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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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結びの赤糸は探し人の下へ

 まるで通勤ラッシュ時の電車が如く、ニナへ向けて宝石人間が殺到する。


 彼らの目的はニナの無力化。彼女の魔力量が他の悪魔殺しに劣ると察したからこその物量特攻だ。そこに作戦は無い。そこに感情などない。ただただ魔王の忠実な僕と化した宝石人間達が、無表情で彼女を抑え込まんとする。


 凛花がツッコミ混じりに吐き出した言葉が、数キロ先で現実になろうとしていた。


「攻撃は宝石に変化している場所に集中して! 討伐じゃなくて、無力化に重きをおいて!」


 一方で狙われるニナも、座して待ったりなどしていない。ベリトの分け身達が多様な姿を取る様に、彼女の使い魔もその形は多様。必要に合わせてオオカミやハチ、あるいはスライムのような幻想生物の姿を取り、宝石人間を押し留めようと画策する。


 しかし、悪魔殺しと魔王の魔力量にはれっきとした差がある。ダンタリアの輸血術があれば抗えた物量も、ニナ単騎では小出しにしなければ一瞬で血液が枯渇してしまう。


 そのため、使い魔とマルティナの斬撃模倣がありながらも、戦線はじわじわと押し上げられてしまっている。今はまだ、下がるスペースが残されている。けれど、それも続ければ限界が来る。ベリト側はいずれ来る崩壊の時まで、戦力を切らさなければそれでいいのだ。


「ニナ! 代わるか!?」


「嬉しいけど、たぶん意味は無いよ。ほら......」


「っ! あの石ころ共......!」


 苦しむニナへ交代を提案した翔だが、ニナの否定と続く宝石人間達の動きで、それが無駄だと思い知らされた。


 一つ一つは小さく魔王どころか悪魔にも満たない分け身達だが、そのいずれもが記憶を共有し、魔王と変わらない思考能力を有している。そんな魔王がひしめく中で、馬鹿正直に交代を提案すればどうなるか。その結果が、潮が引くように圧力を弱めた宝石人間達の動きである。


 ベリト側からしてみれば、ニナは弱らせたいが翔の擬翼から放たれる魔力砲は食らいたくない。いくら宝石人間達が分け身達よりも高い耐久力を有していようとも、彼の魔力砲はそんな事はお構いなしに全てを吹き飛ばす火力があるからだ。


 ベリトには学習する力がある。ゆえに翔側には小型で機動力に優れた分け身達ばかりを再配置し、ニナ側には耐久力に優れた宝石人間達ばかりを配置する。


 こうする事で翔は常に後方へ注意しなければいけなくなり、おまけにまとめて分け身達を焼却などといった力技を使用出来なくなった。


 そしてニナの側に寄せた宝石人間達も、別に圧力をかけ続ける必要性は無い。求めるているのはニナのガス欠。最終的に彼女が魔力切れか貧血に陥ればそれでいいのだから。


 凛花の殺戮とハプスベルタの討伐。二方面こそ時間の経過はベリトの不利へ続いているが、この局面だけは彼の味方なのだ。戦力を逐次投入さえしていれば、余計な動きを取られる事もない。


 ベリトはニナの魔力切れを、今か今かと待ちわびていた。


「ラッツォーニさん」


「どう?」


「だいぶ絞れたと思う」


 不意にマルティナの名を呼んだのは姫野。そして当然ながら、その呼びかけはベリトにも聞こえていた。


 しかし、先ほどの動きを理解してだろう。姫野とマルティナの間で交わされた言葉は、事前の話し合いに参加していた事を前提とする片言。これではベリトには、何を言っているかが分からない。


(絞れた......この領域でソレが意味するのは、本体の居所か生き残りのニンゲン共、あるいは包囲からの脱出路ぐらい。そうなればこのニンゲンが行っているのは、やはり索敵か)


