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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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多様なる凝血の魔法

「マルティナ! 援護は!?」


「まだいらない! そっちこそ魔力は!?」


「まだまだ余裕だ!」


 ニナとベリトのぶつかり合いは、戦術的な勝利をベリトが押さえた。相手が勝利へ費やした犠牲は、能力的にも資源的にも極僅か。翔はこれから始まるであろう消耗戦に助力が必要かと尋ねるが、その問いはマルティナによって即座に否定される。


 マルティナが翔の助力を断った理由はただ一つ。彼が受け持つ後方への迎撃も、代わる者がいない重要な役回りであるからだ。


「天原君。後方から数十規模がまた来てる」


「オーケー、報告ありがとう神崎さん。さっさと吹っ飛ばしておかないとな」


 擬翼を変形させ、魔力の放出口の半分を後ろではなく前へと向ける。そうして放たれるのは、魔法と呼ぶには洗練さに欠けた魔力の奔流。ただただ破壊力として活用されろと願われた魔力が、擬翼の先端から分け身達を焼き焦がしていく。


 通常の魔力弾であれば、分け身達を滅ぼすには火力が足りない。なぜなら、魔力弾とは漠然とした力の塊に過ぎず、生まれる力も意的な衝撃の割合が強いからだ。


 当然ながら物がぶつかった程度で討伐される個体など、ベリトの陣営には存在しない。けれど、翔の魔力砲とも呼ぶべき奔流は、次々と彼らを消滅させていく。これは一体どういうことか。


 その答えは翔の擬翼から放出される魔力が、空を飛ぶ推進力であれと想像して生まれたからである。現代人の彼が空を飛ぶと想像すれば、真っ先に思いつくのは飛行機や戦闘機。そしてそれらが推進力の代わりに放出するのは、燃料を燃焼させたことによる熱エネルギー。


 つまり、翔の魔力砲は魔力弾に近い代物ながら、生まれる力のほとんどが熱エネルギーなのである。そしてそんな熱エネルギーが向けられるのは、形こそ宝石を模しているが菌糸の集合体であるベリトの分け身。


 菌糸という明確なイメージを肉体に反映している以上、ベリトの再生力も現世の理に幾分か引っ張られる事になる。炎や熱といった分野への耐性が、他と比べると脆くなっているのである。


 ニナの血液魔法を抜きに、後方が崩壊しない理由がこれだ。分け身達は先ほどとは異なる相性差によって、これまた進撃を阻まれていたのである。


「天原君、強い魔力反応が近付いてきてる」


「ニナに続けてこっちもこて調べってか? 上等だ!」


 ニナの力量を把握して欲が出たのか。それともいつまでも突破出来ない後方に業を煮やしたか。ベリトの精鋭である宝石人間の一部が、翔側へと迫ってくる。


「天原君」


「......大丈夫だ。惨い事しやがって」


 迫る宝石人間達は、いずれも中途半端に人の姿が残された異形である。顔があっても表情はなく、身体の使い方に元となった生物の面影はない。ゆえに不気味さが生まれる。こうなる過程を想像して、翔の顔色は悪くなる。


 姫野が翔を呼んだのは、彼を気遣っての事だろう。


 だが翔とて、いくつもの実戦を越えた悪魔殺しだ。血の魔王の所業は、これよりもっと酷かった。話に聞いた森羅の悪魔の所業は、この程度の被害で収まらなかった。


 地獄をここで終わらせるためには、自分が立ち上がらなければいけない。死すら弄ばれる宝石人間達に、引導を渡してやらなくてはならない。そういった責任感が、推進力となって翔の心を支えていたのだ。


「数体が立ち止まった。おそらく、射撃型の個体だと思うわ」


 視界の通るギリギリといった場所で、何体かの宝石人間が足を止めた。それらの個体はいずれも腕や頭、身体そのものに砲のような器官が取り付けられており、姫野の言う通りの役目を担っている可能性が高い。


「問題ねぇ。飛んでくる宝石もろともぶっ飛ばす!」


「......分かったわ。けど、無理だけはしないで」


 その答えは、問題の根本的な解決にはならないだろう。だが、そもそも悪魔殺し達は、斬撃結界の中で防衛戦を行う身。後方の敵を討ち負かしにいける贅沢な身では無いのだ。


 そういった面では、翔の発言と行動は理にかなっていた。相手と自分との魔力量比べ。本来なら比べる事が馬鹿らしい分野ながら、翔を非難する声は上がらなかった。翔の魔力量が通常の物差しで測れない事は、この場の全員が理解していたから。


「おらあぁぁぁ!」


 射撃型が位置に付いたと同時に、翔は擬翼からの放出魔力を増大させる。当然飛距離と火力も比例して倍増し、様子を伺っていたいくつかの分け身達が巻き込まれた。


 だが、結果はそれだけで終わらない。


 試しとばかりに分け身を発射してみた宝石人間達だったが、その弾は結界に届く所か数メートルで焼き滅ぼされてしまった。まるで決戦とでも言うべき火力を、こんなどうでもいい場面で用いている。そして想像する魔力消費に関わらず、術者からは焦りが感じられない。


