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知識の魔王の魔法講義 始祖魔法編

「それじゃあ、私から契約の履行(りこう)をするとしよう」


 握手を交わした後にそう言ったダンタリアは、翔に再び席に着くよう(すす)めた。それに従い席に着くと、どこからともなくティーセットがふよふよと飛んできて、紅茶を()れていく。


「ここからは長い話になるからね。ご自由に」


 翔はその光景に驚き、カップを持ち上げ底を見てみるが、勿論(もちろん)モーター等の科学的に浮かばせる仕掛けは付いてない。これも魔法の一種らしい。


「初々しい反応だ。太古の昔であればこの程度の魔法、ニンゲン達でも当たり前のように活用していたんだけどね」


「そうなのか? それなら今でも、一般人の家にいきなり魔法が使える子供が生まれても、おかしくねー気がするけど」


「そうだね。それが当然の反応だ。......少しばかり本題とずれてしまうけど、少年さえよければそこからの歴史の話から始めようか」


「生徒って......まぁ間違いじゃないか。じゃあそこからお願いします、先生」


 少女よりも幼女と呼ぶ方が正しい容姿のダンタリアを、先生と呼ぶことにいささか居心地の悪さを覚える翔。しかし、(ごう)に入っては郷に従えの精神で、彼はダンタリアの指示に従うことにした。


「ふふっ、よろしい。まず知っていて欲しいのが、そもそもニンゲンという種族は魔法を使う才能に恵まれていないということだね」


「魔法の才能が、無い?」


「そう。魔法というのは魂に貯蔵された魔力を外部に流出させ、思いのままに操ることを指す。ここまではいいかい?」


「......あー、たぶん大丈夫。けど魂って削れたり、流れ出したりしたら致命傷ってイメージが強かったから、そこが意外だったな」


 翔のイメージしていた魂は、人間の精神と直結しており、傷つけば狂人や植物人間になるような物だと考えていた。


 そのため今まで当たり前のように木刀を生み出していた魔法が、魂を消耗させて発動させているものだとは思いもよらなかったのだ。


「勿論流出したままでは人間なら心が死んでしまうし、悪魔なら文字通り消滅さ。だから使うときだけ魂に穴を開けて、必要な分を使ったら蓋をしているんだよ」


「穴!? 蓋!? そんなもの意識したことねーぞ!? もしかして俺の魂って、ずっと魔力が流れっぱなしに......」


 不吉な表現が用いられたことで、翔は思わず声を荒げてしまう。


 彼は今まで魂の消耗など意識せず、魔法を必要な時に必要なだけ使用していた。そのため、思わぬうちに心に大きなダメージを受けているのではないかという不安もあったのだ。


「そのための悪魔殺しの契約だろう? 君と契約し、魂と(なか)ば融合を果たしている悪魔が、その役割を担っているのさ」


「......あっ、そういえば麗子さんもそんなこと言ってたな。このためのものだったのか」


 悪魔殺しとなった日、日魔連事務所で麗子がしてくれた説明を翔は思い出した。確かにそれならば、わざわざ翔が魂の調整をする必要は無い。


「そして少年。君は指摘されるまで、魂から魔力が流出している感覚を意識したことが無かっただろう? それが魔法を使う才能が無いことの証拠だよ」


「確かに。魂から魔力を引っ張り出して使う感覚なんて、一度も意識したこと無かった。悪魔は違うのか?」


「勿論。君達ニンゲンが手足を思いのままに動かすのに苦心しないのと同じさ。悪魔にとって魂を操ることは、それくらい当たり前のことなんだ」


「......それが種族の才能の差ってことなんだな?」


「そういうことだよ。多くのニンゲンはそもそも魂の操り方を知らない。つまり魂が塞がりっぱなしなんだ。普通はそこから訓練を重ねていくことで魔法を使えるようになるんだけど、ニンゲン達は魔法を使えることを特権にした」


