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魔王との穏やかな邂逅?

 英語と古文、苦手な授業のダブルパンチを喰らって真っ白に燃え尽きた大悟と凛花を笑いつつ、その後の補習を終えた翔は日魔連事務所を目指していた。


 いつもであれば、運転中の猿飛が気を利かせて様々な話題を振ってくれるのだが、今日は無言を貫いている。


 しかも姿勢は前に傾き、ハンドルを握る手も心なしか力強く感じる。知り合ってから日が浅い翔の目から見ても、緊張をしているのは明らかだった。


 しかし、猿飛の緊張も仕方ない。なにせこれから向かう事務所には、あらゆる組織が相互不可侵の同盟を結ぶ知識の悪魔の王、継承のダンタリアが待っているのだから。


 きっかけは三日前、翔が猿飛との実技訓練を行っていた時だった。日魔連本部へ報告に向かっていた大熊が、事務所に戻ってきたのだ。


「麗子から話は聞いてるとは思うが、知識の魔王が三日後に来る。滅多なことは無いだろうが、一応心の準備だけはしておけよ」


 そして開口一番に爆弾発言を落としておくと、そのまま二階に上がって休憩に入ってしまったのだ。


 そこから事務所は大騒ぎになった。


 麗子はその都度別の資料をテーブルに広げながら、忙しそうに電話をかけ続けている。猿飛の方はフリーズしたかと思うと、突然有休を取らせてくれと大熊にすがりつく始末。


 後日雷を落とされたようで、それからは少しはいつもの調子を取り戻していたが、当日になってこの様子だとやせ我慢だったらしい。


 そして当の翔はというと、この事実をどう受け取ればいいのか掴みかねていた。


 というのも、彼は未だにダンタリアという魔王がどのような存在なのかが理解できていないからだ。麗子や猿飛の様子からして、機嫌を損ねてはいけない相手なのは分かる。けれど、そんなのどんな悪魔だって一緒だ。


 わずかな情報だけで判断すれば、自分を一目見るためだけに魔法の講習を行ってくれる義理堅さを持っている。


 そんな相手をハプスベルタのような魔王の一体として恐れればいいのか、はたまた魔法関係に限らず、色々なことを教えてくれた麗子のように教師として敬えばいいのかが分からなかったのだ。


 そんな曖昧な感情のせいで、幸か不幸か翔は麗子達のように緊張したりはせず、当日を迎えることが出来たのだ。


「待ってたぞ」


「大熊さん、わざわざ外で出迎えてくれるなんてどうしたんですか?」


 事務所に到着すると、大熊が出迎えてくれた。悪魔が潜伏していた頃も現場巡り等で忙しそうであったが、平時であっても多忙を極めるらしく、基本的に事務所でも事務作業の毎日だ。そんな大熊がわざわざ出迎えてくれたことに翔は驚いた。


「なぁに、どうせバックレるつもりだろうこいつの監視と、ついでに忠告をしておこうと思ってな。猿飛、車のメンテやったら入ってこい。逃げたら......分かってるな?」


 そっと助手席のドアを閉め、そのままどこかへ発進しようとしていた猿飛は、大熊の一睨みで観念したかのように降車する。


 そのまま後ろに積んであった工具箱を取り出すと、黙って点検を始めた。最近送り迎えでずっと世話になっていた猿飛の可哀そうな姿に同情するが、その前に大熊が言ったことが気になり、彼に質問をした。


「忠告、ですか?」


「あぁ。あんまり早くに言っちまって、()()()()()()()を残すわけにもいかなかったからな。今の段階で言うのがベストだと思って外で待ってたんだ」


「忠告っていうのは、その、ダンタリアについてですか?」


「ああ......そうだ」


 大熊が遠くを見つめ、後頭部をさすった。まるで言いにくいことがあるとでもいうような態度だ。


「そんなに......言い出しづらいことなんですか?」


 大熊の露骨な態度に、翔も思わず露骨な質問をしてしまう。


「あー......いや、()()に会っても、別に命の危険があるとかそんなもんじゃねぇ。あいつに出会った頃の若気の至りってのを思い出していただけだ......」


非常に言い出しにくそうにしながらも頭をバリバリ掻きながら大熊はそう言い切った。


「個人的に会いたくない相手ってことなんですか?」


「そうなる......だから俺の失敗を繰り返さないよう忠告に来たんだ。利用した手前、会わないわけにもいかねぇからな」


「そうだったんですね」


 翔は大熊の言葉に相槌を打ちながら、先ほどの話を自分の頭でまとめてみた。


(要するに、若い頃に知識の魔王に会ったことがあって、その時に恥をかいたってことか? 大熊さんも昔は調子に乗っていたってことなのか? あれ? でもそうなると、悪魔ってのは人魔大戦の間しかいないようなもんなんだから、過去の人魔大戦で出会っていたことになる。ってことは前回の人魔大戦は2、30年前ってことに......)


