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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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近くにありながら分かれていた道

「クソッ、どいつもこいつもっ!」


 鋭い切っ先で刺し貫く。交差する勢いに任せて切り飛ばす。あるいは鍛えた肉体を活かして吹き飛ばす。


 その動きは武芸に秀でた悪魔殺しと比べても、見劣りすると言われるほどでは無かった。しかし、所詮はニンゲンによる真似事と嘲笑を受ける動きではあった。なぜなら、必死に応戦する大悟の攻撃は、一度たりとて分け身達に有効では無かったのだから。


(どこを裂いても、どこを刺してもピンピンしてやがる。こんなのに、どうやってトドメを刺せって言うんだよ!)


 ハプスベルタと宝石人間達による戦いの余波で流れてきた分け身達。魔王の分体と呼ぶにはあまりにも脆弱でありながら、人間から見た脅威度は本体とさして変わらない。彼らの役目は広がる事であり、途切れない事こそが本質であるのだから。


 ハプスベルタが容易く葬っていた分け身達も、大悟の手にかかると不死身の化け物へ変わる。切り裂かれた痕など欠片も残さずに修復され、千切れた部分も当たり前のようにくっついてしまうのだ。これでは物理的な攻撃力しか持たない大悟では太刀打ち出来ない。


 おまけに大悟の武器は暗殺用のナイフ。刃渡りこそ長いが刀身は細い。いくら小動物サイズしかない分け身達が相手であろうと、角度や肉質の理解を誤れば簡単に折れてしまう。


 まさか上等な武器をへし折ってしまった英雄を、ハプスベルタが許しはしまい。そのため大悟は囲まれぬよう必死に分け身達から動き続け、同時に繊細な戦いを貫き通すという苦行を続けていたのだ。


(もっとも、あんだけ戦闘に夢中なら、へし折っちまっても逃げ出すだけの時間くらいはありそうだけどな......)


「ホラホラ! 築き上げた陣形が崩れ始めてるぞ! 後衛に私の刃が届き始めているぞ! そんな物量で名誉の頭領を名乗るのかい? 教会に名を連ねていられるのかい!?」


 分け身達から大きく距離を取った隙に目を遣ったのは、奇妙な協力関係を築いた魔王の姿。その鮮烈さは戦闘開始直後と変わらず、むしろ精神のボルテージが上昇するにつれて、殲滅スピードも上がっているように見える。


 切り裂かれた残骸が復活を遂げる素振りは無い。何らかの魔法を用いて再生を阻害していると言ってもらった方が、まだ納得が出来る光景だった。


 けれども、ハプスベルタが用いてるのは剣術だけ。武具が途切れないというズルこそあるが、戦闘に関しては一切の魔法的な要素は含んでいないと言う。


 明朗快活なハプスベルタの事だ。こんなくだらない場面で嘘を吐いたりはしないだろう。ならば大悟の武術には、何かが決定的に欠けているのだ。


(勘に頼ってもダメ、極限に集中してもダメ。ハプスベルタさんの様子を見るに、破壊力が大きすぎて再生が間に合ってない線も薄い。()()()()()、最初から途切れてね?)


 いくら迎撃しても答えは見つからず、次第に肉体の限界が近付きつつある。そして、こちらとは正反対に、分け身達に疲労感といった様子は見られない。これではいつか押し切られる。皮肉を思い浮かべるほどに、余裕が無くなった頃だった。


「感心感心。思っていた光景とはズレていたけど、五体満足で生き残っていたか。英雄譚の前書き程度には活躍したようだね」


 特大剣を振り回し、大悟に群がる分け身達を一息に吹き飛ばしたのはハプスベルタ。その表情には大悟に対する言葉通りの評価と、出来の悪い弟子に呆れるかのような困り顔が両立していた。


 だが、大悟にそんな表情を気にする余裕は無かった。


 分け身達こそ吹き飛ばしてくれたハプスベルタだが、彼女が相手取っていたのは、より厄介な宝石人間達である。人間の肉体を主としながらも、その動きは人の身には縛られない。一体を相手取るだけでも、大悟には荷の重い相手である。


「ハプスベルタさん!? そっちの戦いは!?」


 ハプスベルタが流れてきたのなら、当然、宝石人間達もこちらへ流れてくる。そう思って、危惧と共に愚痴を口にした大悟だったが、ハプスベルタの答えは簡潔だった。


「片付いた。だから、後は君の戦いをどう締めるかだけだよ」


「へっ!?」


 そう言われて辺りを見渡せば、あれだけいた宝石人間達は、その全てが大地に倒れ伏していた。ピクピクと身じろぎする個体も中に入るが、そこに人間と分け身達との一体感は無い。無力化された肉体に残った分け身達が、這い出そうとしているだけなのだろう。


