知識の魔王の魔法講義 召喚魔法編
「次に説明するのは召喚魔法だ。まず端的に説明するなら、魔力を消費して自分の分身を作り出す魔法だよ」
これから三つ目の魔法大系について説明が始まるらしい。これでようやく折り返し、終わりが見えてきたことで翔の集中力も幾分か回復する。
「あぁ、言葉の悪魔の眷属に散々お世話になったからな。召喚魔法についても簡単なことは知ってる」
「ふふっ、大熊に話は聞いたよ。眷属の影に隠れて本体は携行品に偽装する。魔力感知能力が低いニンゲンの特性を上手く突いた、中々面白い作戦だと思ったよ。まぁリスクが高すぎて、面白いだけでお終いな作戦さ」
「確かに一撃喰らえばお終いの状態で、姫野と戦ったのはどうかと思ったけど。作戦自体はそんなに悪くはなかったんじゃないか?」
後に麗子から聞いた姫野側の決戦の話によると、カタナシに化けていた眷属を討伐した時点で、姫野は翔の応援に向かうつもりだったらしい。
もし、あの時カタナシが仲間の命惜しさに余計な魔力の流れを生み出さなければ、良くて逃亡、悪ければ姫野は後ろから致命的な一撃を喰らっていたかもしれない。
だからこそ翔は、ダンタリアがそこまで酷評する理由がわからなかった。
「うん? 確かに使い魔にやらせる作戦としては悪くは無いが、わざわざ眷属三体を用いる作戦としては...... ふむ。少年、君は召喚魔法における使い魔と眷属の違いについて理解しているかい?」
翔の疑問に頭を捻るダンタリア。しかし、そもそも会話に根本的な食い違いがあることに、途中で気が付いたようだ。
「いや、眷属が召喚魔法で生み出せる自分の分身の一種ってことしかわからない」
そうして投げかけた質問への返答によって、ようやく納得がいったらしい。小さな手をぽんと叩き、翔に対して申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「あぁ、そう言うことか。すまないね少年。まず根本的な知識が無ければ、言葉の悪魔の末端構成員の戦略が、どれだけハイリスクローリターンなのか理解することもできないね」
そう言うと彼女は、始祖魔法の説明の時と同じようにパチンと自分の指を弾いた。
すると本棚から一冊の本が飛び出し、その表紙の両端をまるで生き物の翼のようにバサバサと羽ばたかせながらこちらへと向かって飛んできた。
そうして翔達が座るテーブルまで近づくと、バサリと見開いたままの姿であまり優雅とは言えない着陸を成功させた。
「これが使い魔」
彼女が本の背表紙をトントンと叩きながら、一言そう話した。
そして今度は袖から杖を取り出し、空中に向かって優雅に杖を振る。
すると周囲の本の隙間からもぞもぞと真っ黒な虫のような、よく見ると一つ一つが意味を持つ単語群が浮かび上がり、ダンタリアの隣に集まっていく。
そうして集まった単語達はぐるぐると高速で回転を始め、嵐とも呼べそうな回転が収まった後には一人の女性が現れていた。
女性は真っ白なシルクのドレスの上から、メイド服で使われるような大きなエプロンを身に着けており、そして多くの人間が幽霊の特徴として思いつくように身体は半透明に透けていて、彼女の身体を通して後ろの風景を朧気だが眺めることが出来た。
「そしてこれが眷属。違いが分かるかい?」
そう言うと彼女は杖を仕舞い、空になっていたティーカップを真っ白な女性に手渡した。すると女性は丁寧な仕草で新しく紅茶を淹れ始める。
「いや、共通点を見つける方が難しいだろ......」
ダンタリアの質問に対して、翔がもっともなツッコミを入れた。
そもそも知識量の不足が原因で、この講義は行われているのだ。
羽ばたくことが出来るとはいえ、本そのものと言える使い魔と、透過していなければ人間と区別がつかない眷属。
いっそわざとだろうと言えるほど、共通点は皆無に近かった。
「ふふっ、中々ツッコミが上手いね」
ダンタリアが悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「そりゃどーも。小さい頃から周りにボケ役が多くてな。んで? 答えられないから解説しないなんてことは無いんだろ?」
「もちろんだとも。これでも契約は遵守するタイプでね。使い魔と眷属の違い。少し大げさなほど格差を付けてしまったけど、一つ目は眷属に比べて使い魔の方が少ない魔力で制作出来ることだね」
「......だろうな。そこまで完成度の差があって、眷属の方が魔力消費が少ないんですーって言われたら、また一から解説を受けなきゃいけなくなる」
「別に構わないよ? 出来の悪い生徒ってのも新鮮で興味深いからね。」