「_い! おい! 翔聞いてるか!」


「っ!? はい! すみません! 考え事をしてました!」


 自分の世界に入り込んでいた翔だったが、大熊の声で強制的に現実世界へと引き戻された。


「ったく。そんな状態であいつに会ったら、簡単に足元を掬われるぞ。話しが逸れちまったが、忠告を聞く気はあるんだろ?」


「もちろんです。お願いします!」


「じゃあ、伝えるぞ。あの悪魔を侮るな! 以上だ!」


「......は?」


 禁句やNG行動などを聞かされるつもりでいた翔にとって、大熊の忠告は予想したものより何倍もシンプルで、何倍も短いものだった。


「えっと、それだけですか?」


「ああ。それだけだ。それしか言えねぇってわけじゃねぇぞ。そうとしか言えねぇからそう言ったんだ」


「いや、悪魔を侮ったことなんて、一度もありませんよ」


 そもそも彼が悪魔殺しになった経緯が、言葉の悪魔の眷属に重傷を負わされたことによるものだ。


 その後も言葉の悪魔に弄ばれたり、実力の半分も出してはいない状態の剣の悪魔に殺されかけたりと、はっきりと言って侮る瞬間など微塵も存在しない状況だった。


 そしてそのような翔の心境は、共に悪魔と戦った大熊自身がよく知っているはず。それゆえに大熊が話した侮るなという言葉の意味が、翔には上手く呑み込めなかった。


「ああ。そのつもりでいてくれれば問題ねぇ。くれぐれも侮るんじゃねぇぞ」


 翔が先ほどの言葉で困惑していることは大熊も分かっているだろう。しかし、あえてそれ以上の説明をするわけでも無く言葉を繰り返されるだけでは、それ以上何かを質問することは出来なくなってしまう。


「あんまり待たせると余計に絞られるかもしれねぇからな。そろそろ行くぞ」


「あっ、はい」


 そう言うと大熊は翔を待たずに、事務所へと歩き出してしまった。翔もこれ以上の追及はあきらめ、大量の疑問符を浮かべながらも、その背中を追って事務所へと歩き出した。


 入り口で大熊が一度だけ振り返り、分かっているなとでも言うように翔の目を見つめた。それに対して翔も言葉は交わさず頷きのみを返す。それを見て大熊は事務所の扉を開いた。


「初めまして。待っていたよ」


 扉が開かれた瞬間、そんな言葉をかけられた。声の方向を見ると、翔より少し年下に見える、どこかの国の軍服のような服を着こんだ少女が、部屋の奥で麗子と話し込んでいるのが目に入った。


 少女も翔の視線に気が付いたのだろう。こっちではないとでも言うように、ふるふると首を横に振ると、翔の視線の少し下を指差した。


「えっ?うわ!?」


「ふふっ、そんな驚かれ方をしたのは初めてだ。知識の魔王と聞いて、巨大な書物の怪物でも想定していたかい?」


 指に釣られる形で目線を下げると、そこには軍服の少女よりもさらに年下に見える、魔女のような恰好をした少女がいた。


 少女は驚きの声を上げた翔の反応を面白がり、クスクスと笑っている。その反応によって彼もいくらか冷静さを取り戻した。


(こんな小さい女の子が知識の魔王? でも大熊さんも麗子さんも向こうにいる軍服の女の子も、不思議がっている様子が無い......ってことは、本当にこの子が知識の魔王、継承のダンタリアなのか......)


 見れば見るほど、目の前の悪魔はそこらの女の子に魔女の仮装をさせたようにしか見えず、同じ女性型の悪魔であるハプスベルタと比べても、驚くほどに何のオーラも感じない。


 懐疑心を抱きながらも、扉を開けたタイミングで少女に挨拶をされていた事を思い出した翔は、挨拶だけは返しておかなくてはと一歩踏み出した。


「初めまし_」


 そんな時だった。一歩踏み出した右足を地面で支えていた左足の膝裏に、トンッと何かがぶつかったのだ。その衝撃とも言えないほどの小さな衝撃は、それでも当たり所ゆえに翔の左足をくの字に曲げて、バランスを崩させた。


「うおっ!」


 突然の事態に思わず転びかけた翔だったが、彼が大悟と日常的に行っている立ち合いでは、このように体勢を崩されるのは日常茶飯事だ。


 落ち着いて持ち上がった右足を地面へと下ろし、両腕を使ってバランスを取ろうとする。しかし、地面に下ろした右足は、凍り付いたアスファルトで滑った時のようなズルリという音を立てながら、またもや空中に投げ出されてしまった。


「やばっ!」


 完全に体勢を崩し、背中から倒れ込もうとしている翔。


 だが、それでも彼には余裕があった。なにせ倒れ込む場所は、運が悪いと身体にぐっさりと突き刺さりかねない凶器が敷き詰められた砂利道等ではなく、事務所の床である。


 ずっこけてしまって恥をかくことにはなるだろうが、それ以上のことは無い。受け身の体勢を取りながら地面に倒れ込んだ翔には、もちろん後ろを振り返る余裕は無かった。


 彼の首がちょうどぶつかる部分の床が、なぜか鋭角状にせり出していることに気付く余裕など無かった。


「へぶっ!?」


 思いがけず頸椎に衝撃を叩き込まれた翔は、朦朧とする意識の中で、どうしてこうなったと辺りを見渡す。


 すると額に手をやり、呆れた態度を取りながらも、予想通りだとでも言うように溜息を吐く大熊の姿が目に映った。そんな彼の姿を見たことで、翔は思い出した。


(「()()()()」)


(そうだ。どんな姿をしていても、悪魔は悪魔。最大限の警戒をするのが大前提じゃないか......)


 自分の大失敗を自覚しながら、翔は意識を失った。

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