機能の集約と効果的な模倣
「来たわよ! 状況は!?」
「マルティナ! 見ての通り、ベリトの野郎が生み出した化け物相手にいっぱいいっぱいだ!」
一体でも苦戦していた大サソリが、三体に増えたという絶望的な状況。されど翔達の心が絶望一色に染まらなかったのは、力強い声と共にマルティナが戦場へと舞い戻ったからであった。
マルティナは自身の巻き戻し魔法を利用して、ニナを戦場の外へ送り出す役目を担っていた。現在の彼女は単独。つまり、ニナは後方の支援に徹するという事だろう。
血族たるニナの結晶化魔法は、ベリトの菌糸に強く左右する。そしてかの魔王は、己を細分化させた分け身を作り出す事に長けている。今は大半を決戦の場へ集中させてこそいるが、趨勢が定まれば支配地から逃げ出す個体も存在するだろう。
分け身達はいずれもがベリト。一体でも逃せば、魔王復権の脅威に曝され続ける事となる。それを阻止するために、あえてニナは決戦から身を引いたのであろう。
「そっちは聞いてない! ユウキはどうなったかを聞いているのよ!」
到着早々に不機嫌を隠しもしないマルティナであるが、彼女の言動に怒りを募らせる者はいない。なぜなら当初から最優先事項は凛花の救出と定めており、ベリトの討伐は二の次に過ぎなかったのだから。
本来なら魔王の討伐こそを、最優先事項とするべきだったであろう。しかし、マルティナは翔の心根を知っている。数日を共に過ごしただけの善人の死で、大きく心を乱す事になった事実を知っている。
そんな翔の親友に何かあれば、戦い所で無くなるのは確実。つまりマルティナという指揮官は、翔の指揮を維持するという理由で道理よりも感情的な選択を優先したのである。
「結城さんは綾取の勘違いのせいで、あそこの土砂に生き埋めにされているわ」
常識に乏しいとはいえ、読解力が乏しい訳では無い姫野が疑問に答えた。
「生死は!?」
「継承様の結界のおかげで、即死は免れていると思うわ。後は生き埋めの状態で、どれだけ息が続くかどうか」
「分かったわ。要するに、あの巨大な使い魔モドキのせいで、地面を掘り返す余裕が無いって事ね。シンプルで助かるわ」
姫野の説明で現状を把握したマルティナは、自身の武器である槍を複製した。その目に宿るには信念。悪しき魔王の悪行に終止符を打たんとする確かな意志。
マルティナが凛花救出を最優先としたのは、一番はもちろん翔の心に影を落とすわけにはいかなかったからである。けれど、あえて二番目の理由を上げるとすれば、それはマルティナ自身が凛花に貸しがあったから。
あの温泉での問答で、自分は即答出来なかった。柔軟な思想は、一種の迷いを心に生み出す結果となってしまっていた。
だがしかし、マルティナは迷いが生まれようと前に進み続ける少女である。たった一度の問答で、全てを分かった気になっていた凛花に心底腹が立っていたのである。
訂正させなければいけない。自分は断じて素直になれない臆病者では無いと。理解させねばならない。翔と自分には、本当に友情以上の感情など存在しないと。問答の続きを行うためには、凛花の生還が必須。彼女は彼女で、酷く個人的な理由で凛花の救助を優先していたのだ。
「挨拶はそこまでだ。ほら、来たぞ!」
何とか情報共有を済ませた所で、ベリトの様子を窺っていたハプスベルタから警告が飛ぶ。見れば再生した大サソリと増えた二匹が、揃って翔達の方向へ進軍を開始したからだった。
その動きは豪快であり繊細。全ての障害物をなぎ倒す破壊力を秘めていながら、付近を進む互いの動きにはまるで干渉していない。
それもそのはず。大サソリの内部に搭載されているのは、神経であり脳細胞でもある複数の分け身達。リアルタイムで情報交換を行う彼らにとって、友軍の動きなど手に取るように分かる。他者同士では絶対に成し得ない連携も、自身となら不可能ではない。
「アレの弱点は?」
マルティナの質問は、一見すると解法の無い問題に無理やり答えを当てはめようとしているもの。しかし、彼女が到着する手前で、大サソリは一時的ながら攻略されてもいた。
「土砂や建材で身体を構成しているせいで、部位によって耐久性が異なるな。それと、所詮は菌糸の運動で巨体を動かしているに過ぎない。間に異物を混入させれば、機動力は大きく落ちるだろうね」
答えたのはハプスベルタ。その中身は、マルティナでは実現が難しい内容に思えた。
「そ。話が簡単で助かるわ」
しかし、マルティナは承知したとばかりに、魔法の発動のため魔力を消費し始めた。
「ちょっ! マルティナ、何を!」
マルティナの有する数を操る始祖魔法は強力だ。しかし、彼女が模倣して生産する物品や現象は、いずれも自身で生み出すものが大半である。
