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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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踏み入れなかった戦を眺めて

「嘘だろ......あの化け物って量産型なのかよ......」


 接眼部が妙に赤黒く染まった単眼鏡を用いて、翔達の戦いを観察する者がいた。


 周囲には分け身達の姿は無い。それどころか、土地に根付いていた筈の菌糸の魔力すら薄い。だが、それもある意味で当然と言えた。なぜなら彼の立つ場所は、とある魔王が大遠征の末に通り抜けた道なのだから。ご丁寧に立ち塞がるベリトの配下達を、片っ端から討伐していった道なのだから。


 魔王相手に出来る限りの時間稼ぎを続けた結果、その道は菌糸が辛うじて残るだけの不毛な土地に成り下がった。ただの人間に過ぎない彼が、何の脅威も感じずに戦場を俯瞰出来る土地となったのだ。


 そして、彼の名前は大悟。親友の危機に馳せ参じて、魔王の強行軍に同行した狂人である。


 凛花の下まで向かうつもりの大悟であったが、ここまで辿り着いた折に魔王から待ったの声がかかった。曰く、ここからは名誉の魔王の散布する菌糸の量が膨大であり、一般人では一呼吸で菌糸に身体を奪われてしまうと。


 いくら命をかけて親友を救うつもりの大悟と言えど、望んで無駄死にをしたいなどとは思っていない。ならば自分はおとなしく引き下がると魔王に告げた大悟だったが、これまた彼女から待ったがかかった。


 魔王が言う所によると、大悟の役割は残されているという。その大義を成し遂げれば、さしものダンタリアといえど大悟に一目置かざるを得なくなるという。


 だからチャンスが訪れるまでは、その目で経験を積み重ねると良い。そう言って魔王は泥濘の目と目(ブリティーンズィヒ)と呼ばれる単眼鏡の姿を取る凡百を、大悟に預けてくれた。ハプスベルタの合流に大悟の姿が無かったのはこのためだったのだ。


「翔も、神崎さんも、ずっとあんな化け物と戦ってたんだな......」


 戦況が分かるほどに目は肥えていない。


 けれど、自分が相手にした分け身と大サソリを比べれば、どちらが強大であるかなど一目で分かる。


 そんな相手にも一切怯んだ様子を見せず、果敢に飛び込んでいく翔と姫野。自分が同じ立場になって、果たして同じ行動が取れただろうか。いいや、たらればの話だ。考えればキリがない。


 事実は単純である。自分は悪魔のお眼鏡に叶わず、二人はお眼鏡に叶うだけの才能があった。それがいかなる才能かは分からない。だがいずれにせよ、そのせいで自分は幼馴染を見殺しにするしか出来なかったのだ。


「あの人が、契約に応じてくれる立場じゃないのは分かってる」


 大悟に異なる道を提示し、導いてくれたハプスベルタ。彼女はそもそも契約を必要としておらず、それどころか人類を窮地に追いやる敵の一体であるらしい。


 けれど、それでも思ってしまう。ハプスベルタが契約に応じてくれれば。そうすれば確率はゼロに近かろうと、自分もあの場で戦えたかもしれないのにと。


 だが、現実は非常だ。ハプスベルタが提示したのは、今後へのチャンスだけだ。この場にはどうやっても間に合わない。この場ではどうあっても指を咥えて見ているしかない。届かない事を承知で、親友達に勝利の祈りを捧げるしかないのだ。


「なんか、無駄に長い付き合いになっちまったな......」


 単眼鏡から目を離し、残った手に握る剣に目をやる。


 白磁の蓋(ミュリファルーシカ)と名付けられしその剣は、この強行軍で経験した戦いの全てで大悟と共にあった。


 使い勝手がいいとは口が裂けても言えない。暗殺用のナイフなんてものは、正々堂々の対極にあるようなものである。細身の刀身はいつ折らないか使う度にヒヤヒヤしていたし、殺意の乗せ方を覚えた後も、四回に三回は分け身の討伐に失敗していた。


