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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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牙を剥いた軍と群

「兵は神速を尊ぶ。油断した相手の横っ面に一発お見舞い出来たのなら、陣営の垣根を超えて賞賛を送ってやるべきなんだろうが......」


 彼方へ飛んでいく白き翼を思い出し、ハプスベルタは小さくため息を吐く。彼女が少しだけ不満気なのは、小さな不幸とちょっとした選択ミスが積み重なったが故だ。


「まったく想定外だ。こんなところで綾取を痛めつけたら、継承殿に何を言われるか」


 第一のミスは、ハプスベルタがマルティナ達による町の強襲調査を知らなかった事。


 事前の話し合いによれば、調査が行われるのは夜間。しかも、自分達に多くの監視を付けてた上での行動であった筈。なのに日中の段階で推定ニナの使い魔と名誉の悪魔同士がぶつかり合い、続けざまに悪魔殺しと悪魔のぶつかり合いに発展した。


 恐らくだが、悪魔殺し側の方で何かしらの予測が生まれたに違いない。それを明るみにせんがため、マルティナ達は現れた。そうして情報を手に入れて、悠々と帰還をしていったのだろう。


 元々が胡乱な同盟だった故、情報共有に穴があったのは仕方が無い。だが、まさか自身が町の付近に待機していた最悪のタイミングで、事が起こるとは思わなかったのだ。


 第二に、名誉の魔王が用意した防衛網は、ハプスベルタの想定以上に堅牢だった事。


 確信を得たために退いていく悪魔殺しと、タダでは帰したくない名誉の魔王。両者の思惑は魔王側の防衛網伸長という結果を生み出し、手を出す気がなかったハプスベルタを補足してしまったのだ。


 自身の拠点のすぐ隣に、脅威の一つに数えていた魔王の魔力反応がある。気付いた時点で名誉の魔王は、目標をハプスベルタへと変えた。いくら使い捨ての分け身と言えども、尻尾を巻いて逃げ帰る負け犬に消費してなどいられなかったのだ。


 こうしてお互いの存在に気が付いた魔王達。しかし、いくら防衛網の伸長が素早かったとしても、ハプスベルタは歴戦の魔王。相手の動きを予測して退避する事など、造作も無かった筈である。


 ここで第三の小さな判断ミスが響いてくる。


 翔とのじゃれ合いやマルティナとの駒遊びによって、どうにか戦闘欲の発散をしていたハプスベルタ。けれども、実戦に勝る訓練が無いように、幾多の遊びを重ねようとも本物への渇望は消費しきれない。


 ハプスベルタは欲を出してしまった。悪魔殺しと名誉の魔王の戦いを、その目で眺めたいと考えてしまった。


 十分に距離は取っていたし、使用していたのは魔力感知を少しだけ。しかし、突如として撤退戦が始まった結果、有り体に言えば逃げ遅れた。


 周囲にはマルティナ達に差し向けられた数とは比べ物にならないほどの宝石群。しかもそのどれもが、高価な宝石が使用されていたり単純に大きな装飾品であったり。秘める魔力量はどれも大きい。


 すでに逃走の機会は逸していた。


「あのニンゲン狂いに同調する阿呆は誰かと思えば。お前か、凡百」


「根源に忠実な私達にとって、むしろ阿呆は誉め言葉じゃないかな、綾取。久しぶりだねぇ。確か以前に合った時は、()()()にちょっかいをかけていた時だったっけ?」


 ひと際大きな王冠から、低くドスの利いた声が響きだす。


 スピーカーなどといった機材はもちろん存在しない。王冠の姿を取った魔王である綾取本体が、そっくりそのまま発話しているのだ。


「あぁ、そういえば。あの時も()()()()悪魔共がうろちょろしていたな。助力を頼まれたというのに、我らの後始末に手いっぱいだったあの無様。今思い出しても心に活力が湧いてくる」


「ハハッ! まさかそれは勝利宣言かい? 確かにあの戦いでは、多くの光が散った。けれど、兵は戦いで散ってこそ。領土は反骨の意思を摘み取ってこそ戦果となる。たった十年で丸々奪い返された土地を勝利に数えるなんて、私には真似出来ないな」


 ぞわりと空気が震え、両者から滲み出る魔力の質が変わる。


 きっと二体が語って見せたのは、悪魔にしか伝わらない魔界間の出来事であろう。そしてそんな歴史をスラスラと語れるほどには、両者の間には根深い縁が出来上がっているらしい。


 もっとも、縁が繋がる先にあるのは、歪曲しようの無い純粋な殺意だけなのだが。


「一帯を魔力で染め上げ、支配域とする。私の行いは貴様の古巣の行いと大差が無い筈だ。だというのに、どうしてわざわざ現世にまで諍いを波及させるのか。蔵を語るには、いささか器の大きさに問題があるように感じるな」


「そりゃあ私だって、ここで綾取の相手なんかしたくないさ。だけど、お前の支配の先にあるのは殺戮。生まれるのは顕現した魔界から身を守るためのシェルターではなく、自己増殖を繰り返すだけの畑だろう? 誰がそんな土地を望むんだい。口を開けば終末論を語る教会の連中だけだろう?」


「これだから信念の一つすら貫き通せぬ奴は。ニンゲンに任せた結果、この世界はどうなった? 時が経つ事に神秘は薄れ、いよいよ魔法の存在すら忘れ去られようとしているではないか。こんな劣等種、残しておく価値などない」


「神秘が薄れたのには、始まり達の過失も大きいんじゃないかい。いくら切羽詰まっていたからと言っても、魔界と現世の入り口を閉じたのはやりすぎだったんだよ。ニンゲンは学習して適応する生き物だ。きっとかつての世界を取り戻せば、またあの時の輝きを取り戻してくれる」


「そうして思惑通りにいかなければ、またしても巣を乗り換えるのだろう? まったく、吐き気を催す浅ましさだ。国民すら御しきれず、手前勝手に戦線を荒らす不埒な国よ。ここで誅罰を下し、国家の価値を押し上げるのも一興か」


「言うねぇ......66位如きの木っ端が」


「言うとも。国民の力で28位に押し上がったに過ぎないお飾りの王」


 二体が舌戦を繰り広げている間に、残る宝石群はハプスベルタを何重にも包囲していた。


 何度もぶつかり合った綾取であるからこそ知っている。目の前のハプスベルタには転移や次元移動といった、長距離移動の魔法が存在しない事を。


凡百達の鞘(ユベルシェイド)


溶連庭園(ストレプトイーボス)


 滲み出ていた両者の魔力が爆発的に増加し、形を得た魔力は現世の定理を塗り替えていく。突如として始まった魔王同士の戦いは、日魔連や悪魔殺しはおろか。あのダンタリアすら想定しえないものであった。

次回更新は4/27の予定です。

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