いかにして彼らは敵地へ挑んだのか
「菊理媛様の御力は今言った通りよ」
それは先の大戦勝者達との模擬戦によって、立ち止まる大切さを知ったが故の話し合いだった。
「術者と探し人の両方を知る生物を通して、行方を導き出す魔法ね。本来なら使い所が難しい魔法だけど、ベリト相手なら試してみるのも悪く無さそうね」
旅館の外で繰り広げられるのは、焦りを押し殺した勝利のための準備。凛花の独断とベリトの動きを知った悪魔殺し達は、救助と討伐のどちらも遂行出来る作戦を立てようとしていたのだ。
単純に凛花を探すだけでは膨大な時間がかかり、その間もベリトの攻撃は続く。凛花を魔法戦の余波に巻き込まず、その上で迅速に居場所を見つけ出す必要がある。それぞれの手札を余す事無く開示して生み出した作戦が、菊理媛による縁繋ぎの魔法の発動であったのだ。
菊理媛の魔法は、探し人を第三者が知っているという前提条件がある。本来は人混みや肥沃な野山で発動し、人間や動物の目を通して探し人へと繋がる赤い糸を生み出すのだ。
だが、今回の探し場所はベリトに占拠された町。生物は片っ端からベリトに襲われ、彼の忠実な僕へと作り替えられていく死の土地だ。いくら生前に凛花を見かけていたとしても、死体は黙して語らぬもの。それどころか、真っ先に縁を切り捨てられる存在である。
いくら個人の捜索に長けていたとしても、知る者がいなければ探し人まで縁は繋がらない。姫野の一声によって生み出された案は、そう時間がかからずに却下される筈だった。
「ベリトが操る使い魔っぽい存在は、ベリトそのものであって考える頭も持っている。そしてその気になれば、記憶や情報の共有だって出来る。もし、あいつらのどれかが凛花を見かけていれば、そこから縁を辿る事が出来る!」
だが、町の支配者たるベリトの特異性が、作戦の廃案に待ったをかけた。
ベリトの操る分け身達は、どれだけ矮小な個体でも魔王の意志が宿っている。考える頭があり、個体間で記憶の共有すら可能である。
つまり、分け身達のどれかが凛花を見かけていれば。その上で記憶の共有を行っていれば。姫野による魔法の発動と共に、一気に凛花へ足掛かりを生む事が出来るのだ。
ただの一般人が魔王と遭遇すれば、死以外の結末などあり得ぬだろう。けれども、凛花はダンタリアが発動した結界によって守られている。魔王の一撃すら防ぐ強固な結界が、その身を覆っている。
ベリトが凛花に手を出せば、その不可思議な結界に疑問を抱くだろう。どうしてこの人間だけが結界をと、大いに思考を重ねる事だろう。そうして考えれば考えるほどに、凛花への縁は深まっていくのだ。
「ただ問題があるとすれば、この作戦には魔王の存在が必須。それも、凛花を知っている魔王の存在が必須って事だよね。凛花がどこまで入り込んだのかは分からないけど、入り口の雑木林付近で立ち止まっている可能性は低いよね」
「そうね。そして、ユウキがいない場所で、わざわざユウキの情報を共有する意味は薄い。町の外側を守っているような奴らじゃ、魔法を発動しても上手くいく可能性は低いと思うわ」
「えぇ。確実に結城さんを救い出すためには、私達も魔王の拠点に深く入り込む必要がある」
「そんな事をすれば、ベリトだってこれでもかと手下を差し向けてくるだろうな」
ただし、この作戦には問題も存在した。それが、凛花を知るベリトがどこにいるか分からないという点だ。
突入前の翔達にしてみれば、町の内部は全くの未知。ベリトによる支配がどれほど進んでいるか、全く不明であったのだ。
もはや人の生存が絶望的と思えるほどに、辺り一面が宝石に埋め尽くされているかもしれない。反対に、ベリトの動きは緩慢であり、いまだに一部地域で被害が発生した直後かもしれない。
被害の度合いによっては、ベリトは凛花の存在を認知すらしていない可能性があった。これも反対に、凛花はただ一人の生き残りとして、生死の窮地に立たされている可能性があった。
確実に凛花へ赤い糸を繋ぐためには、多くのベリトの前で魔法を発動する必要があったのだ。
「本気で飛べば、マルティナの言ってた飛行型に追い付かれる事は多分無い。魔法が成功した段階で、俺が神崎さんを乗せて凛花を探す」
「分かったわ。じゃあ私はカンザキの成功を見届けて、そこからニナと一緒に下がる事にする。二人共いいわね?」
「私は大丈夫」
「ボクも大丈夫だけど......二人はそれで大丈夫? 少しは使い魔をくっつけておこうか?」
ニナの心配は最もだった。
姫野の魔法が成功した時点で、マルティナとニナの二人は死地から脱出する事になる。つまり手数による防御と、有効な攻撃手段の二つが一気に失われるのだ。いくら翔が機動力に優れていると言ったって、捕まったら終わりでは心に余裕が生まれる筈も無い。
「いや、嬉しいけど遠慮しとく。飛行型は置いてきぼりにしちまうし、背中に乗せればそれだけ重量になるからさ。ニナは戻り次第、外側からベリトを削って行ってくれ」
「......うん、分かった」
けれど翔はニナの提案に、小さく首を横に振った。いくらニナの使い魔が万能であるといっても、その原料は彼女の血液。つまり、実体と相応の重量が存在するのだ。
凛花を無事に見つけ出せば、今度は彼女を連れて脱出する必要が生まれる。姫野を敵地のど真ん中に置いていく訳にはいかない以上、翔は二人を背負って脱出する必要があるのだ。
マルティナやニナを乗せた実績によって、姫野一人なら翔の機動力にそれほどの制限はかからないだろう。だが、二人乗りからは未知の世界。貴重な魔力を戦いの前に無駄使いするわけにもいかず、ぶっつけ本番に挑む事になる。
そして、1グラムの重さすら気を遣う場面で、使い魔に重量を割いてなどいられない。道中の安全性は増すかもしれないが、それでベリトに捕まってしまえば台無しだからだ。
「ハプスベルタの方は、外側から注意を引いてくれるらしいわ。微妙に含みのある表現だったけど、今はあっちの勝手に対応している余裕は無い。完全な敵対じゃなきゃ、目をつぶるわ」
「凛花を知らない外側の奴らを引き付けてくれるだけで、ありがたいと思わなきゃな。それに、何かあったら俺が責任を持ってあいつをぶっ潰す。だから今は凛花を優先だ」
「えぇ。必ず結城さんを助け出しましょう」
______________________
こうして四人の悪魔殺し達は、敵地のど真ん中に突入という大胆な作戦を実行する事になる。程良い苦戦と程良い打開、両者は大いにベリトを引き付け、分け身達の一部から凛花への縁を繋ぎだす事に成功した。
菊理媛の魔法はあくまでも探し人を目撃した場所に、赤い糸として繋ぐもの。しかし、すでにベリトの中で凛花への警戒度は最高まで引き上げられている。
すでに加速を終えた翔には、分け身の力では追い付かず。かといって固い擬翼の前では、宝石人間による中途半端な迎撃では意味を成さず。
「溶連庭園」
その名が唱えられるのは、ある種、必然であったのだろう。
天から垂らされた救いの糸へ、悪鬼が大挙として押し寄せる。
次回更新は8/21の予定です。