 絶対に起こりえない事だが、これが人間相手の暗殺なら暗殺者失格である。最も、そんな暗殺者など何もせずとも世界から物理的に抹消されているだろうが。


 凡百にはそれぞれ意志があるという。だが同時に、人間と契約を行う格は有していないという。何とも巡り合わせの悪いものだ。これで白磁の蓋が契約に応じてくれれば、自分は戦えていたというのに。


 けれど、落胆を表に出したりなどはしない。白磁の蓋がいなければ、大悟は世界の裏側を知らないままであった。泥濘の目と目を貸し与えられていなければ、翔との力の差を知らないままであった。届きはしなかった。けれど、恵まれてはいたのだ。


「ちょっ! ちょっと! なんでアンタがここにいんのよ!?」


「......あぁ、ラッツォーニさん。まぁ、それもそうだわな......」


 突然の大声に顔を上げれば、頭上には天使の羽らしき翼を生やしたマルティナの姿があった。それと同時に納得する。翔と姫野が戦っているのだ。同じ悪魔殺しである彼女が、参戦しない筈がないではないかと。


「答えになってない! いったいどういうつもり!? まさか、ユウキの馬鹿と同じ様に、あんな真っ黒な噂を信じて旅館を抜け出した訳じゃないでしょうね!?」


 口調はキツイ。だが、表情には大悟を思いやる気持ちがハッキリと表れていた。きっとこれまでも、必要悪になる事で人々を危険から遠ざけて来たのだろう。天使の翼も相まって、信心の浅い大悟にもマルティナが真の聖職者に見えていた。


「......違うよ。強いて言うなら、魔王のお姉さんから武者修行に誘われたんだ」


 そう言って白磁の蓋を見せると、マルティナの表情が信じられない者を見る顔へと変わっていく。


「はっ、はあぁぁぁぁ!? 武者修行って......相手は切れ端と言っても魔王なのよ!?」


「聞いた聞いた」


「ただの人間なんて、まばたき一つで殺せる存在なのよ!?」


「いや、流石にそのレベルなら死んでたな」


「あんたが死んだらアマハラがどう思うか分かって行動したの!?」


「......悪いと思ってる。けど、俺だって凛花を救いたかった。ハプスベルタさんに現状を聞かされて、黙って待ってはいられなかった」


 ああ言えばこう言うの典型を浴びせられ、マルティナはわなわなと震えだす。それでもどうにか理性が勝ったのか、何かを調べ上げるかのように周囲をぐるりと見回した。


 そうして憎々し気に大悟を睨みつけると、最後とばかりに大声を放つ。


「なら勝手にしなさい!」


 こうしている間にも、翔と姫野は助けを必要としている。幸いにも、魔力感知で調べた所、周囲の魔力量は極端に低い。戦いが終わってから回収しても、大悟は元の大悟のままである筈だ。


 そう判断したマルティナは、大悟を無視して戦いへと身を投じていく。説教は帰ってからでも出来る。今すべき事は、邪悪なる魔王を完全に討伐する事だからだ。


「あっちゃ~......あれは後が怖えなぁ......」


 他人事の様に頭を掻きつつ、大悟はもう一度だけ白磁の蓋に目をやった。


「剣身一体。さすれば道は開かれる、だったか」


 別れ際にハプスベルタの残した言葉だ。


 折れずに折らずと言い、ハプスベルタの言い回しはとにかく分かり辛い。回りくどさでは大悟の知らないダンタリアが勝るであろうが、ハプスベルタも教養を備えるだけの生を謳歌した悪魔なのだ。剣の腕だけではなく問答にも正解を求める様な所が、実に創作の師匠ポジションらしいと思う。


「俺の方はとっくの昔に準備万端だっての。後はお前次第だぜ、相棒」


 大悟の言葉に呼応するように、刀身は月光を反射して瞬いたのだった。

次回更新は9/14の予定です。

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