「......馬鹿げた魔力量だ。どこかに貯蔵庫を有していて、そこから使用の度に引き出しているのか? いや、だとしても_」


 永きを生きたベリトと言えども、これには呆れるしかなかった。一体どのような術と交配を重ねれば、今の現世でこのような常識外れが生まれ出るのかと。


 思い出すのは、太陽を地上に顕現させた忌々しい悪魔殺しの姿。確かに、あの時の悪魔殺しも規格外の魔力量だった。けれども、今回のこれだって負けてはいない。


 一体何本のネジを頭から外せば、魔王との魔力量比べといった単語が生まれ出るのか。あまつさえ、それを実現するだけの才能に恵まれるのか。


 ベリトにとって、人間の営みなど一番興味が無い分野だ。人間の犯した罪など、原初の頃で数えるのを止めた。しかし、その感覚を思い出させるほどには、目の前の光景には圧があった。もしかすれば本当に魔力量で負けるかもしれないという圧が、欠片程には宿っていた。


「だが、時間は私の味方だ」


 けれども、冷静な状況判断がベリトに平静を保たせた。


 底が見えない悪魔殺しはいるが、逆に底が見えた悪魔殺しもいる。一方面で有利を取れずとも、もう一方面で勝てば菌糸の拡大は進みだす。血の魔法がそうであるように、ベリトの侵食も一度捕まれば終わりなのだから。


「こちら側を攻め立てるのは無駄か」


 ベリトに焦りはない。すぐさま翔側から宝石人間達を引き払い、またもニナ側へ集中させようとする。ベリトが知りたかったのは、一番楽に攻められる場所。そこが分かれば、戦力分散させる理由など彼にはないのだ。


「もう勝ったつもりでいるみたいだけど、それは早合点が過ぎるんじゃないかな!」


「......なに? むっ......」


 陣地から動き出そうとした宝石人間に向けて、何らかの飛翔物が飛来した。それは寸分狂わず宝石人間の肉体部分に突き刺さり、ベリトからすれば見飽きた現象を引き起こす。


 結晶化。一度はニンゲン部分に押し付けて遅延させた現象だが、それはあくまで攻め立てる際の戦法だ。自らの浸食が絶対であるように、ニナの結晶化も防御手段が存在しない攻撃。その反応が何らかが突き刺さった腕を中心に、遅々とした動きながら進行していくのである。


 しかも、結晶化されてしまったのは、本来なら結界に突入しない射撃型の個体。回復手段が存在しない以上、この宝石人間はすでに、使い捨てが決定付けられた個体と言えた。


 これまでは血液使いの遠距離攻撃には、何らかの予備動作があった。攻撃時には強い音が発生し、一定の距離から先には被害が生まれなかった。


 けれど、今の攻撃はどうだ。明らかに射程の外へいた射撃個体に、結晶化反応が届いている。そして、菌糸のネットワークで周りを見渡せば、数体の宝石人間が同時に犠牲となっている。


「......生き足掻くか」


 悪魔殺し達へ視覚を向ければ、答えはすぐに見つかった。


 結界内にハチが飛んでいる。赤一色で構成された、ニンゲンの頭サイズのハチが何匹も飛んでいる。観察を続けていると、ハチの一匹が腹を後ろへ引っ込めた。そうして弓を引き絞るかのような動作の後、今度は一気に突き出した。


 ネットワークから伝わってくるのは、宝石人間の被害状況。今の一瞬で、また一体が使い物にならなくなったという報告であった。


「ボクは自分に才能が無い事も、魔力量では誰よりも劣る事も自覚している。だけど、それだけで歩みを止めたりなんてしない! 足りないなら工夫すればいい。自分の持ち味を活かして戦えばいい!」


 ベリトに魔力量不足を見透かされたニナだったが、別にその事実だけで急激に魔力が不足する訳ではない。そもそも彼女は、自身の魔力量不足に自覚があった。それを補うための準備もあったのだ。


 ニナが生み出した使い魔の形はハチ。その能力は飛行と針による射撃という単純なもの。


 しかし、何度も言う様に、ニナの使い魔は全てが彼女の血液で構成されている。空飛ぶ羽も、相手へ突き刺す針も全てが血液で出来ている。


 一撃当てれば終わりなのだ。それなら、より少ないリソースで一撃を生み出せばいい。ニナはハチの針という極僅かなリソースで、宝石人間達に痛手を与える事に成功したのである。


「ならば余裕は与えん」


 ベリトが自身の失態に気付き、宝石人間達をニナに集中させていく。これ以上は小手先の技で足掻かせない。一息に物量で潰してやると言わんばかりに。

次回更新は8/1の予定です。

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