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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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張り巡らされた防衛機構

「デュモンさん、本当に大丈夫?」


「うん。慣れてない人混みで疲れが出ちゃっただけだから」


 忘れ物を回収したニナが合流し、観光を再開した女子組。けれどそこから一時間ほど経過した後、続けざまにニナへトラブルが襲い掛かった。


「あっ、そういえば結構な田舎町で暮らしてたんだっけ。それなら疲れが出ちゃうのも仕方ないよね」


 二度目のトラブルの名は不調。人里離れた地域でひっそりと暮らしていた事からの反動で、この観光地の人口密集度はニナの心へ負担を与えていたらしい。


 発覚した当初はめまいだけだった症状も、休息場所を探している間で頭痛へと移行。これ以上の移動を強いるわけにもいかず、女子組は比較的人の少ない場所で休憩を取り始めていたのだ。


「どうしよ。旅館へ戻ろうにも、もう一度人混みを通らなくちゃいけないし」


「とりあえず落ち着く時間が必要よ。ニナ、何か欲しいものはある?」


 おろおろと成り行きを見守る凛花と、人道支援の経験を活かして的確な介抱を行うマルティナ。その手つきは洗練されており、誰一人として行動に待ったをかけるものはいない。


「えっと......少しだけ()()()()()()()()()


 そんなマルティナの介抱もあってか。ニナは喉の渇きを訴えられるほどには回復したようだ。両者の間にアイコンタクトが交わされ、マルティナは小さく頷いた。さらに彼女は姫野にも目を向け、同様にアイコンタクトを送る。


「そう。なら悪いけど、飲み物の用意は任せてもいいかしら?」


「えぇ。結城さん、私達がここにいても出来る事は無いわ。人混みを増やさないためにも、一度飲み物の購入に行きましょう」


「う、うん。分かった」


「ダンタリア、ちゃんも」


「うん。着いてく」


 役立たずの自覚があるのだろう凛花と素直に従ってくれたダンタリアを連れて、姫野が人混みへと消えていく。そうして残されたのは魔法世界を知る二人のみ。両者の望んでいた状態が、ようやく生み出される事となった。


「それで、何があったの?」


 ニナを気遣うような視線はそのままに、若干の険が混じった声でマルティナは問いかける。


 短い間とはいえ、ホテルの同室で暮らした相手だ。ニナが人混みを苦手としている事こそ本当であろうが、必要以上の関係を迫られぬ処世術として、八方美人で明るく爽やかなキャラ作りをしていた事を知っている。


 そうでなくとも、ニナは日本への移動に飛行機を用いているのだ。温泉街の人混みでダウンするようなら、そもそもこの国にたどり着けてはいない。


 しかし、顔色を悪くした後に不調を訴えたのは本当だ。ならば、そこへ至った理由が他にある筈。察しの良いマルティナはそこで魔法世界の気配を感じ取り、凛花を姫野へ任せて情報交換の場を作り出したのである。


「さっきボクが旅館へ戻ったのは覚えているよね?」


「もちろんよ。あれも大熊さん達から、何かしらの追加指示があったのでしょう?」


「うん。日魔連の方でも町関連の調査は進行していて、ちょっと良くない予感が生まれたみたいなんだ。それで不安の裏付け及び払拭を図るため、一番適性のあったボクに話を持ってきてくれたみたい」


「なるほどね。でも、ニナがこっちから離れていたのなんて30分そこらだった筈よ。その程度で調査可能な内容だったの?」


「ううん。少なくとも一時間はかけた調査だった」


「どういうこと?」


「ボクにはほら、この子達がいるから」


 そう言うとニナは袖をめくり、自身の左腕をあらわにする。するとそこには、鋭利な刃物で傷つけられたと思われる傷跡があった。


「使い魔」


「そう。視界の共有に重きを置いた使い魔を作り出して、町への調査に向かってもらっていたんだよ」


 ニナは自身の源流たる血の魔王を討伐した際に、吸収した魔力を利用して召喚魔法を会得した。彼女の召喚魔法は代償に術者の血液を必要とするが、生み出される使い魔は多様。刹那の戦いでなくば、求める要求に合わせた使い魔を作り出せる。