「特権? ......あぁ。今と同じように、魔法の存在を隠したってことか」


「そう。知らないんだから、一般人は一生魔法を使わない。その結果、魂が発達しなかったニンゲン同士が交配を重ねていく。そうして行きついた先が、才能の枯渇だ」


「なるほどな。それなら一般人に魔法使いが生まれないってのも納得がいく」


 ダンタリアの言うように魂を操る才能が少しでもあれば、人間は興味を持ってそれに取り組んでいただろう。しかし、そもそも才能を開花させる機会が一部の人間にしか授けられていないのなら話は別だ。


 人間は少数派を排斥する生き物だ。ましてや化学では永久に証明することが出来ない、魔素という成分を用いた現象ならなおさらだろう。


「さて、疑問は氷解したかい? 良ければ本題に移るとしよう」


 ダンタリアが心機一転のためか、一度目を閉じ、ゆっくりと開く。翔もその言葉を受けて、いよいよ魔法の講義が始まるのだと思い、無意識の内に背筋を伸ばした。


「いよいよ魔法の講義を始めるんだな?」


「そうだね。君に魔法の何たるかを教えてあげようじゃないか」


 ダンタリアがパチンと指を鳴らした。するとテーブルの中央に置いてあったティーポットが浮かび上がり、隅まで移動する。そうして空いたスペースには、一枚の真っ白な紙が用意されていた。


「魔法は大きく分けると5つに分類することが出来る。それを一つずつ教えていこう。まずは始祖(しそ)魔法だ」


 ダンタリアがテーブルをトントンと指で小さく叩く。すると翔から見た紙の上部に「始祖」と書かれた文字が浮かび上がった。


「始祖魔法...... 随分な名前だな。これだけで他の分類全部に打ち勝てるんじゃないのか?」


「そんなことは無いさ。この世に初めて生まれた魔法、だから始祖魔法と名付けられただけだよ。この魔法は簡単に言うと、()()()を操る魔法だ」


「何か? 何かってなんだよ?」


 頭に疑問符を浮かべる翔に対して、ダンタリアは予想通りだとでも言うようにクスクスと笑う。


「ふふっ、難しかったかな。ならこれでどうだい?」


 ダンタリアがそう言うと、彼女の手元にあったティーカップの中身だけが、空中に浮かびあがった。


 まるで無重力化のように、ふわふわと浮かぶ紅茶の水球。ダンタリアがおもむろに指をくるくる回すと、ウォータースライダーの如き流れが水球に発生した。


 そうして彼女がカップを指さすと、生まれた勢いのまま、水球はカップの中に収まった。


「紅茶を......いや、水を操ったのか?」


「正解だよ。これは水の始祖魔法オーシェント。水の操る中でも流れを操ったり、流れそのものを作り出すことに特化した魔法だね。こんな風に始祖魔法は指定した()()を、()()を、|()()《がいねん》すらも操ることが出来る魔法だ」


 初めにダンタリアが言っていたように、始祖魔法の効果自体はいたってシンプルだと言えた。


 しかし、先ほど先ほど彼女が見せたように、水であれば紅茶だろうと操れるその汎用性の高さは強力な武器になると翔は思った。


 同時に、もし先ほどの始祖魔法の使い手と戦うことになったら、苦戦を強いられるだろうことも予想出来た。


「今の俺じゃ、対処が難しそうな魔法だな......」


 もし、先ほど見せられた始祖魔法のスケールを大きくした、巨大な水球の中に閉じ込められてでもしまえば、脱出は困難だ。


 それどころかもっと少量の水だとしても、肺に突っ込まれてしまうだけで人間は溺れてしまう。


 ナニカを操るだけの魔法。しかし、それゆえの戦術の幅広さがあった。


「ここまでは始祖魔法の利点だ。ここからは欠点の説明といこう。始祖魔法の欠点、それは相性に大きく左右される点だよ」


「相性?」


「そう。例えば炎を操る始祖魔法使いと、水を操る始祖魔法使いが同じ威力で魔法を放ったらどうなると思う?」


 ダンタリアがどこからか取り出した年代物のライターを擦り、火を点けた。そして、その炎に指を付ける。すると、ライターの炎はゆらゆらと揺れながら、彼女の人差し指へと移動をしたのだ。


