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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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気ままなカモはネギを片手に

 ダンタリアから助言を受けていた事すら忘れ、ただ感情のままに凛花の泊る部屋へと辿り着いた翔と姫野。彼らの目へ真っ先に入ってきたのは、うつむき加減で部屋から出てくるマルティナの姿であった。


「マルティナ! 凛花は!?」


 感情の波を抑えきれず、ついつい問い詰めるような形で尋ねてしまう翔。けれど、そんな彼の行動にし対してマルティナは、いつもの様に言い返したりはしなかった。


「これを......」


「なんだこれ?」


 流れるように手渡されたのは、一枚のメモ用紙。形や大きさを見るに、各部屋でボールペンと一緒に常備されていた物のように見える。


「ユウキからのメッセージよ」


「っ!」


 聞かされた翔はすぐさまメモへと目を遣り、内容を読み始める。


 (「これを読んでいるという事は、きっと私が旅館から姿を消したと大騒ぎが起こっている頃でしょう。でも、しょうがなくない? みんながみんな、頭ごなしに宝石採掘ツアーを否定するんだからさ! なので、一足先に億万長者になってきます。ぜひ、探してください」)


「あんのッ......バッカ野郎!」


 凛花のメモから読み取れたのは、彼女の失踪には人魔大戦による事象が何一つ関わっていないという事。そして、子供が起こした癇癪(かんしゃく)のような身勝手な理由で、凛花は町へと向かってしまった事である。


 これが悪魔の影も形も存在しない場所への冒険なら、時間帯や勝手な行動に怒る事こそあれ、最後は凛花に我慢を強い過ぎた自分達にも反省が必要だったと締めくくるだろう。


 けれど、事態はそんな夢想と比べて何十倍も悪い。向かった先は何十、何百、下手をすれば何千もの悪魔がひしめく地獄の町。今はまだ魔法使いにしか牙を剥いてこない町であるが、何の拍子でその本性を露わにするか定かではない。


 ひとたび人間を襲うようになれば、戦う術を持たない凛花など恰好の獲物。イヤリングサイズのベリトの分け身でさえ、命を奪うのは容易いに違いない。


 もはや凛花を連れ戻して説教をするなんて想像をしている場合ではない。下手をすれば生きた彼女とは二度と、それどころか死よりも恐ろしい行いを受けた彼女との再開になってもおかしくはないのだ。


「......私達がユウキと別れて、まだ一時間も経っていない。タクシーのような車移動でも、ちょうど町に辿り着いた頃の筈よ」


 翔と姫野がメモを読み込んだ頃を見計らって、マルティナは状況の詳細を彼らに語った。


 同じ学び舎に通う仲間の危機にも関わらず、マルティナに精神的な動揺は見られない。けれど同時に、いつもの彼女らしい強気の言葉も聞こえてこない。


 ただ状況を語り、仲間達へと判断を仰ぐ。率先して作戦の指示を下していたマルティナとは思えないほどの、消極的で他人任せな対応と言えた。


 付き合いの短い姫野ならともかく、普段の翔なら、マルティナの変化や目線が下方を彷徨っている事実を発見出来ていただろう。しかし、事は幼馴染の窮地。彼に冷静さが残されている筈も無い。


「なら! 俺の擬翼(ぎよく)を使って町に向かえば!」


「駄目よ、天原君。相手はまだ、臨戦態勢に入るか否かを決めあぐねている所かもしれない。そんな所に擬翼で押し入ったりしたら、襲撃を宣言するようなものよ」


「いや......けど......!」


 少し考えれば分かる悪手を、妙案のように口にする翔。これだけでも、翔に余裕が残されていないのは明白だった。


 そもそも、この旅行は人魔大戦によって歪められてしまった旅行である。楽しむ事を忘れ、望まれざる人間をメンバーに加え、自分らは平気で隠し事を重ねる。凛花や大悟からすれば、実に窮屈な旅行と感じられた筈である。


