対峙で生まれた不気味な静けさ
「マルティナ、様子は?」
「ダメね。何重にも包囲はしているけど、近付いてくる様子は無いわ」
どうにか敵地の中心部へ侵入を果たした悪魔殺し達。けれど、彼らが想定していたような熱烈な歓迎は、始まる様子を見せなかった。
ガソリンスタンドを中心に翔が生み出したのは、半径15メートルほどの結界。そこへ結界の隙間を狙った攻撃が通らぬよう、さらにニナの魔道具から取り出したジェラルミン性の盾を数枚。物理と魔法の両者を対策した上で、悪魔殺し達は分け身を迎え撃とうとしていたのだ。
「ボクの方でも狙撃は続けてるけど......ここまで数が多いと、戦果よりも徒労が勝っちゃうね」
だが、ベリトの分け身達は攻勢に出なかった。ガソリンスタンドから逃げられぬよう、途方もない数の分け身達による包囲こそあった。
しかし、ベリトが行ったのはそこまで。ニナによる狙撃で分け身が潰されようと、翔達が障壁から顔を出そうと、まるで仕掛ける様子を見せなかったのだ。
「どうなってんだよ。さっきまではあんなにやる気そのものだったってのに」
先ほどまでの高空戦では、相手は被害を承知で翔達に分け身をぶつけていた。だが、今はどうだ。消費を嫌がり、憎んでいるだろう人間の挑発にも応じず。ただただ消極的な包囲を続けるだけ。囮としては成功かもしれないが、動きが無いせいで翔達も二の足を踏んでしまっていた。
「分かったら苦労しないわよ。ただ、戦力を整えるにしたって、この町の規模は大した事ない。どれだけ足の遅い分け身だろうと、配置するには十分な時間があった筈よ。なら、攻勢に出られない理由が出来たと考えた方がいいわ」
翔の疑問に答えるように、マルティナが己の推測を口にする。
「けど、ハプスベルタはまだなんだろ?」
「そうね。あいつほどの魔力を戦闘で解き放てば、どれだけ少量でも空中に魔力が飛び散るわ。仮にそれを見逃したとしても、包囲するこいつらは全部が同一個体。拠点に魔王がカチコミを始めれば、どれだけ平静でも緊張が走る筈よ」
「なら、継承様の方で何かしたとか......」
「それは希望論が過ぎるよ。言ってたじゃないか。自分は中立を保つために、表立っての助力は出来ないって。ピンチでも何でもないこの状況で助力を始めたら、あの宣言は真っ赤な嘘って事になる。悪魔が正面切って嘘を吐くなんて、いくらあの方でも考えられないな」
どうにかベリトの動きに根拠を見つけ出そうとする悪魔殺し達だが、出てくる憶測はどれも的を射ないものばかり。そして、凛花の救出を望む彼らからしてみれば、この不気味な膠着は望まない展開とも言えた。
「考えて答えが出ないんなら、考えるだけ無駄だ。マルティナ、行っていいと思うか?」
「......本当なら、あいつの動きを待ちたいわ。けど、あっちの動きも不確定。ユウキを救出しようと思うなら、少しでも動き出しは早い方がいい」
「じゃあ動こう。二人もそれでいいよな?」
「えぇ」
「うん」
逡巡したのは数分。けれど答えが出ない事を理解し、悪魔殺し達は動き出す事を決めた。周囲に広がるのは、多種多様な装飾品の山。それらが全て生き物のような動きを取り、穴倉に潜む獲物の動きを見逃すまいと監視している。
「解くぞ」
「えぇ。ここからは私が張る」
翔の擬井制圧 曼殊沙華は強力な結界である一方、結界内外を物理的に通行不能にしてしまう。外への移動を望むなら外側へさらに巨大な結界を張るか、結界そのものを解除するしか無い。
そして、静観を続ける分け身達も、結界が消滅すればいくら何でも動き出すに違いない。あちらからしてみれば、地の利も頭数も圧倒的であるのだから。
「三、二、一、行くぞ!」
その掛け声と共に、結界が幻だったかのように霧散した。
「ハァッ!」
それと同時に、マルティナが槍を一振り。固まって動く四人の外側へ、斬撃の壁を出現させる。そして、突然の結界消滅に一瞬だけ動きを止めた分け身達も、悪魔殺し達の行動を見て動き出した。
「後ろは任せて!」
自分達が走り出した方向の逆側に、ニナが煙幕を投擲する。分け身達がどれほど視界情報に頼っているかは知らないが、魔法で切り分けられた彼らからすれば、ニナの煙幕は猛毒の壁と言い換えられる代物である。
下手に突っ込んで数を減らすくらいなら、遠回りをして頭数の維持をする方が利口。結果として煙幕の方向からの攻撃を、シャットアウトする事に成功する。