 残った手には先ほどの水球を用意する。実証実験をしようということだろう。


「そりゃ、炎の方は水で消えるんじゃないのか?」


「そう。()()()()()()()()。始祖魔法はこの世の物事を魔力で支配する魔法。だからこそ炎は水で消えてしまうし、少量の水では土を押し流すのは難しい。発想次第では一般人にすら敗北してしまう可能性を秘めているんだ。」


 ダンタリアが炎に水をぶつけた。当然のようにジュッと音を立てて、炎は消えてしまう。


「......なるほど。いや、でもそれって始祖魔法使いじゃない俺には根本的な解決になってなくないか?」


「そんなことはないさ。もう少し後で説明することになるが、君の魔法は創造魔法。他の四大魔法全てを、一方的に打倒する可能性を秘めた魔法大系なんだよ?」


「他の魔法全てを?」


「その通り。けれど、説明無しに実感してもらうことは難しいだろう。だから始祖魔法のもう一つの欠点について話しておくよ。もう一つの欠点、それは近付かれることだ」


 ダンタリアが指をパチンと鳴らす。すると今度は周囲の本棚に仕舞われた本が何冊も浮かび上がり、翔とダンタリアの頭上に移動すると、そのまま静止した。


「少年、今から私は本を浮遊させている魔法を解除しようと思うのだけど、そうしたらどうなるかな?」


「どうなるって......俺とお前の頭に本が降り注いで、二人揃って天体観測が出来るんじゃないか?」


 ダンタリアがあんまりにも当然のことを質問してきたため、翔は馬鹿にされたような気持になり、少しばかりの皮肉を返す。しかし、彼女の方は少しばかり頬を緩めるのみで、気にした様子は無かった。


「ふふっ、ならこの光景を、始祖魔法使いが操る炎に置き換えてみたらどうだい?」


「どうって......そんなの当然......そうか、巻き込まれる!」


 ようやく合点がいったという様子で翔は大声を上げる。


「その通り。始祖魔法はナニカを自由自在に操れる魔法である一方、操る物が自分にだけは作用しない都合の良い物質などでは決して無い。だから自分の付近で津波を起こせば、当然押し流されることになるし、炎の爆発を起こせば揃って業火に身を焼かれることになる」


「なるほどな。よく分かった」


「よろしい。なら最後に忘れていけないことを言っておくよ。先ほど言ったように炎は水で消えてしまうが、灼熱の大火の前では少量の水は蒸発してしまう。大津波の前では、少量の土の壁なんて押し流されてしまう。込めた魔力の量次第では、相性を覆す可能性があることを忘れずに」


「そりゃ当然か。分かった」


「それともう一つ。私達悪魔は自らの根源を否定しない限り、自由に姿形を変えることが出来る。炎の始祖魔法使いの悪魔が、ゆらゆら(うごめ)く炎の塊なんてしょっちゅうさ。そんな相手を炎の魔法に巻き込んだって無意味だろう? 始祖魔法使いと戦う時は、相手の操る対象を良く理解することだ」


「......忘れないようにしとく。これでやっと一つが終わりか」


「ふふっ。ゼロから物を学ぶ時の苦労なんて、そんなものだよ。それとも今日はこれでギブアップかい?」


「自分や他の人達の命がかかってんのに、んなわけあるか! さっさと次を説明してくれ」


 そう。今のたった一つの魔法大系の説明だけで、翔の魔法に対する認識は大きく変わった。


 悪魔殺しである翔が魔法についての理解を進めるほど、今後激しさを増した人魔大戦の中で、救える命は増えるのだ。


 それを理解していた彼は、最高の教師が付いたこの環境を投げ出すつもりはなかった。


 劇場で倒れ伏し、腹を抑えて苦しんでいた人々。麗子から後に聞いた、カタナシを逃がしたことで亡くなってしまった日魔連の人達。そして実力不足によって逃してしまったハプスベルタ。


 起こってしまったことは変えられない。けれど似たような状況が起こった時に、同じ結果に甘んじるつもりはさらさら無かった。ダンタリアを見る翔の目には、多くを抱え込もうとする責任感があった。


「ふふっ、確かにやる気はあるみたいだ。じゃあ次の説明に移ろうか」

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