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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして

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空を歩む剣士

「合わせよう」


 そう言ってハプスベルタが生み出したのは、空中に浮かぶいくつもの小さな立方体。目を凝らせば、それらが異なる刀剣の柄部分である事に気が付けるだろう。しかし、重要なのは立方体の正体では無い。空中に踏ん張りを生み出す足場が出現したという事である。


 弾かれたように飛び出したハプスベルタは、柄を踏み切る毎にどんどんと加速していく。彼女の魔法には、剣を出現させる距離におそらく制限がない。その証拠に見る者が見れば、生み出された足場には大サソリまでの軌跡がハッキリと想像出来ていた。


「功を焦ったか? そんな単調な突撃など、叩き落としてくれと言っているようなものだろう」


 だが、軌跡を想像出来たのは敵も同じ。大サソリに肉薄しようとしている事に気が付いたベリトは、その移動線上に大サソリのハサミを置いた。


 素直に移動でもすれば、ハプスベルタは自らハサミに突っ込む事になる。いくら彼女が魔王の頑丈さを有していれど、質量はそのまま破壊力へと繋がる。あんなものに挟まれなどすれば、成人女性と変わらないハプスベルタの体躯など真っ二つだ。


「させねぇよ!」


 けれども、ここで残った役者が動いた。


 擬翼の機動力に足場という旋回手段を得た翔である。


 不用意に大サソリへ繋がる一本道を生み出したように見えたハプスベルタだったが、それはあくまで彼女の移動経路の話。生み出された立方体の中には、翔の進路を作り出す足場もあったのだ。


 ハプスベルタとベリト。互いに国持ちの魔王と言えど、その戦闘スタイルは大きく異なる。


 正面切った白兵戦闘に優れるハプスベルタと、再生能力と侵食能力を活かした持久戦に優れるベリト。瞬時の判断が必要となる接近戦において、一日の長があるのは間違いなくハプスベルタだ。


 ベリトも永い年月を生きた魔王だ。専門外の戦闘にも、多少の理解はあるだろう。けれども、その分野の専門家と戦うのは分が悪かった。ハプスベルタは自身の身を囮に使い、大サソリの動きを固定したのだ。


「おらあぁぁ!」


 切れ味に優れる宝剣と儀礼剣が組み合わさったハサミも、本物よろしく横からの衝撃には無力だ。刃の腹に重い衝撃を貰った大サソリは、切っ先をハプスベルタから大きく逸らしてしまう。


 おまけに翔がぶつかってきたのは、体躯から見て外側の方向。内側へハサミがよろけてしまえば、体勢の問題で逆側のハサミを用意するのも難しくなる。


「ならば」


 そうなれば、ベリトが取れるのは尻尾による迎撃だけ。だが、先ほど読み勝ったハプスベルタが、残った脅威を考慮しない訳が無い。


「根源を乏しめたりはしないさ。だが、私は戦地を駆け抜けた剣の王。対するお前は、本能のままに増殖を繰り返す菌糸の王。この距離とこの戦いでは、私が遅れを取る道理が無いな!」


 迫る尻尾に対して、ハプスベルタが行ったのはシンプルな回避。たった一個の足場を新たに出現させ、自身の軌道を下へとずらしたのだ。


「......」


 綺麗に尻尾を躱したハプスベルタは、さらなる足場を生成。それに全体重をかけ、改めて大サソリへと肉薄する。


「まずは一つ!」


 ハプスベルタの眼前にあったのは、大きく切っ先を逸らしたハサミの付け根。彼女は極大剣 鯨断ち(アバトバリーヤ)を抜き放つと、突進の勢いそのままに振り抜いた。


「よっしゃ! さっすがハプスベルタ!」


「ハハッ! 賞賛は素直に受け取っておこう。幻想の香りが薄れし現世では、久方ぶりとも言える大物だからな!」


 大サソリのハサミが、地面へと落ちていく。菌糸の結束で耐久力を引き揚げ、分け身達という装甲で固めた腕が落ちていく。


 いったいどれほどの膂力と技術があれば、自身の数倍はあろうかと思われる腕を切り飛ばせるのか。ハプスベルタ自身が語ったように、これこそが根源の差と言うべきなのだろう。


 いくら翔のような本職の武道家には技量不足と言われようとも、ハプスベルタには技術を補う魔力感知がある。魔王に至った者の魔力感知ともなれば、相手の弱点を見抜くくらいは朝飯前。人間が自身の持ち得る力だけで技量を高めてきたように、悪魔もまた、持ち得る力を効率的に伸ばしてきたのである。


「ちょっ、おい! ハプスベルタ、その剣!」


 しかし、魔王の生み出した優秀な兵が、ただ一方的に不利を背負ったりなどしない。


 菌糸の結び付きと分け身達の融合によって得たのは、自らの根源を伸ばす浸食の力。これまでは魔力由来の生成物には弾かれていた菌糸、それがハプスベルタの振るった鯨断ちに浸食を開始していたのだ。


 自らの武器でありながらも、大切な国民と数える剣が汚されているのだ。翔の知っているハプスベルタであれば、激昂はしないまでも不快感を露わにするだろうと考えていた


「あぁ、これか」


 だが、実際のハプスベルタの反応は淡白の一言。


 侵食箇所を無感動に眺めるや、ふっといつもと変わらない様子で剣を仕舞いこんでしまった。


「お、おい! 今のは仕舞って良かったのかよ!?」


 ベリトの侵食能力は強力だ。いくらハプスベルタの蔵が頑丈な作りをしていたとしても、内部からジワジワと浸食は続く筈。そう思って翔は驚きの声を上げたのだが、やはり彼女は表情を崩さない。


「もちろん。だって、私の剣を私の空間に仕舞うんだぞ? 部外者を弾き出すのは当たり前だろうに」


「はっ? えっ......」


 困惑する翔の肩を、トントンと姫野が叩く。そうして振り返った先にあったのは、ハプスベルタのやや下を指差す姫野の姿。


 見れば、そこにはパラパラと何が霧散していく姿があった。目を凝らしてみれば、それは先ほどまでハプスベルタの剣を侵食していた菌糸に瓜二つ。


 ハプスベルタの言動と照らし合わせるのなら、彼女は武器だけを仕舞いこみ、菌糸の侵入を魔力操作によって拒んだのだ。


「これくらいの手遊びは悪魔の基本さ。驚いてもらっても困るよ。それに、この旅の始まりで言っただろう? 名誉の魔王の強みはしぶとさ。あの程度の魔力操作では、魔王の魔力防御を貫通出来などしない」


「あっ......」


 翔の反応に苦笑するハプスベルタの姿によって、彼は自分の考えが浅はかであった事を悟った。けれども、同時にベリトの強みについても思い出す。


 どれだけ侵食能力が魔王に通用せずとも、そのしぶとさだけはどんな魔王も評価しているのだ。ハプスベルタの戦闘能力が優れているように、ベリトのしぶとさも群を抜いていると。


「おや、けれど強みは健在と言った所か」


 ハサミを切り飛ばされた大サソリが、新たな腕を胴体から出現させた。さらに腕の出現に呼応するかのように、地面から顔を出したのは二匹の大サソリ。


「あの野郎......」


 そうだ。別にベリトもハプスベルタも、あの大サソリが切り札などとは言っていない。所詮は強い個体を生み出しただけ。土地と分け身のリソースを、今までよりも余分に割いただけ。ベリトが手下を生み出すためのリソースは、文字通り地平線の先まで広がっているのだから。

次回更新は9/10の予定です。

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