力はあれど技は足りず
「そう、私が知らない間に調査はそこまで進んでいたのね」
夕食を終えた翔と姫野は、そのままニナの部屋へと移動していた。
旅行が始まってから何かと翔の行動にケチを付けてきた凛花と大悟も、目的がお見舞い、それも姫野が同伴という事で文句は出なかった。
むしろ大悟に至っては、午後の観光でなぜか口数が減っていた始末。体調を崩している様子でも無かったために、これ幸いと翔は悪魔殺し達だけの集会を開催する事に成功していたのだ。
「それにしたって、分裂した宝石全てが本体の悪魔? そんなの、取り逃がさずにどうやって討伐するってんだよ」
情報を共有し合った面々が真っ先に話題に上げたのは、推定名誉の悪魔の討伐方法。
日中にマルティナとニナで行った調査によって、名誉の悪魔が複数の個体を指す言葉である事は判明している。問題はそんな悪魔の討伐方法。わざわざ使い魔を用いずに、己の身体を切り分けるのだ。一体でも分け身を取り逃せば、それが本体に成り代わるのは想像に難くなかった。
頭脳労働を苦手とする翔は早々に白旗。そんな彼に対して、マルティナが皮肉気に口を開く。
「あら、理想論なら簡単な話よ。アマハラの擬井制圧 曼殊沙華で町を取り囲み、ニナの煙幕を私の魔法で何百発にも模倣する。後は町全体に煙幕をバラ撒いてしまえば、本体以外はほとんど討伐出来るでしょうね」
「......けど、その方法は最終手段だよね」
「えぇ。天原君は間違いなく魔力切れを起こすし、ラッツォーニさんも少なくない魔力を消費する。残った私とデュモンさんは、広範囲攻撃に乏しい。逃がしたが最後、追う側と追われる側が入れ替わる事になるわ」
「でしょうね」
即座に反論を肯定したのだ。話し出す前の態度も含めて、きっとマルティナも本気では無かったのだろう。
実際の話、マルティナの言う通り悪魔殺し達には名誉の悪魔を討伐するだけの力がある。けれども、力があるのと討伐を完遂出来るかは別の話。マルティナの言った方法では、次の目がない。討伐の失敗が即、名誉の悪魔の台頭に繋がってしまうのだ。
「最善は、私達の一般的な持ち札だけで対応する事。だけどそうなれば、討伐を終えられたかどうかが不明瞭のまま。カンザキ、あなたの魔力感知の精度はどれくらい?」
大魔法を使わずに討伐するとなれば、町から逃げ出す悪魔を補足するのは最重要案件となる。魔力感知を己の視界に頼っているマルティナでは、町全体を俯瞰して眺めても見逃しが出る。そのため彼女は、同じく魔力感知を有する姫野へとスペックの説明を求めた。
「おそらく、ラッツォーニさんの感知よりも広いと思うわ。だけど私の感知は、魔力の動きをおおまかな振れ幅として表現するもの。距離が遠ければ方向もあやふやになるし、潜伏に専念されたらきっと追えない」
話を振られて答えた姫野だったが、その口調には重苦しさが感じられる。なぜなら、姫野の感知は血の雫を波紋とする特殊な方法。しかも、相手が何らかの魔法を使用しているのが前提の感知魔法なのだから。
そんな魔力感知で逃げ出す悪魔を探した所で、逃走の最初期は数が数だけに波紋がブレにブレて使い物にならないだろう。かといって逃走が落ち着きを見せてしまえば、今度は波紋が小さすぎて追うのが困難になる。
使い勝手だけを指標とするのであれば、姫野の魔力感知は非常に評価の低い魔法なのだ。
「ニナ、あなたの使い魔は?」
ならばとマルティナは、ニナへ話題を回した。
「魔力感知や視界を共有する使い魔を作るのは可能だよ。けど、受け取り手のボクは一人しかいない。数を増やせば混乱して、まともに位置すら割り出せなくなると思う」
けれど、ニナから返ってきたのは申し訳なさそうな小さな声。
彼女の召喚魔法は、非常に自由度が高い。しかし、どれだけスペックが高水準だろうと、魔力を感知するからにはそれを情報として処理出来る脳が必要不可欠。
