表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
385/419

器に似合わぬ誇張されし名誉

 太陽がすっかり沈んだ夜。多くの町では時間帯が進む毎に人通りが減っていくものだが、とある町では全くの真逆であった。


「おーい、そっちは見つかったかぁ?」


「あー......あったにはあったけど、安っぽい指輪とイヤリングが一つずつだ」


「今日の宝石ちゃんはシケてんなぁ。これなら取り尽くしたって話を鵜呑みにせずに、いつものデカい廃墟へお邪魔するのが正解だったんじゃねーの?」


 とっくの昔に天井は崩落し、残るのはボロボロの基礎と僅かな漆喰のみの蔵から声が響く。各々好き勝手な愚痴を零しながら出てきたのは、ヘッドライトに派手な私服という、ちぐはぐな印象そのものな姿の三人組であった。


 彼らが軍手越しの手に握っているのは、色取り取りの装飾品。出てきた場所が場所だけに、何も知らぬ者からすれば泥棒と勘違いしただろう。けれども、この町では見慣れた光景だった。何の特産も無い寂れた田舎町は、ここ数週間で大きく様変わりしてしまった。


 そう。この町は通称、宝石の町。突如として廃墟から様々な宝石が産出されるようになった、現代のゴールドラッシュとでも呼ぶべき町だったのだ。


「無茶言うなっての。最近はデカい()()のほとんどが、数十人規模の外人集団に占拠されてんだ。あそこに割って入ってみろ。顔が数倍に腫れあがるまで殴り飛ばされんぞ」


「だぁってよ。そんで単独組っぽいホームレスなんかを追い払って得たのが、これっぽっちだぜ? どう考えたって、割に合わねぇだろ。これじゃあ宿泊費を差っ引いたら、一日分の出玉程度にしかなりゃしねぇ」


「なら棒の先端に包丁でも括りつけて、外人共も脅してみるか? きっと次の日には、俺達揃って山に埋められてるぜ? 泊る金に食う金、遊ぶ金まで手に入ってんだ。これ以上を求めんのなら、自由を捨ててどっかのグループに入れてもらわなきゃだろ」


 初期は一部のオカルトマニアと困窮したホームレスが食いつく程度だった噂も、県内に向けたニュースで取り上げられた事で潮目が変わった。


 彼らのような無軌道な若者グループを筆頭に、素性も怪しい外人集団、どう見ても荒事ウェルカムな規律の感じられる組織。そんな強欲に塗れた者達によって、町の空気は徐々に無法地帯へと変わりつつあったのだ。


 彼らのように、脅しで宝石の産出場所を占拠するのは序の口。外人集団は住民に金を握らせる事で新たな廃墟を作り出し、組織に至っては露骨な嫌がらせで退去を迫っているともっぱらの噂だ。


 一時期は賑わっていた町も、ここ数日で急激に賑わいの形が変わろうとしている。町役場は金儲けの質が変わっただけと気にも留めないが、すでにまともな住民のほとんどが一時的に町から離れつつあった。