「やめてくれ。補習は学校の授業だけで十分だっての......」
やけに実感の籠った声で、翔がため息交じりに返答した。
「そうかい? まぁ、解説に戻ろうか。さっきも言った通り、使い魔は眷属より比較的少ない魔力で作成できるのが強みだ。だから用途としては使い捨ての斥候や、自爆目的の特攻兵として使われることが多いね」
「消耗品扱いってことか」
「それに近い。次にデメリットだ。少ない魔力で作られる点で想像がつくと思うけど、彼らの多くは簡単な命令しか理解出来なかったり、相手の魔法を一発貰っただけで破壊されてしまうという耐久力の無さがあげられる」
「これも少ない魔力で作る弊害って奴だな」
「そうだね。次に眷属に移るけど、何か質問はあるかい?」
「今のところは」
「なら次だ。まず眷属は使い魔とは真逆の存在と考えておくといい。作成するのに魔力を多く消費する代わりに、使い魔とは比べ物にならないほど頭脳を持ち、魔法を数発喰らった所で問題なく耐えられる。そして約半数の眷属は主の魔法の一部を使いこなせる。本当の意味で分身と言えるね」
「ん? それなら魔力が回復するたびに眷属を生み出してしまえば、使い魔なんて誰も使わないんじゃないか?」
よっぽど時間に余裕が無い限り、そんな使い捨てで魔力を消費するよりは、優秀な兵隊を作るために魔力を溜めていた方がずっとお得のはずだ。
今までの説明だけでは、使い魔を召喚するメリットが無い。
「いい疑問だね。確かに君の言う通り魔力を消費するだけなら、短時間で使い魔を何体も生み出すより、眷属一体を生み出す方がずっと効率的でずっと仕事をする。けれど眷属を生み出す時には大きなデメリットがある。術者の魂そのものを分け与えないといけないというデメリットが」
「魂を分け与える?」
「そう。そもそも魂という魔力の器が無ければ、高度な魔力生命体というのは生み出すことが難しいんだ。そして魂を分け与えるということは、自身の魔力を蓄える器を削るということ」
「そうか! そんなことをしたら、本体は!」
「うん。魔力の総量は減り、弱体化する。もちろん眷属が消滅すれば魂は本体に戻るけど、戻った魂の魔力は一から回復させないといけない。だから召喚魔法使いは数の力で仕事をこなす使い魔と、優秀だけど数を揃えることが出来ない眷属の二種類を、用途によって使いこなす必要があるのさ」
「なるほどな」
ダンタリアの話を聞いて翔も納得出来た。
眷属を生み出すたびに本体が弱体化してしまうのであれば、普段使いには使い魔がいれば十分だ。
そしてここまでの説明を受けたことで、翔はカタナシの作戦の致命的な綻びに気付いた。
「そうか! 囮にするのが眷属じゃ、逃げ延びても少ない魔力で一から始めなきゃならなくなる。確かに眷属を悪魔本体だと誤認させることは可能かもしれない。でも、あの作戦じゃ次に繋がらないんだ!」
「そういうことだよ。召喚魔法使いは魔力を分散させる関係で、面と向かった魔法対決に弱い。召喚魔法の術者を発見したら、逃さずにきっちりと止めを刺すことだね。まぁ、それだけ理解できたのなら召喚魔法については大丈夫そうだ。次の解説に移るとしよう」
ダンタリアは生み出した眷属から紅茶を受け取り、こくりと飲むと満足そうに頷いた。
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今回ダンタリアが使用した魔法
召喚魔法、付喪神
作成されてから百年を経ており、自分が所有者であるか、明確に所有者が存在しない物を使い魔にすることが出来る召喚魔法。
使い魔にすることに成功しても腕や足を生やしたり、自力の移動や小物を持ち運ぶことが出来る程度の改造しかできないが、任意のタイミングで元の物に戻ったり使い魔に戻ったりが可能で、相手の領地に潜入させた際などに大きな力として発揮される。
召喚魔法、民意の妖精伝承
一つの妖精を指定し、その妖精を知的種族が一番思い浮かべる姿と能力、性格の眷属として生み出すことが出来る召喚魔法。
生み出された妖精の多くは術者の言うことを聞かない伝承通りの妖精として現れることが多いが、一部の妖精はルールを守れば優秀な召使として活用できるため、隠れたファンが多い。
今回ダンタリアが眷属として呼び出した妖精はシルキー。イングランドの伝承で語られる、古い家に住むといわれる女性の姿をした妖精。
多くの場合、灰色か白のドレスを身に着け、家事などの手伝いをしてくれるが、お礼の心を忘れたり、怒らせたりすると家そのものから家人を追い出してしまうなどの乱暴な一面も持つ。
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