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あなたと私の求めるもの

 古い紙とインク、それから感じるのは香しい紅茶の匂い。脳に送られたその情報を処理するために翔の意識は覚醒した。


「うぅん......はっ!?」


 意識がはっきりすると同時に、寝かされていたソファから身を起こし辺りを見渡す。


 天井近くまで高さのある本棚が所狭しと並べられ、図書館のような印象を受ける場所だ。しかし、よく見てみると本棚の合間にはティーセットの置かれた丸テーブルや観葉植物が置かれ、やわらかな日差しのような照明のおかげで温室のような印象も受ける。


 もちろん翔の知らない場所だった。


「目を覚ましたようだね」


 翔の背後からそんな声が響いてきた。その声につられて振り向くと、そこでは魔女服に身を包んだ少女が、分厚い本を読みながら紅茶を優雅に口へと運んでいた。


「あんたは_」


「そんなところで立っていてもしょうがないだろう? こっちに来て座るといい」


 翔の言葉を待たず、少女は手招きのみで彼を呼ぶ。


 人間同士であれば失礼な態度に一言文句を告げたいところだったが、相手は推定知識の魔王だ。どこかも分からない場所で、抵抗もさせずに自分を気絶させた相手に逆らうのは自殺行為である。


 翔は少女に言われた通り、丸テーブルに用意されていた対面の椅子に腰かける。


「あんたが知識の魔王、継承のダンタリアなのか?」


「そうだよ」


 直球の質問に、少女もただ肯定の言葉のみを返す。


「俺が気絶した魔法、あれを仕掛けたのもあんたなんだろう?」


「そうだよ」


「どうしてあんなことをしたんだ?」


「どうしてだと思う? 付け加えるなら、私はああなることを望んでいなかったよ」


「どういうことだよ?」


「お人好しの大熊の事だ。私との付き合い方を事前に教えていたんだろう? それがヒントだよ」


 そう言いながら、ダンタリアは初めて本から顔を上げて翔を見つめた。


 見た目相応でありながらも、顔立ちの整った少女だ。少しだけ上向いた口角は、まるでこれから起こる翔の反応を、楽しみに待っているようにも見える。


(大熊さんの言ってたこと? そういやずっと、侮るなって言ってたな。確かにあの時は本当に知識の魔王なのかと疑問に思って、油断していた。そのことか? いや、それなら見た目に騙されるなとか油断するなって言うはず。ってことは)


 翔はしばらく頭を捻り、考えをまとめようとする。


 ダンタリアも急かすようなことはせず、面白そうに見つめるのみだ。


「それが君の答えかい?」


 そして考えがまとまった翔の行動。それに、ダンタリアが興味深げな声を上げた。


 それもそのはず、翔はダンタリアに向かってただ頭を下げ、謝罪の姿勢を取っていたのだから。


「あぁ。俺はあんたを初めて見た時、こんな小さい女の子が本当に魔王なのかって、無意識の内にあんたを侮っていた。だからそれに対して頭を下げてるんだ。すまなかった」


 大熊の言っていた侮るなという言葉。翔はそれを、見下してはいけないという意味だったのだと解釈した。


 あれほど念を押して侮るなと言われたのだ。例え無意識だったとしても、侮れた相手からしてみれば一緒である。その相手が魔王であるのなら、魔法の一つや二つ、ぶつけられても文句は言えない。


 失礼な行為に対する謝罪。それこそがまず第一にこの場で求められている行動だと、翔は判断したのだ。


「ふふっ、なるほど。確かにそれくらいの敵対意識なら、妖精の(フェアリー)悪戯(ミスチェ)の魔法程度で済むだろうね」


「どういうことだ?」


「契約魔法というやつさ。条件を満たした場合に自動で発動し、即座に効力を発揮する。私は常に、私を侮るような相手や、マイナス感情を抱いた相手に対して、魔法の準備をしているんだ。大熊の記録は更新ならずだ」


「はぁ、そういうことか」


 ダンタリアは翔の行動に満足したように笑う。


 そんな彼女の様子を見て、翔もこの奇妙な部屋にたどり着いてから初めて、肩の力を抜いた。


「ん? 更新ならずってんなら、大熊さんはもっと時間がかかったのか?」


「ふふふっ、時間がかかったも何も。滑って転んで敵対して、最終的に本気の魔法一歩手前まで罠を踏ん付け続けていたよ。それを見た日魔連の連中が、慌てて大熊を半殺しにしたのは見てて痛快だった」


