孵る理由は連れ帰るため
「ハプスベルタさん......あれ......」
「うん、あえて言葉にする必要は無いさ。君の予想は八割方、的を射てるだろうからね」
亀の如き歩みながらも、着実に前進を続けていたハプスベルタと大悟。そんな一体と一人が出会ったのは、これまでの分け身達とは明らかに気色が異なる相手であった。
身体の一部から宝石を生やした、あるいは身体の一部が宝石そのものになった人間達。そんな異形がフラフラとハプスベルタ達に近付いてきたのだ。
個体によっては頭などの生命維持に必須の部位が、宝石や装飾品に置換されている者もいる。にもかかわらず、彼らの足取りは末期のそれとは程遠い。むしろ、人間とは思えぬ何か別の生命体のような動きで、ゆっくりとハプスベルタ達を包囲しようとしていた。
「うっ......」
大悟も何らかの液晶画面を通した光景であれば、趣味の悪いカートゥーンかB級ホラーだと笑ってチャンネルを変えた事だろう。しかし、目の前にあるのは疑いようも無い現実。
そして、これまで宝石や装飾品の姿を模っていた敵が、わざわざ宝石と人間の融合体を作り出す理由は薄い。
一から生み出した存在で無いのだとすれば、それが生み出されるに至った原料が存在する筈。そして、この場における原料とは、紛れもなく人間だ。
そこまで思考を進めてしまった大悟は、凄惨な光景に思わず吐き気を覚えた。
「間違っても内容物を吐き出さないでくれよ。その行為を完結させるようなら、私は君に深い失望を覚える事となる」
「うぷ......分かって、ますよ......!」
だが、現状は大悟に嘔吐を許さなかった。
ハプスベルタが求めているのは、人の身で魔王に挑まんとする勇敢な戦士。そんな命知らずと謗られかねない人間が、まさか魔王のちょっとした悪行で嘔吐を催す筈が無い。
悪意こそないものの怜悧さを感じさせる細められた瞳は、大悟に余計な我慢を強いられるには十分な説得力があった。彼からしてみれば、自分と凛花の命はハプスベルタに握られているようなもの。決定的な意見の相違が生まれる前の決別は、全ての破滅にしか繋がらない。
大悟がせり上がってくる酸味と格闘を始めた折、突出した宝石人間の一体がさらに歩を進めた。
すでに立ち位置はハプスベルタの間合いの中。けれど彼女も、先ほどのような即断即斬を起こそうとはしない。どういうことだと大悟が様子を見守っていると、その宝石人間はおもむろに口を開いた。
「継承の魔力が染み付いたニンゲンが送り込まれたかと思えば、凡百、貴様もか。教会が知らぬ内に、ニンゲンを飼いならす流行でも生まれたのか?」
「しゃ、しゃべ!?」
何と生の輝きを宿していない瞳はそのままに、宝石人間が会話を始めたのである。まさかコミュニケーション能力を有していると思わなかった大悟は、驚きの声を我慢しきれなかった。
そして、宝石人間は大悟の態度が気に入らなかったのだろう。宝剣と化している腕をおもむろに掲げ、素振りの勢いで大悟へ千切り飛ばしてきたのである。
「はっ?」
腕が千切れる事も、宝剣を投げ飛ばす事も、大悟には予想外であった。それでも自然と身体が動いたのは、日頃の鍛錬によるものか。手にした白磁の蓋の切っ先を使い、宝剣の腹を突く事でどうにか軌道をずらす。
「......」
これには仕掛けた側の宝石人間も閉口した。彼が予想した未来は、大悟の無様な死かハプスベルタの介入であったから。
死体に変わるなら、これ以上用途不明な人間の増加に頭を悩ませる必要が無くなる。助力が入るなら、ハプスベルタの注意を逸らす道具として扱える。どちらが起こっても問題がないと思っていたからこそ、予想外の結果は彼に無言を生んだのだ。
「ほら、現世も捨てたもんじゃないだろう? 予想だにしなかった掘り出し物が、こうして日の目を見る。いや、月の目を見るに至ったのだから!」
そして黙った宝石人間に代わって、饒舌に話し出したのはハプスベルタ。大悟が与り知らぬ事だが、人類滅亡派のベリトと人類共生派のハプスベルタは非常に仲が悪い。片方が隙を見せれば、もう片方が食いつくのは自明だ。
