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人魔大戦 近所の悪魔殺し(デビルスレイヤー)【六章連載中】  作者: 村本 凪
第六章 怨嗟の煌めきは心すら溶かして
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汝はひとえに宝石なりや?

「宝石の分析は進んでいるか?」


「いやぁ、それが全く。頭領が望む日魔連対策事務所への情報アドバンテージになるかは元より、いまだにこれが魔道具かどうかの判断すら付かん状況でして」


 日魔連五大派閥の一つである隠形(おんぎょう)派。その隠れ家の一つでは、楕円形の卵型カプセルの中で薬液に浮かべられた宝石の調査が進められていた。


 同じ五大派閥の防人(さきもり)派が表裏の顔を使い分けるように、隠形派は日常の中に非日常を溶け込ませる事を得意としている。研究施設と化している隠れ家も、表から見れば精密機器の製造メーカーだ。


 見る人が見れば違和感を覚えるかもしれない製品も、興味の無い人にとっては老舗の部品メーカー以上の意味を必要としない。こうして隠形派は、日本各地に潜伏拠点を作り上げているのである。


 そんな拠点で研究されるカプセル内部に浮かべられた宝石は、隠形派のフィールドエージェントによって持ち込まれた物だ。曰く、エージェントの視線を掻い潜り、いきなり廃屋内部に出現したらしい。


 本来なら、その報告だけで魔法の関与は確定だ。そして小さな実験を繰り返せば、魔道具なのか魔法による副産物なのか。はたまた魔法生物の落とした肉体の一部なのかはすぐさま判明する筈だった。


「魔道具かどうかすらも分からんだと? そんなもの、適当に魔力を流してしまえば一目瞭然だろうに」


 恐らく上役に当たるのだろう神経質そうな男が、苛立たしげにカプセルをコツコツと指で叩く。もちろんそんな事をした所で、カプセルはおろか宝石からも反応は無い。


 男の反応は無理もない。彼の言葉通り、魔道具とは魔力を吸収する事で反応を返す道具だ。そこにはいずれの意思も介在する余地が無く、自然現象の如く同じ反応を返すのみなのだから。


 なのに部下であろう研究員は、いまだに断定すら出来ていないという。


「それがですね。こいつに魔力を流し込むと、吸収はされるんですわ。だけど吸収するだけで、ちっとも反応が生まれない。量が問題なのかと、マウス数匹の命ごと魔力を注いでもみたんですが......」


「空振りに終わったと」


「まぁ、端的に言えば」


 部下の説明を聞き、ようやく男も事態の複雑さに気が付いた。


 魔道具であれば、魔力の吸収と共に必ず反応が生まれる筈だ。出力まで魔力量が届いていないという線も、部下の追加実験によって否定されている。


 マウスという儚き命にも、命であるからには必ず魂は存在し、魂が存在するからには魔力が宿っている。それを複数体命ごとすり潰して注いだとしたら、ちょっとした魔力弾一発分の出力は保証されている。


 非実体の魔力の塊が破壊力を得るほどの量なのだから、魔道具の起動には十分の筈である。そしてそこまでして起動しなかったからには、通常なら魔道具の線は捨てられる。けれど、魔力の吸収自体は行っている点が、話をややこしくしているのだ。


「魔法による副産物ならば、そもそも魔力を吸収したりはしない。魔法生物の一部だとしたら、核から離れた時点で魔力の供給を受けられなくなった事による風化が始まっている筈。他に考えられるのは、この宝石自体が使い魔や眷属といった可能性だが」


「この小さな身体にしこたま魔力をぶちこんだんすよ。本当に使い魔の類なら、今頃は俺もあなたもこの世から消えてなくなってますって」


「チッ、そんなこと一々言わんでも分かっている」


 男が第一に否定したのは、魔法による副産物の可能性。


 長い魔法世界の歴史を紐解けば、雷の魔法が直撃した事で磁性を得た岩石や、炎の魔法に巻き込まれた事で火炎への耐性を得た毛皮などの話は溢れている。


 いずれも一般社会においては魔法現象に数えられるような出来事であるが、魔法世界からすれば所詮は魔法の副産物。ちょっとした効能は有すれど、それ以上の魔力を付与出来ない中途半端な品だ。


 魔力を吸収した時点で、それも大量に吸収した時点で、魔法による副産物の可能性はゼロとなるのだ。


 次に男が否定したのは、魔法生物の一部である可能性。


 激しい戦いの最中では、時に悪魔すら身を削るほどの事態が訪れる事がある。大抵は本体の討伐と共に消滅してしまうが、現世との噛み合いや残っていた魔力量によっては形を保つ場合があるのだ。


