体が続けざまに狩られてるのは把握してるんだ。現在位置と予測される移動位置。どっちも入手しとかねぇと入れ違いになる」


「あら、襲撃された隠形(おんぎょう)派はともかく五行(ごぎょう)まで? てっきり静観か、下手をすれば悪魔側に付いて神秘の探求に走るかと思っていたのに」


「いくら(やっこ)さんとて神秘一つと日本の終焉じゃ、割に合わねぇと判断したんだろ。隠形派による哨戒と情報封鎖。五行派による出現場所と被害の予知。神祈(しんき)派の一部が対悪魔用の妨害結界を展開して、防人(さきもり)の奴らは大衆に見せるための()()()()()()()()。総力戦だ」


 片耳に付けられたワイヤレススピーカーから、大熊の声が響いてくる。彼の役割は麗子と日魔連の折衝役。ようやく重い腰を上げた彼らの情報を頼りに、麗子を戦いの場へ導いているのだ。


 すでに名誉の魔王と人類の戦端は開かれている。かの魔王が所属する同盟は教会。人類という種族を族滅に追いやろうとしている超過激派閥だ。


 しかも例の魔王は、自身から切り離した分け身の一部からでも再起が可能。つまり、一匹討ち漏らすだけで人類は脅威に曝され続ける事になる。


 そんな魔王をお膝元たる日本に残す事は、日魔連でも許容出来なかった。各派閥が得意分野を活かして大熊へと情報を落とし、その情報を元に麗子が討伐へと向かう。こうして再起の芽をあらかじめ潰そうと動いていたのだ。


「本当なら、私以外にも実行部隊が欲しい所なのだけど......」


 麗子がふと零したのは愚痴。彼女は優秀な悪魔ではあるが、残念ながら始祖魔法も召喚魔法も有しない対単騎専門の悪魔である。つまり、どうしたって分け身の発見から討伐までには時間がかかり、そのタイムラグが余計な被害を生んでいるのだ。


 今しがた討伐した分け身も、恐らく行く当てがなかったのだろうホームレスを数人ばかり喰らっていた。麗子以外にも戦力があれば、防げたかもしれない被害であった。


 けれど、いくら矮小な個体と言えど、分け身達は魔王から切り離された存在。知識は元より、有する経験もそんじょそこらの使い魔とは一線を画す。


 下手な戦力を投入したとて、余計な被害を増やすだけ。それを分かっていたからこそ、麗子は愚痴を零すだけに留めていたのだ。


「細切れの端材ったって魔王だぞ。無茶言うなって言いたい所だが」


 だが、どうしようもないと思っていた問題に、大熊はどうやら当てがあるらしかった。


「当てはあるの?」


 小さな期待を込めて、麗子が問いかえす。


「......仏閣派の上が、冷え込んだ友好関係を復活させようと動いている」


「ちょっと! 手は欲しいって言ったけど、足手まといを送られてもいい迷惑よ! 下手な戦力を投入してみなさい。揃って菌糸の苗床に使われるのがオチだわ!」


 だが、大熊の当ては、あまりにも期待外れな援軍と言えた。


 仏閣派と日魔連対策課の不仲は、すでに周知の事実となっている。


 これまでの人魔大戦であれば、それでも良かった。仏閣派には悪魔殺しとは別口の戦力が取り揃えられていたし、対策課も日魔連の手助け無しでそれなりに悪魔を討伐出来ていたのだから。


 傍目から見れば、それは無駄な犠牲を増やしているだけに見えただろう。しかし、当人達からしてみれば、余計な衝突で内ゲバが広がらずに済む、賢い住み分けだったのだ。


 けれども、表で起こった大戦は、世界から神秘の積み立てを奪っていった。あらゆる知識が焼失し、特異な魔法使い一族が戦争で消費されてしまった。


 名誉の魔王という特大の厄ネタが台頭してしまったのがいい証拠だ。すでに日魔連だけでは悪魔の活動を抑えるだけの戦力が足りず、悪魔殺し達だけでは悪魔に向かうための手も目も足りていなかった。住み分けが出来る環境では無くなっていたのだ。


 故に仏閣派は焦った。このまま対策課を目の敵にしていれば、自分達はどんどん孤立していく。すでに派閥内の血は澱んでいる。生き残るためには、他派閥の血がどうしても必要となっていると。そしてそれを得るためには、どんな形であれ活躍が求められていると。


「......毒を仕込んでいるとよ。魂が変質した瞬間に、契約魔法が発動する。後は周りを盛大に巻き込んでボカンだ」


「ハァッ!? 派閥の人間を切り捨てるつもり!?」


 それは悪魔である麗子から見ても、非常な選択であると言えた。


 仏閣派は日魔連における最大派閥だ。構成員の数は四桁を数え、裏を知る者達は全てが魔法使い。この事実だけを切り取れば、その体制の盤石さは揺るぎないものであるだろう。


 しかし、魔法使いである事と分け身達に勝てるかどうかは別の話。むしろ、構成員を捨て駒に使うと判断した上の人間さえ、分け身に勝てるのは極小数だ。


 戦闘に加わる人間は、その全てが契約魔法を仕込まれた人間爆弾に違いない。己の死をもって、悪魔に引導を渡すに違いない。そして当人は、その事実すら聞かされていないに違いない。