 ハプスベルタの戦いは終わっていた。だから彼女は、大悟の助力に割って入れたのだ。あまりにシンプルな答えながらも、大悟は歯噛みした。彼はハプスベルタから与えられた課題を、最後まで達成出来なかったから。


「すみません、俺の方は......」


「見れば分かるさ。だからこれは、一つの目標を達成した報酬だ。少年、()()()()()。どのように立ち回るか、どのように攻撃を加えるかなんて、同じ土俵に立てる悪魔殺しの考えだ。ただ、相手を殺す事に没頭しろ」


「殺意を、持つ......?」


 大悟の方は、突如与えられた助言をゆっくりと反芻していた。


 確かに生まれてこの方、殺意を持って戦った事は無かった。そもそも、武道とは活人の道。生きるための術である。教えでも立ち合いでも殺しの技術は徹底的に削ぎ落され、ついぞここまで疑問に持った事すらなかった。


 だが、言われて気が付く。自分は戦闘不能にする事ばかりを考えて、分け身達に立ち向かっていたと。頭ではトドメを刺すと立派な事ばかり考えていたが、その戦いはどうにか切り抜ける事ばかりに向いていたではないかと。


「ちょうどいい。手頃な相手が向かってきてくれた」


 ハプスベルタが剣を向ける先には、胴の半分が千切れた真珠のネックレスを模した分け身がいた。おそらく蛇の模倣をしているのだろうその個体は、瀕死に見えるにも関わらず大悟へ真っすぐに突進してくる。


 分け身の動きに淀みは無い。ただ大悟を殺すため。純度100%の殺意をこちらへ向けているのが分かる。絶対に殺してやろうと、是が非でも殺してやろうと立ち向かってきてるのが分かる。


「......そういう事か」


 それを理解した瞬間に、大悟の身体は自然と動いていた。


 ネックレス型の分け身が飛び掛かってくるのと同時に、とても静かに白磁の蓋(ミュリファルーシカ)が突き出される。数珠状の肉体を刃が滑り、始まりから終わりまでを綺麗に串刺しとする。


 一瞬だけ身じろぎを見せた分け身だったが、その後はピクリとも動かなくなった。そして一拍置いたタイミングで、水分を失った枯れ木の様にしおれていく。


「ハハッ、感覚を掴んだら一瞬じゃないか! 本当に君は、武術だけなら翔の上を行くかもしれないね!」


「......殺しの技術を褒められても嬉しく無いっすよ」


 そう言って大悟は無造作に切っ先を振るい、残っていた分け身の残骸を散らす。白磁の蓋を握る手は微かに震えているようにも見えた。


「そうかい。じゃあもっと、即物的な誉め言葉を与えようか。君がたった今討伐した奴が、ここへ向かってきた戦力の全てだった。私達は久しぶりに、大きく前進する事が叶うぞ」


「っ、そうだ! 凛花! でも、あんだけの増援がどうして......」


 ハプスベルタの言葉に希望を見出す一方、大悟には疑問も残る。あれだけ途切れる事もない物量を、戦力として送り出していた魔王だ。いくら彼女が戦闘に秀でているとしたって、この数瞬でいきなり戦力が枯れるとは思えない。


「そんなの簡単さ。私達に()()()()()()()()()程の事件が起きた。それに尽きるだろう?」


「そうか......翔......」


 この町へ突入したのは、大悟とハプスベルタだけではない。翔達もまた、魔王を討伐するために全力を尽くしているのだ。


 何があったか詳細は分からない。けれども、ハプスベルタを一時的とはいえ放置するほどだ。何か諸悪の根源にとって、面白くない事が起きたのは確かだろう。


「さぁて、そうと決まれば善は急げだ。息は整ったかい?」


「はい、もうすぐ。あの、ハプスベルタさん?」


「なんだい?」


「あの時、どうして何も成し遂げていなかった自分に助言を?」


「......何言ってるんだか。君はしっかり約束事を守っていたじゃないか」


「約束事?」


()()()()()()()。キルスコアは飾りだと言っただろう? さっきの助言は中間試験を乗り越えた報酬だよ」

次回更新は8/17の予定です。

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