「大熊さん......」


 確かに直情的な大熊の性格なら、虚仮にされたらされただけ、やり返すことだろう。


 けれど相手は悪魔の王だ。文字通り格が違う。魔王と敵対を続けた結果が半殺しで済むのなら、幸運と言っても差支えは無いはずだ。


 もう解決済みの話。しかし、大熊にとっては掘り出したくない大きな恥のはず。だというのに忠告を授けてくれた大熊の優しさには、感謝しかなかった。


「さて、試すようなことをして悪かったね。けど、おかげで君が、知識を理解するだけの最低限の頭を持っているのは分かった。契約といこうか」


「契約? 何のことだよ」


「君は私の知識を求めているんだろう? なら悪魔を名乗る身としては対価をいただかないとね。さぁ君は知識の代わりに何を渡してくれるんだい?」


 ダンタリアは、またもや翔が窮するような質問を放ってきた。


 興味深げに翔を見つめる表情は先ほど通りだが、その目にはどこか神秘性とでも言うべき不思議な色が映っている。


 おまけに今度の質問はヒントを投げてくれる様子もない。ここからが本番、自力で答えに辿り着けとでも言っているようだった。


(契約ってどういうことだ!? 大熊さん、どうせならこっちのことも教えておいてくれよ!)


 思わず文句を垂れる翔だが、残念ながらその言葉をぶつけるべき相手は、この場に存在しない。


(契約や対価って言うくらいだ。俺が何かを渡さない限り、ダンタリアは何も教えてはくれないんだろう。無難な対価の金なんか欠片も興味は無さそうだし、知識の魔王が満足する情報なんて、俺如きが持ってるはずがない)



 短い付き合いでありながらも、金や情報というありがちな対価では、ダンタリアが納得しないことは翔も良く分かっていた。彼女が求める物。それを必死に考えるが、やはり何も浮かんでこない。


 ちらりとダンタリアの方を見れば、翔が悩む姿を見てほほ笑むのみだ。やはりヒントは期待出来ないだろう。


 最初の試験こそ大熊よりましな評価を得られたようだが、元々翔も考えるより先に行動を起こしてしまう人間なのだ。


 考えても答えが出ないのなら、後は行動を起こして何とかするだけだ。そう断じると、翔は思い切った行動に出た。


「おや、意外だね。それが君の答えかい?」


 ダンタリアが興味深げな声を上げる。それもそのはず、翔は彼女に向かって、再び頭を下げていたのだから。


「あぁ。最低限の頭があるって言ってくれたのに悪いが、俺も考えるのは得意じゃないんだ。だからお手上げだ。あんたの欲しいものを教えてくれ。渡せるものならすぐにでも準備するし、手元に無いもんでも出来る限りは努力するから」


 話すときのみダンタリアをまっすぐ見つめ、それが終わると返答を待つことなく三度頭を下げる。


 分からないのなら相手に答えを聞く。翔が発想を逆転させてたどり着いた答えだった。


 もちろん何かしらの答えで以て、翔の誠意を測っている場合もある。だが、この会合そのものが、元々ダンタリアの一存でセッティングしたものだと思い出したのだ。


 相手は自分に興味を持っている。そんな相手が無茶苦茶な要求をすることは無いはず。そんな打算もあって、翔は頭を下げたのだ。


「......確かに、相手が欲しいものが分からないなら、相手に欲しいものを聞くというのは間違いじゃない。けれど取引の場で相手に全権を握らせるのは、どうかと思うよ。少年、君は私が蓬莱(ほうらい)(たま)の枝と答えたりしたら、どうするつもりだったんだい?」


「どうするも何も、探しに行ったよ。()()()()って木は知らねぇけど、要するに、枝にくっついた木の実を持ってくりゃいいんだろ? 一晩山の中を彷徨えば、見つけられるはずだ」


「......ふっ、ふふっ。なるほど。自分では卑下していたようだけど、やはり君は()()使()()ことに関しては大熊より数段上手だよ」


 ダンタリアは翔の答えを小さく笑い、満足したように紅茶を一口飲んだ。


「それで? あんたは俺に何を求めるんだ?」


「......君の物語さ」


「俺の物語?」


「そう。悪魔という種族は全てというわけじゃないんだが、生み出すという行為をひどく苦手としていてね。その中でも特に、物語を生み出すことは不可能と言ってもいいほどだ」


 フィクション、ノンフィクション問わずにねとダンタリアが付け足す。


「私が物語を得るためには、ニンゲンとの取引が必須なんだ。それこそが人魔大戦でニンゲン寄りの中立を貫く理由なんだよ。だから君にも物語を求める。少年、君には知識の魔王を満足させるような、魂を()がす、大きな熱を帯びた物語を提供できるかい?」


「あぁ。そういうことか。それなら分かりやすい」


 ダンタリアの言葉を聞いて、翔もようやく納得したかのように口角を歪めにやりと笑った。


「なら、身の程知らずに生身で眷属の前に飛び出したクソガキが、たった二日で剣の魔王を撃退する話なんてのはどうだ?」


「ふふっ、合格だよ。中々興味をそそられる内容じゃないか。契約は成立だ。知識の魔王継承の名の下に、少年、君に魔法の知識を余すことなく伝えよう」


 そう言うと、ダンタリアは翔に右手を差し出してくる。翔も迷わずその手を取り、固く握手を交わすのだった。

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