 仮に宝石の産出が終わっても、町の廃墟には新たな住民が住み付くに違いない。そうして似ても似つかない町を、新たに作り上げるに違いない。


 いずれにせよ、この町は欲と悪意によって様変わりしようとしていた。悪魔が好むマイナス感情によって、難攻不落の拠点へと生まれ変わろうとしていた。


「だっる、パスパス。そんな息苦しい思いをするくらいなら、今の慎ましい生活が似合ってるだろ。ってか、誰が好き好んで、社会の爪弾き者にエントリーするかってんだよ」


「マジでそれ。ああいう威張り散らしたい連中は、自由の素晴らしさを理解しとらんのよ。何かの拍子に警察のお世話になる生き方なんて、土下座されても御免だわ」


「んじゃあ収穫はカスだけど、今日はちゃっちゃと切り上げるか。にしても、この町は金稼ぎにはうってつけだけど、遊ぶには一々移動するのが面倒くさっ......はっ?」


 だが、名誉の魔王 綾取のベリトは方針を切り替えた。


 敵対魔王達と悪魔殺し達の脅威を上方修正し、出来上がりつつあった巣を切り捨てる事に決めた。


「どうし......ひっ!?」


「な、なっ......お前、何だよそれぇ!?」


「分かんねぇっ! 分からねぇよおぉぉ!」


 ミチミチと音を立てながら、一人の手が持っていた装飾品と融合しつつあった。


 軍手など意に介さぬかのように、イヤリングは右手中指へ、指輪は左手の甲の中心へと埋め込まれていく。


「あっ、あがっ......!?」


「あっ......ああっ......」


「ヒッ、ヒィッ......」


 そのまま宝石達は脈動し、男からナニカを吸い上げていく。左手の宝石は男の上半身を覆い隠せるほどに巨大化し、右手の宝石は触れる物を引き裂くカギ爪のように成長していく。


「こっ......ココッ......」


「はっ......はっ......」


「ウエッ......」


 そうして出来上がったのは、まるで幼児が描き上げたかのような騎士。片側の宝石を盾のように掲げ、片側のカギ爪を有名な童話に登場する船長のフックが如く構えている。


 奪い取られた代償のためか、それとも僅かに残された理性による抵抗か。男の動きはぎこちなく、目の焦点もまるであっていない。けれど残された二人からすれば、男の絶命を確信するには十分な光景で。


「......」


「......」


 無言でアイコンタクトを済ませた二人は、脱兎の如く逃げ出した。


 そんな逃げ出した二人には目もくれず、男は自身の両腕を確かめるかのように振り回す。いつの間にか身体は均衡を取り戻しており、瞳は正面を真っすぐと見据えている。


 男が正気を取り戻したのだろうか。


「か、た......さて。奪ってみたはいいものの、これが今のニンゲンか。魂は厚い膜によって塞がれ、いざ叩き割っても中身は極小。あまりに惰弱。これで現世の主人を僭称するとは。憐れ過ぎて笑いすら出てこぬわ」


 いいや、違う。新たな身体の主が、主導権を完全に握っただけだ。名誉の魔王 綾取りのベリト。その身体から切り分けられし、分体によって。


「それにしても、この光景を見て真っ先に行う事が逃亡とは。このニンゲンのみが私を握っていたからか。それとも、今回ばかりが特大のハズレを引いたとでも思ったのか」


 ベリトは巣を切り捨てるに当たって、溜め込んだ資源を使い潰す事を決めた。彼の源流はスライムと呼ばれる亜人。原初の世界において、魔力によって思考能力を得た菌糸達である。


 名誉の悪魔達が持ち得る再生力とは、菌糸という根源から生まれる結合力と拡散力。そして、それらを統べる魔王ともなれば、その力は悪魔とは比べ物にならない。


「ぎゃああぁぁぁ!」


「いやだ......いやだああぁぁぁ!」


 そう距離も離れていない場所から、ほぼ同時に二つの悲鳴が木霊する。先ほど逃げ出した男達の声だ。


 いくらベリトが本性を表した際に宝石へ触れていなかったとしても、彼らは日常的にベリトへ触れていた。それどころか仲間の死を前にして、これでもかと魂が乱れていた。彼らの身体はとっくの昔に、菌糸で埋め尽くされていたのだ。


 人間の体内には、日和見菌と呼ばれる体調の良し悪しで立ち位置を決める細菌がいるように。ベリトの侵食もまた、魂の強さによって発現の有無とスピードが変わっていく。


 切り捨てると決めた巣であったが、巣と呼ぶからには群れがいる。そして、新たな仲間を作り出すサイクルがある。


 宿主の魂を徐々に塗り替え、己そのものへと変貌させる契約魔法。これこそがベリトの根源魔法、溶連庭園(ストレプトイーボス)なのだ。


「望まずとも門出の席だ。出し惜しみなしの大盤振る舞いと行こうか」


 その夜、町では悲鳴と苦痛の叫びが、絶えず響き渡る事となる。

次回更新は6/22の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