知識の魔王の魔法講義 契約魔法編
「次に説明するのは契約魔法だよ」
「契約魔法? それって確か、螺旋型魔法陣とかのことだよな?」
ダンタリアの言葉を聞いて翔が真っ先に思い浮かべたのは、言葉の悪魔カタナシに起動された螺旋型魔方陣だった。
「その通りだよ。それを知っているなら話は早い。契約魔法は条件が揃えば自動で、もしくはその時点で発動が可能になる魔法大系だ。条件さえ揃っていれば発動に必要な魔力さえ踏み倒し、直接相手の魂を蝕むことすら出来るのが強みだよ」
「条件が揃えば...... そういえばあんたが最初に仕掛けていた魔法も、他人が自分に向ける感情によって発動する契約魔法って言っていたよな?」
「そうだね。自分の意識に関係が無く、指定したルールに相手が引っかかれば自動で発動する。最初に準備さえしておけば、何重にも罠を張ることが出来る。これも契約魔法の強みだね」
「なるほどな......」
そういえばダンタリアは、翔と自分の対面は大熊のものと比べれば何倍もましと言っていたはず。
加えて彼は何度も条件を踏み抜き、最終的には致死レベルの魔法すら発動させ、大事になりかけたとも言っていた。
何重にも罠を張るとは、このことを指しているのだろう。
そして今回も同様の準備をしていたのだとしたら、自分が気付かなかっただけで致死性の契約魔法も張られていたことになる。
翔は幸運にもその罠を踏み抜かなかっただけ。もし、踏み抜いていたら。
その事実に気が付き、背筋に寒気が走る。
「さて、さっきまでの説明は自動で発動する契約魔法のもの。今度は条件が揃えば発動が可能になる契約魔法なのだけど、こちらはこちらで中々強力なものが多い。なにせ、細かい条件を整えれば整えるほど、単純に余計な魔力の発散を抑えることが出来るからね」
「......魔力の発散って言葉もなんとなくしか理解が追いつかないんだけど、どうして発動条件を細かく指定するとそうなるんだ?」
翔の勝手なイメージでは、細かい発動条件を指定するとそれだけ魔法が複雑になり、発動するのに余計な魔力が使われてしまう感覚があった。
そのためダンタリアの話す言葉の意味がいまいち理解できなかったのだ
「ふむ。なら少年、君は信号機の付いた横断歩道を渡ろうとしている。その時に君は青信号を渡れる可能性、赤に変わって立ち止まらなければいけない可能性、暴走車が横断歩道に突っ込んでくる可能性と、実際には起こらない事態に対しても無意識の内に注意を払ってしまっているだろう? しかし、近くの陸橋を渡るならどうなると思う?」
「......余計なことに注意を払う必要がなくなるってことか?」
「そういうことだよ。さっきの例えを魔法に当てはめてみようか。周囲の液体を引き寄せて、防壁として使用する魔法があるとしよう。その場合、引き寄せたのが仮に水だったとしても、水を引き寄せる可能性、血液を引き寄せる可能性、石油を引き寄せる可能性のどれにでも対応できるように、契約魔法は発動に必要のない魔力まで消費してしまうんだ」
「そうか、液体を集める魔法だから」
「そう。そして魔法が無事に発動したところで、余分に消費した魔力は帰ってこない。私自身は可能性に根を伸ばすと呼んでいるが、この余計に伸びてしまった根の世話までこなさないといけないのは、無駄の極みだろう?」
「なるほどな。契約魔法ってのは、徹底的に無駄をそぎ落とした合理性の塊ってことか。......というかあんた、悪魔の癖に随分と人間の社会について詳しいんだな」
「そりゃそうさ。私は知識を無差別に食い漁る貪欲者達の王だからね。ニンゲンに紛れて生活を行うことは朝飯前だよ。現にここまで来るのにはラウラと一緒に飛行機のファーストクラスを利用したよ」
「悪魔の王がそれでいいのかよ......」
これまた勝手なイメージだが、翔としては悪魔と名乗るからには翼を生やして空を飛んで移動するくらいのことはしてほしかった。
悪魔殺しになってからというもの、投石器に射出される形で逃亡を図る魔王がおり、飛行機で優雅な旅を満喫している魔王がいる。翔の中の悪魔像は、ここ最近随分と歪んできていた。
「いいんだよ。長距離を移動する際は飛行機を利用する。それがニンゲンの常識だろう? 私もそれに従ったまでのことさ」
「その恰好_ いや、何でもない」
そんな恰好で常識を語るのはどうなんだと思わず口にしそうになったが、寸でのところで堪えた。
「脱線してしまったね。それじゃあ最後に弱点を話しておこうか。契約魔法の弱点は、発動の条件を相手に知られること。これを知られてしまうと、まず準備の時点で身構えられてしまう。次に対策を練られてしまう。最終的には魔法の発動すら許されずに一方的に蹂躙されてしまう」
(対策を取れる......)