使い魔が町中の情報を集めた所で、ニナは一人しかいない。一つ一つの情報を精査している間に、名誉の悪魔には逃げられてしまうだろう。
仮にニナ以外の情報処理担当の使い魔を生み出す方法もあるが、そんな高スペック使い魔を生み出したら、今度は召喚魔法用の血液が不足してしまう。
ラウラ率いる家族達によって、ニナの血液問題はある程度の解決を見せている。しかし、彼女が魔道具を授けられてから日は浅い。ストック出来た血液量も、戦闘には十分でも本格的な調査には物足りない量なのだ。
「......無理を言ったわ。それなら肩に小さな魔力感知用使い魔を置いておいて、自分の足で悪魔を探し出した方が早いわね」
「ゴメン、もう少しボクに能力があれば」
「気にしないで。そもそも、そんなのは才能の枠組み。努力でどうにかなる分野じゃないもの。後はアマハラだけど......」
「期待すんな。というか、相手は悪魔なんだろ? そうなると、下手すりゃ曼殊沙華も素通りされちまう可能性がある」
「そうよね。あなたの奥義は放出された魔力だけを弾く魔法だもの」
何か策がないかとマルティナは翔に視線を送ったが、返ってきたのは戦いをより不安にさせる言葉だけ。
翔の擬井制圧 曼殊沙華は魔力こそ完全に弾き出せるが、体内や何らかの容器に包まれた魔力は弾き出せない。そして、今回の相手は全てが仮初の肉体を持った悪魔の分け身。魔力で身体を構成する使い魔とは、絶妙に作りが異なるのだ。
「そうなると、あいつらに頼らずにはいられない訳だけど」
悪魔殺し達だけでどうにもならないのであれば、どうにか出来る相手に頼るしかなくなる。幸か不幸か、この場にはどうにか出来る相手が存在した。本来は敵同士である、魔王という名の味方が。
「契約外の話を聞いてくれるかで一つ、望みに応えてくれるかで一つ、解釈を捻じ曲げないかでもう一つ。魔王相手に三回も賭けで勝利する必要が出てくるわね」
「悪い冗談だよ......」
「けど、最悪に備えておく事は大切だ」
しかし、彼女らは起爆条件の分からない爆弾のようなもの。下手に助力を求めれば、自らの首を締める事にすら繋がりかねない。頼る事を決めたのであれば、やるべき事は一つである。
「交渉は私が行うわ。三人には契約の内容と契約に穴がないか探すのを手伝ってほしいの」
「分かった」
「うん、喜んで」
「えぇ」
「そこまでくれば、後は相手の機嫌次第。カンザキ、午後のダンタリアの様子は?」
「特に機嫌が悪そうでは、無かったと思うわ。けど」
「けど?」
「あの方にしては珍しく、必要以上に結城さんへ話しかけていたかしら?」
「凛花に? 何でだ......?」
大戦勝者達や他の悪魔殺し達からの話を聞くに、ダンタリアは翔以外の人間に対してそこまで友好的では無いらしい。加えて相手に見どころが無い場合、ただの人間や平凡な魔法使い相手だと碌に口も利かないと聞いていた。
そんなダンタリアが、ポーズとはいえ凛花とにこやかな会話に興じるのか。この旅行が予定された時のような、抗いようのない謀略の匂いが漂ってくる。
「どっちにしろ、今の私達に気にする余裕は無いわ。ここで名誉の悪魔を取り逃がせば、日本は酷い事になる。それを防ぐためにも、ダンタリアのご機嫌取りは必要よ」
「私の方から大熊さんにも伝えてあるわ。何かあったとしても、継承様だって大っぴらに行動には移せない筈よ」
「......そうだな。まずは名誉の悪魔をどうするかだ」
悪魔殺し達はその違和感に気付いていながらも、それを咎める方法を有していなかった。
今この時もダンタリアは活動を続けている。監視の目である悪魔殺しが全員席を外しているタイミング、一般人達との仲を深めるには絶好の機会であったのだ。
次回更新は5/1の予定です。