「深淵之水夜礼花神様、今一度御力をお借りしたく思います。どうか、どうか」
ニナに続くように姫野もまた、自身の指に針を突き刺して魔力感知の魔法を再発動する。
マルティナの生み出した斬撃の壁が展開される今、下手な魔法は彼女の壁に弾かれてあらぬ方向へ飛んでいく可能性がある。そんなリスクを犯すくらいならば、周囲の情報を少しでも探る方が有意義だからだ。
「チッ、らぁっ!」
「わっ! ありがとう翔」
「お互い様!」
そして翔はと言えば、ごく稀に壁を抜けてくる宝石への対処を行っていた。
マルティナの生み出す斬撃の壁は、実のところ完璧な防御とは言えない。自身の師匠からも注意を受けていたが、ランダムに斬撃を模倣するせいで壁の厚さに偏りが生じているからだ。
もちろん壁の密度自体を上げる事は出来る。けれどもそれは、マルティナに大きな魔力消費を強いるのと同義。魔王本体の居場所が分からぬ現状で、悪魔殺しの一人を魔力切れに陥らせるわけにいかなかった。
そして、彼らに攻勢をかける分け身達は、魔力量でこそ劣るものの正真正銘魔王である。マルティナの数段上を行く魔力感知能力で、見つけ出した穴から斬撃の壁内部に入り込むのはそれほど難しくは無いのだ。
「今度はそっちか!」
そのため翔は、入り込んだ宝石達に対処する必要があったのだ。斬撃の壁の外へ器用に弾き出す事など出来る筈も無く、対処法はもっぱら擬翼の能力を応用した魔力放出に直火焼き。
こちらも魔力の消費としてはそれなりに大きなものであるが、マルティナと翔では魔力量に大きな差がある。同じ消費を考えても、翔の方がまだまだ余裕があったのだ。
「町の方を目指せばいいんだよな?」
「えぇ。そうすれば魔王の捜索は空振りに終わっても、生存者の救助に繋げる事が出来るから」
多くの分身を手駒として用いる魔王だ。逆に司令塔である本体は、極限まで魔力消費を抑えている可能性が高い。その本体を探すとなれば、長い時間がかかるのは確実だ。加えて、この場の分け身達はそっくりそのまま魔王そのもの。仮に本体を討伐しても、ほとんど混乱なしで新たな本体が生まれる可能性だってあった。
そのため悪魔殺し達は捜索と並行しながらも、生存者の救助優先で動こうとしていたのだ。
翔とマルティナの掛け合いに、反対意見は出なかった。そのため前方を走る二人は、そのまま町を目指すつもりでいた。
「みんな、ちょっといい?」
だが、そんな行動に待ったをかける者がいた。
「神崎さん、どうしたんだ?」
いつもは消極的な賛成意見が多い姫野である。
「余裕がある人だけ見て欲しいのだけど、町から少しだけ外れた方角。どうしてかこっちで、強い魔力消費が連続しているの」
「......本当だ。なんだこれ」
戦いの合間に目をやれば、そこにあったのは全方向に乱れが生まれている血の波紋。だが、その中でも一方向だけは、もはや乱れというより波紋そのものが大きな力で消滅しているように見えた。
いつぞやの言葉の眷属と戦った頃を思えば、その魔力消費が計り知れない量であるのが伺えた。
「確かに妙ね。分け身の量産をしているのだとすれば、空からでも同じ光景が確認できた筈。慌てて量産を始めたのだとすれば、自分の居場所をみすみす私達に教えているようなもの。意図した魔力消費とは思えないわね」
遅れて余裕が出来たのだろうマルティナが、姫野の生み出した波紋を確認する。そこにあったのは、報告通りの奇妙な動き。長年、悪魔祓いとして活動してきた彼女の経験が言っていた。これは無視していい類の違和感ではないと。
「あっ! もしかして、宝石達が消極的になったのは、その波紋が原因じゃない!?」
「......あり得るわ。私達が知りえない何かが、この拠点で巻き起こってる可能性。十分に考えられる!」
ニナのひらめきがマルティナへと伝わり、マルティナは尋ねるような視線で翔を見た。
「行くぞ! ベリトの弱みに繋がるんなら、迷わず向かうべきだ!」
「えぇ。本体の討伐が成功すれば、救助にも余裕が生まれる筈よ」
いまだ真偽不明の大きな魔力消費。その動きの真相を確かめるべく、翔達は進路を大きく変更した。その選択に一部の宝石が身震いのような動きを見せたのだが、残念ながら悪魔殺し達は気付かなかった。
次回更新は7/12の予定です。
 




