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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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景色全てが菌糸の手足

「凛花アァァァッ!」


 翔が手を伸ばした前方で、一人の少女が地の底に飲まれていく。長い時を共に過ごしてきた幼馴染だ。いくら遠目による一瞬の確認であろうとも、見間違う筈がない。戦いによって昂っていた心臓が冷水を浴びせられたかのように、急速に温度を失っていくのを自分でも感じた。


「天原君、心を乱してはだめ。一目の確認だったけど、結城さんには場違いな装飾品も常軌を逸した変形も見られなかった。まだ、継承様の結界は機能している筈よ。あんな大規模な地殻変動は、魔法由来しか考えられない」


 だが、そんな翔の異常を察したのだろう。姫野は客観的に見た持論を彼へ伝える。


 もちろん姫野だって、凛花に何かあれば心は揺れる。しかし、彼女の心はいまだ成長の途上だ。常人が死を目の当たりにした時の絶望を上手く理解出来ないし、死そのものが孕む言い知れぬ恐怖を感じた事も無い。故に彼女はショッキングな光景を目撃しながらも、真っ先に翔のフォローへと入れたのだ。


「そうか......! 魔法由来なら、ダンタリアの結界が攻撃を弾いてくれる! 少なくとも、地盤と土砂でペシャンコにはなってない!」


 姫野の冷静な指摘によって、乱れつつあった翔の心は安定を取り戻した。


 眼下に広がるのは、地割れ由来とは思えない真円状の大穴と、その穴を完全に埋め立てた土砂と残骸のミックス。


 天文学的確率の中には、綺麗な円を描いた地割れも存在するかもしれない。けれども、その穴を埋め立てた土砂は、自然現象で説明する事は不可能だ。


 現世のルールに縛られない現象には、必ず魔法の影がある。そして今の凛花には、ダンタリアによる強力な結界の加護が付いている。


「ここから考えられるのは、空気を遮断された事による窒息死。けれど、結城さんが送り込まれた土中は、生じさせた大穴を土砂で埋め立てたもの。元々の空気が薄い通常の土中とは異なって、最後に新鮮な空気の供給があった場所よ」


「......つまり、猶予はそれなりにあるって事か。なら_」


 翔はさらなる高高度へ飛翔すると、そこから大きく魔力の充填を始めた。


 凛花の閉じ込められた土中は、考えるのも馬鹿らしくなるくらいの深さがあった。いくら多少の呼吸の余裕が残されているとしても、真正面から土砂を掘り起こしていては間に合わない。


 そこで翔が考えたのが、擬翼一擲(ぎよくいってき) 鳳仙花(ホウセンカ)による掘削だ。


 翔が初めて手にした奥義は、単純ながらも大戦勝者(テレファスレイヤー)の防御すら貫く破壊力を持っている。その威力を利用して、大穴を一気にひっくり返してやろうと考えたのだ。


 翔の標的とする土中には、囚われの身となった凛花がいる。何も考えずに掘り起こせば、彼女への致命傷になりかねない。


 しかし、何度も表現した通り、現在の凛花にはダンタリアの結界がある。魔力由来のあらゆる攻撃をシャットアウトする、実に都合の良い防御が施されている。


 もしも突撃が直撃してしまっても、凛花はどこかしかの空中に放り出されるだけだろう。そして、この場はベリトの魔力によって、あらゆる存在が魔力で染め上げられている。凛花に端を発する衝撃であろうと、ぶつかる先が魔力由来なら結界の防御が機能している筈だ。


 背中の姫野からも、待ったの声はかからない。ならば、この行いには成功するだけの根拠があるという事だ。さらなる魔力を充填し、翔が奥義の発動に集中しようとした時だった。


「させると思うか?」


「チッ! 邪魔しに来やがったか!」


 地面がまるで間欠泉の様に噴き出し、翔の周りにいくつもの尖塔を生み出した。今さら誰の行いだなどと、考える必要は無い。この場で彼の行いに水を差す者など、たった一体しか存在しないのだから。


「奇策を用いてまで合流を強行したのだ。きっと、あのニンゲンには、私に不利益をもたらすだけの爆弾が仕掛けられているのだろう。ならば裏を返せば、私は準備を台無しにしてしまえばいい。ニンゲンに気を取られたお前達を、後ろから芽吹かせてやるだけでいい」


 どこからともなく聞こえてきたのは、散々聞かされた名誉の魔王 綾取(あやどり)のベリトの声。


 声の出処を探ろうとしても無駄だろう。なぜなら、ベリトは自身の存在を細分化させる魔法を有している。仮に発声源を特定したとしても、発声者がベリト本体である確率など万分の一つにもありえないのだから。


「あいつに隠された秘密なんてもんは一つもねぇよ! 明後日の方向に発展させた妄想で、いつまでも俺達の足を引っ張るんじゃねぇ!」


 突如として現れた尖塔の威圧に屈する事無く、翔はどこかにいるだろうベリトへ向かって言い返す。


 心の底から人間を恨んで止まないベリトの事だ。先ほどの的外れの発言が、冗談であったとは考えにくい。つまり、あの魔王は、凛花に対して必要のない警戒心を向けているのだ。


 訂正した所で、人類の族滅を望むベリトには響くまい。仮に説得が成功しても、凛花の末路が窒息死から宝石人間化に変わるだけだ。彼女を助けるためには、余計な勘違いでリソースを固めた魔王を、真正面から打ち砕かなくてはいけないのだ。