 彼女らが溜め込んだ不満で爆発するのは時間の問題であり、自分達はそれすら悪魔退治を優先する事で見て見ぬ振りをしていた。積み重なった罪悪感が爆発するのは当然であったのだ。


「まずは継承様に話を伝えましょう。可能であれば結城さんと岩国君に張られた結界の強度を、結城さん最優先で割り振って貰えるかもしれないわ」


「っ......神崎さんの言う通りだ。まずはダンタリアへ話を通すのが先だな......」


 姫野の言葉に同意しながらも、翔は悔し気に下を向きながら手を握りしめる。


 この旅行を強行し、幼馴染を窮地に追いやった相手へ話を通しに行く。そんな歪すぎる自分達の行動に、悪態の一つも吐きたくなったのだ。


 これが危惧していた悪魔の襲撃等だったとしたら、翔は迷わず文句を零し、鬼の形相でダンタリアへと迫っていただろう。


 しかし、凛花の行動は、自分達の身から出た錆だ。彼女の決心には、魔法的な要素が何一つ含まれていなかったのだ。そんな状態でダンタリアを(なじ)った所で、愚かさを露呈させるだけである。ゆえに翔は言葉を押し込んだ。これからさらなる助力を頼み込む事になる相手は、凛花に唯一残された命綱を握る相手なのだから。


「天原君? 急がないと......」


「......悪ぃ。良くない事を考えてた。マルティナはどうする?」


「三人揃ってダンタリアの下へ向かっても非効率よ。私は端末と足で、大熊さんに話を伝えに行くわ」


「助かる! っと、そういや、ハプスベルタにも話を伝えないとか......」


 情報共有の輪を広げる方へ話が向かった事で、翔はふとハプスベルタの事を思い出した。先ほど言葉を交わしたばかりのせいで忘れていたが、彼女も事態を把握していない側の一体だ。協力の有無は別にしても、話を伝えておく事に損はない。


「私の方で探しておく。 だから、アマハラは今すぐダンタリアへ。あいつと友好関係を築いているあんたがいなきゃ、まとまる話もまとまらないわ」


 到着した翔に問い詰められたせいで、マルティナはいまだに敵が魔王である事も相手の魔法の詳細も知らない。一番頭が回る悪魔殺しに、一番情報が回っていないのが現状だ。


 ここでマルティナにさらなる伝令を任せたら、彼女がベリトを知るのは町への突入寸前になってしまってもおかしくはない。そうなれば優れた指揮能力も半減し、戦闘における有利をベリト側に握られる可能性もあった。


「......そっか、そうだな! 任せる!」


 けれど、翔はマルティナの行動に同意してしまった。


 何度も言う様に、今の翔は冷静さなど欠片も有してはいない。マルティナの変調も、有する情報の差異もまるで意識出来ていなかったのだ。


「用が済んだらそっちに合流する」


「神崎さん、俺達も」


「えぇ」


 そう言って真っ先に駆け出したマルティナを背に、翔達も走り出そうとした時だった。


「っ、大熊さん......?」


 いつぞやを思わせるような、端末の不気味な鳴動。目を遣れば、そこにあったのは大熊からの着信。


「......もしもし?」


「翔だな!? 今どこにいる!?」


 祈るように通話をボタンを押し、恐る恐る声を口に出す翔。そんな彼の祈りを無碍にするかのように、端末からは慌てた大熊の声が響き渡った。


「宿泊部屋の近くです。けど、どうしてそんな事を?」


「......悪魔が動き出しやがった」


 翔の心臓がこれ以上無いほどに大きく跳ねた。


「町に蔓延(はびこ)った宝石共が、人間を襲いだしやがった! 隣町はもう、地獄そのものだ!」


 大熊からの報告はこれ以上ないくらい最悪なもので、これ以上ないくらい最低なタイミングだった。

次回更新は6/18の予定です。

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