裏側の歴史と人魔大戦
「大昔の人間は神の恩恵と悪魔の悪事に左右されながらも、どちらともうまく付き合って繁栄していた。けれど、人間が良くても神と悪魔は別。なんせ互いの繁栄が自陣営の弱体化を招くんだから、良いところなんて一つもないわ。それでも両陣営の力は拮抗してたから、軽い諍いはあっても、本格的な争いには発展しなかった。いざ戦って大負けするリスクを避けていたんでしょうね」
麗子が一旦話を区切る。まるでここまでの感想を求めるかのように。
そこで翔は少し考えた後に浮かんだ疑問を口にした。
「そこで話が終わるんなら、今も神様と悪魔の時代は続いてますよね? そこから何かがあったんだと思います」
「正解よ。答えはとっても単純。翔君も一回や二回の嫌がらせなら我慢できるけど、積もり積もったら思わぬ瞬間に爆発してしまうことってあるでしょう?」
「そりゃあるかもしれませんが......まさか......」
「ええ、そのまさか。積もり積もった苛立ちは、普段ならどうってことない嫌がらせですら抑えきれない怒りを生む。たぶん事の発端も神が悪魔に嫌がらせを受けたとかのどうでもいい話。でもそれがその神には我慢できなかったんでしょうね」
麗子が呆れた表情を作る。きっと魔法世界の歴史を知っているからこそ、語ることであらためて話のくだらなさを思い知ってしまったのだろう。
「その神は、配下や仲の良い神達に協力を仰いで戦争を仕掛けた。そこからは雪だるま式。あっちの悪魔が死んだ、なら俺達も戦争に参加する! こっちの神が悪魔に殺された、ならば私達も戦争に参加する! って感じで世界を巻き込んだ大戦争になってしまったの」
「その......どんな重大な事実を聞かされるか身構えていたのに、聞いてしまうとなんというか......」
翔は先の質問を自分から投げかけただけに、神様と悪魔の大戦争があったということはある程度予想は出来ていた。
しかし、発端というべき事件がそんなくだらないことだとは思わなかった。悪魔の眷属、二言もそうだったが、神様や悪魔というのは案外人間臭い種族なのかもしれない。
「あの時代、神や悪魔以外に両者を超える力を持った種族は存在しなかった。そのせいで感情のままに行動を起こしてしまうことが多かったらしいわ。それにしたって同格の相手との全面戦争は、傲慢が過ぎるとは思うけどね」
「それで結果は......どうなったんですか?」
「神側の大負け。それも絶滅寸前まで追撃をされたらしいわ」
「やっぱり神様が負けちゃったんすね」
「全面戦争になった時点で神側に勝ちの目は無かったのよ。さっきも言ったように、神は幸福なんかに起因するプラスの魔素がどうしても必要。でも長引く戦争、拡大する戦域によって世界はマイナスの魔素で溢れてしまった。神側が勝つにはさっさと勝負を決めるしか無かったのよ」
「そのせいで、人魔大戦が始まったってわけですか?」
「根本的な原因はそうなのだけど、話はもっとややこしいのよねぇ。翔君はソロモン王って知ってるかしら?」
「名前と悪魔関連の人ってことだけは。もしかしてその人が悪魔を裏で操っていたとかですか?」
凛花経由の知識だが、ソロモン何十柱とかいった悪魔の軍団を呪文で従えた魔法使いの王様みたいな人だったはず。
「違うわ。ソロモン王はむしろ人類側の救世主だったの。彼がいなかったら、人類は悪魔の奴隷みたいな扱いになっていたでしょうね」
「じゃあ、神様との戦争で弱っていた悪魔を討伐したとかですか?」
「それも違うわ。正解は悪魔に取引を持ち掛けたの。悪魔の勝利を祝い、手にする領土や資産が多すぎる勝者でごくわずかだと指摘し、自らの用意した現世の数倍の大きさを誇る異界に居を移すことを提案したの。最も戦果を挙げた百体の悪魔には、望むままの国を生涯かけて創りますって感じでね」
「それは......なんというかぶっ飛びすぎててすごいですね」
まだ人類総出で、悪魔を一体残らず討伐したの方がわかりやすかっただろう。
地球の数倍サイズの異世界を作り上げて、そこに望むがままの国を用意するとなったら一体どれほどの魔力と技術が必要なのだろうか。
製作したのが木刀一本の翔には途方がなさすぎて、すごいという感想しか出てこなかった。