 ベリトからすれば、姫野は不気味な存在と言えた。


 戦闘には加わらず、かといってマルティナのような指揮に入ったりもしない。やっている事と言えば、自身の血液を代償とした何らかの魔法の継続程度。あまりにも情報不足な上に無害であった事から、ベリトも存在そのものを除外していた程だ。


 だが、そんな姫野が見るからの窮地に声を上げた。そして言葉から察するに、彼女の魔法は索敵魔法の類。それらを総合すれば、自ずと答えは導き出せる。ベリトは姫野が索敵魔法によって、包囲網からの脱出路を見つけ出したのだと推察した。


(だが、この包囲から脱出するだけでも、この悪魔殺し達からすれば至難の筈だ。一匹は魔力量の力業が可能だが、残りは絶望的に魔力が足りん。地を走ろうと空へ逃げようと、必ず数の力による追撃が成立する)


 どんな逃走方法を用意しても、数の力で苛烈な追撃が可能。そのためベリトは姫野への注意はそこそこのまま、ニナがさらなる切り札を切らないかに集中していた。


「確定ではない......けど、もうニナが限界ね。いいわ姫野、切りなさい」


「えぇ。深淵之水夜礼(ふかふちのみずやれ)花神(はなのかみ)様、御力をお返しいたします。そして菊理媛様(ククリヒメ)様、どうか御力をお貸しください」


「何だ、これは......」


 その言葉と共に姫野の小指に裂傷が生じ、生まれ出たのは赤い糸。その糸は素早い動きで宝石人間の指に絡まると、さらに別の宝石人間へ、次の宝石人間へと結ばれていく。


 宝石人間全てと感覚を共有しているベリトですら、一部の宝石人間に糸が結び付いたとしか感じなかった。それ以外の痛痒も、魔法の気配も一切感じなかったのだ。


「天原君」


「おう、そっちだな!」


 困惑するベリトをよそに、悪魔殺し達は一気に動き出そうとしていた。


 姫野は翔へとおぶさり、翔は擬翼を全て後方へと展開。さらに擬翼を変形させると、前方へ傘のようなものを作り出す。


「ニナ、よく頑張ったわね。一回引くわよ」


「ゴメン、ありがとう」


 さらにマルティナとニナの方も、明らかに撤退の会話を始めている。


 どう考えても、撤退には多大な消耗が強いられる筈だ。下手をしなくても、命をかけた行動になる筈だ。にもかかわらず、悪魔殺し達の表情は明るい。今後の展望に、絶望は一欠片とて含まれていない。


(何だ、いったい何をするつもりだ)


 悪魔殺し達が動き出すまでの時間で、ベリトもどうにか答えを導き出そうとする。しかし、分かったのは結ばれた糸の僅かな情報だけだ。


 宝石人間を操って千切ったり外そうと画策した糸だったが、いずれも彼らの手をすり抜けるだけだった。目に見えて結ばれる感覚すらあった糸だったが、実体が無い糸であると判明しただけだった。


「マルティナ、今だ!」


再奮起(リトライ)!」


 何らかの強い魔法が発動した気配を察すると共に、翔が多量の魔力を噴出させながら空へと飛び上がっていく。そして余波の突風が晴れた頃には、マルティナとニナの姿が忽然と消えている。


「バカな......完全な空間転移だと......そんなもの、九位の所属でなければ碌に使えぬ筈......なっ!?」


 取り逃がした悪魔殺しが用いた魔法に驚くベリトだったが、そんな事を気にする余裕が無くなる事実が各地の分け身から届けられ始めた。


 空中へ飛び上がった翔と姫野だったが、明らかに目標を見据えて動いていると。そして、所々でズレが生じるものの、着実にあのニンゲンへと近付きつつあると。


「......猶予はない。周辺の兵をニンゲン潰しに回せ」


 どんな紆余曲折があったかは分からない。しかし、悪魔殺し達は手に入れた。伸ばされた少女の手を掴み取る道を。

次回更新は8/13の予定です。

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