「一回やってのけたんだぞ。二回目を躊躇する理由がどこにあるってんだ。それにだ......人の死ってのは、お前が考えているぐらいにデカい。(みそぎ)としては十分すぎる程の大きさだ」


 だが、それ故に仏閣派は作戦を実行するのだ。


「そうでしょうね! 自分の懐に痛みが走らないのなら、この作戦にはメリットしか無いものね!」


 現代における魔法使いの価値は大きい。


 一人を囲い込むだけでも、戦力として、繋がりとして、次代に希望を残す血の楔として機能してくれる。


 そんな魔法使いが死を覚悟した作戦を実行すれば、作戦の可否はどうあれ評価されるのは間違いない。名誉を受けるべき当人は死亡している。ならば、受け取るべき名誉は派閥の長に繰り上げられる事となる。


 派閥の衰退を覚悟で日本を守った英雄として、祀り上げられる事となる。


「事実はどうあれ、そんな英雄様にそっぽを向き続けてりゃどうだ。人の死を軽んじる悪魔のような男、()()()()()()()身も心も受け渡した男って陰口を叩かれるだろうな」


「止める術は無いって事ね」


「......あぁ、ない。いくら日魔連の奴らが協力的って言っても、それはあいつらのケツにも火がついてるからだ。誰かが消火の準備を整えてくれるんなら、喜んで送り出してくれるさ」


「......悔しいわね」


「......あぁ」


 止められるなら、そんな非道な作戦は止めてしまいたかった。


 けれど、自身の口から零したように、麗子一人では討伐の手が足りていないのだ。中身がどれだけドス黒かろうと、戦力には変わらない。分け身に対抗出来て、分け身に取り込まれない、最高の戦力には違いないのだ。


「せめて悪魔殺しの誰かをこっちに回せたら違ったかしら?」


「馬鹿言うな! それで本命を討ち漏らしたら、それこそ俺達はお終いだ!」


 麗子による拠点外の悪魔の掃討は、拠点のベリトが討伐されるからこそ意味があるのだ。


 これで翔達がベリトを取り逃がすような事があれば、あまつさえベリトに敗北すような事があれば。こんな些事に頭を悩ませる余裕なんてどこにも無くなる。教会による人類滅亡の象徴たる大聖堂が出来上がってしまう。


 そんな最悪を1パーセントでも上昇させるような選択は、思い描く事すら禁忌なのだ。


「なら、()()()が悪魔殺しに目覚めていたら、変わっていたかしら?」


 それでも麗子には納得がいかないらしい。次なる可能性として思い浮かべたのは、すでに遥かなる過去となってしまった人魔大戦対策課始動の話。


「......もしもの話はするだけ無駄だ。あの子は兆候の欠片すら見せず、代わりにノーマークだった翔が目覚めた。プラスマイナスゼロ。それ以上を望んだら罰が当たる」


 大熊と麗子に日魔連からの回し者である猿飛。そこに悪魔殺しである姫野を加えた、たったの四人。対策課の始まりは何もかもが不足していて、にも関わらず戦いの始まりは早かった。


 いくら悪魔殺しという特記戦力を有していても、その人数はたった一人。姫野が負傷すればたちまち派閥としての機能は喪失するし、そもそも契約したばかりの悪魔殺しが悪魔とタイマンは分が悪すぎる。


 人魔大戦対策課は悪魔の討伐と並行して、派閥の戦力になるであろう外野の魔法使いを求めていた。


 最初の悪魔であったカタナシ。あの悪魔の目的を知るのには、それなりの時間がかかる事となった。けれども、悪魔殺しと大戦勝者(テレファスレイヤー)が揃っていながら、ただの悪魔如きが勝手気ままに行動出来る筈が無い。


 対策課もカタナシも、戦力の拡充を望んでいた。そして偶然にもカタナシの向かう先に、神秘の力こそ失えど、過去には名を馳せた魔法使いの家系が存在したのだ。


「だけど、だけどよ。あの子は今まさに、悪魔の脅威に曝されている。これ以上ないくらいに魔力に充てられて、これ以上ないくらいに魂を揺さぶられている筈よ」


 魔法世界への繋がりなんてまるで有して無かった翔も、カタナシの眷属に襲われたショックで悪魔殺しに目覚めた。ならば、元より才を有している思われていたあの子だって。麗子の考えは加速していく。


「脱線しすぎだ」


 だが、ここで大熊が麗子の妄想に水を差した。


 仮に麗子の考えが実現しようとも、やはり仏閣派の戦力派遣は止められない。目覚めた力が召喚魔法でもない限り、頭数が一から二に増えるだけ。翔のような魔法を知らない悪魔殺しでは、即座の戦力として期待は出来ないのだ。


「もう、分かったわよ! 次は?」


 急に現実に引き戻された事で、麗子が不満気に問いかける。


「南東に二キロ。目に見えて古臭いアパートの一室だ」


 そんな麗子に詫びるかのように、大熊はただ事務的に答えを返すのだった。

次回更新は9/22の予定です。

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