契約魔法の欠点を聞いた翔は、螺旋型魔法陣と姫野の魔法を思い浮かべていた。
あの魔法陣は弱点が知れ渡っていたからこそ、逃げに徹底していたカタナシを追い続けることが出来た。
そして姫野の魔法。
あの魔法の発動には、いちいち詠唱が必要なこと。一つの魔法の使用中には別の魔法が使用できないこと。代償によっては、一定期間悪魔殺しとして戦えなくなることなど実に多くの条件が存在していた。
これが敵に知れ渡ってしまえば、彼女はまともに戦うことが出来なくなり、最悪の場合神々に見限られてしまう。
そんな結末にさせるわけにはいかない。翔はあの日の指切りを思い出し、ダンタリアには見えないところで拳を強く握った。
「味方に契約魔法使いがいる場合は、切り札はギリギリまで使わせないことだよ。発動条件の分からない契約魔法は、実態よりずっと万能な魔法だと思われるからね」
そんな翔の思いを知ってか知らずか、ダンタリアが契約魔法の補足をする。
「そうだな。あんたの言葉を聞いて、大切な友達の魔法が、想像よりずっと不自由なものだったってことに気が付いたよ」
「魔法は万能の可能性を秘めている。けれど実際の魔法は万能とは程遠い不自由な物さ。契約魔法使いと戦う時は、この言葉を覚えておくといい」
「わかった」
「よろしい。なら次の魔法の解説に移ろうか」
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ダンタリアの魔法講義が続く中、残った大熊とラウラも今後の人魔大戦についての話し合いを進めていた。
「悪ぃが、やっぱり姫野を血の悪魔にぶつけるのはナシだ。あいつの魔法は日本の神から力を借り受ける都合上、国外だとどうしても力が弱まっちまう。全力を出せない環境で命を落としたなんてなったら、俺は俺を許せねぇ」
「そう、まぁそんなとこだろうと思ったわ。なら可愛い姫野ちゃんに代わるあの子は、さしずめ生贄ってとこかしら?」
言葉では納得した風を装っているが、自分の要求が通らなかったことが気にくわなかったのだろう。ラウラが皮肉を込めて大熊に苦言を呈す。
「おいチビ...... 言っていいことと悪いことがあるぞ」
だが、その言葉は姫野はもちろん、翔のことも大切に思っている大熊の逆鱗に触れるものだったらしい。
大熊から殺気が漏れ出す。
けれどラウラはそれを何でもないことのように流し、ため息をついた。
「はいはい、悪かったわよ。確かに才能という面を見れば、あの子は悪くないわ。悪魔殺しになった当初の私を超える魔力量、肉弾戦で剣の魔王に善戦する力量、そして創造魔法使い。どれをとっても優秀よ。これで魔法使いの家系だったら、世界中から婚姻話が舞い込むでしょうね」
「ちっ、いや、ちょっと待て...... 悪魔殺しになった時のお前よりも魔力量が上だと!?」
思わず舌打ちをした大熊だったが、突然伝えられた衝撃の事実に驚きの声を上げた。
「分かってなかったの?」
「当たり前だろうが! どうやったら接点も無かった頃に、今以上に幼かったお前と出会えるんだよ。 ......本当なんだな?」
「こんなところで嘘を言ったって仕方ないじゃない。そうよ、あなたのところの巫女ほど邪悪で歪んだ計画ではないけど、ヨーロッパ中の名門の血をかけ合わせて生まれた私と魔力の量は変わらない。よく外野の中からあんな子を見つけてきたわね」
「見つけたわけあるか、偶然姫野と言葉の悪魔の小競り合いに巻き込まれた時に悪魔殺しになった翔を拾っただけだ」
その言葉に今度はラウラが驚く番だった。数瞬目を見開きフリーズしていた彼女だったが、次の瞬間には腹を抱えて笑い出した。
「アッハッハハハ! あれを!? 偶然拾った!? あなたの性格を知ってる私じゃなければ誰も信じないわ! くくっ、なるほど、なるほどね。正直剣の魔王を退けた程度じゃ、まだディーの関心得るには薄いと思っていたけど、そりゃあディーも興味を持つはずだわ。こっちが本当の理由だったってことね!」
「お、おい、あの野郎が関心を持っているってどういう」
「いいわ。今回の協力の対価、血の悪魔との戦いの応援は、あの子でもいい」
「っ!? 本当か!」
「ええ。けれど、あの子の力を私に認めさせるのが条件よ。今のあの子を例えるなら、ジェットエンジンを積んだスポーツカーに、老衰寸前の老人が乗り込んでいるようなもの。だから私に、あの車を操縦するのが老人ではなく、将来有望な若者であることを見せてちょうだい」
「......難しいが、わかった善処する」
そう言って、二人は固い握手を交わした。どうやら二人の話し合いは一定の折り合いがついたらしい。
「というか、あの野郎が翔に興味を持っているなんて聞いてねぇぞ、あいつにやる気を出させるにために贈った未読の三千冊。無駄だったんじゃねぇだろうな」
「さぁねぇ、そこまでは知らないわ。けど知識を司る魔王の片割れと、脳筋ヒグマが知恵比べしたところで勝負にならないんじゃない?」
「お前ってやつは!」
人類の希望たる大戦勝者。その中でも悪魔に肩入れするラウラに怒りを覚え、握手していた手にギリギリと力を込める。
けれど、またもやラウラはどこ吹く風、一切痛がりも見せず、悪びれもせず、口笛を吹いていた。
翔の講義終了後、彼もまた剣の魔王との戦闘を対価に求められた伝えられ、報酬の二重取りに大熊が崩れ落ちたのはまた別のお話。
姫野は神々との取引によって、劣化した魔法の知識とそれを使いこなす感覚を一時的に授けてもらっています。そうしなければ神々に自分達が使う前提の魔法を授けられ、一瞬で魔力が枯渇してしまうためです。
また、姫野の契約魔法の弱点は神に呼びかけなければいけないことです。そのため、声を出せなくなる、音が出なくなるといった環境では、彼女の能力は著しく低下します。
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