「そうね。当時の魔法技術を鑑みてもソロモン王は突出していたと様々な文献に書かれているわ。実際に用意した異界を見せること、加えてとある条件をソロモン王に飲ませることで悪魔達は提案を飲んだ。そうして悪魔の大部分を移住させることでこっちの世界のバランスを守ったってわけ」
「世界を創るって提案をしても、まだ条件を付けられたんですか!?」
「ええ、でも勝者として当然という条件よ。それは別の異界を用意して神をそこに閉じ込めること。そして現世への直接的な介入を禁じること。これよって神が力を取り戻すことを封じたってわけ。余計な条件。けど、そのおかげで両者より圧倒的に得をした種族がいた」
「それが人間だったわけですね......神様はいなくなり、悪魔も大部分は異界に移住してしまった。人間を超える強者はいなくなった。ソロモン王ってのはとんでもない偉人ですね」
「その通り。まさにソロモン王のおかげで今の世界があるといっても過言ではないのよ。ただ、そんなソロモン王もたった一つだけミスを犯してしまったの。そのおかげで人魔大戦というものは始まってしまった」
「ミス......」
ついに自分が巻き込まれた人間と悪魔の戦争についてわかる。その事実に翔は固唾を飲んで麗子の答えを待った。
「ソロモン王はね、自分の寿命を見誤っちゃったの」
「えっ?」
麗子の言葉、それを翔は最初理解できなかった。
悪魔の一部による裏切りだとか、人間によるソロモン王への妨害だとか、ソロモン王自体が魔法を制御しきれなかった等の壮大な理由ではなく寿命。
どうしてそれが人間と悪魔の戦争に繋がるか、理解できなかった。
「そうなると思ったわ。簡単に言うと、人魔大戦が始まった直接の要因は悪魔との契約。百体の悪魔に用意する国を創る、それを果たす前にソロモン王が死んでしまったの。ソロモン王も当初の予定なら自分の寿命が尽きる前に完成させられる筈だった。けれど悪魔に追加された神を閉じ込める異界の作成。これのせいで、国を七十二個作り上げたタイミングで死んでしまったの」
「余計なオーダーのせいで予定が狂っちまったてことか」
「そうね。そして国を作って貰えなかった悪魔達は当然のごとく怒りだし、その怒りを鎮めるために時の王達が集まって考え出したのが人魔大戦というシステムだったわけ」
「人魔大戦自体は苦肉の策だったってことですね?」
「悲しいけどその通り。それで肝心の人魔大戦のルールだけど、当時の王と百体の悪魔によって決められた条件が満たされた時に人魔大戦は行われるわ。あっ、先に言っておくけど、この条件は他人に知らせてはならないって取り決めだったらしくて、人間側で条件が満たされないように対策するってことが出来ないの」
「それが出来れば、開催されないように対策出来てしまいますもんね。そんなに甘くないわけか」
「続きを話すわね。人魔大戦は七十二の国から選出した代表と国家外から選出された二十八体を合わせた合計百体の悪魔を現世へ送り込むことが始まりとなる。送り込まれた悪魔はマイナスの魔素を生み出すことで国を潤したり、自らの糧にすることが目的よ。この百体が全滅し、魔界というあっちの世界に送還された時に終了となるわ」
「送還って戦いなんですよ? もし相手を殺してしまった場合はどうなるんですか?」
「それが出来れば良かったのだけれど......悪魔は魔力の塊って説明したわよね? 現世に送り込まれる時には実態が無いことを活かして身体を本体と分体の二つに分け、意識だけを分体に移して送り込んでくるの。だから仮に身体を完全に消滅させても殺すことが出来ないの」
「なんだそりゃ! じゃあ何のリスクもなく無茶苦茶が出来るってことですか!?」
「一応完全に殺しきる方法もあるんだけど、労力に見合わないし翔君が覚えることも難しいと思うわ。ただ、その方法が存在するおかげで悪魔も無茶な行動を取ることは少ないわね」
「それならひとまずは安心か」
翔は胸を撫でおろした。ひとまず世界中が地獄絵図になるということは無いらしい
「ええ、今のところは気にしなくていいと思うわ。ただ悪魔が準備を終えれば絶対は無い。それだけは頭に入れておいてね」
先生のような被害者を増やすわけにはいかない。その決意を胸に翔は大きく頷く。
「今から話すことが、人魔大戦のルールの中で一番翔君に関係するものよ。それが、悪魔殺しの契約」