なぜなら自身で生み出せないものは、咄嗟に模倣する事が出来ないから。そして、他者の魔力に由来する存在は、生み出すコストが余計にかかるから。
よってマルティナの模倣は、人間の腕力で生み出せる現象に限定されていた。言うなれば、彼女の刺突や投擲の威力が、そのまま魔法の威力として認識されていた。
いくら数を生み出そうとも、相手取るのはそこらのオフィスビル程もある巨大なサソリ。少女の投擲をいくら模倣した所で、牽制にも届かない筈。
そうした意味を込めた翔の警告は、けれどこの場では不的確であった。此度マルティナが模倣したのは、彼女由来の物体や現象では無かったのだから。
「機能を絞っておいて助かったわ。これ以上にコストがかかるなら、流石に模倣は難しかったもの」
「マルティナ......それは......?」
「見ればわかるでしょ。ニナに頼んで生み出してもらった使い魔よ」
それは一見すると、返り血でどす黒く染まった槍の穂先だった。だが、注意深く見れば、穂先を染める赤色が死んでいない事に気が付くだろう。そう。これは返り血などでは断じてない。穂先に吸着する形で生み出された液体状の使い魔だったのだ。
「機能は?」
興味深そうな表情で、ハプスベルタが問いかける。彼女の認識が正しければ、血族の血は自身を除くあらゆる魔力に反応していた筈だから。
「単純よ。金属由来の魔力には吸着するだけ。けど、生物由来の魔力に触れれば、流れ出した水のように一気に浸透する」
「ハハッ! それはそれは! 随分な危険物を扱っているものだな!」
「使い様でしょ? それにミスが私の中で完結するなら、巻き戻せばいいだけよ」
非生物への浸食を弱め、反対に生物への浸食を強めた使い魔。もしこの使い魔を預けるオーダーがマルティナ以外からされていれば、ニナも危険が勝ると許可したりはしなかったであろう。
けれども、マルティナには再奮起という存在の状態を巻き戻す魔法がある。魔力の消耗が激しい魔法でもあるが、血液の付着した一部分の巻き戻し程度なら生死の境を彷徨ったりはしない筈だ。
「それもそうか。何にせよ、綾取を相手取るにはそれほど優秀な穂先も無い」
「分けましょうか?」
「遠慮するさ。教義の違いで私の剣達は浸透側に回されそうだからね」
「あぁ確かに。ソレが生物側か非生物側かは、ニナがいないと判断が付かないわ」
ハプスベルタの武器である凡百達は、いずれも意志を持ちながら魔獣にも至れなかった中途半端な存在だ。意志の有無で反応する使い魔なら、どれも刀身を無駄にする結果に終わってしまう。逆に生物の判定から外れると、悪魔を志す凡百達は大いに消沈するだろう。
いずれにせよ、ハプスベルタには百害あって一理無し。無用の長物であった。
「じゃれあいにしても、変わらぬ風景の連続は飽き飽きするからね。トドメは任せたよ」
そう言ってハプスベルタは、真っ先に大サソリへと肉薄する。
ハサミを弾き、尻尾を躱し、後続の攻撃すら華麗に捌く。まさに囮の理想とでも呼ぶべき姿が、そこにはあった。
「天原君」
「あぁ。俺達は土の塔だ」
ハプスベルタだけで大サソリの相手は十分だと判断したのだろう。新たに伸び始めた尖塔に対して、翔と姫野が高速で飛翔していく。今までも二人だけで対処出来ていたギミックだ。本命が存在する今、マルティナをぶつけるには物足りない相手と言えた。
「任せたわよ。それじゃあ魔力に余裕がある内に、あっちにも脅威を認識させておきましょう」
マルティナはハプスベルタの動きを見極めて、彼女の進路から外れた位置へと槍を投擲した。
「模倣するのは威力と先端。そこさえあれば、機能する」
ハプスベルタを追い越した瞬間に、模倣魔法によって槍が一気に展開された。
それぞれの穂先に付着した使い魔は、せいぜいが宝石人間を討伐する程度の規模だろう。しかし、マルティナの始祖魔法は事実を書き換える。大サソリへ着弾しようとする槍は、最低でも百近く。いくら大サソリが凄まじい質量の持ち主と言えど、内部全てが菌糸であろう筈がない。
「ごっ!? がっ......!」
大サソリの体内から、悲鳴にならない悲鳴が響く。土砂や建材を無視するかのように通り抜け、内部の菌糸と分け身達のみが血液の浸食によって結晶化していく。
(インパクトは最初が肝心よ。あれだけ完膚なきまでに討伐すれば、いくら無尽蔵のリソースでも大型の清算を出し渋るはず)
「......やってくれたな」
恨み節の籠った低い声が、どこからか響き渡る。
赤一色で染め上げられた結晶製のサソリオブジェは、魔王すらも無視出来ない戦果を一度で叩き出したのだった。
次回更新は9/18の予定です。