 そういった素材は錬金術や魔法の触媒としては最高級品となり、歴史に名を遺した魔道具や大魔法には必ず用いられている。


 だが、そんな最高級品と言えど、生物の切れっ端である事には変わらない。存在しているだけで魔力はジリジリと消費され、いずれは本体と同じように消滅してしまう。貴重な素材をドブに捨てぬよう、専用の保存魔法を習得した魔法使いの一族すら存在する。


 けれどそんなのものは、現状とまるで合致していない。実験を続けるこの場においても、宝石はまるで劣化の兆候を見せていないのだ。これではまかり間違っても、魔法生物の一部とは断言出来ない。


 そして最後に男が否定したのは、召喚魔法で生み出された使い魔などの可能性。


 召喚魔法は己の分身たる疑似生物を作り出す魔法。その種類は多岐に渡り、生物であるゆえに様々な行動を起こす事も可能だ。例えば宝石の振りをして潜伏を続けるといった命令も、術者の技量と魔法の性質次第なら可能なのである。


 けれども、これも結局は否定が入った。なぜなら男の部下である研究員は、使い魔に向けて他者の魔力をしこたまぶち込んだのだから。


 使い魔や眷属を構成するのは、あくまで術者本来の魔力である。そのため他者の魔力が肉体に注がれでもしたら、構成する魔力に齟齬が生じて崩壊が始まってしまうのだ。


 この厄介な特性のせいで眷属は術者と運命を共にし、使い魔も多くは魔力切れと共に消滅する。稀に別種の魔力から補給が可能な使い魔もいるが、それでも補給出来る対象は制限されるのが普通。何からでも魔力補給が可能な使い魔など、魔獣に片足を突っ込んでいる。


 この例を参考にすれば分かる通り、宝石は多量の魔力供給を受けながらも沈黙を続けた。その時点で使い魔や眷属の可能性は潰えたに等しい。


 一縷の可能性としてマウスの魔力を吸収可能な使い魔という線はあるが、この後に適当な別の実験動物や植物を用いれば分かる話である。


「魔力は吸収すれど、アクションは無し。魔力に対する拒否反応も無し。魔道具かどうかの判断すら付かないって話、これでご理解いただけました?」


「得意気な顔は気に食わんが、現状をまとめるとその結論に落ち着くか」


 一般的な分析で正体が割れぬのであれば、その時点で隠形派の手に余る。潜伏や暗殺、情報収集こそ得意とする隠形派だが、長い歴史は派閥の先鋭化も進めてしまった。現在の隠形派は裏方仕事が得意なのではない。裏方仕事しかまともにこなせないのである。


「だからこそ日魔連対策事務所。ひいては彼らが管理する悪魔殺しの血を長が求めるのは、ある意味で当然の流れ......」


 どうにか五大派閥の一角に収まっている隠形派だが、先鋭化が先細りである事をよく理解している。その解決のために外部の優秀な血を求め、隠形派は大熊への協力姿勢を強めているのだ。


 もっとも、大雑把に見えて警戒心の塊である大熊だ。せっかく伸ばした手を、叩き落とされる可能性は十分にあるのだが。


「とりあえず防人派への現状報告は決定事項として、他の派閥への情報提供はどうします?」


「そうだな......」


 表の日本社会に強い影響力を持つ防人派と争っても、何も良い事は無い。そのため防人派への全面協力は決定事項。後は、どれほど他の派閥へ飴をばら撒くかという話。


 その上で、隠形派が求めるのは優秀な血。別派閥の()が混ざらず、隠形派の在り方を維持出来る都合の良い血。手にするための近道はやはり大熊で、ならば彼の機嫌を損ねるのは悪手という話になる。


「日魔連対策事務所に書簡を。後は()()にだけ、それとなく伝えておけ。他の派閥には立証が足りないと時間稼ぎを」


 面と向かって大熊と敵対した仏閣派と、トップが精神を病んだともっぱらの神祈派に伝えては藪蛇となる可能性がある。そのため大熊本人と気位を除けばまともに数えられる五行派にのみ、情報提供をする事に男は決めた。


「了解ですっと。そんじゃあ実験データはすぐにでも」


 事務員としても優秀なのだろう。部下の研究員はいそいそとノートパソコンを取り出すと、すぐさま研究データをまとめ始める。


「そういえば......」


「どうかしました?」


「いや、思い過ごしだ」


 事務作業に勤しむ部下を横目に、男の頭にはとある突拍子もない推測が生まれていた。けれど、それは口にするのも馬鹿馬鹿しい推測。男はこめかみをトントンと叩き、妄想を頭から追い出した。


 見つめる先にあるのは、いまだ全容が欠片も判明せぬ宝石。照明からの光を受け取り、宝石はキラリと怪しい輝きを放つのであった。

次回更新は3/18の予定です。

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