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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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繁栄を極める落ちた町

「空気で察してはいたのだけれど、これまた随分と立派なコロニーを作り出したもんだ。いくら名誉の悪魔と言えども、ここまでの速さは驚嘆に値するよ」


 遠巻きに眺める町。寂れてはいながらも、どこか異様な活気が感じられる町。その景色を悪魔らしく魔力感知込みで見つめながら、ハプスベルタは苦笑いを零した。


 一見すると、その町にはおかしな点など存在していないように思える。人間の作り出した魔力感知用の魔道具でも、大した結果は手に入らないであろう。


 しかし、それはあくまで人間程度が作り出した魔道具による、精度が低い魔力感知による結果。感知能力の精度が命に関わる悪魔にとっては、あまりにお粗末な感知といえる。


 魔王たるハプスベルタの瞳には、多くが映し出されている。すでに侵略が完了したともいえる恐るべき光景が、意識せずとも送り込まれてくる。


「名誉の悪魔なんて危険な存在。普通なら口伝でも何でも活かして、情報を次代に伝えていくものだろうに。前大戦はそれほどまでに、ニンゲンの負けが込んでいたって事なのだろうか」


 略奪の国に獣の国。魔界には悪魔でさえも口にするのがはばかられる国がいくつか存在する。


 いくつかの国はその凶悪な暴力ゆえに。そして、いくつかはその面倒極まる特性ゆえに。国家間の同盟こそあれ、魔界の国土防衛は自助努力が基本。下手な喧嘩は国を揺るがす事態へと繋がる。だから目を付けられないよう、悪魔は特定の国家に対して口を噤むのだ。


 けれどそれは、悪魔の常識。大戦で問答無用に領土を犯される人間からすれば、口にしない事こそ滅びに繋がる。


 略奪の国の所業を、獣の国の所業を。名誉の国の所業を、感情の国の所業を。情報を残す事こそが抗う力へと繋がる。蹂躙の結果こそが脅威の実感へと変わる。されど此度の人魔大戦は、あまりにも人間の知識が乏しいように感じるのだ。


「......思い出してみようか。古巣の騎士団は、管理実験が可能になるまで社会に食い込めていたね。蟲の古王様の喰い荒らしは言わずもがな。灰燼の老王殿もやりたいほうだいで、確か旅団はお膝元への襲撃を仕掛けたんだったか。あぁ! それじゃあ、情報を残せる場所なんて限られてるか!」


 少しだけ考える姿勢を取ったハプスベルタは、次の瞬間にポンと手を叩いた。よくよく考えてみれば、前大戦は多くの悪魔が目標を達成出来ていたではないかと。


 発展していた国なんて一握り。それらも人同士の争いによって、神秘すら殺人の道具として利用されていた。ならば有益な情報など残る筈もない。たった一人で何百人の命を奪える技術など、敵対国が残しておく理由が無いではないかと。


「ふっ、ははっ! だから! だからか! この体たらく、継承殿のワザとらしいまでの肩入れは! そうせねば()()の圧勝が約束されてしまうからか!」


 それなりに永きを生きたハプスベルタだが、ダンタリアの所属する同盟の調星官については詳しく知らない。


 知っているのは所属する悪魔が十君に匹敵する程の個体戦力を有している事と、何かにつけて人間の側に立って大戦をコントロールしている事くらい。


 けれど、誰しもがダンタリアのように人間へベッタリという訳でもなく、逆に現世へ恐ろしいほどの破壊を振りまく魔王も所属している。大義が不明ゆえに、底が知れない。それこそが八位の同盟である調星官への感想であった。


 ただ唯一明らかであるのは、人類の負けが込みだすとダンタリアは助力を隠さなくなる。彼女を裏切者と呼んで抗った魔王も過去にはいたが、結果は言うまでもない。


 だが、ゆえにハプスベルタは確信する。自分という部外者を巻き込んでまで、教会の悪魔を討伐にかかった理由。それは、そこまで肩入れをしなければいけないほどに、人類という灯は小さく弱まっているからなのだと。


「名誉の特性すら取り零してしまったニンゲン。その結果として、教会の尖兵たる綾取(あやどり)は増長。なるほどなるほど。ここで別の教会勢力に合流されてしまえば、いよいよニンゲンは絶滅の憂き目にあってもおかしくはないか」


 名誉の悪魔はとにかくしぶとい。人間で例えるなら五体をバラバラにした程度では何の痛痒にもならず、粉微塵にした所で個体によっては不安が残る。ならばと魔力の一片まで消し飛ばしたとしても、魔王と側近クラスなら安心は早い。それほどまでにしぶとく、それほどまでに勢力の拡大を許してはならないのが名誉の悪魔なのだ。


 だからこそ、現状は最悪に近い。なんせ魔力の一片すら存在が許されない魔王が、悠々自適に町一つを飲み込んでいるのだから。もしもここまでの勢力拡大を母国の近くで許した日には、いくら国民に甘い彼女と言えど、担当していた見張りや斥候を八つ裂きにすることだろう。


「私と凡百殿、それに翔を含めた悪魔殺しが四。天地がひっくり返っても負けはしないだろうさ。ただね、君達が望むのは完勝だろう? 全滅や壊滅、殲滅すらも越えた綾取の消滅をこそ望むのだろう? 果たして、今の君達でそれが適うのかな?」


 翔との立ち合い、そしてマルティナとの戯れ。いずれも全力には程遠い手遊びに過ぎないが、それでも実力を測るのには申し分ないデータとなっている。


 それらを参考に照らし合わせれば、脳裏で開園するのは綾取による脱出ショー。出来るだけ多くの人間を死に追いやり、後はギリギリを見極めて逃走するだけ。今の翔達では全てを防ぐ事は不可能に近く、逃せば別の場所で惨劇が繰り返されるだけ。


 完勝の目があるとすれば、ダンタリアによる予測以上のテコ入れだけだ。けれど、ハプスベルタは知っている。ダンタリアがどこまでの助力で留めるかを知っている。そして、ハプスベルタの知る助力で終わるのなら、翔達の戦績には黒星が刻まれる事になるだろう。


「大丈夫さ。私の国民達を振るった数々の英雄も、勝ち続けられた者は極僅か。負けを知って、抱えていた宝物を手から取り零して。そうして強くなっていったんだ。喪失は怒りを呼び、怒りは原動力に変わる。ここでの敗北は、決定的では無いさ」


 現地の確認を終えたハプスベルタの心には、すでに敗北の二文字がくっきりと浮かび上がっていた。後はどれほどの喪失が彼らを包み、結果的にどれほどの原動力へと変化するかの違いでしかない。


 いずれにせよ。とばっちりだけは御免だった。難癖を付けられて、戦犯扱いされるのだけは魔王の矜持が許さなかった。


 根源魔法を切るかは別として、それ以外の全ては手札として切ろう。そうして本気の戦いを挑み、最後は敗北を全員で噛みしめよう。そんな敗戦後の景色まで想像していたハプスベルタだが、ふと脳裏に一つの顔が浮かんだ。


「あぁそういえば、()()()()()()は見誤っていたか。契約早々でどれほど役に立つかは知らないが、伏兵は戦況をひっくり返す。せいぜい楽しみにさせてもらおうか」


 クルリと踵を返すと、ハプスベルタは町を背後に歩き去る。次に向き合う時は、心躍る戦いが待っている事を期待しながら。

次回更新は3/26の予定です。

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