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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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少女の動きは誘蛾灯のように

「ハァッ......! ハァッ......!」


 周囲を照らす街灯は少なく、されど喧騒は絶えず響き渡る通りを少女が走る。


 喧騒の正体は悲鳴や怒号。現代日本で暮らしていれば一生涯耳にしない事もあるであろう声を、少女は一生分といっていいほど浴びせられながら走る。


「ハァッ......! なんなのさ! これっ......!」


 少女の正体は凛花。魔王が作り出した蜘蛛の巣へと、自ら飛び込んでしまった哀れな一般人である。


「あふっ、げほっ......も、もう、限界」


 喧騒が遠ざかっている事に気付いた凛花は、とある建物の陰に身を潜めながら、ずるずると座り込む。


 体力バカの幼馴染達と異なり、凛花はただの少女に過ぎない。幼少期こそ彼らについていけた身体も、武道を遠巻きに眺める立ち位置に変わった事ですっかり錆びついてしまっていた。


「けどさ。こんな状態で走り続けられる奴が、体力の温存を選べる奴がどんだけいるわけ......!」


 そう独り言ちる凛花は、先ほど目にした光景を思い起こす。背中いっぱいに巨大な赤色の宝石を生やし、臀部からはまるで尻尾のような鎖を二本生やした人間。


 いや、人間と呼ぶには語弊があるか。


 その人間らしき何かは、遠目で見ていただけでもその瞳は焦点が合っておらず、何より悲鳴を上げる男を尻尾の鎖で高々と持ち上げていた。


 そのまま何らかの装飾品らしき物を取り出すと、男の口へと無造作に突っ込んだのだ。


 悲鳴は嗚咽へと変わり、やがて無言に変わった。そして次の瞬間には、頭部が鮮やかな青色に光る何かが生まれていた。


 凛花は何事にもミーハーである場合が多いが、その分、様々なコンテンツへの理解がある。そして、それらを参考にこの惨劇が起こった理由を導き出す。宝石人間はゾンビのようなもので、宝石はその核となるゾンビウイルスに他ならないと。


 誰に言われずとも、凛花は全力で逃げ出した。どうにか町の外へと逃げ出そうとした。しかし、宝石人間と喧騒を避ける内に、あれよあれよと辿り着いてしまったのは町の中心部。


 凛花は知る由もなかったが、すでにこの町は名誉の魔王であるベリトの尖兵生産工場と化している。そして、かの魔王が貴重な材料をみすみす逃す意味があるだろうか。


 答えは否である。


 ベリトが決戦の意思を示した時点で、この町はアリの一匹も逃がさない宝石による包囲陣が完成していたのだ。凛花は本当に最悪のタイミングで、町へと歩みを進めてしまっていたのだ。


 逃げ場は町の中心部だけ。されど、根本的な脱出は遠のくばかり。窮地によって高速回転している頭が、自身の行く末を嫌でも思い描いてくる。


「モブならそこら辺を動き回っているクリーチャーの仲間入り。主人公ならそろそろ救いの手が差し伸べられてもいいタイミング。ヒロインなら......って王子様は誰やねん」


 沈んだ心をどうにか沸き立たせようとするが、一人で行う漫才の侘しさは計り知れなかった。どうして自分はワガママを起こしてしまったのだろう。どうして自分は喧嘩別れをしてしまったのだろう。


「世界にまだまだ不思議が残っていた事は嬉しいけど、せめてみんなには謝りたいな」


 思えば、自分は姫野の応援にかまけて転校生の二人を邪険にしすぎていた。もちろん、翔が煮え切らない態度を取らなければ一瞬で解決はしていた。されど肩入れにしたって、楽しむ場面でまでいざこざを持ち込むのはやりすぎだ。


 あの三人がヒロインであるのなら、自分は引き立て役のピエロだ。そして、そういったキャラクターというものは、物語において必ずしも存在しなければいけないわけじゃない。


 そもそも、どうして翔達が助けに来てくれる前提で希望を語っているのか。彼らはただの高校生。遊びや青春に全力を傾ける事が許された子供だ。こんな惨劇が起こる場所には、あまりにも場違いな人種である。


「それを言うなら、現役JKの私も被害者から除外して欲しかったんだけど......まぁ、休み続けるのは凛花さんらしくないからね! 出来る限り、出来る限りのあがきはしてやりましょうって!」


 この町に訪れる結末はどんなものであろうか。何らかのワクチン投与による住民の復活、あるいは生存者を含めた町の抹殺、それとも爆弾による町の消滅であろうか。


 いずれにせよ、凛花の生存は絶望的だ。だが、彼女はあきらめない。あきらめの悪さだけは、そこらの子供とは一線を画していたのだから。


「ほう、こんな場所にもまだ素体が隠れていたか」


「ゲッ、明らかに上位個体......」


 どうにか息を整え終わった凛花だったが、そのタイミングを待っていたとばかりに宝石人間に見つかってしまった。


 ボクサーのグローブかのように、両手に王冠を嵌めた個体だ。されど、そんな事は重要ではない。


 重要なのは初めて目にした宝石人間と違い、この宝石人間が人語を解している事。そしてそういった個体は、得てして上位個体という形で創作によく登場している事。


「そろそろ悪魔殺し共が活気付く頃合いだ。準備は万端にせね_」


「ああもう!」


 宝石人間が語り終わるかどうかといったタイミングで、凛花は全力で逃げ出した。脇目も振らず、ただ前だけを見つめて走り去ろうとした。


「顕現してからというもの。目にするのは浅ましく欲求に忠実な畜生だけ。自らを弱者と弁えた畜生だけ。いい加減、私が滅ぼすに相応しい種族の光を見せてもらいたいのだがな」


 凛花の行動に嘆息しつつ、宝石人間は王冠を彼女へと向けた。そして次の瞬間には、王冠に散りばめられていた宝石が一斉に射出される。グローブに見えていた王冠は、実のところ飛び道具であったのだ。


 凛花の背中に無数の宝石が迫る。その時点で、彼女の末路は決まったようなものだった。


「何......?」


 だが、宝石人間の望んだ結末は訪れなかった。ガキンと硬質な音が響き渡ったかと思うと、宝石は揃って宝石人間へと弾き返されたのだ。


 勢いそのままに、宝石が宝石人間を打ち砕く。王冠部分を除いた生身を貫通し、無数の穴を作り出す。


「今のは何だ......?」


 普通の人間であれば致命傷であろうケガを意に介さず、宝石人間は走り去る凛花を眺め続ける。


 潜伏していた魔法使いにしては、魔法の発動までに魔力の放出がまるで見られなかった。しかも逃げ出した瞬間の表情は、まさしく抵抗する術を持たない小動物のそれだった。


「待て、この魔力は......この魔力痕は......!」


 宝石人間は気付く。宝石を弾いた瞬間に飛び散った魔力、それはとある魔王の魔力そのものであった事に。


「準備は順調かと思ったが、とんだネズミが入り込んでいたようだ。あれはニンゲン狂いの手の者に違いない。全力で潰すぞ」


 これまでの諍いから即座に結論を出し、宝石人間は大号令を出した。これまでとは打って変わり、周囲の宝石人間が一斉に凛花が逃げ去った方向へ集まりだす。


 救いの手は、まだ遠い。

次回更新は7/4の予定です。

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