「それと飼いならす、だったかい? 見ればお分かりかと思うけど、流石の私とてペットの窮地には助け舟を出すさ。だが、彼には出さない。彼はペットではなく英雄の卵だから」
「いつもの下らぬ人形遊びか」
「そんな事言っていいのかい? 今まさに君は、お人形に遊ばれた雑魚に成り下がっている訳なんだが」
「そちらこそ、胞子にも満たない我らを数百ほど刻んだだけで随分と余裕そうだな。確かにソレが、現世の基準では品質が高い部類であるのは認めよう。けれど、骸を被った我々に届くとは到底思えん」
「何言ってるんだか。今が無理でも、ニンゲンは成長する。いつまでも過去のしがらみから逃れらないお前と違ってな!」
言いたい事は言い切ったのであろう。ハプスベルタはおもむろに鞭を取り出すと、目にも止まらぬ速さで会話をしていた宝石人間の胴体を切り飛ばした。
「お前こそ何を言っている。成長とは生物の特性。これから死体へ変わるものには適応されんわ!」
ぐちゃぐちゃと不快な音を響かせながら、宝石人間も動き出す。ある個体が腹部の宝石を一斉に発射し、ある個体がまるで鉄輪のようにブレスレットを射出し、ある個体がネックレスを鞭のように操り振り回す。
生物のトレースに近い分け身達の行動と比べれば、宝石人間の行動には明確な害意があった。
そもそも名誉の悪魔にとって、敵の排除は胞子を感染させるだけでいい。後はよほど特異な魔法でもない限り、浸食を免れるために相手は多量の魔力を消耗する事になる。そうして弱った相手を、数の力で感染させ続ければいいだけなのだから。
だが、何事にも例外が存在する。流れる血液が、自身の魔力以外を阻害する悪魔殺しの様に。単純な力量によって、感染すら叶わぬ魔王の様に。
宝石人間はそれらへの対抗手段である。より攻撃的な形を取って、相手に自身を植えつけんとする。そうして増やした犠牲者を利用して、感染の輪を広げていく。まさに原始生命らしい、本能に重きをおいた戦法と言えた。
「そうこなくては!」
強い相手には、より攻撃的な形をとる。そこだけを切り取れば、ベリトの行動に間違いは無い。けれど、相手取るのは根っからの武闘派である剣の魔王。少しぐらい攻撃が苛烈に変わった所で、彼女を捉えるには至らない。
巨大な剣や槌を盾に用いて攻撃を防ぎ、距離に合わせた武器で次々と宝石人間を切り裂いていく。そして極めつけは投擲。剣の投げ飛ばしは専売特許ではないとばかりに、ハプスベルタはあらゆる武器を投擲武器として遠方の宝石人間を迎撃していく。
巻き込まれる訳にはいかないと距離を取った大悟が思うのは、投擲する武器に既視感が混ざる部分。ハプスベルタは戦いの中で武器を拾ったりしない。投げれば投げっぱなし。刺し貫けば刺しっぱなしと武器の扱いが雑なのだ。
だというのに、ハプスベルタが弾切れを気にする様子は無い。それどころか、同じ武器を何度も投擲している気もする。疑問が頭の中で澱みを作っていくが、解消出来る程の余裕は大悟に無い。
「そりゃ、見逃してはくれねぇよな......」
宝石人間という強化個体が出現しだしたものの、これまでの分け身達だって姿を消した訳じゃない。それぞれの宝石人間に適した分け身達が、随伴兵として出現を続けていたのである。
そして、大物狩りへシフトしたハプスベルタの目は、すでに分け身達へ興味を示していない。近くにいればまとめて切り飛ばすが、遠方の個体をわざわざ近寄って討伐したりはしない。
援護する宝石人間を討伐され、自身の力ではハプスベルタに敵わない分け身達。そうなった彼らの目に映るのは、ただの人間に過ぎない大悟の姿。憎き人間そのものである大悟の姿である。
先ほどまでは援護に入ってくれたハプスベルタも、いつまでも助力をするつもりは無いのだろう。彼女が求めるのは英雄。英雄とは、積み上げた実績によって語り継がれる者。
「囲まれるのはご法度。狙うのは大怪獣バトルの余波を受けた宝石からだ!」
ハプスベルタから授けられた凡百をその手に、大悟は恐るべき魔王の先兵と戦い始める。英雄の卵は無事に孵るのか、それとも無残に外敵によって食い漁られるのか。
只人から成りあがるための、重大な局面だった。
次回更新は8/9の予定です。