 きっと話を聞きだしたのと同時に、使い魔の生成へ動き出していたのだろう。視界を共有さえしていれば、例えニナが観光を楽しんでいようと調査は進むのだから。


「それならすぐさま合流出来たのには頷けるわ。だけど、距離の問題はどうしたの? いくら代償がマシになったとはいえ、視界の共有と高速移動を使い魔に付与したら、生み出す苦労は相当なものだったでしょう?」


 いくら温泉街と宝石の町が近隣とはいえ、そこには自動車による移動が最適解と言えるほどには距離がある。ニナの不調が、自身の血液を抜きすぎた事による貧血ではないかと疑うマルティナ。しかし、ニナは即座に首を横へ振った。


「大丈夫。そっちに関しては大熊さんと麗子さんに手伝ってもらったから?」


「わざわざ車で送ってもらったの?」


「違うよ。大熊さんの密度を操る力と、麗子さんの数字を操る力。その二つを利用して、軟体生物型の使い魔をボールに詰めて投げてもらったんだ」


「投げっ......!? はぁ......大戦勝者(テレファスレイヤー)のすることだもの。いちいち驚いていたらキリがないわね」


 一瞬驚きで見開かれたマルティナの瞳であったが、すぐさま納得によって落ち着きを取り戻した。


 大戦勝者とその相棒タッグの力を、マルティナ達は実戦と遜色ない模擬戦によって味わった。大熊が腕力とボールの重量を強化し、そこに麗子のゼロを乗せて何十倍もの力を生み出す。なるほど、それなら町まで大した時間もかからないだろう。


「廃墟地帯の方が今は賑わっているから、逆にポツポツと住民が残る住宅地の方に使い魔は投げ入れてもらったんだ。そして、マルティナ達と移動しながら調査を始めていたんだけれど......」


「ニナ?」


 見ると、ニナの顔色が先ほどと同様に色を失っている。多くの荒事を乗り越え、多くの血を眺めてきた彼女が顔色を悪くしていたのだ。


「着いたばっかりの時は、気のせいだと思ったんだ。いくらオーダーメイドで作り出したとはいっても、所詮は視界の共有に重きを置いただけの使い魔。移動能力が思ったよりも低いのは、ボクの理解力不足が原因だと思っていたんだ」


 ニナは一度言葉を切った。


「だけど、気のせいじゃなかった。いつの間にか視界が鮮やかな光沢で満たされて、それと同時に使い魔が身じろぎ一つしなくなって......」


「ニナ、落ち着いて。深呼吸よ」


「ごめん」


「気にしてないわ。だけど、情報は簡潔に明確に話してほしいの。相手が強大であるほどに、情報の誤解は致命傷につながるから」


「......うん。マルティナはボクの使い魔が、ボクの特性も有しているのは覚えているよね?」


「もちろんよ」


 ニナの使い魔は彼女の血液の特性を受け継いでいる。他者の魔力と混ざった際に結晶化を引き起こす、呪いとも祝福とも呼べる特性を。


「良くも悪くも、ボクの血は魔力と混ざって結晶化を引き起こす。そして、大した移動もしない内に使い魔は勝手に結晶化してしまった。目で見る限りは、魔法の兆候は何も無かった」


「......それって」


「あの町にはすでに、強力な魔力感知が張り巡らされている。そして、異常を発見して迅速な処理に迎えるほどの戦力が整っている。あの町はもう、悪魔が潜伏する拠点じゃない。悪魔が支配する結界と変わらないんだ」


 その事実は、さしものニナとて顔色を変えずに受け止めきる事は出来なかった。なぜなら、ちょっとした魔力の揺らぎすら許さない防衛機構が、推測される潜伏場所から最も遠い場所にも届いていたから。


 そして、そのような最悪な状況にも関わらず町は賑わい、新たなる犠牲者兼人質を次々に呼び込んでいるから。


 血の魔王は自身の結界魔法を用いて、村一つを飲み込んだ。その結末も凄惨を極めたが、今回の結界は被害も脅威も比べ物にならなすぎる。


「凛花には悪いけど、このままボクは調査の方に本腰を入れるつもり。さっきの結果を大熊さんに報告しなきゃいけないし、何よりもさっきの調査じゃ懸念の断定も払拭も出来ていないから」


「なら、私も介抱を理由に離脱するわ。そっちで出来る事は少ないでしょうけど、凛花に恨まれるのは私だけでいいんだから」


 悪魔殺しの少女二人は、自らの役割を果たさんと動き出す。日常と非日常の比率は、すでに後者が上回りつつあった。

次回更新は4/7の予定です。

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