「それって、俺が二言に吹っ飛ばされた時に契約した悪魔が言っていた......」
翔の命の恩人である悪魔。結局名乗りを聞くことは出来なかったが、その悪魔が説明してくれた契約が悪魔殺しの契約だったはず。
「そう、それが悪魔殺しの契約よ。そもそも人間の魔法使いだけじゃ、たとえ全員で一体ずつを相手にしても百体の悪魔の討伐は難しいわ。そんな人間側に勝ち目を持たせるために百の人間と悪魔の魂を融合させて、魔法を使うのに適した身体に調整する。それが悪魔殺しの契約よ」
「俺を含めてたった百人......へまなんかは出来ないっすね。あれ? その話なら俺の中にあの悪魔がいるってことですよね。契約で身体を乗っ取ったりしないって言ってたし、今更疑うわけでも無いんですけど、こんな不利になるだけの契約どうして悪魔は許可したんですか?」
「文献だと悪魔から引き出した譲歩って書かれてることが多いけど、実際は落ちこぼれの一発逆転のためと悪魔側の人材発掘のためと言われているわ」
「どういうことですか?」
「この契約は人間の魂と融合する関係で、悪魔自身の魂も大きく左右するの。翔君の中の子も説明してくれたと思うけど、悪魔を討伐して大量の魔力が散らばる環境にいると、人間の魂もその環境に適応するために魔力を吸収していく」
厳しい環境に適応する。それは悪魔に関らず、生物の一般的な特性と言える。
「もちろん魂と融合してる悪魔も例外じゃないわ。各国の代表に選ばれるような悪魔の魔力を吸収すればより高みに昇れる。そうすれば所属する国の上位階級に上がることもできるし、国家外の悪魔ならどこかの国からスカウトされることも望めるってわけ」
「なるほど、悪魔側にとってもメリットがある。だからこそルールとして採用したってことですか」
「そうね。......ただ大きなデメリットもある。この契約では契約者が死んでしまうと魂と融合している悪魔も一緒に死んでしまう。相手は数段格上の悪魔、しかも自分自身が戦うわけでも無く出来るのは調整のみ。だからよっぽど切羽詰まった悪魔しか挑戦しない、まさしく一発逆転の方法ってことよ」
「えっ!? じゃあ、俺が死んだらあいつも道連れってことですか!?」
「もちろん例外なんて無いわ。それが契約ってものよ。悪魔っていうのは翔君が思っているよりずっと契約を遵守する。だからあなたに出来た相棒のこと、信じてあげてね」
「もちろんです。むしろ俺の方がずいぶんと借りを作ってしまってますから、少しずつ返済していかないとっすよ」
翔は苦笑しながら、とんとんと胸を拳で軽く叩いた。
「そう。それなら安心ね」
翔の人となりを理解できたからだろうか。麗子は柔らかな笑顔を作った。
「大分長引かせてしまったわね。以上で人魔大戦の説明は終わりよ。最後に質問はあるかしら?」
「一ついいですか? 俺達が遭遇した二言って眷属の親玉は、どれくらいの強さの悪魔なんですか?」
もし、上位の悪魔だとすれば、眷属だって相対的に強いはずだ。
そうすれば他の悪魔と戦う際の心の余裕に繋がる。翔の質問はそういった考えのものだった。
「......ショックを受けないでね。奴は相当格下の悪魔のはずよ」
「......大丈夫です。そんな気はしてました」
覚悟は出来ていたが、それでも面と向かって言われると心に来るものがある。
もし今回の悪魔を退けたとしても、今後出会う悪魔はどんどん強くなっていくのだ。ましてや武道とは違って純粋な力量だけでは相手の実力は測れない。
こちらの世界に足を踏み入れたばかりの翔に、不安を感じるなと言う方が無理な話しだった。
「おうおう、そんな落ち込むな。ちょっと武道齧ってる子供が撃退できる程度なら世界はこんなに苦労してねぇよ。お前達悪魔殺しをサポートするために俺達がいるんだ。完璧な悪魔の討伐作戦を考えてやるから心配すんな!」
大熊の言葉は言い回しには棘があるが、その実、翔のことをとても気遣ってくれていた。
その優しさを感じ、頭によぎっていた不安が幾分か和らぐ。
「ふふっ、なら完璧な討伐作戦について教えてもらえますか?」
生まれた余裕をちょっぴりの皮肉に変え、翔は真っすぐな瞳で大熊に問いかけた。
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