「悪魔殺しとの下らぬ会話など、普段なら願い下げもいい所だが。今の私は気分がいい。お前達の気が済むまで、付き合ってやってもやぶさかではないぞ?」


「しょうもねぇ挑発だな! だったら凛花におっ被せやがった土砂の塊を、さっさとほじくり返せってんだ!」


 歩み寄りを見せたかのように振舞うベリトだが、彼の心にあるのは人類の破滅だけ。いかにして効率よく、人類に滅びを与えてやるかという意識だけである。


 見え見えの時間稼ぎに翔は乗らず、奥義のために充填していた魔力と形態を通常時のものへと移した。翔を取り囲むのは、土砂で作り上げられた粗末な尖塔。いかな理由で作られたにせよ、高高度にいた彼を包囲する程には巨大な塔だ。


 擬翼一擲 鳳仙花の突撃は、前方の貫通力こそピカイチだが、その分だけ後方の防御がおろそかになる。おまけに自身の擬翼によって視界を遮るデメリットもあり、一撃決着が難しいベリトとの戦いには不向きと判断したのだ。


「どうせ葬らなければいけぬ相手だ。切り札が朽ち果て絶望の淵に辿り着く貴様の死に顔で、(わずら)わされた怒りを清算するとしよう」


 これ以上、翔に先手を取らせまいと考えたのか。先に動き出したのはベリトだった。翔を取り囲んだ尖塔の所々に穴が開き、中から分け身達と宝石人間が出現したのである。


「んなっ!? この塔はタクシーって事かよ!」


 再生力と拡散力に秀でるベリトだが、機動力という点はお世辞にも素晴らしいとは言えなかった。彼の根源は菌糸。本来ならば、意思を持って自立行動する意味が薄い生物である。他者や分け身を媒介として移動するだけでも、相当に根源を捻じ曲げる必要があったであろう。


 そして、それでもなお、ベリトの機動力は低かった。


 上位の悪魔程、万が一の肉弾戦を考えた機動力がある。前線には滅多に出ないダンタリアすら、各種の内向き変化魔法や転移魔法を取り揃えている。それらと比べれば、動物の真似事や人間の機動力なんて評価にも値しない。


 ゆえにベリトは、根源を捻じ曲げない機動力を得る必要があった。土地に根差して土地を動かすという、菌糸の成長速度を存分に発揮出来る根源を身に付けたのだ。


「ニンゲンに驚かれた所で、何の優越感も感慨も湧きはしない。お前達はただ死ね。死をもって、私の資産となれ」


 飛行能力を持った分け身達が突撃を始め、そして射撃能力を手に入れた宝石人間が翔へと発砲を始めた。始まりの時点で囲まれていた翔にとって、回避の選択肢は始めから存在しなかった。彼は己の魔力量を信じ、迎撃する事を選択した。


「オラアァァァ!」


 翔が行ったのは、その場で制止した上での高速回転。彼の擬翼は常に魔力を放出して飛翔しており、おまけに魔力制御はお粗末。常に余計な魔力が熱量に良く似た力となって、噴出口から消費されていたのである。


 そこに回転を加えれば、魔力は全方向へと放射される事となる。


 突撃に向かった分け身達は一瞬の内に焼き滅ぼされ、飛翔体は熱量との押し合いに負けて散らされていく。見る者が見れば、悪魔と悪魔殺しの立場逆転しているような魔力消費。


 それでも翔は、ベリトの先手を凌ぎきったのだ。


「無謀な行進の時にも見ていたが、やはりお前は魔力量が逸脱しているらしいな。だが、所詮は悪魔殺しの枠組み。魔王との力比べには程遠い」


 血の魔王が聞けば奥歯を噛みしめるようなセリフを吐きながら、ベリトは次なる一手を繰り出した。力業には力業を。ベリトは凛花を大穴に押し込んだ時を再現するかのように、巨大な土地そのものを翔へ向かって射出したのだ。


「っ! それは!?」


「擬翼で受けるのは無理よ。天原君、回避を優先して」


 いくら土砂の塊に過ぎないと言えども、その全長は5メートル近く。直撃すればその衝撃だけで、骨から臓腑まで粉々になってもおかしくなかった。翔は第一陣の攻勢が弱まるタイミングを見計らい、姫野の指示に従う形で回避しようとした。


「っ!?」


 だが、射出された土砂はただの土砂では無かった。


 翔が横をすり抜けようとしたタイミングで、またもや土砂の所々に穴が開いたのだ。


 そうして出現したのは、見るからに重厚そうな形へ肉体を変化させた宝石人間達。彼らの目的は、射撃による攻撃ではない。土砂を回避した翔に狙いをすまし、彼の擬翼へ飛び移る事であった。


 もしも飛び移られてしまえば、加わる荷重と衝撃で落下は確実。おまけに、彼らの浸食能力は健在。ニナがいない今、菌糸に侵されてしまえば、魔力抵抗だけでとんでもない魔力が消費されてしまう。


 飛び移るのに失敗すれば、宝石人間の人間部分は粉々になるであろう。望んだ用途に再利用するには、不可能となるであろう。


 しかし、それを是とするのがベリトである。千切れた菌糸は繋ぎ直せばいい、砕けた人間は再補充すればいい。再生能力に秀でているからこそ出来る特攻は、翔の想像を上回ったのだ。


 少女の居場所は割れていた。しかし、至るまでの道には苦難が残っていた。

次回更新は8/29の予定です。

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